ボクらの太陽 Another・Children・Encounter26「一難去ってまた一難」

 原種の欠片は消えた。
 とりあえず封印の強化(と言うべきなのだろうか)は成功したので、ほっと胸をなでおろすジャンゴ。

 ――父様! こっちも成功したよ!

 明るい声で娘がリンクしてくる。とりあえず目の前の災難は何とかできたので、ようやく一息つけそうだ。
 あくまで、ほんの一息程度だが。

 

 また石化していくヴァナルガンドを、サバタは黙って見つめている。
「…今度こそ、本当にさよならだ……」
 今までずっと乗り越えなられなかった過去が、ようやく乗り越えられたのだろう。その顔には、今まで見たことのなかった穏やかな笑みが浮かんでいた。
(ようやく、終わったよ)
 ジャンゴも心の中で、ヴァナルガンドと共にいるであろう嘆きの魔女へ言う。かつて、「あの人に救いを」と言われ、やっと彼を救うことが出来たのだ。
 ……とはいえ、己を救えるのは己自身。サバタには、あまり自分の力は必要なかったようだ。

 ――父様と伯父様って、本当に仲がいいね?

 何かをからかうような口調で、シャレルが話しかけてきた。こういうのは慣れているので、ジャンゴは苦笑して「そういうのじゃないよ」と答える。
「兄さんが出来ない事は僕が出来る。僕が出来ない事は兄さんが出来る。それだけの話さ」
 兄弟や家族って、そういうものだろ?
 深い意味など必要ない。いて当然だし、いなくても心配する必要はない。本当に消えてしまうのなら心配するのだが。
 ただ、自分たちの家族が、人とは少し違うだけなのだ。だから何かしら理由をつけて、みんなで特別扱いしたがる。そうする事で祭り上げたいだけなのだ。
 少なくとも、ジャンゴにとってサバタは兄以上でも以下でもない。例え相手がそう思っていなくても、ジャンゴにとってはずっと兄として映る事だろう。
 サバタは、どう思ってるのだろう。ほんの少しだけ気になった。

 灰は灰に。塵は塵に。
 いつかカーミラが教えてくれた、吸血鬼退治に使う呪いの言葉。
 その時はなぜその言葉を教えてくれたのか解らなかったが、今なら何となく解る気がした。
 一度死した者が蘇ったところでまた葬られるのと同じように、同じことがあっても同じように行くということもあるのだ、と。
 自分の悩みは、かつて一度通った道。なら同じように切り開く事は出来た。なのに、また同じ悩みに落ちた時、別の答えを求めてさまよってしまった。
 過去を振り向かない。それ以外の答えを探し出そうとあがき、結局同じ答えにたどり着いた。
(もう俺は、お前に背中を押される子供じゃない)
 カーミラはいない。それは事実だ。だから、自分は一人で歩き、一人で決めなくてはいけない。未来も、自分の立場も、己の意思で受け入れなくてはいけない。
 自分は自分だ。ただちょっと違う力を背負わされただけで、根本的なものは何一つ変わらない。そしてそれは地球を取り巻く太陽と月とて、変わらないのだ。
 ただそこにある。それだけで意味がある。ただ太陽と月があり、その間に地球がある。それだけで充分なのだ。
(レビも、それが解る)
 会話したのはほんの少しだが、あの娘は自分以上に聡い。自分が得た答え以上の答えを得ても、おかしくはない気がした。
 それが次世代というものなのかもしれない。何となく、サバタは寂しい気がした。

 スレードゲルミルが音を立てて崩れていく。
 原種の欠片のエッセンスをふんだんに取り入れたとはいえ、まがい物故に崩れていくのかもしれない。
「ふ、ふふ…っ、やっぱり君は美しい太陽の鳥だね……」
 間近で太陽の光を浴び続けていたオヴォミナムが、崩れながら笑う。それでようやくセラフィックメイデンから戻ったシャレルは彼の存在を思い出した。
 パイルドライバーを使わなかったが、この状態なら浄化されて滅びるのも時間の問題だろう。
 オヴォミナムの視線はシャレルに向けられていたが、シャレルは絶対に視線を合わせなかった。照れ隠しとかの簡単な感情ではなく、ただ哀れみから視線を向けなかった。
「最後の最後まで僕の愛を受け入れてくれないか…。ふ、これも解っていた事さ……。ダーインも、最後まで愛するジャンゴに否定されたからね……」
「それ以前の問題だと思うがな」
 ぼろぼろになったレビが呆れたようにつぶやく。普通の感覚なら、同姓から迫られれば断るものだ。
 シャレルたち女性陣がこくこくうなずく中、リッキーだけが真剣なまなざしでオヴォミナムを見つめる。
「オヴォミナムとやら、ぬしら影の一族は長い間太陽仔を物にしようとしていた。
 何故だ? 何故天敵であるはずの太陽仔にそこまでこだわる?」
 リッキーの問いに、オヴォミナムは手を顎に当てようとして――もう手は崩れていてなかったので、困ったように苦笑した。
「何故だかは解らないさ。僕もダーインも、自分の想いに対して正直に生きた。ドゥラスロールという暗黒樹の少女も、最後には太陽そのものに憧れた。
 もしかしたら、僕たち影の一族は、本能的に太陽を求めているのかもね……」
 いい迷惑だ。シャレルはそう思った。
 求められるのは悪くないが、独占されるのは嬉しくない。そういう感情が、取り込むことに優れた影の一族ならでは、ということなのだろうか。
 シャレルは深々とため息をつく。伯爵もタチが悪かったが、オヴォミナムはそれ以上だ。これで滅びるのだから、もう二度と会うことはないだろうが……。
 と、ずぅぅぅん…という音が鳴ったので後ろを見てみると、スレードゲルミルは完全に崩れ去っていた。これでオヴォミナムのもくろみは全て費えた事になる。
 ようやく終わった事におてんこさまはほっとため息をつこうとして……ぴたりと止まった。
「…そういえば、お前は一体誰だ! イモータルだろうが!」
 指(?)を指されて、ブリュンヒルデが困ったように肩をすくめた。
 助けてもらって今更だよなーとは思うが、確かにシャレルも気にはなっていた。何故彼女はイモータルのはずなのに、オヴォミナムやスレードゲルミルと戦ってくれたのだろうか。
 どこから説明すればいいのか迷っているのだろう。ブリュンヒルデはしばらくぽりぽりと頬をかいていたが、やがて「そういうイモータルもいるのよ」と答えた。
「説明になっとらんぞ」
「そう言われてもねぇ。そこの精霊さんなら知ってるんじゃないの? 「冥の一族」の事」
 話を振られたリッキーは目を白黒させたが、やがて「名前だけは」と答えた。
「イモータル内でもはぐれとか、裏切り者とか呼ばれておるらしいが」
「そういうこと。少なくとも、私たちワルキューレやニーベルンゲン様はダークに従うつもりがないからね。表舞台に立つことなんてそうそうないわけ」
 初耳だった。
 人間も欲望や憎しみに駆られてヴァンパイアとなる者もいれば、イモータル内でも安寧を望む者もいるようだ。
 しかし、何故表舞台に立たない、と自ら言う彼女が、こうやって自分たちに協力してくれたのだろうか。同じイモータルとして止めようと思っただけだとはとても思えない。
 リッキーが自分に興味を持って接触してきたのと同じように、ブリュンヒルデも自分に興味を持ったからだろうか。それとも、この事件の何かと係わり合いがあるのだろうか。
「ま、とにかく場所を移しましょ。ここにい続けたらいらない騒ぎが起きそうだしね」
 そのブリュンヒルデの一言で、それじゃあと皆が街への帰路に着こうとするが。
「……私は別行動を取るぞ」
 レビがそう言って一団から外れた。
「姉様?」
「何も全員が同じ行動を取る理由もあるまい。私はもう大丈夫だ」
「本当~?」
 疑わしい目つきでシャレルが覗き込むが、レビにその頭をはたかれて黙り込んだ。

 そう、私はもう大丈夫。
 自分自身の形を、それなりに見出す事が出来たから。

 レビは心の中でつぶやいた。

 怪我はもう完治した。
 でも、その時から滲み出した闇が、弱ったのを幸いと動き始めていた。
「苦しい……」
 つい口に出してしまい、はっとして口を押さえるが、聞いた者は誰もいない。
 そのことに安堵の息をつき、彼女はまたふらふらと歩き始めた。行き先は決めていない。ただ、あの場所から遠くへ行かないといけない。
 遠くへ、誰の手も届かないほど遠くへ。でないと、自分が大切なものを壊してしまう。愛する人たちを殺してしまう。
 幸い――いや、不幸な事にか――、いくら歩いても足は疲労しなくなっていた。おかげで、いつまでも歩き続ける事が出来る。
 助けて、なんて口には出せない。自分は、助けを求めることが出来るような存在ではなくなってしまった。己の身は己で守れ。だから今こうして歩いている。
「くっ……」
 自分で刺した痕が、何故か痛み出した。歩く事に限界を感じ、彼女はぺたりと座り込む。
 ここは日があまり差さない路地裏だ。下手に表街道などを歩いて、人々に好奇の視線を浴びるわけには行かない。ここならちんぴらが少しうろつく程度だ。
 太陽があまり見えないことに不安を感じるが、わがままは言えない。
「太陽……」
 ぼそりとその言葉を反芻してみる。自分にとっての太陽。それは……。
「だめ、あの人には知られてはいけない……」
 自分の中にある闇に対抗できるのはおそらく彼だけだろうが、その彼に一番知られてはいけない。闇の狙いは、その彼だからだ。
 どうか、自分の事は探さないで欲しい。このまま忘れ去って欲しい。
 そうすれば、後は自分がこの闇を何とかする。いや、自分にしかこれをどうにかできないはずだ。

 ――ハタシテ、ソレハドウカナ?

 自分の心の中で、闇が嘲笑う。

 ――オ前ノ闇ガ私ヲ呼ンダ。ダカラオ前ニハドウスルコトモデキナイ。
    ソシテオ前ハ私ノ器トシテ、私ノ望ム純粋ナ存在ニナルノダ。

 そうはさせない、と叫びたかったが、弱りきった身体と心は、その言葉に逆らう事が出来なかった。
 結局、荒い息をついたまま眠りに着いた。

 ――後もう少しだ、もう少し……。