ボクらの太陽 Another・Children・Encounter23「コンシャスネス」

 ブリュンヒルデもイモータルだ。だから、太陽の光には弱い。
 そのため、かつて伯爵が利用した方法――太陽樹からエネルギーを得る事で、何とかその太陽の光をしのいでいる。簡易方法なので、完全にシャットアウトというわけではないが。
 今、空は雲ひとつない青空で、カンカン照りまでは行かないが、長い間この対策だけだとダメージもきつくなる一方だ。
 シャレルの方もダメージをわずかながら受けているらしく、顔から脂汗が流れているのが解る。
(どちらにしても、短期決戦じゃないとね)
 そう心の中でつぶやいて、ブリュンヒルデは応戦体制をとった。
「…とりあえず、そなたは味方という事でいいのか?」
 今までの展開がよく解っていなかったリッキーが、恐る恐るながらブリュンヒルデに聞く。ブリュンヒルデの方も、小さいリッキーに今まで気づかなかった。
 信じてもらえないだろうなーと思いながら、「そういうこと」とだけ答える。戦闘中なので、細かい話は全てが終わった後だ。
 律儀にも話が終わるまで待っていたシャレルが、ブリュンヒルデが構えた瞬間に動いた。
 必殺の針の一撃を決めようと、右腕が大きく動く。刺されれば当然大ダメージなので、軌道を見切って無駄なく避ける。ついでに、カウンターとして蹴りを入れた。
 残念ながら針を落とすまでは行かなかったが、シャレルは後ろに戻って蹴られた手をさする。ブリュンヒルデはそれを見逃さず、今度はこっちから攻撃を仕掛けた。
 手刀がひらめき、鈍い音と共にシャレルの足に鋭い一撃が炸裂する。手と足、二つをやられて、ヴァンパイアの少女はもんどり打った。その時間、わずか数分足らず。
 早い攻防戦を見切る事が出来ず、リッキーが何度も目をこすった。
「やるねぇ、さすがニーベルンゲンのワルキューレ」
 様子を見ていたオヴォミナムが、ぱちぱちとわざとらしく拍手をする。さすがにワルキューレのことは知っていたらしく、リッキーがブリュンヒルデの方を改めて向いた。
 視線を向けられ、ひょいと肩をすくめる。どんな噂が流れているのかは知らないが、こっちはこっちで事情がある。気にしている暇はなかった。
 やる気を崩さないブリュンヒルデを見て、オヴォミナムがくすりと笑った。
「でも、僕の彼女にはあまり効いていないかな」
 一瞬、黒い閃光が走ったかと思った。
 だがそれは黒衣のシャレルの動きで、あっという間にブリュンヒルデの左腕が切り裂かれた。
 軽くターンしたかと思うと、円を描くように動く。おてんこさまがこの場にいたら、ダークジャンゴのダーククロウを思い出したことだろう。
 鋭い爪と針が、二人に傷をつけた。ぎりぎりのところで回避や防御は出来たのだが、それでも完全に防ぎきれずに浅い切り傷がいくつも出来上がる。
(やばいなぁ…)
 確かにあの時、自分の攻撃はシャレルにダメージを与えた。右手と両足、すぐには動けないほどの一撃の手ごたえを、ちゃんと感じたのだ。
 それなのに、彼女は平気な顔をして動いている。ダメージを与えたはずの両足で走り、右手で攻撃してきた。どういう仕掛けなのかは解らないが、短時間でシャレルはダメージを回復してしまったのだ。
 だとすると、このままずるずると戦い続けるのは逆にこっちが不利だ。一気に押し込みたいが、今の状態では今ひとつパワーが足りない。
(となると、手は一つ…)
 ブリュンヒルデは、後ろにいるリッキーに視線を移した。
「貴方、何か術は使える?」
「え? あ、ああ、無論」
 最初リッキーは自分に聞いてきているのに気づかなかったが、すぐに悟ってこくりとうなずいた。
「結構(エクセレント)。じゃあ、一瞬だけでいいからあいつに隙を作って。そうすれば取り押さえられるから」
 どうするかまでは話さずに、ブリュンヒルデは自分を抱きしめるように両手を抱き合わせる。力の発動には、ほんの少しだけ時間がかかるが、発動さえすれば……。

「……めときなよ……」

 ぼそりと、誰かの声が聞こえた。
「シャレルか!?」
 おてんこさまが具現して、ブリュンヒルデの隣に立った。

 

 ジャンゴが封印の間についた時、サバタは目の前に立っていた。
 あの時と同じ状況――今回はおてんこさまがいないが――に、ジャンゴは一瞬だけめまいを起こしそうになる。今度は、一体誰に操られてこうなったと言うのか。
 恐る恐る近づこうとすると、サバタは無言でガン・デル・ヘルを構えた。
「兄さん!?」
「ジャンゴ、お前が『ジャンゴ』たる理由は何だ?」
「え?」
 いきなり意味の解らない問いをぶつけられ、ガン・デル・ヘルを向けられたのよりも困惑する。
 自分が「自分」である理由?
 今までジャンゴは、そんな事を考えた事もなかった。人ならざるものに堕とされても、ただ自分はこのまま闇に堕ちたりはしない、とだけ考えていた。
 だがサバタは、それを知りたいらしい。何か言わなくては、とは思うが、その何かが思いつかない。結局、ジャンゴはただ黙りこむしかなかった。
 黙りこむジャンゴを見て、サバタは一つため息をつく。
「やはり、答えられないか……」
「ごめん、兄さん」
 謝る必要はないのだが、つい謝ってしまった。
 いつもそうだ。兄は自分に対して重い問いかけを投げかけ、そのままにしていく。だから自分は、兄の行動一つ一つが気になってしまうのかもしれない。
 彼の行動に、自分の求める答えがありそうで。兄が、自分を導いてくれるようで。
 でも兄は自分ではない。自分に対して問いかけを投げる事は出来ても、答えを出す事は出来ない。自分の人生や自分自身への答えは、自分が出すしかないから。
 複雑すぎる兄との関係は、常に揺れ動いては一つに定まらない。恋心に近いほどの求めの時もあれば、さらりとした関係の時もある。
 兄は結局、自分に何を求めている? 自分にどうしたいと思っている?
 ジャンゴが一人悩んでいると、サバタは背を向けた。
「だから俺は、こうしてでも自分を探し出す」
 え? と顔を上げた瞬間、サバタの姿がふっと消えた。
 ……いや、消えたのではない。サバタは封印されたヴァナルガンドの頭の上に立っていた。
「兄さん、まさか!?」
「封印は硬い。だがその鍵であるカーミラの魂は、依然俺の中にいた。これがどういう意味か解るか?
 ……危険な賭けだが、もう一度ヴァナルガンドには動いてもらう」
 轟音。そして律動。
 ジャンゴが身構える中、ヴァナルガンドはその頭だけ色を取り戻し、ゆっくりと動き出す。
 サバタは前とは違い、頭とほんの少しだけ融合していた。意識があるのかないのか、そこまではよく読み取れない。
 腕まで再生されなかったが、頭はあの広範囲の破壊光線がある。ジャンゴは持っていたプラチナブレードを構えて、敵の攻撃に備えた。
(おてんこさまがいてくれれば…!)
 太陽の化身・ソルジャンゴになるには、太陽の精霊であるおてんこさまの存在が不可欠だ。だがそのおてんこさまは今、シャレルたちの未来にいる。
 ないものねだりしても意味ないのはわかっている。だが、その力の半分以下とはいえ、相手は原種の欠片。
 そのぐらいの力がなければ、サバタを止められないのもまた、事実だった。

 君は、どうしたい?
 君は、何を守りたい?
 君は、どう生きたい?
 君は、何を信じたい?

 君が君である理由、それは何?

 長い間太陽の下にい続けたおかげで、ようやく自分の中を這いずり回っていた何かを抑える事が出来た。
 同時に、流されていた自分――シャレル自身がようやく戻り、闇の力を抑え始める。
「もう大丈夫だから……」
 暴走しかけていた霊力も落ち着きを取り戻し、シャレルの目はいつもの緑の瞳に戻った。あのヴァンパイア状態のままで、である。
「シャレル!」
「そんな!」
 おてんこさまとオヴォミナムの声が重なった。
 仕掛けられた「蟲」は、もうすぐ排除できる。それまでは無防備だが、緑の少女――ブリュンヒルデとか言ったか――やリッキーが何とかしてくれるだろう。
 そっちも、それが解ってくれたらしい。リッキーが錫杖を振って、オヴォミナムを抑えた。仙術なので、そう簡単には拘束は解けないはず。
 オヴォミナムが抗う中、まだこっちは動けない。だが、代わりにブリュンヒルデが動いてくれた。
 大きく地を蹴ったかと思うと、右手が動く。さっきとは違って、今度は光の線が大きくきらめいたかと思うと、オヴォミナムが大きく切り刻まれた。
「ぐっ!!」
 さすがにこれは効いたらしく、オヴォミナムの余裕に満ちた態度が大きく崩れる。
 こっちもいいタイミングで抑えきる事に成功したので、元の姿に戻ってガン・デル・ソルの一撃をお見舞いしてやった。
「やったか!?」
 おてんこさまが身を乗り出すが、シャレルは警戒心を崩さない。というより、まだ敵はいるのだ。
 そして予想通り、それは来た。

 きしゃああああああああああああああああああああああ!!!!

 一瞬空が陰り、唸り声を上げてヨルムンガンドの欠片――スレードゲルミルが降り立つ。
 ヨルムンガンドによく似たそれは、太陽の光をものともせずに敵であるシャレルたちに攻撃してきた。
「うわっ!」
「ひゃあ!」
 攻撃を避けるとき、シャレルは見た。
 スレードゲルミルの首の辺り、細い昆虫の足のようなものが何かを掴んでいる。よくよく見ると、それは小さい人間だ。
「――姉様!?」
 スレードゲルミルをコントロールするアンテナである月下美人……レビは、いとも大事そうに抱きかかえられていた。
 完全に意識を奪われているらしく、大暴れしていると言うのに彼女は目を覚まさない。レビさえ取り戻せば、何とかあれを抑える事も出来るかもしれないが・・・…。
「無駄だよ……」
 ぼろぼろになりながらも、オヴォミナムがにやりと笑った。
「あれは僕のコントロール下にある。無理に取り外そうとすると、スレードゲルミルから力を得ている彼女にどんな悪影響が出てくるか……」

 もともと、月光仔の一族は迷いの一族でもあるからね……。