ボクらの太陽 Another・Children・Encounter34「えいごうらせん」

 見せたいものがある。
 ザジにそう言われて、サバタは彼女と共に図書館へとやって来ていた。
 司書であるレディとザジが話し合うことしばし、「こっちへおいで」とレディが二人を誘う。図書館の中でも、一般客は行けない古い本が眠っている場所だ。
 目的の本がある辺りまで案内すると、レディは仕事があるからと二人を置いて外へ出た。
 残されたサバタは、本を探しているザジに向かって声をかけた。
「で、見せたいものとは何だ」
「…これやこれ」
 ザジが見せたのは一冊の本だった。
 ……タイトルは、ぼやけて見えなかった。

 その時、急に誰かに呼ばれたような気がした。
 ……というより、父親の声が聞こえた気がしたのだ。
「父上?」
 リンクも繋いでないはずなのに、と思いながら、ついレビは何もない空間に向かって問いかけてしまう。当然、父からの答えはない。
 だがその代わり、脳裏に見たことのない風景が見えた。
 乾いた風が吹く廃墟。永い時の流れの中、それでも形を残した街の残骸。どこかの城下町だろうか。
 少なくともレビだけでなく、両親も見たことのないだろう風景が、脳裏に焼きついてしまった。
「……これは一体……?」
 つい口に出してしまったので、シャレルたちがこっちの方を向く。
「どうしたのさ」
「……景色が見えた」
 上手い説明が思いつかず、見えた事をそのまま口にした。当然シャレルたちは首を傾げるが、レビにはこれ以上いい説明が出来ない。
 とにかく、さっき見えた景色はレビの脳内にこびりついてしまった。一体これは、何の暗示なのだろうか。

 

 精神的な疲れがあり、リタはジャンゴの腕の中で眠ってしまった。
 おんぶしなおしてバイクまで歩く間、ジャンゴはリタの中にいるダークをどうやって祓うべきかを考える。イモータルは太陽の光に弱いが、ダークはどうなのだろう。
(おてんこさまがいてくれればなぁ)
 おてんこさまが未来に行って、もう一週間は経っただろうか。その間時間はめまぐるしく動いていたので、どうも一ヶ月は会っていない気がした。
 いつもいた人がふっといなくなると、急にその人が気になりだすと言うのを聞いたことがある。自分の場合はサバタ、おてんこさま、それからリタだろう。
 リンクを繋ごうにしても、相手の方からリンクを強引に切っているのか、どうも繋がらない。助言をもらえない以上、自分で何とかするしかないのか……。
「…ザジとかがいるじゃないか」
 急に星読みのできる親友を思い出し、ジャンゴの足取りがちょっと軽くなる。さすがにダークの弱点などは知らないだろうが、少しは頼りになる助言をくれそうな気がした。
 それにサン・ミゲルに帰れば、サバタもいる。少なくともここに残るよりははるかにマシなはずだ。
 バイクが置いてある場所まで来ると、ジャンゴはリタを起こそうとする。その時。

「ジャマ……キエロ……」

 異質な声が耳元で聞こえたかと思うと、急に首を絞められた。視界が不十分なので良く見えないが、おそらくダークに精神を乗っ取られたリタが、首を絞めてきているのだろう。
 何とか彼女の意識を取り戻そうと、ジャンゴは彼女の身体を揺らす。しばらくの攻防が続き、少しずつリタが首から手を離した。
 どうやら、意識を取り戻したらしい。降ろしてからへなへなと座り込むと、またリタが泣き出した。
「もう嫌……。やっぱり私…」
「大丈夫! 大丈夫だから」
 とは言え、この調子だと、サン・ミゲルにたどり着くまで何回ダークと化したリタに殺されかけるか解らない。それはジャンゴよりもリタにきつすぎるだろう。
 ジャンゴは適当に見つけた廃屋に入り、暖められるものを見繕って持ってくる。エンチャント・フレイムをかけた剣を突き立てて暖を取ると、慰めるためにまた抱きしめた。
「本当に大丈夫。皆を信じて」
 あやすように背中を撫でても、もう彼女は泣き止む事はない。心が弱りきっている今、下手な慰めは逆効果なのかもしれない。
 それでもジャンゴには、これしか慰める方法がない。もっと自分が器用ならば、もっと自分に力があれば、リタをここまで弱らせずに済ませられたのだろうか。
(畜生……!)
 自分の力のなさに、苛立ちが募りそうになる。最強のヴァンパイアハンターの息子やら太陽仔やらの勇名があっても、リタ一人救えなくて何が戦士か。
 リタもリタで、同じように苦しんでいる。せめて、彼女だけは助けたい。彼女の苦しみだけでも解き放ちたい。
 出会う前はリタと戦う事も覚悟を決めていたはずなのに、実際にこうして苦しんでいる彼女を見ると、戦う事ができない気がした。
 どうすればいいのだろう。どうすれば、彼女を助けることが出来るのだろうか。
「大丈夫だから……きっと助かるから……」
 結局同じ言葉しか言えず、ジャンゴは悔しさで胸がいっぱいになってしまった。

 サバタはザジから手渡された本を読んでみた。
 ほとんどが読めない古代文字だったが、ザジが読み方を知っていたので所々ザジに聞きながら先を進めて行く。どうやらこれは過去にあった記録のようだ。
 個人の手記ではあるが、どうやらどこかの組織のメンバーの一人だったらしく、背後に大きな何かを感じさせるような書き方だった。
 読んでいくうちに、ある程度の推理や想像ができるようになった。場所は……過去のサン・ミゲル。まだ「サン・ミゲル」と言う名を与えられていない頃の時期のようだ。
「解るか?」
 ザジに聞かれてサバタはうなずいた。読み進めれば読み進めるほど、今の状況の手がかりになりそうなものがたくさんあった。
 サン・ミゲルはかつて太陽都市が落ちた場所に作られた街だと言う。しかしその太陽都市自体が謎に包まれていて、詳しいことは何も解らない。
 月に楽園を築いた月光仔の一族と同じように、太陽に近い空に都市を作って浮かべた太陽仔の一族。だが、「どうやって空に都市を浮かべたのか?」という疑問が残る。
 太陽銃ガン・デル・ソル。太陽機ソル・デ・バイス。太陽スタンド。様々な太陽仔の一族が作った魔法機械。それらの設計に関する話も、全てが謎の中だ。
 活躍自体は有名であっても、その一族の内容が謎である太陽仔。
 もしかして、この本には太陽仔の歴史があるのだろうか?
 ザジの方に視線を向けると、彼女もそう考えたらしく、一つうなずいた。それを見てから、サバタは読書を再開する。
 本に夢中になっているからか、今いるのはサン・ミゲルではなく、本に書かれてある「パンゲア」と呼ばれた都市のように思えた。

『……実験は成功した。
 我々古き血脈を、新たな人類に移す。それにより、古き時代から新時代へと世界が変わる。
 新たな時代の者達は、いつしか我らの世界の事を『旧世界』と呼ぶようになるだろう。それは正しい。過去に捕らわれれば、待っているのは破滅だ。過去は、参考にする程度でいい。
 だが問題は、今だに揺り篭にすがりつく者達だ。彼らは彼らの方法で、未来を繋ぐ方法を模索している事だろう。
 それが正しい方法ならいい。だが間違った方法だったとしたら。
 間違った方法を正しいと信じ込み、それを広めようとしたら。
 だから我々は、彼らに対抗できうるであろう手段として、古き血脈を新たな人類に移した。はるか昔から我々を支え続けてきた二つの惑星、太陽と月の加護を得る力を。
 この力がどう進化していくか……いや、進化するのかどうかすら解らないが、少なくとも未来にかすかな希望を残すものになるだろう。
 我々はただ、新たな時代に希望があることを祈るのみである』

 とりあえず一番長く読めたのはこの辺りである。
 この文章を信じるなら、太陽仔の祖先と月光仔の祖先は同じであり、あるものに対抗する手段として生み出されたらしい。
「……サバタ、『地の後継者』って知ってるか?」
 一緒に読んでいたザジが、そうぼそりと聞いてきた。
 聞いたことがないので、サバタは首を横に振る。前月下美人のマーニか、おてんこさま辺りなら知ってそうだが、サバタはあいにく名前も知らなかった。
 ひまわり娘の後継者である彼女は、視線を本から移さずにぼそぼそと続ける。
「ウチもばばぁからちょびっと聞いただけなんや。『地霊仔』とも言われてたとか、逆にその『地霊仔』と争ってたとも聞くけど、詳しいことまでは知らへん。
 ただ、月光仔や太陽仔よりも先に滅んだ一族らしいんや」
 説明されても全くイメージが沸かない。とりあえず、太陽と月だけでなく、大地の一族もあったらしいということは解った。
(大地の一族?)
 ふとリタのことが頭に浮かんだ。
 彼女は、生命の社たる太陽樹を守る大地の巫女だ。その太陽樹は、太陽の力を取り入れて辺り一体を浄化する力を持っている。
 もし太陽樹もこの本を書いた者達が生み出したとするなら、大地の巫女はその『地の後継者』の生き残りに当たるのだろうか。
 サバタはリタの過去を知らない。おそらく知っている者は誰一人としていないだろう。あのジャンゴも、きっと知らない。
 誰もリタに過去の事を聞かなかったし、リタも進んで過去の事を語りはしなかった。今考えると、何となく何故聞かなかったのだろうと、少し後悔した。
(まさか、そこまでダークも考えていたわけではあるまい)
 リタが『地の後継者』の生き残りだから狙ったのではなく、彼女の弱りきった心を狙ったに違いない。ダークにとっても太陽仔は天敵に違いないのだから。
「……仮に、その『地の後継者』の生き残りがいるとしても、もう関係はないだろう。今まで狙われた事がないのだからな」
「そやけどな……」
 何かひっかかりそうなんやよなーとぼやくザジを尻目に、サバタはまた読書に戻った。

「……大地の揺り篭」
 シャレルから事情を聞いたリッキーはそう断言した。
「え?」
「長い時を生きて来た者ぐらいしか解らぬだろうな。かつて、太陽と月の血は、大地の者が与えたものと言う。
 そしてその大地の者たちは、二つに分かれて戦っておった」
「…あ、聞いたことある。地中に住まう『地の後継』と、『地霊仔』。この二つは旧世界で戦っていたらしいわ」
 精霊とイモータル。種族こそ違えど、長い時を生きてきた事には間違いない。示し合わせていない限り、二人は同じ事を知っていそうだ。
 太陽の精霊であるおてんこさまは、うーんと渋い顔になっている。さすがに、リッキーたちが語る時代には顔を出した事がないのだろう。
「で、その揺り篭に最後のイモータルがいるのか」
 レビが話を進めると、ブリュンヒルデは「多分ね」と自信なく答えた。ブルーティカと同じイモータルのブリュンヒルデだが、彼女の行動全てが解るわけではない。
 逆に全く知らないはずのリッキーが、自信たっぷりに「おそらくそこだ」と答える。この差は、一体なんなのだろうか。
「理樹が知っている知識が正しければ、おそらくそこがイモータルにとっての最後の砦だ。

 ……そこが、最初のイモータルが目覚めた場所だろうからの」

「「ええっ!!?」」
 リッキーの説明に、全員の目が丸くなった。