DarkBoy ~Pride of Justice~「プライド」(劣等編)

『癒しの薬』を持って、ディープホールに戻る。

 あの惨劇になった場所を早足で越え、翔の元に急ぐ。
 何かが起こる。そんな予感が全員の心の中にあった。

 それが何なのかは誰にも分からなかったが。

 

 

 ディープホールの天使の牢獄に着いたのは、外の時間で夕張の闇が落ちる頃だった。
「おー、よく帰ってきたな~」
「待ちくたびれたぞ」
 ベリトとフェゴールが自分の家のようにくつろいでいる。さすがに他人の家なので散らかしたりはしていなかったが。
「で、守備はどうだ?」
「ばっちりや!」
 ザジがにこにこ笑顔で『癒しの薬』を出す。錠剤かと思いきや、実は飲み薬である。早速飲ませようとするが。

 ばたん

 ドアが開いた。
 将来が開いたほうを見て目を丸くする。
「嵩治!?」
 風の魔界にいた嵩治が、天使のツバサを使ってここに戻ってきたのだ。だが、隣に立つレイの顔は浮かない。
 嵩治は将来の前に一歩出ると、たった一言だけ告げた。

「勝負だ、将来……!」

 

 閃光。そして爆発。
「うわっ!」
 嵩治のデビライザーから放たれる光弾を、将来はあやふやながらステップでかわす。仲魔の数を増やすだけでなく、エネルギー弾を撃てるようにも改造してあるらしい。
「いい加減貴方たちの顔も見飽きたわ!」
「それはこっちの台詞だ鳥野郎! 焼き鳥にして食ってやろうか!?」
 クレイとレイも攻撃をぶつけ合うが、いかんせんランクアップしているレイの攻撃にクレイは押されがちだ。本来なら木(クラウド)属性に強い金属性の彼が、力任せに押されてしまっている。
「こんちくしょうッ!!」
「甘いわね!」
 必殺のサンダーボルトも、ソニックブームに押し返される。レイの放った風の刃と、自分が放った稲妻がクレイを襲う。

 ぴしっ

 ……薄い氷が割れるような音は、誰にも聞こえない。
「クレイ!」
「余所見をしている場合か!?」
 ぼろぼろのクレイを見て近寄ろうとする将来だが、嵩治の攻撃に足を止める。
「悪い、あいつを抑えてくれ!」
 コールするのはインディーと、フィラの村の合体屋で作った液体のようなデビル・ゴグマゴク。借りたままのデビル、ストラスも一緒に出す。
「甘いよ!」
 仲魔を出した将来に対抗して、嵩治も自分の仲魔を出す。テンシ軍の主力であるパワーに、戦乙女ワルキューレ、インディーとはまた違った水の竜アクアクラウドである。
 ゴグマゴクのマグナスがパワーに防がれ、ワルキューレの剣はストラスが巧みな足裁きでかわす。インディーとアクアクラウドは同じ水(フロスト)属性の魔法をぶつけ合った。
 仲魔を抑えられ、クレイもピンチのまま、将来は追い詰められてしまった。
(どうする!?)
 自分のデビライザーも嵩治の物やサバタのガン・デル・ヘルのように弾が撃てたら、と思う。だが今更ない物ねだりをしても意味が無い。自分は素手で嵩治と対峙しなければならないのだ。

「どないするんや!? こんな所で戦いやなんて!」
 ザジは目の前で起きている戦いに、半分パニックになっている。やっと翔の呪いを解く『癒しの薬』も出来て、一件落着になるかと思いきや……。
 フェゴールがそんな彼女を落ち着かせようとわざと軽い声をかける。
「別にここでやっても大丈夫だろ? 被害はそう無いよ」
「そんな問題やない!」
 軽い態度が逆効果になり、ザジはとうとう半狂乱で二人の戦いを止めようと大声を張り上げる。
 一方、サバタとおてんこさまは冷静な顔だ。
 二人にとってはこういう己のプライドを賭した戦いは初めてではない。おてんこさまは数々の戦いを常に見続けてきたし、サバタは実の弟ジャンゴと死闘を繰り広げたことがあるのだ。

 思いっきりやらせておく。それが一番手っ取り早い解決方法だ。

 戦いを無視して、翔の様子と薬を見ていたディアン・ケヒトは困った顔になった。
「うーん、一体どっちを使えばいいんかのう……?」
 そう。
 今『癒しの薬』は二つある。サバタたち全員で材料を集めて作った物と、嵩治が持って来た――前にここに置いてあった――物の二つだ。
 調べてみると、二つともちゃんと効果を発揮しそうだ。だが呪いをかけられている翔は一人。薬の飲みすぎは身体に悪いので、どちらか一つだけしか使えない。
 翔の兄が持ってきた物を使うのが正しいのかもしれないが、それは一度天使たちの手にあった物。どう細工してあるか分からない。
 一方、自分たちの作った物は安全だが、あくまで自分たちは他人。使うのがためらわれた。
「とりあえず、あっちで勝った方の物を使うか?」
 間違わないように色テープを張りながら、ディアン・ケヒトも目の前で繰り広げられている戦いに目をやった。

 ぴし

 また音が鳴る。
 今やクレイは少し焦げ、あちこち切り刻まれているという無残な状態だった。
「止めよ……!」
 マハザンダインレベルのソニックブームが、クレイを切り刻む。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 絶叫。そして、

 びしっ!!

 何かが完全に割れる音。

「!」
 レイの目が見開かれる。

 ……クレイの肌がひび割れ、その割れ目から翼が出ていた。

 肩の割れ目から、今度は龍とヤギの顔が出てくる。
 爪と角は今までのものとは比べ物にならないくらい長く鋭く伸び、小さな尻尾は蛇の顔に変化した。
 卵から雛がかえるように全ての変化が終わった時、クレイに傷は無かった。それどころか、全身から放電しているほど力がみなぎっている。

 ――キングキマイラへのランクアップだ。

「食らいやがれッ!!」
 サンダーボルト。
 今までのとは違い、レイのソニックブームを押し返せるほどの凄まじい稲妻が角から放たれる。

 今度はレイが止めを刺される番だった。

「レイがやられたか……」
 哀れ黒焦げになって倒れるレイを見て、嵩治が舌打ちをする。ランクアップした今のクレイは、嵩治のどんな仲魔でも太刀打ちが出来ないだろう。
「まだやるか?」
 将来が嵩治に聞く。今まで防戦一方だったが、そのおかげで嵩治の攻撃も読めるようになって来た。あのデビライザーさえ落とせば、将来の勝ちだ。そして、今の将来ならそれが出来る。
 嵩治は仲魔を全員デビライザーに戻す。分かってくれたか、と将来が嵩治に近づくが。

 放たれた光弾に足を止めた。

「!? 嵩治!?」
「僕はまだ負けていない! お前に負けるわけにはいかない!!」
 デビライザーを乱射する。もはや狙いを定めていないその攻撃は嵩治らしくないものだった。だから将来もバランスを崩して、足をもつれさせる。
「僕は、お前にだけは負けたくない! 僕をあっさり超えていくお前に負けられないんだ!!」
 足元の近くに着弾し、岩塊が将来を襲う。直に当たるよりも痛くないか?と顔をガードしながら将来は思った。
「お前はいつも、いつだって僕の欲しいものをあっさり手に入れていくんだ! 僕が求めているものを横から掻っ攫っていくんだ!!」
 今度は弾が将来の頭を掠める。ヘッドギアが熱で焦げた。
「束縛されない自由を! 道を歩いていく勇気を! 人に好かれる優しさを!」
 左手のグローブに当たり、嵩治と同じ紋章をさらけ出す。痛みは感じなかった。
「正義すらもお前は僕から奪っていくんだ!!」

 そうか。
 お前がそこまで俺を憎んでいたのは、それだったのか。

 将来はようやく嵩治の憎悪の裏にあるものを理解した。
 嵩治にとって、将来は一つの憧れだった。自由奔放な生き方、自分でやりたい事を決める力、人を引き付ける優しさ、全てが羨望の対象だった。
 全てを誰かに用意されてしまった嵩治は、自由に生きられず、やりたい事も決められず、人も用意されたモノしかいなかった。それが日常であり、嵩治には下らないものだった。
 将来にとって嵩治の日常は選ばれたもののように見えたが、嵩治には、将来の日常の方が選ばれた者にしか与えられないものに思えた。

 いつしか嵩治は、将来に大きなコンプレックスを抱いていた。自分は将来に劣ると。翔の憧れでもある将来には足元にも及ぶわけがないと。

 レイが、ラグエルが現れ、自分がメシアの素質を持つエンジェルチルドレンだと聞かされた時、嵩治はこれで将来に誇れるものが出来ると思った。
 同時に翔を眠らせたのは将来だと言われた時、嵩治は将来に勝ったと思った。今まで劣等感を抱いていた原因に、初めて優越感を抱いた。

 だが現実はどうだったのか。

 自分はただただ踊らされているだけのくだらない人形だった。将来に誇るどころか、将来や翔に軽蔑されてもおかしくなくなってしまった。
 だから、負けたくなかった。せめて、この戦いでも将来に勝ちたかった。

 将来は立ち上がった。そして、一歩ずつ嵩治に近づく。
 もう歩みは止めない。たとえどてっ腹に食らったとしても、歩みは止めない。

 嵩治が将来の拳を食らって吹っ飛んだ瞬間、戦いは終わった。