ボクらの太陽 Another・Children・Encounter13「召集」

「こうなる事は、何となく分かっていたんですよ……」
 メナソルがぼそりと呟く。
 太陽の光と霊力にやられたせいであちこちがぼろぼろに風化し、もう話すことすら辛いはずなのに、それでも彼は口を開いて話し出す。
 目の前に自分を滅ぼした少女がいることに、気づいていないかのごとく。
 ……もしかしたら、最初から彼は自分を見ていなかったのかもしれない。
「形あるモノは、いつかは滅びる。それは我々イモータルも決して例外ではない。それなのに、不死である事に驕り、死を持つものを嘲笑い続けた。だから、こうしてバチが当たっていくんですね…」
 メナソルの自嘲を誰も止める者はいない。
 不死者という名がついていても、絶対的に滅びないわけではない。だが凍った時の中で生きていくうちに、彼らは死を忘れ、死を持つ者を愚かと見てしまった。
 命を受け継がせるという行為が出来ない分、不死者は生者よりも弱い部分があるということを、彼らは長きときの中で忘れていたのだ。
 メナソルはそのことにようやく気づいた。それだけのことだ。
「長きに渡って、イモータルの頂点に立ち続けてきた我ら死の一族も、私の代で終わりを告げることになります。ですが、それはまた新たなイモータルの一族が生まれるということにも繋がります」
 ようやくメナソルの顔が動き、シャレルの方を見る。
「貴女は、永遠と続く生者と不死者の戦いに、勝てると思いますか?」
「勝ち負けじゃないよ。そもそも、勝負というより必要なだけのことだから」
 シャレルはきっぱりと答えた。
 生存競争に勝ち負けは関係ない。ただ己が生きるために何とかする、それだけの話だから。そこに何かの意思を入れたりするのは、人間や不死者が余計な意識まで持ってしまっただけなのだ。
 生きるのに、理由は要らない。ただ全てを得て、それを受け継がせるために生きていくのだ。
 言いたいことが伝わったのかはわからないが、シャレルの答えにメナソルは薄い笑いを浮かべる。人を嘲る笑いではなく、本当に落ち着いた笑みであった。
「ふ、ならば私は遠い闇の向こう側から、その『必要な事』を見届けることにしましょう。
 どちらにしても、この星は、長くない……」
 普通のイモータルだったらここで負け惜しみに近い高笑いを上げるのだろうが、メナソルはそのまま目を閉じた。
 本人はもう生きるつもりはないのだろうが、イモータルの特質上きちんと浄化しない限り、また復活してしまう。シャレルは基本通り、棺桶に閉じ込めた。
「生と死、か……」
 今までずっと黙っていたおてんこさまが、ぽつりと呟く。
「私もダークマターを浴び続ければ消滅してしまう。それに、私はいつまでもこの地にいられるわけではない。役目を終えれば、自動的に太陽に帰らねばならん。それを死というのなら、そうなのだろう。
 銀河意思は、その生と死のくびきに捕らわれているのか、それともそれすら超越した存在なのか…それは私にも解らん。ただ一つ言えるのは、奴の目的は生命種の拡散を防ぐという事だ」
 つまり、地球で生まれた命が、他の惑星や銀河に広がる事を何とかして抑えたいのがダークの意志なのだろう。暗黒城や月の楽園を考えると、かつて人類は宇宙に出ていたことが解る。
 銀河全体が終焉に向っている以上、何とかしてそれを乗り越えられるようにとダークも焦っているのかもしれない。
(じゃあ、今イモータルが探している者って、その条件に合う存在だって事?)
 終焉を乗り越えられる生命体として最初にイモータルが選ばれたのだろうが、彼らは太陽の光に弱いという最大の弱点を持っていた。
 イモータルが探しているのは、自分たちの目的のためだと思っていたが、もしかしたらダーク自体がその存在を求めているのかもしれない。元々、イモータルはダークの手駒の一つなのだから。
 と、考え事をしている余裕はない。暗黒城の玉座の間はパイルドライバーにうってつけの場所らしいので、そこで浄化するのだろう。
 シャレルはパイルドライバーを設置するおてんこさまの隣で、気を引き締めなおした。

 

 メナソル浄化の話は、瞬く間にイモータル全体に広がった。
 伯爵はあくまでメナソルの手駒の一つに過ぎなかったので情報が手に入るまでの騒ぎだったのだが、暗黒仔候補の一人がやられたとなると、さすがに黙ってはいられない。
 オヴォミナムを始めとした暗黒仔候補のイモータルが集まり、会議が開かれることとなった。

「まーったく、可愛いお嬢ちゃんと思ってたら、とんだ暴れん坊だったってワケね」
 露出度の高いボンテージを着た怠惰的な女が、椅子に寄りかかりながらぼやく。
「ふん、メナソルが手を抜いたんじゃろうが」
 神経質そうな老人が、女のやる気のない一言に噛み付くように言う。
「まあ、彼も彼なりにがんばったという事でさ」
 オヴォミナムが今にも喧嘩になりそうな二人を、わざと軽い口調でたしなめる。彼の一言で、女と老人は渋々ながらも口を塞いだ。
 そんな二人の様子を見ながら、オヴォミナムはこっそりとため息をつく。魔の一族出身であるブルーティカは、全体のことよりも、自分の興味のために動く快楽主義者の女だ。
 対する老人――デバテイスはイモータルとは一風変わった存在なので、逆にこの場では立場は低い。それゆえ使命感は強いので、常にブルーティカと対立するのだ。
(冥の一族、か)
 今まで動く事のなかった――動きもしなかった――一族出身。その実力はいまだ隠されたままで、オヴォミナムにとっては一番警戒する相手でもあった。
 できれば次は彼に行ってほしいモノだが、それだと自分の問題が先送りになってしまう。
 折角『彼女』が出てきたのだ。今すぐにでも会いに行きたいと思う。そのためにも……。
「で、これから私たちはどうするの?」
 ブルーティカがやる気なさそうに問う。
 メナソルが倒れた以上、自分たちも少し動かないとならない。ダークの望みに適う「生者でもなく、不死者でもなく、死者でもない」存在も、いまだ見つかっていないのだ。
 ここは問題点を先に排除しておくべきか、それとも適格者を探すほうを優先しておくべきか。
 災いの芽はさっさと潰しておくに限るのだろうが、それに集中しすぎるのもよくはない。かといって膨大な数の人間の中から、たった一人の適格者をすぐに探し出すなど不可能だ。
「そういえば、君たちは適格者を探し出すことが出来たのかい?」
 ダメで元々、とオヴォミナムは一応聞いてみる。「見つからない」の答えが帰って来るかと思いきや。
「目星をつけた者ならおるわい」
「なっ……!?」
 デバテイスの一言で腰を浮かしてしまった。
 ブルーティカもその答えは予想外だったらしく、目を丸くしてデバテイスの方を見る。その反応に満足したのか、デバテイスは髭を何度も撫でながら、話を続ける。
「儂の手駒を尾けさせておる。確信できればすぐに連れてくるわい。ダークにもそれは申し立てておるからのぅ」
「あらあら、いつの間にそんなすごいことをしていたのかしら?」
 地なのだろう。ブルーティカが余計な茶々を入れる。だが優勢な立場に立ったと思っているのか、珍しくデバテイスはその茶々を軽く受け流した。
 まあその「目星をつけた者」がどのような者かは解らないが、一応適格者の問題は解消できたと言ってもいいかもしれない。後は、問題点であるヴァンパイアハンターのみだ。
 ――オヴォミナムにとっては、やりやすくなったとも言う。
「だったら、残るは太陽仔の問題だけだね。
 ……よかったら、次は僕が行こうか?」
 内心で笑みを浮かべながら、オヴォミナムは二人に提案する。
 唐突な提案に二人揃って眉をひそめるが、オヴォミナムは構わずに続けた。
「メナソルには戦力を提供したこともある。ちょっとした負い目は、ここで挽回して見せるさ。君たちはその適格者の候補を調べればいい」
 こっちの思惑を読みきれない二人はいぶかしげな顔になったが、反対する理由もないらしいので、その提案に乗ってくれた。
(万事、事は順調、ってね)
 提案が通った事で、心の中の笑みを深くする。後は、上手く罠を仕掛けて、『彼女』がやってくるのを待つだけだ。

「何を考えているのかしら?」
 会議が終わってデバテイスが去った後、ブルーティカは真っ先にそう聞いてきた。
「貴方が何の目的もなく動くような子じゃないってのは、お見通しなのよ? メナソルのボウヤに戦力を提供した時もそう。何らかの目的があって、相手に塩を送った…そうじゃなくて?」
「さあ、どうだろう?」
 ブルーティカの推論に、オヴォミナムは適当にはぐらかした。
 彼女の推理は当たってはいる。確かに、ただの好意で兵を送ったわけではない。あの兵は、いわば偵察兵のようなモノだった。
 兵をたくさん失ったが、その分収穫はあった。だから今こうして行動しようとしているのだ。
「坊やが求めている物は、何かしらね?」
 ブルーティカが嫣然と笑う。それはこっちが聞きたいと思っていたが、多分快楽とかそういう答えが返ってきそうなのでやめておく。
 代わりに、ほんの少しだけ答えを教えてやることにした。
「――鳥、だよ」
「鳥?」
「そう。太陽の色を持った、綺麗な鳥だよ」
 不思議そうな顔をしているブルーティカを置いて、オヴォミナムは部屋を出て行く。
「太陽の鳥」
 そう、僕が求めているのは太陽の輝きを持つ愛らしい鳥。

「僕の愛しい、太陽の鳥――」

 

 太陽仔の出現は、もう一つのイモータルの元にも届いた。
「そうか、シャレル=マリアというのか…」
 若々しい――だが長き時を生きてきた風格を持つ――男が、太陽仔の名前を興味深そうに呟く。
 太陽仔はイモータルにとって天敵だが、自分たちにとっては一番のよそ者でもあった。面と向って立ち向かう理由もなければ、共存する理由もないからだ。
 だが、今はその太陽仔が全ての鍵になるとも言える。イモータルの数も年々減り、ダークもそろそろ自らこの地に降り立とうとしている時期、自分たちは関係ないとは言えなかった。
 男に報告した少女がにっこりと微笑む。
「女の子、だなんて思いませんでしたね。これがイモータルでしたら、我が『ワルキューレ』に誘おうかと思いましたが…」
「人間でも『ワルキューレ』に志願した者はいるだろう?」
 男の一言に、少女の微笑みがあっという間に消えた。『ワルキューレ』のロストナンバー、『ロスヴァイセ』。
 彼女は純粋すぎた。だからこそ、自分たちの一族の裏切り者にそそのかされて死亡してしまったのだ。
 あの時の苦しみは、今も覚えている。助けられなかった後悔と、この道を歩かせてしまったという哀しみ。全てが、辛かった。
 もうあの時のような事は繰り返させない。だから、自分は出来る限りこの状況を好転させるために戦いたい。
「ブリュンヒルデ」
 少女の主である男が、彼女の名前を呼ぶ。
「『ワルキューレ』のファーストであるそなたに命じる。
 太陽仔の力となれ」
「はい!」
 ブリュンヒルデはその言葉に大きくうなずき、そして消えた。