SELECT! RESET OR CONTINUE?(困惑編 vol.ANGEL)

 

「こういう展開、前にもあったわ」
「そんな事言われても困るんだけど」

 だってさ、

 倒れてる子、ほっとける?

 

「見知らぬ少女」

 太陽都市での激戦を終え、ジャンゴたちはサン・ミゲルに戻るところだった。
 行きの時より楽とは言え、やはり天使たちは襲ってきた。残党か、それとも新たな命を受けて襲っているのかは分からないが。
 とにかく、ジャンゴたちはまた襲撃を受けていた。今まで見たことの無い面子が揃っている辺り、実は天使ではなくデビルなのかもしれない。まあ、今は相手の検索をしている余裕など無いが。
「わったったった!」
 情けない声を上げて、刹那が攻撃を避ける。一見バランスを崩していそうだが、実はそうではない。逆にバランスを崩した相手を、刹那は一体づつ倒していく
「少しうるさいぞ!」
 キングケルベロスから元に戻ったクールのファイヤーブレスが、まだら模様のトカゲを焼く。その隣で、リタがドクロを二つ繋いだ顔の鳥を叩き落としていた。
 ジャンゴも剣を振るって、赤い鳥を片っ端から切っていく。と、

 かすかに、何かが聞こえた気がした。

 気のせいかと思って敵のほうを向くが、またかすかに何かが聞こえた。耳を凝らすと、どうも人の声らしい。
 敵を切り伏せ、声のほうへ向かう。思いっきりサン・ミゲルへのコースを外れるが、この際仕方が無い。
「ジャンゴさま!?」
「先行ってて! すぐに追いつく!」
 心配そうなリタに手を振り、ジャンゴは走った。

 森の中を走って数刻。ようやくジャンゴの耳にはっきりと声が聞こえた。声はあまりにか細く、すぐに消えてなくなりそうである。
「待っててよ……!」
 自分の後を追ってきたデビルを黙らせながら走る。茂みを掻き分けて探すと、倒れている人がいた。
「君、大丈夫!?」
 駆け寄ると、意外なことに女の子だった。頭にベールを被り、質素ながらも綺麗なワンピースを着た青い髪の女の子。右腕には翼ある蛇をかたどった腕輪をしている。
 抱き起こすと、何とか意識はあるらしい。か細い声で「逃げて……」とつぶやいた。
 当然、それに従うジャンゴではない。少女に肩を貸し、何とか二人で走れるように体制を整える。剣が使えなくなったが、もうデビルは出ないだろうと見越してのことだった。
「走れる?」
 ジャンゴが聞くと、少女はかすかにうなずいた。驚かないあたり、予想できていたことなのかそれともただただ流されているだけなのか。
 ともかく、ジャンゴと少女は息を合わせて走り出した。がむしゃらに走ってきたものの、意外と道は覚えている。進路を邪魔する枝葉を腕でどかしながら、ジャンゴたちは走る。
 あっという間に森が切れ、広い場所に出ようとするが。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
 少女が何かに足を取られ、肩を貸しているジャンゴもつられて倒れそうになった。足元を見ると、太い蔓が少女の足に絡み付いていた。
 赤いトゲが生えているその蔓に、ジャンゴは見覚えがあった。
「暗黒の根!? どうしてこんなところに生えてるんだ!?」
 太陽樹の反なる存在、暗黒樹の根。これがあるという事は、近くにイモータルかそれに近い何かがいるのだろうか。
 どちらにしても、今襲撃してきたデビルより厄介な代物である。
 利き腕ではない左腕で剣を振るが、どうもいまいち手ごたえが無い。バランスが悪いし、ダーク属性で無い限りこれを断ち切る事が出来ないからだ。
 それでも何とか少女の足に絡み付いている蔓を切ると、ジャンゴはどうするか考え始めた。
 暗黒の根はダーク属性で無ければ消滅させられない。だからと言って、何も知らない人の前でトランスは出来ない。逃げるにしても、これでは分が悪い。
 少女が絶望を感じたのか、ジャンゴにしがみついた。その時、

「ジャンゴ君!」

 最近よく聞く、遠くまで通る凛とした少女の声。それと同時に吹き荒れる嵐。
「未来! ベール!」
「助けに来たわ!!」
 遅くなったのを心配したらしい。未来がクールと同じく元に戻ったベールを連れて、ジャンゴの加勢に来たのだ。だが、味方が増えても危機を脱したわけではない。
 ベールのソニックブームで斬られた暗黒の根は、すでに自己修復を始めている。再生の速度はサン・ミゲルに生えていたものより遅いが、それでも並大抵の速さではない。
「何よ、こいつ!?」
「ベール、こいつはダーク属性じゃないと倒せないんだ!」
 ジャンゴの説明にベールは少し首を傾げるが、すぐに意味を理解する。
「ムド(月(ダーク、またはルナ)属性の攻撃魔法)を覚えてる仲魔なんていないわよ!」
「恨みの勾玉は!?」
「こないだ使ったじゃない!」
 どうやら、未来たちにはダーク系の魔法を使える仲魔がいないらしい。だが、彼女達が来てくれた事で、一つ手が出来た。
 ジャンゴは未来たちを庇うように、暗黒の根の前に立つ。
「未来、その子を連れて遠くまで走って」
「どうするつもり?」
「いいから!」
 ジャンゴの真意を測りかねる未来だったが、彼を信じて言う通りにする。ジャンゴにしがみついて離れない少女を何とか引き剥がし、サン・ミゲルの方へと走った。

「うああああああああああああああああああああっっ!!!」
 ジャンゴの姿が見えなくなってからすぐに彼の絶叫がこだまし、凄まじいエネルギーが荒れ狂った。

 エネルギーの奔流が収まってからしばし。ジャンゴが肩で息をつきながら、未来たちの前に現れた。
「ジャンゴ君!」
「あー大丈夫大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
 正直もうやりたくないなぁ、とジャンゴは心底思った。

 ジャンゴはどうやって暗黒の根を倒したのか。答えは単純だ。
 彼は自分の意思で黒ジャンゴの力を暴走させたのである。彼の体から発せられた闇の力によって、暗黒の根は一つ残らず消滅した。

 それはさておき。
 二人と一匹は、さっきジャンゴが保護した少女のほうに顔を向けた。
「ねえ、君はどうしてあんな所にいたの?」
 少女はジャンゴの問いに、ゆっくりと顔を上げた。さっきまでの恐怖がまだ残っているらしく、その顔色にはまだ怯えが混じっていたが、やがてぽつりぽつりと話し始める。
「……悪魔が来たの…。
 彼らは“力ある仔”を探しているらしくて、子供という子供を片っ端からさらって行ったわ……。私も例外じゃなかった。
 でもどこかに連れて行く途中、私は何とか逃げ出して……」
 あの森に迷い込んだ。
 それからずっと逃げ回り、息も絶え絶えというところでジャンゴに助けられて今に至るようだ。
「逃げ出してって……。あなた、どうやって逃げ出したの?」
 今度の質問は未来だ。少女は質問してきた未来の方は見ず、ジャンゴの方を向いたまま答えた。
「天使……。天使が悪魔と戦い始めて、その隙に逃げ出してきたの」
「天使が?」
 ジャンゴは首をかしげた。
 力ある子供を求めているのは悪魔――デビルだけでなく、天使もそうなのだろうか。だとしたら、何のために? 本格的に戦争でも始める気なのだろうか。
 ここでサバタや将来がいれば少女の説明にも納得がいっただろうが、魔界での事情をあまり知らないジャンゴはあまり納得がいかない説明だった。
 事情を知っているであろう未来も、渋い顔をして何か考え込んでいる。

 沈黙が降りる中、さっと一つ影が走った。

「!?」
 ジャンゴたちの顔に緊張が走る。ただの鳥の影かもしれないが、新手とも限らないのだ。
 今ある疑問は胸の中に押し込み、ジャンゴは少女に手を差し伸べた。
「とりあえず、僕たちと一緒に行こう。仲間がいるんだ」
 差し伸べられた手と、ジャンゴを交互に見る少女。彼女を安心させるために、ジャンゴはにっこりと笑った。
「彼らに会えばこれからどうするかきっと分かるだろうし、君の友達も助けられるかもしれないからね」
「…本当に、行ってもいいの?」
「もちろん!」
 ジャンゴの笑顔につられて、少女も「じゃあ……」と彼の手を取り、笑顔を見せた。
「…私、アルニカって言うの。これからよろしく…」
 どこかはかなさを感じる淡い笑顔だった。

 ……未来はまだ渋い顔をしている。

 というわけで、少女を加えてジャンゴたちはサン・ミゲルに帰ることになった。
「ジャンゴ君」
 前を歩いていた未来が、ジャンゴをちょいちょいと招く。呼ばれたジャンゴは歩調を速めて未来に並んだ。代わりにベールがアルニカの隣に行く。
「一体どうしたんだ?」
 アルニカに会って以来、未来はずっと渋い顔をしていた。ずっとアルニカに構っていたから気づきにくかったが……。
 未来はアルニカには聞こえない声で話し始める。
「ジャンゴ君、前にもこういう展開があったわ」
「展開?」
 ジャンゴが眉をひそめる。
「フォレストランド……魔界で私はナガヒサ君に会ったの。ナガヒサ君も、彼女と同じように誰かに追われていて逃げ出したって言ったわ。でもそれは嘘。
 ナガヒサ君は天使たちにかくまわれてから、ずっとどこにも行ったことがなかった。天使の力を強化されていただけだったの。でも本人はそれを知らなかった」
「まさか、アルニカも天使と関係があるって言うのか!?」
 後ろに当の本人がいるため、大声は出せないかわりにきつい声で未来に反論するジャンゴ。未来はそのジャンゴの視線を受け止めて、静かに首を横に振った。
「そうだとは思わないわ。でも、彼女が知らないうちに、天使たちか誰かが彼女に何らかの細工をしていたとしたら、止められる者は誰もいないのよ。
 現にナガヒサ君の強化された力は、フォレストランドを一時死の世界に変え、私を操った。彼女にもそれがあるとしたら……」
「……」
 と言われても。
 正直ジャンゴには実感が沸かない。未来が自分を心配して言ってくれているのは分かるが、どうしてもただの心配性にしか思えなかった。
「気をつけてね、ジャンゴ君」
「そんな事言われても困るんだけど」
 未来の忠告に、ジャンゴは呆れ顔になった。

 アルニカの方に戻っていくジャンゴを見て、未来はふうとため息をついた。
「ジャンゴ君、あなたはちゃんと自分が自分であることを忘れないでね」
 私はそれが出来なかったから。

 未来は心の中でつぶやいた。