ボクらの太陽 Another・Children・Encounter19「独占欲」

 晩御飯の間、サバタはずっと湧き上がる何かと戦っていた。
 この感じは、ヴァナルガンドに捕らわれた時と似ている。だがそれよりも深く、抵抗のできない何かだった。
 ジャンゴに余計な心配をかけさせたくないためにずっと黙っていたが、そろそろ限界な気がする。月下美人の力を制御できたはずなのに、その力を以ってしても負けてしまいそうだ。
 また自分はジャンゴの敵に回ってしまうのか。そう思うと、情けなくなる。
 足取りも重く、自分の部屋に帰る。今日は安静に寝ていたほうがいいようだ。
 ……だから、隣のジャンゴの部屋で何が起きているのか、まったく解らなかった。

 もう夜も更け、シャレルのあくびの回数が徐々に増えてきた。
「今日ははずれかなぁ」
 そうぼやいてしまう。別の所で事件が起きているかもしれないが、それが解らなければはずれと同じだ。
 一つ伸びをして、元来た道を帰ろうとする。宿屋への道のりぐらいは、もうしっかりと覚えた。迷いはしないはず……だが。
 裏道を甘く見ていたせいで、見事に迷った。行けども行けども同じような暗い道で、さすがに少し焦りが出始める。
「おてんこさまと合流する場所すらわからないなんて……!」
 これでは父にも怒られる。こんな暗い道だから、という言い訳もあるが、それでも油断していたのは事実だ。
 とにかく明るい所を目指せば、と思うが、夜も更けてその明るい所がどんどん減っていく。このままでは、どこも暗い道になるのも時間の問題だ。
 シャレルはとうとう走りながら道を確認していく。適当でも、何か手がかりさえあれば表街道に出られるはずだ。そのカンは見事当たって、何とか明かりが見える道に出た。
 このまま表まで、と思ったが、ふと足を止める。
「……出てきなよ。ボクは逃げないから」
 いるであろう誰かに向かって、声をかける。無視されたら情けないが、相手の目的はおそらく拉致。こっちの言葉に無視することはないはずだ。
 シャレルの読み通り、言葉に誘われて誰かが出てきた。――剣を持って。
「っ!!」
 慌てて隠し持っていたガン・デル・ソルを抜いて、カウンター狙いで撃つ。夜なので威力は落ちているが、クリーンヒットしたのでダメージは与えられたはずだ。
 あくまで囮なので、武器はガン・デル・ソルしか持ってきていない。だがここだと物を壊すかもしれない。
 ダメージを食らってもだえていた相手が動き出す。その瞬間に、シャレルは飛び込んだ。
「はっ!」
 すらりと伸びた足が凶器となって、相手を抉ろうとする。取った、と思ったその時、相手が動いた。
 握っていた手がこっちめがけて伸び、ばっと開かれる。パンチかと思いきや、手から流れるように出てきた物に目が釘付けになった。
(睡眠の粉!?)
 痴漢や誘拐犯撃退のために用意された、簡易魔法アイテム。そのアイテムが出てくるとは思わなかった。いかな霊力があっても、人間であるシャレルはその粉に対して免疫がない。
 攻撃の勢いもあって、その粉がまかれた範囲から逃げ出すこともできない。ダイレクトにその粉を吸ってしまい、シャレルの意識は急に重くなった。
 痛みを与えることで何とか耐えようとするが、思いっきり吸ってしまった事で防衛本能もまったく働かない。
(おてんこさま……父様……)
 脳裏に浮かんだ二人に謝りながら、シャレルの意識は闇に消えた。

 

 

 

「泊まってくって…本気?」
「ええ」
 リタの大胆な発言にジャンゴは目を丸くした。
 晩御飯も終え、兄が部屋に帰ってしまったので、リタを家まで送ろうとした矢先の発言だった。彼女に感じていた違和感が、ますます強くなる。
 ここで無理やり家に帰らせるのは、逆によくないかもしれない。家に泊めて監視できるようにしたほうがいいだろう。ジャンゴはそこまで考えて、ふと思う。
(監視って、リタはまるで野獣か何かか?)
 まあ乱暴な時は手に余る怪獣みたいなものだけど、と続けて苦笑してしまった。
「仕方ないなぁ…。じゃあ僕は床で寝るから」
「ありがとうございます」
 ジャンゴの家は部屋が少なく、それにあわせて毛布も少ない。二人一緒に寝る、なんて考えは元からないので、自然とジャンゴが床で寝るという発想になったのだ。
 居間で着替えてから、寝支度をする。リタは寝巻きがないので、そのままだ。
 布団を二つ敷くと、すぐにリタはベッドの上に寝転がった。こっちを見ていた気がしないでもないが、あえて無視する。
 ここまで来ると、さすがに違和感の正体がなんとなく読めてきた。だから、今の彼女には絶対に気を許したりしない。
「それじゃお休み」
「おやすみなさい」
 手短に挨拶すると、ジャンゴは明かりを消す。リタの方が布団をかぶったのを見て、ジャンゴは彼女に背を向けて布団をかぶる。
 布団の中で寝たふりをする事数分。予想より早く、相手の方が動いた。
 がさごそと何かが動く音がしたかと思うと、布団を捲り上げてジャンゴの元へとやってくる。しばしの沈黙の後、自分の布団に手をかけられた。
 まくられたと同時に、ジャンゴはリタの顔に剣を突きつける。
「君、リタじゃないだろ」
 その一言で、薄絹をまとっただけの赤目のリタはにやりと笑った。
「いつ気づいたのかしら?」
「疑問に思ったのは家にいた君を見た時から。情けないけど、気づいたのは晩御飯を食べてからだ」
「あら、意外と見てるんですのね。
 ……じゃあ最近の態度はわざとって事かな? ふふ、女性嫌いなのか」
 声色が変わり、圧し掛かられたことでようやくジャンゴはリタの中にいる者が誰なのかを察した。
「…ダーイン! 復活したのか!?」
 ジャンゴがその名を呼ぶと、『ダーイン』はにやりと笑った。
 その間にも彼の手は動き、ジャンゴを身動きできないように捕まえる。普段ならありえないほどの急接近に、めまいを感じそうになった。
 舌なめずりするリタの顔は艶かしいが、中身がダーインだと思うとぞっとする。
「なぜ復活したのかはわからないけどね。でも、僕にとっては好都合だったよ。全ての呪縛から解き放たれ、僕はようやく自分が欲しいものを手に入れることができる」
 束縛を振り払おうとするが、リタの元の力に加えて、ダーインの呪縛もあるので動きたくても動けない。
(前と同じじゃないか!)
 心の中でジャンゴは毒づいた。
 前もリンゴの体を乗っ取ったダーインに、こんな風に迫られた。彼が一番欲したのは死による開放ではなく、自分だったのだ。
 なぜここまで求められるのかは解らないが、相手の意を無視した好意はジャンゴにとってはあまりにも気持ち悪かった。それでもダーインは自分を求めたのだ。
「僕に体を『貸してくれる』彼女は、もう諦めてる。だから僕はこうして自由に、君を僕だけのものにすることができる。君の目を僕だけに向けさせることもできる……」
 顎をつかまれて、顔を近づけさせられる。リタの顔をしたダーインを見て、ジャンゴは吐きそうになった。だが、気が狂う一歩手前で押しとどめたのは、彼がリタの顔をしているからでもあった。
(何とかして、彼女の中からダーインを追い払わないと…!)
 押し倒され、とうとう危険信号が頭の中で激しく点滅し出してきた時。
「うぐっ!!」
 自分を拘束していた『ダーイン』が急に、吐き気を抑えるように口を押さえた。その隙にジャンゴは起き上がって、剣を構える。
「……くそっ…何でお前がいきなり……う、や、やめろ! 僕を追い出そうとするな……!」
 様子を見るに、どうやらダーインに閉じ込められていたリタが何とか自分の中から奴を追い出そうと必死になっているようである。
 その間にも、二人の攻防は続いているようで、一瞬リタの眼が彼女本来の緑の眼になった。ジャンゴは胸をなでおろすが、次の瞬間には完全に硬直してしまった。
 ダーインの呪縛を振り切ったリタが、ジャンゴの手にある剣を引ったくり自分の腹に突き刺したのだ。
「ううっ……」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 復活したといっても不安定だったのか、それとも剣が太陽の力を秘めるブレードオブソルだったからか。ダーインはリタの体の中で、もう一度完全に浄化された。
 だがリタのダメージは大きい。何せ、自分の腹を刺したのだ。あっという間に部屋が鮮血で染まっていく。
 ジャンゴは慌ててブレードオブソルをリタの腹から抜き、部屋にある救急セットで応急処置を行った。傷は深そうなので、とにかく急いで手当をしなければならない。
 苦戦すること数分。少し乱雑ではあるが、何とか応急処置は済ませることができた。後はリタを医者に診せるだけだ。
 体に負担がかからないようにそっと抱き上げると、ジャンゴは道具屋に行こうとするが。
「……う…うあああああああっ!」
 隣の部屋からの苦痛の叫びに、つい足を止めてしまった。
「兄さん!?」
 そっちも気になるが、今はリタの体のほうが心配だ。ジャンゴは慎重にリタを道具屋に運んでいった。

 この街に帰ってきていた医者を叩き起こし、リタの傷を診てもらう。早めの応急処置が幸いしたが、今夜はかなりやばいだろうと宣言された。
「誰かが見てやらないと……」
 医者はそう言っていたが、ジャンゴは家に戻った。
 サバタのあの叫びが、どうしても気になる。リタがダーインに乗っ取られたこともあり、どうも嫌な予感が消えないのだ。
 駆け足で家に戻って兄の部屋に飛び込むと、兄は苦しそうに体を丸めていた。
「兄さん、どうしたんだ!?」
 肩に手を触れると、サバタは強引にその手を振り払う。その一瞬、ジャンゴはサバタの眼を見て固まってしまう。
 兄の眼は、いつも以上に赤かった。
(ヴァナルガンドの時と同じだ……!)
 月の楽園で戦った時、ヴァナルガンドに染め上げられていたサバタの眼が、確かこんな感じだった。飲み込まれて気が狂いそうな赤い眼は、ジャンゴを捕らえて離さない。
 おそらく兄は、また何者かの支配と戦っているのだろう。こういう時、自分はどうすることもできない。
 しばらくジャンゴはあたふたしていたが、ふと思いついて、サバタを抱えて外に出た。外は満月とは行かないが、月が出ているはず。
 読み通り、月の光を浴びたサバタの顔が少しだけ安らいだ。しばらくは苦しそうな顔をしていたが、やがてそれも落ち着いてくる。
 とりあえず難はしのいだので、ジャンゴはほっと一息つく。だがこれは一時しのぎだということは、よくわかっていた。
(ぼけっとしている暇はないよな)
 リタのことやサバタのこともある。朝になったら本格的に調査を始めようとジャンゴは思った。

 朝まで、まだ長い夜を越えなければならない。