ボクらの太陽 Another・Children・Encounter46「ガール・ミーツ・ア・ボーイ」

 ジャンゴとリタ(ダーク)との戦いに決着がついた頃、シャレルとフート=レジセイアの戦いも終焉を迎えていた。
 状況はシャレルの圧倒的不利。ダークはほぼ無限の体力を持っているのに対して、シャレルの体力は成人大人レベル。霊力で強化されていても、その辺りはどうしようもない。
 疲れから来るミスが重なり、ダメージはかなりのモノになっている。ここらで逆転できる何かが思いつかない限り、シャレルはここで死ぬ事になる。
 魂の死は消滅。身体は存在できても、中身である魂がなければアンデッド以下の存在にしかならない。それだけは、避けたかった。
 それに。
 フートの中にダークがいるので、ダークが完全にこの大地に降臨するということになる。シャレルが倒れれば、それを抑えられる人物は……いないに等しい。
「モウ、終わりカ?」
 フート=レジセイアが、嘲るように問う。
 まだまだ平気だと悪態をつきたいところだが、身体は言う事を聞いてくれない。それでも強引に立ち上がって、相手を見据えた。
「まだまだ、立てるから平気さ」
 何とか口から出てくれた言葉に対し、フート=レジセイアはひょいと肩をすくめる。
「確かニ、立てる以上ハナ」
 だが、どうする事もできまい。
 言葉と共に放たれた光の弾丸をもろに食らい、シャレルは大きく吹っ飛ぶ。

 ――……コハ…………デシカ……イ……

(また!)
 爆音と共に聞こえてきた声に、シャレルの意識は一瞬そっちへと移る。
 前回あの光の弾を食らった時に聞いた声。それは今までシャレルが聞いた覚えのない、深く穏やかな声だった。
 最初は空耳かと思ったが、食らった後もそれは深く印象に残り、今もなお何かがささやき続けているような気がする。
(一体何を告げたいんだ? 何をボクにやらせようとしているんだ?)
 何度も問いかけるように心の中でつぶやくが、答えが返ってくることはない。ただノイズだらけの声を、シャレルの頭に送りつけてくるだけだ。
 光の弾が消えると、フート=レジセイアが勝利を確信したかのように、ゆっくりと歩んでくる。
 隙だらけの足元を切り付けたいのだが、あいにく武器はどれもがシャレルの手の中になかった。それでも何とか武器を取るために足掻こうとするが、右腕を足で押さえつけられ、動く事すら叶わなくなる。
(終わりか)
 何度も思ったことだが、そのたびに何かを閃いたり誰かが助けてくれたりしたので、本当の終わりはなかった。だが、今回ばかりはそんな都合のいい展開は望めない。
(ごめん、フート)
 あの時助けさえしなければ、彼はダークに狙われる事はなかっただろう。こうして戦いを繰り広げる事も。
 決まった現実――過去はひっくり返せない。今こうして自分は、かつて助けた少年によって殺されるのだ。あの時、声を聞いた少年の手によって……。

 ――……去は、過去でし……ない。……の自分を……すれば………勝てない。

「え!?」
 急にノイズが少なくなった声を聞いて、シャレルは思い切り――踏まれているのも忘れて――身体を起こす。
「なッ!?」
 さすがにそう来るとは思っていなかったらしくフート=レジセイアは慌てて避けるが、シャレルにはどうでもいいことだった。
「過去は過去でしかない」。この言葉に、光が見えたような気がする。
(割り切れ。ボクはジャンゴの娘であっても、ジャンゴそのものじゃない。そしてフートは、過去にボクに助けを求めてきた!)
 過去――前世に何があったとしても、それはあくまで前世の記憶。シャレルを構築してきた記憶には、何一つ関係はない。
 そして目の前のフート=レジセイア。彼は確かに過去に自分に「助けて」と言った。そしてその感情は、確かにアンデッドでもイモータルにもないものだった。
 ダークとソル。遥か昔から存在するもの。遥か過去から、ずっと何一つ変わらない――変われないもの。
「勝つ勝たないの問題じゃなくて、乗り越えるか乗り越えられないかの問題だけだ!」
「そういう事だ。シャレル」
 吹っ切れたシャレルの言葉に、“フート”は力強い言葉で答えた。
「魂の存在が、時を越えられる。魂の存在が、奇跡を起こせる。俺はそれをシャレルたちから学んだ」
 フートが斧を構える。その目は、いつもと同じ赤とピンクのオッドアイだった。

 

 ようやく起き上がれるまで体力が回復したジャンゴとリタは、そのまま太陽樹の元へと行った。本当ならイストラカンがいいのだが、そこに行くまでは回復していなかった。
 二人が頑張って育てた太陽樹は、今は青々と葉を茂らせている。ヨルムンガンド封印時は花が咲いていたのだが、今は青葉の時期なのだろう。
「懐かしいね」
「ええ」
 ふとすればよろめきそうなリタを支えながら、ジャンゴは太陽樹を見上げた。
 ここで自分は未来の断片を見た。娘――シャレルの存在を知った。
 過去と未来。過ぎ去った時と、未だ来ない時。それらは今の自分たちにとって重要ではあるが、今の自分たちを否定できない。
 この樹もそうだ。この樹――かつて赤きドゥラスロールと呼ばれた少女――に、何があったのかは大事なことだが、今こうして葉を揺らしている樹を否定できるほどのモノは何一つない。
 刹那的でその場しのぎのような考えかもしれないが、今の自分たちを縛るのは現在だけだ。過去も未来も、干渉する余地はない。
 ジャンゴはゆっくりと目を閉じた。
 太陽樹の声も、娘からの声も、ない。
(シャレルも、同じようにダークと戦っているんだろうな)
 確証はない。だが、ジャンゴはそれを察していた。
 自分がリタに取り付かれたダークと戦ったのと同じように、シャレルも同じようにダークと戦っている。
 そこに父である自分はいない。太陽仔を導く太陽の精霊もいない。あるのは、代々の太陽仔が受け継いでいった太陽銃ガン・デル・ソルのみ。
 試練の時だ。ジャンゴは心の中で、遠い時の果てにいる娘へと呼びかけた。
 もう自分たちは助けることは出来ない。己の力で、これを乗り越えていくしかないのだ。

「雨降って地固まるっちゅーやつなんかね」
「さあ?」
「なんや、激ラブな弟取られてご不満かいな」
「んなわけあるか」
 ジャンゴとリタが出て行ったのを見送ってから、サバタとザジはそんなやり取りをしていた。
 何か置いていかれたような気がするが、あの二人はそれがいいのかもしれない。似た者同士の二人は、常に相手を思いやりすぎて、どうしても本音が隠れてしまうのだ。
 性分もあるのだろうが、原因はやはりジャンゴの立場だろう。無力だと思う心が絶望を呼び、助けられないという想いがむなしさを招く。
 思い込みすぎると笑う者もいるだろう。だが、あの二人にとって無力というのは大きな距離を置くものとなる。手を繋ぎあえて、ようやく二人は安心できるのだろう。
「と、そういえば、未来の娘はどないなった? 一緒に戦ったんやないんか?」
「消息不明だ。意識がこっちに戻ってきてから、レビとのリンクは切れた」
 そしてもう二度とリンクは繋がらないだろうな、とサバタは心の中で付け加えた。
 ジャンゴが察したように、サバタもこれからはもう自分たちは力を貸せないというのが解っていた。誰かに頼り、甘えて生き続ける事はできない。サバタは、それをあの事件で思い知った。
 一人で生きることが出来ず、誰かに頼ることも知らないサバタは、本能的に甘えられる人物を見つけては甘え続けてきた。それがカーミラであり、ジャンゴだった。
 依存の果てにあるのは道連れと自滅。それに気づくのが後もう少し遅ければ、自分はヴァナルガンドと共に葬られていたに違いない。
 娘は――レビは強い。どんな困難でも平気で、というわけには行かないだろうが、自分が受けた困難をすぐに乗り越えていけるほどの強さを持っている。
「未来のこと、気になるんか?」
 ザジがにやりと笑いながら問うてくるが、サバタはあっさりと首を横に振った。
「未来も過去も、俺には関係がない」
「そやな。……成長したやないか」
 それはどういう意味だ、と聞こうとして、やめた。
 どうせ答えてくれるわけがないのだ。

 

 何故だと問う
 答えは、ない
 声が、二つに変わる
 やはり、答えはない
 仕方がないから、一度逃げる
 そしてまた、同じ事を繰り返す
 永遠に、それは続く
 永遠に、そうするしかできないから

“考える事”を奪われ、“生きる事”も出来ない神は、遊戯を繰り返す。
 愚かで、変わることのない遊戯を。

 フートと本格的に戦うのは、これで二度目だ。
 一度目は帰りが遅いので迎えに来た時、イライラしていたらしい彼に襲われた。その時は本気を出す前に何とかなったが、今回は違う。
 彼の動き一つ一つが鋭く、そして重い。アイアンアーマーだった頃の動きを体が覚えているのか、それとも独自に学んでいたとでも言うのか。
 いや、どちらも違う。シャレルは確信している。これがフートの本当の力なのだと。
 紛れもなく「人」としてのフートの力が開花し始めているのだ、と。
(悠長なのかもしれないけど、ボクは確かに嬉しく思ってる。あの時転生したフートが、本当の人間へと生まれ変わろうとしているんだから)
 しみじみと思っている暇はない。フートの攻撃がどんどん正確になっている。こっちのクセを読み始めてきたのか、稚拙ながらもフェイントを使い始めてきていた。
「倒れろっ!」
「なんの!」
 斧の一撃をガン・デル・ソルでかわすと、シャレルはここで決めようとそのままチャージを始める。
 フートもそれを察したらしく、一度斧を引いて改めて構えなおす。達人らしく、すっと目を閉じていた。
 互いの気迫が空気を揺るがすか、という時。

 ――だガ、私ハ絶対に諦めヌ!!

「え!?」
 開かれたフートの目は、ダークのモノである事を示す赤だった。