ボクらの太陽 Another・Children・Encounter31「零のかたちにさよならを」

 エフェス――霊にして零。
 何もない幽霊、ただあるのは本能だけ。元の身体に戻りたいと言う本能だけ。
 ある意味、原種の欠片と同じような存在だ。
 様々な力によって、アンデッドが人間となった。それは奇跡。
 必要のないものばかりが集まり、一つの形を成した。それもまた奇跡。
 何の意思もない。ただ様々な現象が導いた、ありえないこと。それが奇跡。

 だからこそ、彼の存在は常に揺れ動き、不安定だ。
 消滅しそうなほどの弱さをまとう時もあれば、不死に近いほどの強さを得る時もある。
 決して一つの形に収まらない存在。
 それは生者にも似ている。

 だが、彼は人としての生を生きるには脆弱すぎる。
 光を恐れ、闇に中に安寧を見出し、ひそやかな影の中にこそ眠りを得る。
 決して太陽を愛せない存在。
 それは不死者にも似ている。

 ……その反面、死というものを彼ら知っている。
 永遠と刹那の間をさまよいながら、それでも凍りついた時の中から出ることが出来ない。
 決して時を動かせない存在。
 それは死者にも似ている。

 欠片から生み出された、悲しい人形。エフェスはエフェスと言う形で生まれることが出来なかった。
 だから彼は「かりそめの子」。
 人の時に比べて刹那に等しいその生の中で、エフェスは本能と感情の中を迷う。
 だから彼は「迷い子」。

 そして今、彼はエフェス=レジセイアとして、ダークの形と成っている。

 

 

 何もない空間だった。
 それが、自分の生まれた場所でもあった。
 生まれた場所が解るのは何故か知らないが、少なくともエフェスはそここそが自分の生まれた場所だと認知していた。
 ここに戻ってきた以上、もう自分は外に出ることは出来ない。結局、自分はここに戻ってきてしまった。
 だが、もう感覚も消えたはずなのに、自分はここにいるということを感じる。
(これは、何?)
 エフェスは問いかけ……そして驚いた。今のは、エフェスが思ったこと?
 オリジナルの感覚は、もう完全に途切れている。だから自分は、ただの欠片が集まっただけの存在だと認識していたはずだった。
 それなのに、自分の感覚がかすかながらにもある。これは一体なんなのだろう。
 エフェスにはそれがよく解らない。……元々、人の形ではなかった彼は、人の感情が解らない。ただ、オリジナルの感覚を認識する事しかできない。
 オリジナルの感覚はもうない。だから自分は何も解らない。そもそも、自分と言う感覚自体がないはずだった。
(これは、何?)
 もう一度同じ問いを繰り返す。当然のことながら、答えはない。
 ……沈黙。

 ――暗い闇の中、ふと何かを感じた。

(?)
 覚えのある感覚。自分のものか、それともオリジナルのものなのかわからない感覚。それがやってきた。
(シャレル=マリア……)
 名前を呼ぶ。それだけが出来る事だった。
 この気持ちがわからない以上、自分に出来るのはそれだけしかない。ただこの気持ちを生み出す存在である、赤光嬢の名前を。
 すると、何故か空間が揺らいだ気がした。
(え?)
 もう一度シャレルの名前を呼ぶと、空間の揺らぎは少し大きくなった。この名前が、揺らぎを発生する鍵なのか。
 なら、もっと呼んでみよう。
 ここから出たいから。
 自分というものを、得たいから。

 その声が取り込まれているエフェスのものだと気づくのに、そうそう時間はかからなかった。
 間違いない。エフェスはダークに取り込まれながらも、自我を消されずにいる!
「エフェス!!」
 シャレルが大声を上げて彼の名前を呼ぶが、エフェスは自分の名前を呼ぶだけで全く反応しない。罠なのか、とおてんこさまが諦めた顔になった時、呼ぶ声はぴたりと止まった。
 同時に、エフェス=レジセイアの動きも止まる。ダークそのものは動きたいようだが、エフェスが内部で抵抗しているようだ。
 攻めるなら今しかない。シャレルは合身してセラフィックメイデンになると、一気に飛び込んだ。武器は持たずに、徒手空拳での鮮やかな攻撃、アレグリアスターンだ。
 最初の一撃を決めようと足を振り上げるが。
「……その光……危険すぎる……」
 エフェス=レジセイアの身体に生えている装甲の一つが、シャレルの身体を大きく弾いた。
 攻撃する直前だったので、シャレルは攻撃を食らって大きく吹っ飛んでしまう。おてんこさまとの合身も、その弾みで解除されてしまった。
 肉の塊に覆われたエフェス=レジセイアの視線が、シャレルに移る。
「歪みの最大……だが、それは静寂なる真の血脈を産んだ……」
「真の血脈?」
「我が求めるは、生命の安定……。そして……拡散する歪んだ血脈を淘汰する事……」
「その淘汰する血脈とは、今の人間の事か…!」
 おてんこさまの頭の中で、ようやく色々な手がかりがまとまっていく。
 ダークの狙いは生命種が広がらない事であり、全ての生命の死滅だと思っていたが、生命種が広がりさえしなければ後はいいのかもしれない。
 なら、その広がらない生命種とは? 静寂なる真の血脈とは?
 アンデッドかと思ったが、あれは意志を持たずにただ死地を徘徊するだけの代物だ。とてもダークが求めるものとは思えない。
 なら、イモータルか? そうも思ったが、おてんこさまはすぐに否定した。ダークにとってイモータルは捨て駒であっても、望む生命体ではないだろう。
 人でもなく、アンデッドでもなく、イモータルでもない。そんな存在がいると言うのか。
 おてんこさまが考えていると、またエフェス=レジセイアは動きを止めた。
 まだ媒介としている迷い子を制御できないのだろう。降臨してきたのは細胞一つ程度の力とは言え、完全に力を出される前に何とかしなければいけない。
「うう…」
 ようやくダメージから回復したシャレルは、もう一度おてんこさまに視線を移した。それだけで考えを解ってくれたおてんこさまと、もう一度合身する。
「無謀…な……」
「そんなの解ってるさ!」
 ダークの笑いを跳ね返し、シャレルは決められなかったアレグリアスターンを今度こそ決める。足に宿った太陽の刃が、エフェス=レジセイアの身体を大きく切り裂いた。
 同化しているエフェスの顔が大きく歪むが、それで立ち止まっていられない。彼を思いやって手加減すれば、負けるのはこっちだ。
 人質を取られた時は、人質が始めて人質という価値を発する前に叩くか、人質ごと一気に倒すほどの気持ちで押せと父に教えられた。救う救わないの問題はその後だと。
 助けるな、という意味ではない。助けるために戦うのだ。下手に尻込みすれば相手の思う壺であり、逆に人質の命はない。
 シャレルの手加減抜きの攻撃は、確実にエフェス=レジセイアの身体をえぐる。いかなダークとは言え、物質であるエフェスを媒介として降臨したのだから、身体が傷つけばダメージを負うのだ。
 例え今いるダークが、ただの端末やほんのわずかな切れ端でもいい。とにかく倒さなければ未来はないのだ。
「でぇぇぇぇぇぇい!!」
 乾坤一擲の一撃が、エフェス=レジセイアの腕をなぎ払った。さすがにこれは効いたらしく、エフェス=レジセイアは苦痛の声を上げる。
 エフェス=レジセイアが絶叫する間、シャレルはまた突っ込んでスフィリカルコロナを放った。すさまじい太陽の一撃が、相手を火だるまに変える。

 ――シャレル……シャレル……

 火だるまになったエフェス=レジセイアから、エフェスの声が聞こえる。もしかして、今までずっと呼び続けていたのだろうか。
「エフェスッッ!!!」
 合身を解除したシャレルが、迷うことなくエフェスが収まっている腹の中に飛び込む。
 炎の中、手を伸ばすと、エフェスも反応して手を伸ばした。だが、阻むようにダークが触手や爪を伸ばして二人をさえぎろうとする。
「ええい、くそっ!」
 剣を抜くのも面倒なので、手で強引にそれらを振り払った。エフェスの方は振り払うだけの気力はないので、ただ手を伸ばしているだけだ。
 それでも何とか必死に振り払い、ようやくエフェスの手を掴んだ。そのまま一気に引っ張ろうとして。

 ……ぐしゃっ

「え?」
 崩れた。
 握ったはずのエフェスの腕が、大きく崩れた。一瞬、気が抜けた顔で自分の手を見てしまう。対するエフェスの方はそれが当然、と言わんばかりの顔になる。
 呆然としているとレジセイアが大きく動き、シャレルを弾いた。
「がっ!!」
「シャレル!」
 慌てておてんこさまが近寄る。また合身したほうがいいのか、と思って顔を上げて……絶句した。
 エフェス=レジセイアは大きく崩れかけていた。頭から色を失い、ゆっくりと風化している。
 あの一撃が止めだったらしいが、あまりにもあっけないような気がする。しかし二人の疑念をよそに、確かにエフェス=レジセイアは崩れていた。
 中にいるエフェスも、同じように崩れている。シャレルは慌てて助け出そうとするが、崩れ行く巨体に阻まれ、近づく事すらできなかった。

 ――シャレル……マリア……気になるの……この気持ち……

 声が聞こえる。
 エフェスの声が。

 ――この気持ち……気になるの……。エフェスは……エフェスに……れ…い………?

 崩れる音と、エフェスの声が混ざり合い……そして、消えた。