Solar Boy meets Devil Children「離して 繋いで」(前夜編)

 イストラカンは意外と近い。
 大人の足なら約1~2日ほどで霧の城そびえる旅立ちの小道に着き、1週間もあれば暗黒城まで歩いて行ける。
 だが追われている身でもある彼らは、何回も襲撃され、太陽都市への転移魔方陣まで1週間もかかってしまった。

 

「ふへー、あんな高い所に都市ねぇ」
 刹那がソル属性の転移魔方陣の上に立って、空を見上げた(基本的にフレーズを言わない限り発動することはない)。
「天使たちが住んでる天界と同じくらい高いんでしょうね」
 未来も隣に立って空を見上げる。
 天使たちが降りてくる様子はない。真下は死角ということか、それとも…。
「ジャンゴさま、内部はどうなっているんでしょう?」
 リタが一度入ったことのあるジャンゴに聞く。ジャンゴは内部を思い出しながら、刹那たちに説明した。
「えーと、僕は太陽都市の端から入って、中に潜入して。…中は通風口とか、小さくならないとは入れない場所がたくさんあったな。
 あとそれからコカトリス像のスイッチがあって、それから…」
 そこで詰まる。頭の中で思い描けてはいるものの、口で説明するのが難しいのだ。元々控えめで自分から発言しないタイプなので、こういう時ボキャブラリーの少なさに詰まる。
 言葉を捜して悩むジャンゴに、刹那が助け舟を出した。
「……ま、とりあえず大体は分かった。天使たちはたぶん、ジャンゴが入った時と同じ状態にしてるだろうな。
 て事はだ、同じやり方で中枢まで迷わずに行けるって事だ」
「なるほど」
 リタが納得してうなずいた。
 おそらく、天使たちのリーダーとナガヒサは中枢にいるはず。一度入ったことのあるジャンゴがいるなら、広い太陽都市で、相手を探して迷うことはない。
 虹色の角と瞳は、リーダーに聞けば分かるはずだ。
「ところで、攻撃はいつかける? 俺としてはさっさと攻撃したほうがいいと思うが…」
 刹那の隣で寝そべっていたクールが、身体を起こす。
 自分たちが太陽都市に向かっていることは、天使たちも知っている。まさか天使たちに賛同して来た、とは思っていまい。
 もたもたすれば応戦体制を整えられ、返り討ちにあう可能性が高くなっていくのだ。
 刹那は少し考えて、提案を出した。
「明日の夜明け前……ってのはどうだ?」
「いいんじゃないか?」
 ジャンゴが真っ先に賛成する。中枢に入る前に太陽風のトラップに散々悩まされた彼は、できれば太陽が出ていない時に太陽都市に入りたかった。
 女性陣二人(と一匹)はまずお互いの顔を見合わせ、次に肌に手を当てる。
「早起きは美容にもいいだろうし…」
「朝日を浴びるってのも悪くないよね…」
「…私も反対しません」
 どうやら睡眠不足による肌荒れを気にしているらしい。さすが女の子というところか。
 ジャンゴと刹那、クールは顔を見合わせてこっそり苦笑した。

      *

 太陽都市。
 かつて「死せる風運ぶ嘆きの魔女」カーミラが君主として君臨していたこの都市に、新たな君主が迎えられた。
 エンジェルチルドレン・ナガヒサと、その父の大天使ミカエルである。

「『魔女の烙印を押されし聖女、天に昇りて皆を望む』……か。
 ふん、汚らわしいイモータルごときに墓とはな」
 医者の風貌を備えた天使が、墓に添えられた花を散らす。ナガヒサの仲魔の大天使ラファエルだ。
 カーミラの墓を見下す視線で一瞥し、軽々と飛んで広場に向かう。広場は兵であるパワーが、直立不動の姿勢で警護していた。
 その中に、一つの違和感が。
「……?」
 ラファエルが目を凝らすと、その違和感が動いた。
「ラファエル様~」
 違和感の正体、最下級の天使・エンゼルがぱたぱたとラファエルの元にやって来る。地上視察していたこのエンゼルは、ラファエルが独自に動かしていた天使だ。
「どうですか。太陽仔はいましたか?」
「はい、ばっちりです!」
 ラファエルの質問に、エンゼルは顔を紅潮させて何度もうなずいた。
「あの太陽少年……ジャンゴでしたっけ? 彼はデビルチルドレンと一緒にいます。
 夜の戦い見てましたけど、彼はデビルの力を自在に操ってます。ラファエル様の見立て、間違ってません!」
「やはり。あの大地の巫女もいい人材ですが、太陽少年はそれ以上に使えそうです。世界の統率に、彼は必ず役に立つでしょう。

 ……我ら天使が統率する世界の救世主として」

「やはり、支配を望んでいたか! ラファエル!」
 怒声が投げつけられる。はっとしてラファエルとエンゼルが上を見上げると、神の炎の名を持つ大天使ウリエルが降り立った。
「下がれ。お前達には関係のない話だ」
 ウリエルは炎をまとった剣をちらつかせて人払いする。
 突然の登場に戸惑っているパワーたちとエンゼルは、厄介ごとに巻き込まるのはごめんとばかりに飛んで消えた。
 後に残るのはウリエルとラファエルのみである。

 剣を抜きながら、ウリエルはラファエルに問う。
「お前の真の主は誰だ? ナガヒサ様でもない。ミカエル様でもない」
「さあ? 私はナガヒサ様にもミカエル様にも忠誠を誓っていますよ」
「貴様!」
 あくまでもとぼけるラファエルに、ウリエルが飛び掛った。ラファエルは白衣から何本もメスを取り出すと、ウリエルに投げつけた。
 足を止め、剣で全て払うウリエル。
「ザンマ!」
 足を止めたウリエルに、ラファエルが風の魔法で足止めをする。
「マグナス!」
 ウリエルは土の攻撃魔法をアレンジして壁を作る。風の魔法は土の壁に全て防がれるが、足止めには充分役に立っていた。
 土の壁を消すと、ラファエルはすでに姿を消していた。
「逃げられたか……」

 ウリエルは、ラファエルの企みを真っ先にミカエルに伝えた。
 ナガヒサはいない。二人の暗黙の了解で、ナガヒサは自室に下げられたのだ。
「そなたの報告は聞いた。となると私は一度エタニティパレスに戻らねばならんな」
 ミカエルは顎をなでながら言う。
「我らが望むのはハルマゲドン。支配ではない。ナガヒサをメシアとして教育してきたのは、あくまでノルンの選択の時にその場にいさせるためだ」
「では」
「天使が分裂したとルシファーたちに知れてみろ。彼奴らはその隙にラグナロクを発動させるであろう。
 私は混乱を防がねばならん」
 ミカエルは立ち上がり、側に控えていたエゴに命じる。
「ナガヒサを呼べ。私は天界に戻る。二人でゆっくりと話がしたい」

 ナガヒサは突然の呼び出しに不安を感じていた。
 メシアをめぐって、今天使たちは二つに分かれかけている。それを案じた父は地上に降臨し、事を納めようとしていた。
 だがその結果がどうなるかは、ナガヒサには想像できなかった。
(父さんも僕はいらないって結論を出したんだろうか)
 そう考えると足が止まった。そんなことはない、と何度否定しても足は動かない。
「大丈夫だよ」
 足元にいるスフィンクスがナガヒサを元気付ける。が、ナガヒサの顔は絶望のまま変わらない。
「でも」
「お父さんを信じて」
 見かねたスフィンクスが後押しして、ようやくナガヒサは歩き出した。

 ようやく父の元にやってきたナガヒサ。部屋には父だけしかおらず、側近の天使たちもいない。
「父さん?」
「ナガヒサ、私は天界に帰ることにした」
 唐突な宣言に、ナガヒサの眼が丸くなる。
「天使たちを二つに分けている原因が天界にいる。私はそれを突き止めねばならん」
「でも、父さんがいなくなったらここは!」
「お前がいる。ラファエルもウリエルもお前をサポートしてくれるだろう。
 ……デビルチルドレンとソーラーボーイとやらがいつ来るかで脅えるのは分かる。だが、天界の騒ぎを収めん限り、我ら天使に勝利はないのだ」
 父の言葉にナガヒサは深くうつむいた。
 必要としてくれているのか分からない人間に囲まれるより、自分を求めてくれる人の側にいるほうが安心する。それは臆病者の考えではない。人なら誰でも思い、願うことなのだ。
 …ミカエルもそれが分かっている。だからこそ、彼は天界に戻るのだ。
「ナガヒサ。これを渡しておく」
 ミカエルは、ナガヒサに虹色のメシアの角と瞳が入った箱を渡す。
「……七つの色の鍵を集めた者はノルンの選択をすることが出来る。知っているな?」
「はい」
「我々天使はハルマゲドンを望んでいる。だが、お前が何を望むかまでは望まない」
「……?」
 ナガヒサは父の心境が分からずに首をかしげる。ミカエルはそんなナガヒサに微笑みかけながら、続けた。

「お前の選択はお前が決めろ。それがラグナロクだとしても、その場にいるであろうお前の選択なら、我々は受け容れよう」

「父さん……」
 ナガヒサは箱の中に、本当の父の願いを見たような気がした。

      *

 襲撃は夜明け前に決まった。
 ジャンゴたちは転移魔方陣の近くでキャンプを張る。女性陣は料理の支度、男性陣は寝床の準備だ。

 一仕事終えたジャンゴは、クールが点けた焚き火を見ていた。隣に刹那が座る。
「なあ、あのリタって子、めちゃくちゃ強いだろ?」
「え? まあ、僕たちの中では最強」
「そうか」
 刹那は質問の意味も言わずに、話をまとめてしまう。ジャンゴは意味を考えてしまった。
 ……ふと、ある意味怖い考えが頭をよぎる。
「あのさ、未来もやっぱり強い?」
「うちの中では敵う奴いないぜ。ツイスターハリケーンとか未来トルネードとか」
「……強いね」
 喰らったらただでは済みそうにない技の数々に、ジャンゴは冷や汗をかいた。
 あとは沈黙が降りる。
 ジャンゴは焚き火を見つめ、刹那は空を見上げている。
「……でもさ」
 刹那が口を開いた。
 ジャンゴは刹那のほうを向く。
「どんなに強い、って言われてても駄目な時だってあるんだ。
 その時オレは手を離して後悔した。強くなっても、守れなかったって気持ちがずっと残ってた。
 ……手を離す、って事がどんなに辛いことかよく分かった」
 空を見上げながら、刹那はジャンゴに言った。
「お前は手を離すなよ?」
 ジャンゴは視線を、刹那から料理している女性陣――リタのほうに向けた。

「絶対に、離さないよ」

 こちらは女性陣。リタも未来も料理は出来るので、食べられない物が出来上がることはなさそうだ。
 皮をむく手を休めないまま、未来はリタに聞く。
「ねえ、リタってジャンゴ君のこと好きでしょ? 恋愛とかで」
「なっ!」
 いきなりのパンチに、リタは持っていた果物を落とす。包丁を落とさなかったのは幸運だ。
 ベールが笑いながら果物をリタに渡す。その笑みがからかっているように見えて、リタはますます顔を赤くした。
「み、未来さんはどうなんですか? 刹那さんのこと好きなんじゃ」
「……言わないでよー」
 リタのカウンターは見事に決まったらしい。未来も、リタに負けず劣らず顔を赤くした。
 お互い顔を赤くしたまま照れ笑い。ひとしきり笑うと、リタはうつむいた。
「…でも、ジャンゴさまは私のこと、普通に友達として見てるみたいで」
「そう? 私から見るに、彼、相当貴女のこと大切にしてるわよ。必死になって貴女を守ってるし」
「それはそうですけど、鈍感ですから。あの人」
「あらら。刹那もそうなのよね~。あいつってば私が強くなってる理由、分かってないんだもの」
 二人は探し物をするフリをしながら、ジャンゴと刹那の様子を見た。
 男性陣は男性陣で何か話しているらしい。会話の内容までは聞こえないが、楽しそうなのはよく分かる。
「……でもさ、鈍感でいいのかも」
 皮むきを終え、調味料を出しながら、未来が口を開く。
「いざって時、私達を捨てるくらいの覚悟が出来ませんものね」
 リタはくすりと笑いながら言う。

「ほんのちょっと、手を握って抱きしめてくれるだけで満足なんですよ。私達は」

 

 夜は更ける。

 少年少女たちに新たな誓いを与えて。

 

 翌朝(……というにはまだ早いが)。
 準備を整えた4人+2匹は、転移魔方陣に集う。
「太陽ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 ジャンゴのフレーズに反応し、転移魔方陣は彼らを決戦の地へと導いた。

       *

 太陽都市。
 先端を警備していたパワーたちは、光の玉がこちらにやってくるのを見た。
 光の玉は都市の上で弾け、中にいた少年少女たちが具現する。
「!?」
 パワーたちが剣を構える中、

 ジャンゴが
 リタが
 刹那が
 未来が
 クールが
 ベールが

 同じ言葉を叫んだ。

「お邪魔します!!!」