ボクらの太陽 Another・Children・Encounter17「全てを手に入れるために」

「器はまずまず…ではダメなんだよ!」
 オヴォミナムの怒声が塔に響く。同時に連れてこられた少女の脅えた顔が彼の魔力を受けて破裂し、グロテスクな肉塊へと変わる。
 螺旋の塔の中枢部に作られた彼の部屋は、そういった少女たちだったモノの骸で溢れかえっている。血臭溢れるこの部屋で違和感と共に逆に存在感を放つのが、カプセルだった。
 血塗られたこの部屋の中で、唯一血がついておらず、その中には一人の少女の型が入っていた。
 まだあちこちのパーツが欠けていて、完全な人間の形となっていない。だが、出来上がっているパーツの全ては美しく融合し合い、人形のように綺麗だった。
 体つきこそ均整の取れた美しさを持っていたが、首から上は全くない。それが逆にカプセルの中にある少女の型を恐ろしいまでに美しくさせていた。
「足りない……あの子の器が足りなすぎる……。こうなったら……!!」
 少女を連れてきた吸血人形も破壊し、オヴォミナムは何処かへと転移した。

 僕は君が好きだ。
 君の全てがほしい。
 太陽のように輝く君の全てがほしい。
 そのためなら、何だってやろう。
 君と結ばれるためなら、何だってしよう。
 いつかは解る。僕の愛が。
 そしていつかは受け入れる。
 君には僕しかいないんだから……。

 

 

 ジャンゴと別れてから、リタはいつも通りに仕事をしようとしていた。
 最近は事件ばかり起きるので倒れがちだが、だからといって店を休むわけには行かない。むしろ、店を開く事で少しは気分転換をしようと思っていた。
 いつもそうだ。何か気になること、不安になること、心配になる事があっても、いつも通りの生活をすることで心を落ち着かせる。
 ジャンゴがどこかに旅に出かけても、ジャンゴが危険な目にあっても、ジャンゴの心が不安定になっても、自分は同じ生活をするしかない。それしか出来ない。

 自分には何もないから。

 サバタやおてんこさまのように共に戦う事も、ザジのようにサン・ミゲルを守ることも、スミスたちのように直接的な協力をすることも、自分には出来ない。
 出来る事といえば、太陽樹の管理と太陽の果実の育成、それから腕力に任せてほんの少しのアンデッドを駆逐する事だ。
 今日もジャンゴがどこかに出かけたというのに、自分は何も出来ずに太陽の果実を渡したぐらいだ。これがサバタだったら、何も言わずに彼のサポートをしたことだろう。
 自分は何も出来ない。リタがそう呟いた時。

 ――君には出来る事があると思うけど?

 唐突に、知らない誰かの声が頭の中に飛び込んできた。
 たまに聞く太陽樹の声ではない。若い男――というより少年――の声で、どこか人をひれ伏させる魅力があった。
 一体誰なのか。声に問いかけてみるが、相手は答えることなく、「力を貸して欲しいんだけど」とだけ言った。
(力を? 私に?)

 ――君が一番向いているんでね。……というより、君にしか出来ない。

『君にしか出来ない』
 それはリタにとっては、何物にも替え難い魅力的な言葉だった。
 何も出来ない自分が、何かを出来る。他の自分にしか出来ない何かを出来る。それは彼女の心底にあるコンプレックスを刺激し、解放させていく。
(…私は、どうすればいいの?)
 気づけばその声に応じていた。声の正体が何なのかを突き止めようとせずに、ただ声が提供する条件にうなずき、その話に乗っている。

 ――僕の所に来て欲しいんだ。そして僕を助けて欲しい。

 それがどういう意味なのかを全く考えず、リタは店を出て声の下に行こうと歩き出した。店がまだ準備中だが、それはどうでもいい。今は声の主の元に急ぐのが先決だ。

 ……もしこの場にジャンゴかサバタがいて、リタの頭の中に響いた声を聞き取る事ができたら、彼らは目を丸くしただろう。
 リタを呼んだ声はかつてジャンゴたちを狙った、「黒きダーイン」の声だったからだ。

 東に広がる砂漠を越えれば、あっという間にダーインが封印されていた遺跡だ。
 充分に水を補給し、真の遺跡の内部へと入っていく。アンデッドがうろついていないし、パズルも全部解かれていたので、リタはすいすいと進む事ができた。
 リンゴとその子供たちが戦った場所を越え、楔の間にたどり着く。ここはかつてダーインが封印されていたが、クロが誤ってその封印を解いた後は楔が外れていた。
 ジャンゴがダーインを浄化した後は、スミスが修復した楔をキッドが入れて再封印したのだが……。

 ――その楔に手を触れてごらん……

 ダーインの声に誘われ、リタは楔に手を触れた。
「うっ!」
 触れた瞬間、ダーインの意識がリタに流れ込み、『リタ』の意識は闇へと落ちた。代わりにリタの中に潜入した『ダーイン』の意識が目覚める。
「…ふっ、女性の身体というのが少し問題だけど、まあ目覚めたんだからいいってことにするか。
 それにしても、まさか完全に闇に消えたはずの僕の意識がこうして戻ってくるとはね」
 手を握ったりする事で目覚めた身体の感覚を確認しながら、ダーインが嬉しそうに呟く。
 ジャンゴとリンゴによって浄化されてから、自分の意識は無意識空間へと落とされた。その間、彼はずっと親子への憎しみと狂愛を育てていたのだ。
 彼らの身体を求めたのは、自分に相応しい肉体の持ち主だったのと同時に、その魂を深く求めたから。何者にも屈しない眩しい太陽を持つ彼らに、自分は強く惹かれたのだ。
 もうダークの意思などは関係ない。こうして目覚めた以上、自分は自分の意思のままに動き、自分が欲しいものを手に入れるのだ。
 妹たちがどうなったかは少しは気になるが、身体を手に入れた今はどうでもいいことだ。とにかく、ジャンゴとリンゴの行く末を調べ、彼らを手に入れなくてはならない。
「女性の身体、というのはこういう時には都合がいいかもしれないな」
 自分の体やリンゴの身体でジャンゴに近づけば、それだけで彼は警戒する。同じ男同士ということもあって近づくのは困難だが、リタの――女性の身体なら別だ。
 ダーインはにやりと笑って遺跡から出た。

 話をまとめるに、リンゴは肉体が消滅したらしく墓があるらしい。まあ自分ごと浄化されたのだから、当然といえば当然だろう。
 ジャンゴはヨルムンガンドを封印し、月にあるエターナルも相手にして帰ってきたらしい。その時、兄であるサバタに討たれたなどの噂もあったらしいが、本人が生きている以上ガセネタだろう。
 つくづく、彼は男と縁が深くなっていく子だ。それだけ、彼は人をひきつける魅力があるのだろう。
「その代わり、女性に対しては等閑な子らしいねぇ」
 今自分の身体となっている少女の魂を嘲笑うようにダーインは笑った。
 ジャンゴは大役を果たしたが、その分街の人々に対しての態度は適当になっているらしく、特に女性に対してはかなりいい加減なようだ。
 彼女があっさりと自分の誘いに乗ってくれたのも、そのジャンゴの態度から来る不満と苦しみからだろう。強く惹かれ合った者と、そうでない者への態度が大きく違うのは人として当然だが。
 まあ、そんなことはどうでもいい。ダーインはジャンゴの家の前に着くと、軽くノックをする。
 返事はない。どうやら誰もいないようだ。
「ならば…」
 鍵がかかっていたが、そんな物はないに等しい。ダーインはあっさりと中に入り込んだ。
 玄関から居間に出て、ジャンゴたちの形跡を少し調べる。今日は朝から出かけて、一度も帰ってきていないようだ。この様子からするに、もしかしたら今日は帰ってこないかもしれない。
 調べ物をするには絶好のチャンスだ。
「とは言え、ここではあまり調べられないだろうけどねぇ」
 ジャンゴの様子と同時に、自分が何故目覚める事ができたのか。それを調べなくてはならない。図書館などでは、絶対にロクな情報が手に入らないだろう。
 だが太陽仔と月光仔の家であるここなら、もしかしてという可能性もある。ダーインはジャンゴの部屋に入り、太陽仔などの記録を探し始めた。
 調べてしばらく。やはり有益な情報は見つからない。
 自分の覚醒は一種のイレギュラーな出来事だったのか、それとも人知及ばざる何かの力によってのものなのか。それすら解らなかった。
「もっと別の所を探せって事かな」
 そう結論付けると、ダーインは居間に戻ってソファに寝転がる。後は彼の帰りを待つだけだ。

 日は沈みかけている。冬が近いということで、日も早く沈むようになってきたのだ。
 探索活動が実を結ばなかった事に苛立ちを感じながらも、ジャンゴは家に戻る。その途中、どこかに出かけていたらしいサバタと出会った。
「兄さん!」
 声をかけると、サバタもようやくジャンゴに気がついたらしく手を上げてきた。
 そのまま合流して情報を得ようと思ったが、彼の無愛想な顔を見るに、どうも思ったほどいい情報は集める事ができなかったらしい。
 やはり事件が起こってる場所が未来だからか、現在にはいい情報はあまり落ちていないようだ。
 ジャンゴはふぅ、とため息をつくと、先に立って家路につく。兄と合流した場所が近かったおかげで、そう歩かずに家に着いた。
 鍵がかかったままなので、泥棒などの心配をせずにそのまま鍵を外してドアを開けるジャンゴ。玄関に上がっても、自分たちのとは違う靴の存在に気づかず、普通に上がりこんだ。
「ただいまー」
 誰も返してこないだろうな、と思いながらもつい挨拶をすると、「ん…」と誰かの声が返ってきた。
「え!?」
 ついサバタと顔を見合わせてしまうが、彼の顔は渋い。ようやく誰かが無断で入ってきていることに気づいて、ジャンゴは慌てて家の中を走り回った。
 空き巣かと思ったが、居間のソファでゆっくりと起き上がるリタを見つけ、ほっと一安心の息をついた。
「ん…ジャンゴさま……?」
「リタ、何やってるんだよ」
 呆れながらも彼女の肩に手をかけると、その手をふっと触られた。
 なまめかしい感触に、ジャンゴの背筋がほんの少し震える。それは性的感覚というより、何か寒々しい怯えに近いものだった。