ボクらの太陽 Another・Children・Encounter35「メモリー」

 始まりはどこかから広がった「世界崩壊」の噂。
 ただの妄想だと一笑に付していた者達もいたが、それを真に受けて宗教じみた事を言い出す者や、むやみやたらに生き残ろうと足掻く者も出てきた。
 それらの混乱が世界規模で広がり始めていた頃、その「崩壊」を乗り越えようと動き出した者達もいた。
 様々な方法が出る中、「人類や地球そのものの強化」と「人口冬眠によって、長い時を超える」の二つの案が大きく出た。
 前者の案はあくまで立ち向かう事をメインとしており、後者はやり過ごす事をメインとしていた。
 最初は前者の案は「非人道的だ」と言われて迫害され、後者の案が大きく取り上げられていた。人類が人類の形を失うより、ダメ元でもやり過ごす方法を選んだのだ。
 だが、崩壊後の大地をどうやって生き延びるのか。その問題が浮上してきて、前者の案が見直され始めたのだ。
 もし仮に崩壊をやり過ごせたとしても、衰えきった大地でどうやって過ごすと言うのか。いつまでも地中で過ごせると言うのか。
 人口冬眠を選んだ者達は、いかにして崩壊後の大地を生きるかを模索し始めた。様々な案が出されたが、どれも「人類や地球そのものの強化」と同じであり、難航を極めた。
 そんな中、変わった案を提案するものがいた。

「自分たちが飲み食いせずとも生きていける身体を手に入れればいい」

 最初は無茶もいいところだとされて却下されたが、色々な案が却下されるにつれ、その案が一番最良ではないかと言われるようになって来た。
 そして、その身体についての研究が始まった。
 ごく数量の水と食料でも生きていけて、人間の体組織とほぼ変わらない身体を持つ人間の器。神でしか作れそうにないその器は、たくさんの失敗作を生んだ。
 機械の器。ファンタジーモノで出てきそうな鎧の器。強化された人間のクローンの器。人間と何かの動物を掛け合わせた合成された人間の器。ありとあらゆる器が失敗作として廃棄された。
 研究は挫折しかけていた。だが、ある日一人の少年がこう言ったのだ。
「自分の身体を元にしてみればいい」
 少年は身体が弱かった。それは遺伝子からの問題で、不治の病を持っていた。誰もがこれでは無理だと思ったが、少年の父親である科学者が試してみることにした。
 元々の問題である遺伝子を集中的に研究し、そこから劣化した遺伝子の中に一つの鍵となりそうなものを見出した。
 そして、父親は少年の不治の病を治すと共に、彼を新世界にふさわしい生命体に改造する事に成功したのだ。
 人口冬眠の案が出てから五年経ったころのことだった。

 少年は、最初は普通の名前を持っていた。だが、改造と同時に新たな名前を授かった。
 名前を、プライムという。

 

 大地の揺り篭の話を、レビは一人離れた所で聞いていた。
 脳内で、さっき見た光景を思い出す。あの光景は、地中よりも地上のものだと思われる。つまり、大地の揺り篭とはまた違う場所で、過去に何かあったのだ。
 旧世界で争っていたらしい『地霊仔』と、『地の後継』。リッキーが語っていた大地の揺り篭が『地の後継』のものだとしたら、さっき見たのは『地霊仔』の記憶だろうか。
(もしかしたら、その『地霊仔』が太陽仔と月光仔の祖先なのかも知れんな……)
 証拠は何もないが、レビはそう思えた。大地の揺り篭にいた『地の後継』がイモータルだとしたら、争っていた相手が太陽仔たちの祖先でもおかしくない。
 過去に一体何があったのか。そしてその過去が、自分たちのどう影響するのか。それはまだ解らないが、調べてみる価値はありそうな気がした。
「おい……」
 声をかけようとした瞬間、ぐらりとめまいがする。
(……これは……そういう事か……!)
 誰かが叫ぶ声を遠くで聞きながら、レビは何となくこのめまいが何なのかを察した。
 どうやら、向こうの方から調べさせてくれるらしい。その真意が何なのかは解らないが。

 遠い昔から、私はそこにあった。
 人が私と接触する方法を知ってから、積極的にその力を少しでも得ようとし、様々な方法で光を取り入れ続けてきた。
 だがその反面、人は奴と接触する方法を知ってしまった。
 奴は、接触しただけでその力を与えてくれた。抱えきれない力による自滅。それも奴のシナリオの末端として考えられていた事だからだ。
 しかし同時に、奴はその力を乗り越える事も期待していた。奴の望むものには、自分の作る宇宙の新たな住人となりうる力を持つ者もあったからだ。
 そう、長き時を生きると言う事は、そういうことだ。
 限りなく繰り返される輪廻転生、そして続く無駄で愚かな行為。それらを常に見続けならなければならない恐怖。まさに、狂人でもなければやってられないだろう。
 輪廻転生というのは、まず死がないと始まらないものだからだ。
 終わる事により始まりが始まる。かつてがこれからになり、またこれからがかつてになる。いつまでも続く螺旋。
 私も正直、それに疲れた気がする。誰か代わってくれ、と思う時がある。だが代わりはいない。だから私がここにいる。
 奴も同じ事だろう。終わりと始まりだけが繰り返される、終焉と新生。これに耐えられるほど、奴の神経は図太くない。
 だから私は私の意志を伝える者として、一つの人間の集まりに一つの知恵を与えた。そして奴も、同じように一つの人間の集まりに、一つの知恵を与えた。
 人々は、意見をぶつけ合い、武器をぶつけ合った。まさに代理戦争だった。
 そして、その戦いは今もなお続いている。

 レビがいたのは、どことも知れない廃墟だった。
「ここは?」
 つい口に出してしまうが、それに答える者はいない。――そう、さっきまでいたはずのシャレルたちの姿はどこにもない。
 一人だけここに飛ばされたにしては、何となく現実味がない。ここは夢の中だろうか。
(夢だとしたら、誰のだ?)
 自分一人だけで見ている夢なのか。それとも、過去の誰かと繋がって見ている夢なのか。他人の夢は共有できるのかは知らないが。
 レビはそのまま歩いてみた。足元から感じる硬い感覚は、確かに自分が地面を歩いているのだと自覚させる。
 夢の中では、自分はロクに歩けた記憶がない。歩く矢先から力が抜け、動く事もできないと言うのが主だった。これがどういう意味を指すのかは、レビは知らない。知りたくない。
 それはさておき。レビは足の赴くままに適当に歩いてみた。
 幸い、トラップらしいものは全くない。ガレキに注意しておけば、転んだり変な所に足を打ちつけたりはしないだろう。
 適当に歩く中、レビは目の前に建物を見つけた。距離からして、歩いても行けそうな距離だ。
 うら寂しい廃墟を走り、その先にある建物目指して走る。足が軽いのは、やはりこれが夢の一つだからだろうか。だとしたら、空ぐらい飛べれば便利なのだが。
 走ること数分で、目的の建物の前に着いた。
 遠くから見ると綺麗な宮殿に見えたのだが、実際に近づいてみるとぼろぼろの研究所のようだった。あまりに大掛かりで、窓もたくさんあったので宮殿のように見えたのだろう。
 正面扉はがたついていたものの、崩れたりはしないだろう。レビは用心して、その扉を開けた。
 開けた先は、普通に研究所だった。
 カウンターに、ショーウィンドウに飾られてあっただろう研究成果。研究員用の休憩所に、来客用の応接場。そんな研究所を、丁寧にレビは見て回る。
 その中で、何か幽霊みたいなものを途中で何回も見かけた。
 一般人なら幽霊は恐怖の対象だろうが、ヴァンパイアハンターにとってはただの敵の一つに過ぎない。霊力を持つ月下美人のレビなら、気にするまでもない存在である。
 だが、ここが過去なら話は別だ。彼らから何か話を聞ければ、情報を得られるかもしれない。
 もちろん普通に話しかけても、返事が返ってくるどころか反応すらないだろう。ここにいるのは、過去の建物にこびりついた過去のデータなのだから。
 適当に目に入った部屋の中に入る。ここは研究室だろうが、どうやらメインの研究の補佐程度の代物のようだ。
 人影はいない。だが調べないのも何なので、レビは棚の方に近づいた。
 本は風化して読めない。そこらに散らばった研究レポートも、おそらく読める代物ではないだろう。
「大分前に滅んだ場所に立っているんだな」
 なら、ここはそんなにはるか昔ではないようだ。まあ自分がいた頃に比べれば、はるか昔となるのだが。
 少しこの場所についての手がかりを得て、レビは部屋を出る。
 別の部屋に行こうと思って歩いていると、廊下の隅で何かを話し合っている過去の幻影を見つけた。うっすらとしているのでよく解りにくいが、どうやら一組の男女のようだ。
 消え去ってしまわないように注意しながら近寄ると、かすかに話し声が聞こえてきた。

 ――……ら、……験……陽樹と………巫女…
 ――でも………『後継』…………危険……きない

 断片しか聞こえなかったが、それでもレビには何となく理解できた。
 どうやらこの二人は、太陽樹と大地の巫女について話し合っているらしい。何故彼らが。太陽樹や大地のみこの事を知っているのかは解らないが、これでまた解った事がある。
 ここは、太陽と係わり合いのある一族――太陽仔の生まれた場所だ。

 ――そして、月光仔が生まれた場所でもある。

 目の前にベンチで腰掛ける少年がいた。
 黒衣をまとったその少年は、レビにとっては良く知る身近な人物であった。
「父上」
 呼びかけると、サバタがゆっくりと腰を上げた。
「太陽樹――太陽意志は、俺にあの本を読ませるのをスイッチとしていたようだな。どうやら、この先は俺たち二人で見ないといけないものがあるようだ」
「……最初の太陽仔、か?」
「可能性はある」
 サバタが先を歩き出したので、レビはその後を続く。
 小さい頃、父とはこうして歩いていた記憶が多かった。手を繋いでくれるような父親ではなく、もっぱら母親が抱っこしたりおんぶしたりしていた。
 それでもレビにとってその背中はたくましく見え、同時に強く惹かれたものだった。人間、自分では得られないものを強く求めると言う傾向がある。自分はそれを父に見出しただけだ。
 だが、いつしかその存在が重くなっていった頃、父は自分の前を歩くのをやめた。
 広がる景色は今まで見たこともない新鮮なもので、自分は父とは全く違う景色を見ているのだと少し安心した。少なくとも、自分は父親のコピーではないとわかるから。
 だが今は、自分と同じくらいの年齢の父が前を歩いている。それが何となく面白かった。
 と、そんなレビの感慨をよそに、サバタの足が止まった。つられてレビも足を止める。
「……お前は感じるか?」
 父にそう問われ、レビは緩めかけていた気をしゃきっとさせた。
 そして何か感じられないかと、意識を集中させる。霊力も集中させ、すぐにそれを掴んだ。

 ――私はそれでも構いませんよ……。
    どちらかが倒れて勝利となるのなら、私は私が生き延びて勝利する道を選びましょう。

 少女の声が聞こえる。
 うっすらと見える幻影は、自分にも似ていたし、シャレルにも似ていたし、母にも似ていた気がした。