「原種の欠片を元に戻す?」
最初それを聞いた時、自分の耳(?)を疑いそうになった。
原種の欠片は常に強固な封印の中にあり、『元に還す』事は実質不可能に近い。封印を強化する事を『元に還す』というのならうなずけるが、シャレルの言い方はそうとは思えなかった。
もう一度同じ事を聞くと、娘ははっきりとうなずいた。
――うん、封印を強化しなおすだけじゃダメなんだよ。彼らは、自分の立場を本能的に察してるから、封印があれば破りたくなる。
逆に封印が封印であると認識できなくなれば、彼らだって大人しくなるさ。
正直相手の正気さを疑いたくなるような理論だったが、ここまでシャレルが確固とした意思で話している以上、何か根拠があるのだろう。例えそれが彼女のカンだとしても。
「シャレル、どうすればいい?」
こっちはやり方がわからないので、シャレルに指示を仰ぐ。娘に全部任せきりというのも頼りないな、とジャンゴはふと思った。
――伯父さんは大丈夫? 月下美人の力も要るんだけど…。
そう言われて、ジャンゴはサバタの方を向いた。兄は頭を何度も振りながら、何とか意識を取り戻そうとしている。
頭に手をやっているのは、彼も娘とリンクしているのかもしれない。なら、共同作業といけそうだ。
意識が完全に戻った時、シャレルはジャンゴと同じように太陽の化身と化していた。
見た目はソルジャンゴに似た感じだが、雰囲気は微妙に違う。女王蜂のようなフォーリンメサイアと対を成すからか、そのイメージは蝶によく似ていた。
「お、おお……」
倒れ伏していたオヴォミナムがその姿を見てにじり寄るが、圧倒的な太陽の力に弾き飛ばされてしまう。
直に太陽そのものを浴びたオヴォミナムがゆっくりと崩れていくが、シャレルはもう彼に見向きもせず、大きくスレードゲルミルに向かって飛んだ。
「姉様ーっ!!」
今だ拘束されたままの従姉を呼ぶと、同じように自我意識を取り戻したレビがスレードゲルミルを振り払う。
彼女の意識が完全に戻っていることを確認したシャレルは、あっけに取られたままのブリュンヒルデに向かって大声で叫んだ。
「リッキー! そっちの人! サポートよろしく!」
そういえば名前教えてなかったっけ、と思いながら、ブリュンヒルデは全開でスレードゲルミルに向かって飛び込んだ。
ソルジャンゴになって飛び込んだ時、ジャンゴは己の体内でまだ暗黒の力が抜けきっていない事に気がついた。
(これって…?)
ヴァンパイアの血だけではない暗い影の力。おそらくダーインがジャンゴに与えた力が、まだ残っているのだろう。それでもかまわず、ヴァナルガンドの元へと走った。
完全融合していなかったとはいえ、自分の身体のパーツを失ったヴァナルガンドは苦しむように吼える。苦し紛れの一撃を、ジャンゴは右の拳で砕いた。
「兄さん、急げ!」
後ろでまだふらついているサバタに向かって声をかける。弟の声でサバタはようやく立ち上がり、ヴァナルガンドに向かった。
「レビ! 聞こえるな!?」
――聞こえるぞ父上! 私も、父上も、ようやく自分を取り戻す事が出来たようだ…。
レビもレビで自分を求めてさまよっていたようだ。全く、妙なところでそっくりな父娘だと思いながら、サバタは精神を集中させる。
月光仔の一族は迷いの一族。だが、その迷いを受け入れることが出来れば、強い力をもコントロールできる。月は常に揺らいでいながら、確実に在るからだ。
今なら、何とかヴァナルガンドの狂気を抑える事が出来るはずだ。その狂気の中で、確かに懐かしい気配を感じられる。
すぅ、と大きく息を吸い、そして一小節目を詠い始める。
「「聞け、声なき我らの父よ!」」
現在と未来で、父と娘の声が唱和した。
二人の月下美人の声が重なり合い、見事なハーモニーを織り成していく。パターンはどんどん変化していくが、形そのものは変化していない。
偶然か必然か、その詩の中で原種の欠片を抑えるジャンゴとシャレルの動きも、ほぼ同じだった。
ジャンゴはシャレルとは違ってブリュンヒルデやリッキーのサポートがないが、内側からカーミラが支援してくれているのでそうそう負けはしなかった。
「ブリュンヒルデ! 闇の力を!」
「うおおおおおっ!!」
未来ではブリュンヒルデの力が、現在ではジャンゴに宿ったダーインの力とヴァナルガンドの中にあるカーミラの力が、原種の欠片を抑える。
抵抗の力は、全て月下美人であるサバタとレビの詩によって調和され、あっけなく霧散していった。
そして。
「ソルプロミネンス!」
「スフィリカルコロナ!」
太陽の化身であるジャンゴとシャレルが、原種の欠片を削っていく。雄雄しき光が何回も満ち溢れ、その度にヴァナルガンドやスレードゲルミルが悲鳴を上げた。
「いける!」
「止めだ!」
誰が叫んだのかは解らないが、のたうつ原種の欠片を見てソルジャンゴとシャレル――セラフィックメイデンが大きく飛んだ。
今までで光量も威力も一番の一撃が、二人の手に宿る。そのまぶしさに、原種の欠片が大きくひるんだぐらいである。
奇しくも同じ弱点――眉間を狙い、太陽の化身たちは飛び切りの一撃を放った。
「「ブレェェェェェェェイク!!!!」」
その瞬間、太陽が光臨した。
「……!?」
まぶしい光を感じて、エフェスはそっちの方に視線を向ける。
強い力は先ほどからずっとその方向から感じられたが、エフェスにとってはあまり興味がないものだった。今の彼にとって興味をそそられるのは、シャレル=マリアに関してだけだ。
『帰るべき場所』でもあったフートは、あの後またどこかへ消えた。彼は彼で、やるべきことを果たそうとしている。自分には何もない。だから、自分の心の中に強くある存在を求めるしかないのだ。
そしてあの光は、シャレルを強く感じさせた。
「行かなきゃ。エフェスはあそこに行かなきゃ」
ふらふらと虫が光に引き寄せられるように、エフェスは光った場所へと歩いていく。転移を使えば早いのだが、その時のエフェスの思考には「光を追う」ことしかなかった。
歩く事しばらく。光は消えたが、それでもエフェスは光っていた場所目指して歩き続ける。
……取り付かれたような歩みは、一つの音で止まった。
かこんっ、と獅子脅しのような音が飛び込んできたかと思うと、エフェスの身体は自分の意思に逆らってふわりと浮く。さすがに慌ててじたばたするが、身体は自由にならなかった。
また音が鳴る。音の出所を視線で探ると、ちょうどエフェスの足元に一人の老人がいた。
「さすがじゃの。普通の者ならこれで意識を失うのじゃが」
どうやら音でこっちの意識を抑えようとしているらしく、エフェスが意識を失わないのを驚いている。褒められた事が解らず、エフェスは首をかしげた。
老人はまた音を鳴らす。今度は一、二回目とは少し音程が違った。
音によって導かれる頭痛を、首を何度も振ることで振り払うと、また老人が感嘆の息をもらした。
「これも振り払うか。ますます条件が揃ってきたのぅ」
また音を鳴らそうとしてくるが、四回目は何とか体の自由を取り戻したエフェスが飛び込んでその音を掻き消す。鎌が唸る音と老人が出す音がぶつかり合い、不協和音を生み出した。
だが、戦略も何もない本能だけの攻撃が当たるわけもなく、逆にこっちの動きを把握した攻撃は当たってしまう。やがて足元をすくわれ、また音を聞かされた。
すぐに耳をふさぐが、それで音が聞こえなくなるわけではない。それでも、少しすればすぐに収まったのだが。
「…おお! これすら防いだというか! 直に見に来て正解だったわい」
「?」
老人は感心しているが、エフェスには何もわからない。何となく首をかしげていると、背後から殴られてその意識を手放してしまった。
「警戒心のない小童よ」
老人――デバテイスは、部下の一撃で昏倒したエフェスを見やった。
彼は戦闘力こそあるものの、戦い方や駆け引きなどを全く知らない。警戒心も全くないので、予想以上に事は上手く運んでくれた。
「連れて行くのじゃ」
『畏まりました』
部下はすぐに引き上げた。ダークにはもうエフェスのことは報告してある。適格者――「生者でもなく、死者でもなく、不死者でもない」存在。彼はまさにその条件に当てはまる存在だった。
デバテイスが鳴らした音は、順に生者、不死者、死者に効く音で、エフェスは全てそれを振り払ったのだ。これなら他のイモータルに対して、大きくアドバンテージを取る事が出来る。
抹消された一族――「冥」の一族出身であるが故にさげすまれてきた自分が、ダークの右腕として、全ての存在の頂点に立つのだ。
「あの臆病者のニーベルンゲンの奴とも、ようやく決着がつくというものじゃ」
死と言う名の解放を与えるという、素晴らしい使命から逃げ出したあの臆病者。その奴もダークを直に見れば今までの自分の考えが、どれほど臆病だったかわかるだろう。
ブルーティカやオヴォミナムが何をたくらんでいようとも、もう全ては手遅れだ。
ダークは降臨する。エフェスという少年を器にして。
自然とこみ上げる笑いを抑えることが出来ず、口からしわがれた笑いが出る。
しばらくそのまま笑っていたが、やがて息を詰まらせたデバテイスは胸を押さえながらその場を去った。
準備は整った。
さて、もうすぐ動き出すとするか…。