ボクらの太陽 Another・Children・Encounter10「現在(ここ)より未来(とわ)へ」

 貴方は誰?

 君は誰?

 僕は

 ボクは

 ――貴方と繋がる者

 

 過去の父の声は予想以上に若々しく、ほんのちょっとだけ頼りにならなそうだった。情けないというより、頼ってしまったら壊れそうな、そんな儚げな所があった。
 それでも始めて聞く若い父の声に、シャレルは感動する。武勇伝を聞くだけだった『太陽少年ジャンゴ』の頃の父と、こうして向き合っている。
 今まで知りたくても知ることの出来なかった父の一面を、垣間見ることが出来たような気がするのだ。残念だったのは、声だけしか感じ取れないということだが。
 目の前の従姉はしばらくそっとしておくことにして、シャレルは父の声に耳を傾けた。

 ――君は、僕の未来の子なの?
 ――そうだよ。ボクはシャレル!

 飛んでくる声に、シャレルは肉声ではなく『本当の声』で答える。興奮している自分の気持ちに合わせて、声も少しだけ甲高くなった。
 ジャンゴの方は少し面食らったようだが、シャレルはお構いナシに話を続ける。

 ――こうして話が出来るようになったって事は、太陽樹が上手く繋がりあったってことだよね。
 ――太陽樹?
 ――そう、父様の時代の太陽樹とボクの時代の太陽樹。長い時を生きる大樹だからこそ、時間を越えて意思をつなげあうことが出来る。
    元は同じ樹だものね。
 ――詳しいな……。おてんこさまか誰かに教わったの?

 そこまで会話して、ようやくシャレルはおてんこさまの事を思い出した。
「おてんこさま?」
 今度は肉声でおてんこさまの名前を呼ぶ。今までどこかで様子をちゃんと見ていたのだろう、戦いの前に姿を消したおてんこさまはシャレルの声で具現化した。
 おてんこさまはシャレルとジャンゴの『会話』がわからないらしく、首を傾げていた。

 

 

 

 簡単にジャンゴと『会話』出来るようになったことを説明すると、おてんこさまは驚きのあまりひるひると落ちてしまう。
「か、か、過去の意識と未来の意識が繋がっただと!?」
 普通ならここで「バカな有り得ん」とか言いそうだが、さすがにそこまでは言わずに、「そんなことまで起きると言う事は、一体何を起こすつもりなのだ…?」と現実に戻ってくれた。
「…と、シャレル、私がここにいるというのはジャンゴに伝えたのか?」
 錯乱状態から一時戻ったおてんこさまが、こっちの方を向く。そういえば父の方をほったらかしにしていた。
 その気になればリンクを切ることも出来るのだが、こっちはともかく父はリンクの切り方も繋ぎ方もわからないだろう。それも説明しなければならなかった。
(こういうのって、ボクたちのようなアドバンスドタイプじゃないと解らないだろうしね)
 何がきっかけで覚醒し始めたのかは解らないが、シャレルたちが生まれたあたりの頃から霊力を持つ子が急激に増えたという。
 太陽と暗黒、月光に続く第四のエレメントである「霊力」。それもヴァンパイアを滅ぼす力があると見られ、過去最大数のヴァンパイアハンターが生まれた。無論、実力のない者はすぐにやられたが。
 弱い者はその力を武器や拳に込める程度だが、力の強い者は転移やテレパスなどは軽く行える。ある意味、最強のエレメントともいえる力であった。
 それゆえ、力の強い者は率先してイモータルに狙われた。従姉が狙われたのは血筋だけではなく、その強い『霊力』を恐れられてのことだったのだ。
 それはさておき。
 シャレルは転移もテレパスも自分ひとりの力では出来ないが、誰かのサポートがあれば何とかこなせるぐらいの力はある。
 今は太陽樹の強力なバックアップがあるので、ジャンゴの方からもリンクを繋げることもできるはず。シャレルはそのやり方とおてんこさまのことを伝えるために、神経を集中し始めた。

 ――おてんこさまはボクたちの時代にいるよ。誰か引き寄せたのかは解らないけど、今ボクと一緒に行動してる。

 最初にそう伝えると、ジャンゴがほっとしたのが解った。父のいた時代ではよっぽど大騒ぎになったのだろう。早く報告して、安心させて欲しいモノだ。
 後は、そっちからリンクを繋げる方法とリンクを切る方法を教えるだけだ。それを伝えようとすると。
「…くっ……」
 意識を失っていたレビが、ようやく意識を取り戻した。そっちの方も気になるので、一旦リンクを切ってレビの方に行く。
 レビは何度も頭を振っていたが、急に真剣な顔になって何かを聞き取るような顔になる。一般人から見れば何か怪しい感じがするが、シャレルはこの状態が何なのかを知っていた。
 従姉の父は、自分の父であるジャンゴの兄サバタだ。自分の精神が父の精神と繋がったように、従姉も伯父の精神と繋がったのだろう。
 とりあえず従姉の方は置いておいて、シャレルはまたジャンゴとのリンクを繋ぎなおした。

 

 がちゃ、かちゃん、と金属のブーツが石畳を踏む。
 空にあるのは満月に近い月。だから、日傘を差さずに歩くことが出来た。何時も持っている日傘が手元にないので、昼にはあまり外を出歩けないのだ。
 だが逆に夜は、自分の心の中にある何かが自分という殻を破って出てきそうな気がして、怖い。
 けたけたと誰かが嗤う声。
 食い破る汚らわしい音。
 自分が飲み込まれていく音。
 そして、しきりに自分をどこかに連れて行こうとする、声。

「寒い……」

 それが自分の声だと気づくのに、しばらくの時がかかった。
 声はあまりにもかすれていて、いつもの自分のモノとは思えないくらいに寒々しい。心が不安定になると、ここまで声も変わるものなのか。
 がちゃり、がちゃり、と自分の足がどこかに彷徨う音だけを、フートは聞いていた。
(そういえば、俺はどこに行くんだろう)
 考えていなかった。……むしろ、考えるのが怖かった。
 歩く先に、何か恐ろしいものが待っていそうで。自分が恐れている何かが起きそうで。
 さっき会ったはずのレビはどこかに消えた。気がつくと一人でぼんやりと立っていたので、レビが自分を置いてどこかに行ったのかと思ったが、それにしては不自然だった。
 レビは何かに巻き込まれて、自分の前から姿を消した。そして、その『何か』は自分と深く係わり合いがある。やがては全てを巻き込みそうで、怖かった。
 どこかに行きたい。でもその『どこか』が解らない。

「…助けて…」

 知らず知らずのうちにこぼれた言葉に、フート自身が驚いた。
 助けて。そうか、自分は助けて欲しいんだ。
 では、誰に?
 すぐに思いつく何人もの見知った顔。誰かはそれを「友」と呼んでいたが、フートにはさっぱり解らなかった。
 友とは、何だ? 人とは何だ? ……自分とは、何だ?
 ふとすれば浮かび上がってくる疑問の数々に、フートは何度も首を横に振った。最近はそう思うたびに、誰かが何かを呼びかけてくる。
 声は常にフートの周りを付きまとい、疑問一つ一つを取り上げては自分をどこかに誘おうとしている。それがどこなのか、何なのかは解らないが、とてもいいものとは思えなかった。
(そう、自分は不安なんだ)
 自分の心のゆらぎの正体が、一つだけわかった。
 この不安が、誰かにとってはチャンスであり、自分にとっては問題なのだろう。だから、この不安をどうにかしなくてはならない。
(レビ、大丈夫だろうか)
 不安を取り除く方法を考えていると、急にさっきまで話していた黒衣の少女の事を思い出した。
 今どこにいるのだろう。一人でもやっていける子だが、一人でどこまでもがんばれるわけではない。誰かがいないとダメだというのは、さすがにフートも解っていた。
 後を追った方がいいかもしれない。合流してどうにかなるかは解らないが、一人でいるよりもはるかにマシだ。
 少なくとも、今自分は誰かが必要だった。誰でもいい。自分を知っている存在が一人いれば、それでよかった。
 やる事ができたので、フートは急いでここから出ようと歩き始める。ここがどこなのかは解らないが、適当に歩いても出口は必ず見つかる。見つけられると思った。

 そう、見つかるはずだった。

「……?」
 歩くうちに、フートは不自然な地形に気づく。歩いているはずなのに、止まっているかのような錯覚。
 景色がずっと変わっていなかった。歩みが遅くても、少しは目の前にある景色は変わるはずなのに、フートの目の前に広がる光景は、何一つ変わっていなかった。
 足元を見るが、自分の足は間違いなく大地を踏みしめて歩いている。自分は確かに歩いていた。
 だが、目の前の光景は、さっきまで立っていた場所からちっとも動いていない。

 ――どこへ行く? ……何故、行こうとする?

 誰かの声が聞こえる。
 最近自分に付きまとう声。何かを迫り、どこかに誘おうとする声。
(行きたいから、行く)
 のしかかる重圧から逃げ出すように、フートは首を何度も振りながらその声に答えた。今まで疑問の言葉に疑問を返すことはあったが、反論するのは初めてだった。
 しかし相手の方はフートの反論に驚きも戸惑いもなく、全く同じ口調で同じ問いを繰り返す。

 ――どこへ行く? ……何故、行こうとする?

 フートの意識が途切れるまで、その問いは延々と繰り返された。

 じぶんは、どこへ、いくの?