嵩治の説明を聞いた法皇は、自分の教え子という形でコスモスシティへ連れて行くことを約束した。
ミカエルの実子であるナガヒサは、そのままエンジェルチルドレンとして行く事になったが。
法皇の教え子としてそれらしい格好を、と言われた残りの3人は手早く着替えて準備をした。
サークルゲートを使って直接コスモスシティへ飛ぶ。
その間リタは、ずっとジャンゴの無事を祈り続けていた。
そしてコスモスシティ。
エタニティパレスに赴く旨は先に告げてある。が、いざ実際門前に立つと「許可は取られていない」との一点張りだった。
エタニティパレス最上階は、施政者のために用意されている私室である。ミカエル、ラグエルと代替わりし続け、今はアルニカとジャンゴがその部屋にいる。
「アルニカ、下の階に行かなくていいのか?」
本棚にあった本を興味深そうに読んでいるアルニカに、ジャンゴは声をかけた。が、彼女はまるっきり興味がないらしく「私がいなくても大丈夫よ」と上の空で答えた。
そんな様子を見て、ジャンゴはふぅとため息をつく。
なまじ優れた仲魔がいるせいか、彼女には選ばれた仔としての自覚がなさすぎた。刹那のような強い意思を感じられないし、ナガヒサのような悲壮な覚悟もなさそうだった。
彼女の心にあるのは、自分と一緒にいられる時間を守ること。自分をここに引き止めること。
ジャンゴは窓に近づいた。
天界は空の上にあることもあり、昼でも星空がよく見える。その代わり、地上は雲に隠れて全く見えない。
(みんな、元気にしてるかな)
サバタ、リタ、ザジ、おてんこさま、刹那、未来、ナガヒサ、それから会ったばかりだった将来に嵩治、翔にエレジー、ゼット。クールやベールたちデビルのみんな。
掛け替えのない大切な仲間達。
彼らのことを考えるとまず脱出する方法を考えなくてはならないのだろうが、ガン・デル・ソルを始めとした武器は全部没収されている。
武器らしい武器といえば右手に装着されたままのソル・デ・バイスだが、レンズのない今はただの手甲である。徒手空拳は覚えているものの、それ一つで脱出できるほど優れてはいない。
それに。
今のジャンゴは脱出しようという気が全然なかった。もし仮に「ここから出てもいいですよ」と言われても、アルニカの側にいることを選ぶだろう。
(でも、恋とかそういうのじゃない)
ジャンゴは今の自分の気持ちをそう分析した。この気持ちは恋じゃない。
もっと密かな、どこかで危機を告げる何かが、彼女の側にいろと自分に命じている。漠然とした不安。それが今のジャンゴの気持ちだった。
「ジャンゴ」
はっと気がつくと、アルニカが自分の顔を覗き込んでいた。急接近に戸惑うジャンゴ。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのはこっちの台詞よ。何かさっきからずっとぼーっとして。……何か気になることでもあるの?」
「え、えっと……」
仲間の事は言えなかった。ここに来てから、アルニカは自分以外の仲間の事はすっかり忘れているのか、一言も口に出した事はない。
ジャンゴの方から口に出そうとすると、何となく嫌な顔になるのでジャンゴも言えない。
何と言おうか考えていると、アルニカはすたすたとジャンゴのほうに近づいて、窓の外を見た。
「空が綺麗ね。昼でもお星様がこんなにたくさん見えるなんて」
「……うん。地上では、星は夜見るものだから」
アルニカの思考が別のものに移ったので、ジャンゴも話をあわせた。ついでにジャンゴも彼女の頭越しに窓の外を見る。
ジャンゴからの急接近に、アルニカの顔が少し赤くなっていた。
コスモスシティ・宿屋の一室。
法皇とサバタたちは、突然の締め出しについて考えていた。ナガヒサとスフィンクスたちはいない。彼らはミカエルの行方を知りに街に出たのだ。
「何かあったな」
開口一番、サバタはそう断言した。それは全員が思っていることであった。
「ラグエル様が生きてらっしゃったら、こんな面倒なことにはならなかったのに」
レイが舌打ちする。……それは暗にサバタを責めている発言だった。まあそんなことで動揺するサバタではないが。
「……今、エタニティパレスを統率しているのは一体誰なんでしょうか」
リタが法皇に聞く。法皇は少し考えたが、思い当たる者はいない。ラグエルは生死不明、ナタナエルは大分前に魔界へ下りた。
そしてミカエルは……。
がちゃりとドアが開いた。
入ってきたのはナガヒサとスフィンクスたちだった。情報収集は終わったらしいが、その顔は蒼白である。
「どうしたんだ?」
嵩治が今にも泣き出しそうな顔のナガヒサに優しく声をかける。その声にほっとしたのか、ナガヒサは一筋だけ涙を流してこう言った。
「ミカエルが……父さんが行方不明になってるんです」
全員の顔に緊張が走った。
ナガヒサは涙をすぐにふき取って、話を続ける。
「父さんは、何日か前に天使たちの混乱を防ぐために、ここに帰ってきたはずなんです。そのはずなのに、誰に話を聞いても『ミカエル様は帰ってない』の一点張りなんです。
ここはコスモスシティ。何かがあったら、父さんは真っ先にここに帰ってくるはずなのに。そんなに時間もかからないはずなのに…」
一般市民に知られないように極秘に帰ってきた、にしても不自然すぎる。天界の中心地であり、一番狭いエリアであるここはちょっとした事でもすぐに話に上がる。
そのはずなのに、ミカエルの帰還を誰も知らない。……誰もミカエルの帰還に気づいていない。
こっちが門前払いを食らったことと何か関係がありそうなのは、子供でも分かることだった。
では、これからどうするべきか。
法皇が時間を稼いでいるうちにジャンゴを救出する手は使えない。ナガヒサの権力には頼れない。となると
強行突破
これしかなかった。
派手に暴れて、天使たちの眼がそっちに行っている隙にジャンゴを救出する。敵の数は多いが、今回は撃破が目的ではないから、今の面子でも何とかやれるはず。
サバタたち全員がそう判断した。お互い視線を交し合ってその意見を確かめると、静かにうなずきあう。
「法皇様はコスモスシティから出てください。貴方に余計な疑いがかかると、これから大変になりますから」
嵩治はそう薦めると、法皇は首を縦に振った。
「私はグラスフィールドに戻らず、クリスタルリングに行こうと思う。サファイアフォートなどの将軍達の様子が気になるし、そこなら自由に地上や魔界との交信が出来るはずだからな」
「ありがとうございます」
法皇の後方支援にナガヒサとリタが頭を下げた。
襲撃は夜に決まった。
その間まで、寝たりぶらぶら町を探索したりして時間をつぶす。
……気づかぬうちに、視線はいつもエタニティパレスを追っていたのは仕方がないことだが。
エタニティパレスで出される食事は、ジャンゴが今まで見たこともないくらい豪華なものが揃っていた。
上質の材料を使った料理が一級品の味を伴ってじゃんじゃん出される。あまりの豪華さに、皆に申し訳なくて吐くかもと思ったくらいである。
「ジャンゴって、食べてる時も大人しいのね。戦ってる時とは大違い」
主食を片付けたアルニカがくすくすと笑う。その間にも、小間使いのエンゼルが食べ終わった皿を下げていた。
残されたナプキンで、ジャンゴは口の周りについているソースを拭う。本当は豪勢な料理にびびっていただけなのだが、あえて訂正はしないでおいた。
食事が終わると急にやることがなくなる。
アルニカは部屋にある本を片っ端から読んでいるが、ジャンゴはその気になれなかった。何度も彼女が「一緒に読もうよ」と誘ってくるのだが、その度に断っていた。
何かを話すにしても、ジャンゴの方から話せるものは何もない。何も知らない彼女に、イモータルの恐ろしさを教えてどうにかなるものでもないからだ。
それに、今日は何かが起こりそうな予感があった。今でもよく分からない漠然とした不安が分かりそうな、そんな予感が。
……どこかから、何かが聞こえた。慌てて立ち上がり、耳を側立てるがもう何も聞こえない。
「ねえ、今何か聞こえなかった?」
「気のせいでしょ?」
ためしにアルニカにも聞いてみるが、彼女は何も聞こえなかったらしい。本から目を上げずに答える。
気のせいか、と座りなおす。しかし、
また聞こえた。今度ははっきりと、誰かの怒声が。
「やっぱり何か聞こえるよ! 僕見てくる」
「いいのよ、ジャンゴは行かなくて!」
また立ち上がってドアのほうまで行くと、アルニカがその腕を掴んで止めた。その顔には、必死さがあった。
「ガブリエルとメタトロンが何とかしてくれるわ。ジャンゴまで出なくてもいいじゃない!」
「でも、何が起こったのか確認しなきゃ」
「行かないで!」
腕を掴む力が強くなる。アルニカにも予感があったのだ。このままジャンゴを行かせれば、自分の手の届かない所へと行ってしまう。そんな予感が。
彼女の真摯な態度に、ジャンゴは折れた。
「分かった。でも大事になりそうだったら一回様子を見てくるよ」
「……いいわ」
どうかそんな大事にはなりませんように、とアルニカは心底祈った。
最上階を除いたエタニティパレスは大混乱に陥っていた。
二人の少年少女にたくさんのデビルがいきなり襲撃をかけてきたのだ。当然少年少女というのはサバタとリタである。服はもういつものものに着替えた。
エンジェルチルドレンであるナガヒサと嵩治は後方支援としてデビルをたくさんコールした。天使たちに顔を見られると面倒なことになるからだ。
リタは毎度おなじみの徒手空拳で、サバタは暗黒銃で天使たちをどかしていく。ジャンゴがいる場所はもう調べてある。
「リタ、お前は最上階へ行け!」
「はい!」
そう言ってくるりと身を翻すと、そこにはパワーとは違う天使が大剣を振りかぶろうとしていた。間一髪で避ける。
「最上階には行かせんぞ!」
「いいえ、行きます!」
ちょっとアンフェアだが、リタの蹴りは見事に相手の急所を叩いた。声にならない悲鳴を上げて悶絶する大天使を転がして、リタは階段を上る。
最上階。
「僕、様子を見てくる!」
騒ぎは収まるどころか、どんどん大きくなっている。このままでは自分たちも危ないと判断したジャンゴは、アルニカの制止を振り切って部屋を出た。
どうして城というものはこう複雑に作られているのだろう。
そうぼやきたくなる口を何とか押さえ、リタは最上階に続く階段を探し回っていた。その後を、嵩治が援護として送ったハクリュウがついて来ている。
「追えー!」
「奴を最上階に行かせるなー!!」
後ろで天使たちが騒いでいる。という事は、とりあえず道は間違っていないようだ。ようやく見つけた上り階段を、リタは軽やかに上る。
上って出た廊下で、見覚えのある人影を見つけた。
人影もこっちに気がついたらしい。長く影を残しながら、こっちに向かってくる。リタは慌てず騒がず応戦体制をとるが。
「リタ……?」
一番聞きたかった声に、握った拳を緩めた。一歩一歩、確認するかのように近づく。
――ジャンゴの元へ。
ジャンゴの方も、リタに向かって歩いていくが、その途中で現れたメタトロンとガブリエルに、脚を止められる。彼らはあくまでジャンゴをここに引き止めるらしい。
「リタ、皆に伝えてほしいんだ」
メタトロンとガブリエルに遮られてリタの顔はロクに見えないが、ジャンゴは静かに続ける。
「今のアルニカを放っておけない。僕はまだここに残る」
哀しい沈黙が、満ち渡った。
裏切り者、と思うだろうか。だが、今彼女を残して皆の所に帰ってはいけないと思った。
皆を信じている。だから、彼女を一人にさせられなかった。
「……分かりました」
感情を押し殺しているのか、それとも何も感じなかったのか。感情がない声で、リタは答えた。懐をまさぐって出した笛を吹く。
鳥が鳴いているような音が、エタニティパレス全体に響き渡った。
「私、待ってます。
ジャンゴさまがアルニカさんを連れて帰ってくるのを、いつまでも待ってます」
リタはそう言い残して、後ろに控えていたハクリュウと共に天使のツバサで消えた。
後に残るはジャンゴと、アルニカの仲魔であるガブリエルとメタトロン。
そして、
頭から翼を生やし、手と足が鳥の爪へと変わったアルニカだけだった。
「……ジャンゴは、渡さない。
あの女にだけはワタサナイ……!!!」