最初それに気づいたのは、一番近い存在であるブリュンヒルデだった。
いくら太陽の光を浴び続けていてもダメージを全く受けないのを疑問に思った彼女は、少し辺りを調べてみる。そう長くかからずに、その理由が解った。
この地に、原種の欠片と同じような存在が来ている。
次にそれに気づいたのはシャレルだった。
懐かしいようなそうでもないような何かを感じたと思った瞬間、くるりとそっちの方を向く。おてんこさまが不思議そうな顔をするが、それを気にしてはいられない。
だが、予想を裏切り、そこには何もなかった。廃墟に似合った空っ風が吹き、無人さを強調する。
「????」
気のせいかな…と思って背中を向けると、さっき感じたものがいっそう強く感じられた。一体なんなんだと思ってまたそっちの方を向くと、今度は少しだけ違いがあった。
何もないはずのその場所に、もやっとした霧みたいなのが漂っている。よく目を凝らしてみると――赤と青。そして時折輝くのは鎧だろうか。
まぎれもなく、エフェスの欠片と言ってもいいモノだった。
「エフェス!」
つい声をかけると、霧はあっという間に霧散してしまう。あちゃあ、と頭を抱えたが、すぐにこの近くに何かがあることを確信した。
困った時は基本に返るのが良し、と聞くが、こういうことでも上手く行くとは思わなかった。シャレルはカンで後を追おうとして――仲間の存在を思い出した。
さすがに一人行動をし続けるのは問題だろう。エフェスの事は気になるが、一度仲間のところに戻って今後の事を話し合った方がいい。
「やっぱり、ここには何かあるのぅ」
報告を聞いたリッキーは、開口一番そう断言した。
同じ精霊のはずのおてんこさまがリッキーの方を見て、「本当か?」と首をかしげる。どうやら、一くくりに同じ存在と言っても、おてんこさまとリッキーは大きく違うようだ。
錫杖をくるりと一回転させ、リッキーは地面を指す。
「東西南北に封印されていた影の一族、街の鬼門に置かれた螺旋の塔、中心部に添えられた太陽樹。結界の張りやすさもあり、ここは様々な呪術が効き易い場所でもある。
だが、ここ最近でそれが大きく崩れておる」
「どういうこと?」
「太陽、月、闇。それから新たに加わった霊力も混じって、ここは完全な混沌地帯と化しているって事。効き易い、じゃなくて、ここだと何でも効く状態になってるのよ」
首をかしげるシャレルに、ブリュンヒルデがリッキーの説明に肉付けしながら答えた。
何でも効く、というのは一番とんでもない状態である。洗脳の魔法や、封印解除の魔法すらあっさりと効くという事だからだ。逆に、解放や封印の魔法もよく効くようにもなっているが。
サン・ミゲル襲撃がこうもあっさり成功してしまった理由は、そこにあるのかもしれない。
「つまり、誰かがちょっかいをかければ、それだけでこの星が滅びる可能性もあるということか…」
おてんこさまの言葉は大げさだが、的を射ていた。確かに、ここはヨルムンガンドも眠っている。また太陽仔や月光仔の末裔であるシャレルとレビがいるので、ここがやられるともう希望はない。
となると、ここにい続けるのは問題かもしれない。混沌としたここでは、いつ何が起きるかわからないのだ。
「移動したほうがいいのか?」
「した方がいいかも知れぬな。ここ一帯を安定させるとなると、精霊も協力した大掛かりな呪術が必要となる。
残念だが、ここはしばらく……」
リッキーの言葉は、豪風によってかき消された。
吹き飛ばされそうな――いや、実際にシャレルは吹き飛ばされる。首根っこを掴まれたような感覚とともに、身体が浮き上がり、風に乗せられて大きく飛んでしまった。
慌てておてんこさまがこっちに向かって飛んできて、シャレルと手を繋ぐ。頼りない手ではあるが、一人で飛ばされるよりははるかに頼もしい手だった。
きになるの、あのこのこと……
しゃれる=まりあ……
「え!?」
飛ばされる前に聞いた声は、確かにエフェスのものだった。
胸がもやもやする……
この気持ちは誰のもの?
オリジナルの欠片から生まれた自分。
全てがコピーでしかない、出来損ないのレプリカ。
だから、この気持ちはきっとオリジナルのもの。
でも、知りたい。
この気持ちは、本当に誰のものなの?
この気持ちの原因となる少女は、一体何なの?
知りたい。
そして、得たい。
そうでなければ、自分は……。
それを最初見た時、ダークは満足そうな笑みを浮かべた。いや、実際ダークが人間のような姿をしているわけでなく、デバテイスにはそう感じられただけだ。
とにかく、自分が見つけ出した適格者はダークの眼鏡に合ったらしい。これで、自分がダークの右腕たる暗黒仔に選ばれたも同然だ。
適格者である赤い鎧の少年は、ダークの器となるべく完全な眠りを与えてある。殺した方が手っ取り早いのだが、それだとダークは降りることができないのだ。
やがて。
鳴動音がなったと同時に、赤い鎧の少年の周りに生物的な何かが現れる。植物のような蔦や、甲殻類のようなウロコ、骨格を思わせる骨…生物全てのエッセンスを取り込んだかのような檻だ。
少年が取り込まれると、ダーク――レジセイアがゆっくりと身体を起こす。
「おお……おおお!」
あまりの感嘆ぶりに腰を抜かしかけるデバテイス。これでようやく、ダークはこの地に降り立ったのだ。
「いい…器だ……。これなら、我は動く事が………できる…」
檻の中にいる少年の口を使って、ダークがゆったりとデバテイスに話しかける。
まさか声をかけられるとは思っていなかったので、デバテイスは目の前のダークに大きくひれ伏した。こうして本物のダークを目の前に見ることが出来るとは、自分は何て運がいいのだろうか。
レジセイアは大きな身体をゆっくりと動かし、外に出ようとする。当然デバテイスも後を追おうとするが。
「貴様には……………用はない……」
その一言と同時に放たれた一撃で、彼は塵一つ残さずに消滅させられた。
降臨できればもうイモータルは必要ない。元々、実験の失敗作でもある存在だ。望むものが手に入れば、跡形もなく消し去るつもりだった。
望みは、拡散する事もない生命体。静寂なる宇宙に住まうべき、静寂なる生命体だ。そして今、その生命体の候補たる少年が、我が手の内にある。
器としては狭いが、こればかりは仕方がない。全てを知っているこっちとしては、捨て駒だった奴らがこれを見つけて持ってきたことだけで御の字だ。
それに、この器でもあの太陽を滅ぼすほどの力はあるはず。後はゆっくりと、候補を侵食すればいい。
サン・ミゲルの地下、レジセイアは自分の望みをかなえるべく、ゆっくりと動き出した。残されたのはデバテイスだった灰のみ。
しばらくしてから、ふわりと空間が揺れて一人の女――ブルーティカが顔を出した。
「あらあら、結局滅ぼされちゃったのね、おじいちゃん。……ん?」
少し遺品でも、と思ってあちこち見回すと、辺りに灰以外の何かが散らかっているのに気がついた。小さいので、ごみや埃と勘違いしていたのだ。
気になったのでいくつかつまんでみると、それは綺麗な羽根だった。色は少し赤みが入ったものと青みが入ったものの二つ。
適当にもてあそんでいると、それはすぐに崩れ去ってしまう。普通の羽根にしては、それはもろすぎた。
「ふーん……」
もう少し拾って、その羽根を色々と調べてみたりする。中には拾った矢先に崩れるものもあり、どれも不安定な代物だった。
それに、あの取り込まれた子も何となく不安定な気がした。まるで、何かの偽者のような……。
「…まさか、ねぇ……」
何となく思いついた考えに、さすがに呆れて苦笑してしまった。
とはいえ、何となく引っかかるので、自分は自分なりに調べてみる事にした。単に、やる事があまり思いつかないとも言うのだが。