「もしかして、君たちイモータル3姉妹なのか?」
ジャンゴの出した答えに、ゼットは今度こそ穏やかな笑顔になった。
今やデビルになったドヴァリン、ドゥネイル、ドゥラスロールは、揃って静かにジャンゴを見つめ返した。
青きドヴァリンはダゴンというデビルに変えられ、白きドゥネイルはセイレーンというデビルへ。赤きドゥラスロールはスキュラというデビルになっていた。
その彼女達の視線を浴び、ジャンゴはゼットに答えを求める。彼は「彼女から聞いたほうがリアリティがあるよ」と、ダゴン――ドヴァリンへ話を移した。
移されたドヴァリンは肩をすくめた。
「どこから話した方がいいかしら?」
「とりあえず、戻ってきたところから」
「現世に、と言う意味ね。いいわ、話してあげる。太陽仔」
イモータルは大抵、ジャンゴのことを太陽少年か太陽仔と呼ぶ。それは絶対に殺すという自信からか、それともいちいち覚えていられるほど余裕がないということか。
話が長くなりそうなので、ジャンゴは地べたに座った。それにならい、アルニカやゼット、ドヴァリンら姉妹も座り込んだ。
*
まるで長い眠りから覚めたように、彼女は目覚めた。
この目覚めは良く知っている。大分前、自分が封印の中で目覚めたのと同じだから。
だが目覚めた時、自分の姿は見慣れた姿ではなかった。青い髪、これはまだいい。前も自分は青い髪をしていた。
だが、体全部が青く、足が人魚のようにヒレになっているのはどういうことか。
叫びたかった。これは何なんだ、と。しかし彼女の喉は空気をひゅうひゅう漏らすだけで、言葉の形を出してくれない。
そんな自分の動揺を知らない周りの奴らは、口々に実験の成功を喜んでいる。これで3回連続成功だ。素晴らしい。あの強い力を持つ奴らを、自分たちは制御できたのだ。
その声にイライラして、睨みつけてやろうかと顔を上げると、また叫びたくなった。
自分の周りにいる奴らはほとんど、どう見ても人間ではなかった。
張子の顔をした男たちや、二足歩行しているトラたち。ライオンそっくりな男に、ピンク色の肌の老婆。大きな龍。
ちなみにその中で一番もてはやされているのは大きな龍だった。どうやら彼が自分を『目覚め』させたらしい。龍は褒められるたびに、あごひげをなでている。
どれも自分は知らなかった。
こいつらは何者なのだろうか。人語を解し、自分をこんな姿にさせるほどの知能がある。少なくとも自分が知っているモンスターにこんなのはいなかった。
新手のモンスターなのか。なら、それを指揮しているイモータルは自分よりはるかに強い存在になる。
信じられなかった。自分が浄化されてからもう何百万年も経っているのか? そうでなければこいつらの説明がつかない。
ここは素直に黙っておくのが得策のようだ。プライドが傷つくかもしれないが、それでも生きていればチャンスはある。そう思って苛立ちを隠した。
そう決意すると、それを待っていたかのようにドアが開かれて人間が二人入ってきた。一人は金髪の美形で、もう一人は緑ずくめの少年である。どちらも赤い目をしていた。
どうやらこの二人が、自分を再生しろと命じたイモータルのようだ。詳しく知ろうと正体を探り始めると、三度叫びそうになった。
金髪の男性に、良く知っている波動を感じた。
――お兄様!
そう叫んで駆け寄ろうとすると、いつのまにか隣にいた緑ずくめの少年に止められる。
「今の彼は君の知っているお兄さんじゃないよ」
……少年の波動は、自分が持っていたイモータルの波動よりもなお深い闇があった。
その少年は、兄によく似た波動を持つ男からタカジョーと呼ばれた。そして、タカジョーと呼ばれた少年は男をアゼル、と呼んでいた。
「……でも、よく彼からお兄さんの波動を感じたね。妹さんたちは全然気づいてなかったよ」
「妹達も!?」
告げられた言葉に、目を丸くした。そう言われると、確か周りの連中は「3回連続」とか言っていた様な気がする。自分を含めて3回なら、前に2回行ったということになる。
その2回が自分の妹達だったのだろう。
少年は男に聞かれないように、声を潜めた。
「妹達に会いたい? だったらここから出してあげるけど」
「お兄様も一緒じゃなければ嫌」
そう言い放つと、少年は困った顔をする。
「残念だけどそれは無理。君のお兄さんが乗っ取った男はね、この世界の王なんだ。
その王様を君たちの理屈で連れさらっちゃうと、僕の立場が危うくなる。それに君達も追われる身になる。
……今の君の力じゃ、今いる面子だけでもボロ負けだよ」
そう暗に脅されても、ひるんで引き下がるわけには行かなかった。今はこの姿だが、自分は海のイモータルと言われた女なのだ。
睨んでやるのだが、少年は全然ひるまず、逆ににっこりと笑みを浮かべた。
「強情だなぁ。でもさ、君このままいたら確実に洗脳されるよ。君は今イモータルじゃない。だから、洗脳工作は簡単なんだ。
今のうちだよ?
今なら姉妹全員で逃げられる」
――契約。
彼は今それを要求していた。
自分にとって等価だと思えるものと引き換えに結ぶもの。何故か自分はそれを理解できた。
この少年にとって、自分を解放するのと何かが等価なのだろう。その等価なものが何かはよく分からないが。
……気がついたら、自分は首を縦に振っていた。
契約は、成立した。タカジョーは金髪の男の方を向く。
「ねえアゼル、この子達うちにほしいな。ちょうだい」
そう言ってにっこり微笑む。
アゼルの方は肩をすくめたが、その頼みは素直に聞いた。引き止める理由がなかったのだろう。
そして。
自分は知らない部屋に通された。
そこで変わり果てた(とその時は思った)妹達と再会し、戻ってきたタカジョーから今の自分たちの力を説明される。
自分とドゥネイルはほぼ変わらなかったが、ドゥラスロールだけが大きく違っていた。彼曰く、いい器がなかったらしい。一番下の妹は、覚えるのに四苦八苦していた。
一通りの説明を終えると、ドゥネイルがタカジョーに聞いた。
「ねえ、貴方って一体どういう人?」
自分たちのことを事細かに知っていて、それでいて何もしない。そんな彼が気になったらしい。……自分もそれが気になったが。
タカジョーは懐かしいものを思い出すような穏やかな顔をした。
「どうもないよ。僕は普通に好きな人たちと幸せに暮らしたい。そう思っている普通の存在。
本当は人に好意を持っちゃいけない、あくまで全てを見届けろって言われてるんだけどさ。でも普通に感情を持っている以上、その気持ちは消せなかったよ。
……仕事が嫌いなわけじゃないし、こうして色々なものを見てまわれるのは結構面白いけどさ。
でもさ、好きな人と一緒にいる時が一番楽しかったな」
……その気持ちはよく分かる。
自分の人生色々ありはしたが、姉妹で過ごす時間が嫌いではなかった。寧ろ、楽しくて好きだった。
「私達は、これからどうなるの?」
ようやく力の加減が掴めたらしい。足の代わりである犬を押さえながら、ドゥラスロールがタカジョーに聞いた。
聞かれたタカジョーはひょいっと肩をすくめた。
「さあね。ここにいたら間違いなく実験材料だね。
君達はイモータル封印で出来たイレギュラー的なデビル。その能力を調べるために何をされるかは分からないけど、ロクなのじゃないのは確か。
元々餅は餅屋で、イモータルは地上のヴァンパイアハンターがどうにかしてたんだ。
でも、キング・オブ・イモータルが、よりにもよって僕に目をつけちゃったものだから、連鎖的にこうなっちゃった」
イモータルは不死を演じる、死から逃げ出した反生命種。だからこそ本当の不老不死である、意思ある原種の欠片・深淵魔王を狙っていた。
その目論見はジャンゴの父であるリンゴによって防がれたが、イモータルの存在が魔界と天界で大きく知れ渡り、意味なき不安がデビルと天使を追い詰めてしまったのだ。
「知るのはいいことだけど、余計なことを知るのは悪いことなんだ。だから『修正』しなくちゃいけない。
とは言え、もう運命に刻まれてしまったモノは『修正』が効かない。上手く形を合わせるしかないんだ」
それはまさに、一つの絵画を仕上げる作業。
『腕のいい画家』によって余計な付け足しを加えられてしまった絵は、それを馴染ませるしかない。
同時に、もう二度と余計な付け足しを加えられないように、急いで絵を描き上げるしかないのだ。
「残念だけど、君たちの兄は運命に刻まれ、塗り込められてしまった。『修正』は効かない。
でも君達は『修正』は効かないけれど、まだ運命に刻まれていないし塗りこめられてもいない。上手くいけば、逃げられる。
どうするかは君たち次第だ」
*
「……後は彼の導くままに3人で脱出して、貴方に出会った。これが戻ってきてからの一部始終よ」
長い話を終え、ドヴァリンは大きく息をついた。ドゥラスロールは疲れたのか、ドゥネイルの膝枕でぐっすりと眠っている。
「これから、どうするんだ?」
ジャンゴがドヴァリンの方に聞く。本当は3人全員に聞くべきなのだが、末妹が眠っているので一番上の姉に聞いた。
ドヴァリンはふっと笑う。その笑いは企みのものではなく、疲れの混じったため息に近かった。
「どうもこうも。今の私達はイモータル3姉妹ではなくデビル3姉妹。イモータルとして行動する気はないわ」
「もうダークマターは危険物質だしね」
実はこれが地らしい。どこかはすっぱな態度でドゥネイルが姉の答えに同意した。
「話の流れ次第によっては、貴方と行動することもいとわない。
そう言う貴方はどうする気?」
「僕は……」
ジャンゴは少しうつむいた。
僕は、どうしようか?