Change Your Way・4「見知らぬ守護者(ガーディアン)」

「カルソナフォン…?」
 白い少女――カルソナフォンは、リタに名前を呼ばれてこくりとうなずいた。
「何故私を誘ったんですか?」
「興味があった……では不服か?」
 今度の質問はあっさり返ってきた。中身よりもその速さに、リタはちょっと不審な顔になる。
 カルソナフォンは最初から、自分に興味を持って接触してきたのだ。それも、自分が興味を引くようなやり方で。
 不審に思うなという方が無理だった。
(彼女は襲撃に大きく関係があるはず……もしかして、彼女があの豹たちを?)
 目の前の少女はさっきの答え以外何も言わない。興味があったと言うにも関わらず、リタに何一つ質問をしてこないのだ。
 そう、もうすぐ夜の帳が落ちようとしている時なのに。
 今もまだジャンゴたちは街と人を守ろうと戦っている時なのに。
(そうだ、ジャンゴさま!)
 リタはようやく、本来の目的を思い出した。
 確か自分はあの豹の倒し方をみんなに教えに回っていたはずだった。それなのに、カルソナフォンの影に惑わされ、自分は時間を無駄にしてしまった。
 その思いは顔に出ていたらしく、カルソナフォンは苦笑した。マントのせいであまり口元は見えないが、その笑みは人をあざけるものはなく、親しい友が困っているのを見た時に似ていた。
「行けばよい。我輩はそなたに会えただけでも収穫があったのでな。このような回りくどいやり方をしてもうたのは詫びよう。
 今はそなたの行きたい所へ行けばいい」
 カルソナフォンはそれだけ言って、ふっと姿を消した。
 転移で消える彼女を見送って、リタは一言だけ呟く。
「……変な人」

 カルソナフォンとの邂逅で色々謎が生まれてしまい、リタは考えながらサン・ミゲルへの帰途についていた。
 彼女とジャンゴが似ている理由。
 自分に会いたかったと言う理由。
 今、この時に現れた理由。
 彼女は黙して語らず――自分が尋ねなかったこともあるのだが――、ただ会った事に満足して消えてしまった。
 取り残されたリタは、その投げ出されてしまった疑問について深く考えることしか出来ず、結局足取りは自然と遅くなってしまう。
 道筋はさすがに覚えているので、迷うことなくサン・ミゲルへの道を歩いていた。足取りは遅くても、すぐにサン・ミゲルの街門が見えてくる。
 街門をくぐると、すぐに見知った人がやってくるのが見えた。桜色の髪で判断するに、あれはザジだ。
「リター!!」
 名前を呼んで駆けて来る友人に、リタは軽く手を振って答えた。考え事は頭の隅へ強引に押し込めて、走ってきて息の荒い彼女を落ち着かせる。
 ザジは少しの間肩で息をしていたが、やがてリタの顔を見るとすぐにその手を取った。「敵はどうなった」とか「今までどこに行ってた」とかの問答を省略するあたり、何かがあったらしい。
 リタもそんなザジの意思を汲み取り、黙って手を引かれるままにした。連れて行かれる場所にはある程度予想がついていた。
 予想がつくと同時に、動悸が激しくなる。どうか予想が外れてますように、と心の中で祈るが、願い虚しくザジは予想通りの場所へとリタを連れて行く。
 ジャンゴの家。
 それはつまり、ジャンゴに何かがあったことを意味していた。家に帰されている、という事は万一のことがあったわけではなさそうだが、それでも楽観視は出来なかった。
 ドアの前でザジが怒鳴り散らす勢いでサバタを呼ぶと、大声で呼ばれてイライラしたらしく不機嫌な顔のサバタが顔を出した。
 サバタは隣にいるリタを認めると、あごで「中に入れ」と招く。リタは招きに応じて、中に入ることにした。
 中に入ると、テーブルを拭いていたカーミラがリタに気づいて頭を下げ、リタの方も頭を下げる。どうもこの人は自分に似ているような気がして、ちょっと困ってしまう。
 そろって微苦笑を浮かべていると、先に行っていたサバタが戻ってきてリタを招きなおした。慌ててリタはサバタの後を追う。
 ジャンゴの部屋の前で何とか追いつき、サバタに頭を下げる。が、サバタは「俺よりあっちを優先しろ」とドア――その先の者――を指した。
 指された先に繋がるドアノブを軽くまわして中に入る。
「……あれ? リタじゃないか」
 扉の先の部屋では、その部屋の主であるジャンゴがベッドで半分起きながら本を読んでいた。あっけからんとしたその態度に、逆に気が抜けてへなへなと座り込んでしまう。
 座り込んでしまったリタを見て、ジャンゴは慌ててベッドから降りて彼女の元に駆け寄ってくる。それにもリタは驚いた。
「ジャンゴさま! お体に……」
「あ、ああ。大丈夫だよ。かすり傷程度だし」
 ほら、とパジャマの左袖をめくり上げて、ジャンゴはリタに傷口を見せる。左腕全体に大きく爪や牙の痕が残っていて痛々しいが、確かにかすり傷程度ともいえるぐらいの怪我だった。
 大怪我を想像していたリタはほっと胸をなでおろした。と、同時に、ならあそこまで真剣な態度でここに連れてこなくてもいいじゃないかと、帰ってしまった友人に毒づく。
 ジャンゴは腕の傷をなでながら、自分が怪我を負うまでのいきさつをリタに話し始めた。
 サン・ミゲルに豹が襲撃をかけてから、ジャンゴはエンチャント・ソルをかけた武器やガン・デル・ソルで豹をなぎ倒して回っていた。
 しかし、数の多さと撃退方法の少なさ――その時はまだ完全に崩すという方法を知らなかった――に、ジャンゴは手下を叩いて回るより、親玉を叩く手を取ったのだ。
 豹の出現場所などから何とか居場所は探り出した。かつて自分がヴァンパイアになってしまった父と、改めて再会した場所――遺跡。嫌な思い出のある場所へ、ジャンゴはためらわずに向かった。
 其処で会ったのは、調べ物をしている一人の若者。彼は「クストースが一人、浄土王ザナンビドゥ」と名乗り、ジャンゴに襲い掛かってきた。
 イモータルか人間かも分からない謎の相手にジャンゴは応戦したが、相手のスピードに翻弄され、危うく武器を落としそうになった。
 しかもここに来るまでに戦ってきた疲労も馬鹿に出来ず、結局ジャンゴは攻撃に移ることも出来ずに敗戦した。鍛えたクングニルと大量のボムを犠牲に、ジャンゴは命からがら逃げ出したのだ。
「…悔しいよ。本当に」
 傷跡をなでながら、ジャンゴは口をかみ締める。数少ない敗戦にジャンゴはかなり傷ついていたらしく、リタはそれを見てさっきまで毒づいていたザジの幻影に向かって頭を下げた。
 体の傷は軽かったが、心の傷は重かった。恐らくザジやサバタはそれに気づいて、自分を呼んだのだろう。傷に触れないように、リタはジャンゴの手を優しく握る。
「私達も呼んでくださればよかったのに」
 それはいつも思っていることだった。何でもかんでも彼は一人でカタをつけようとし、何でもかんでも一人で心の中に押し込めるのだ。
 無論、それが彼の不器用な優しさだと知っている。誰かが傷つくより、自分が傷つく方がいいと思っているから、自分一人で解決しようと足掻くのだ。
 自己満足で幼稚な考えだが、それはジャンゴの今までの体験から来るものだろう。彼はいろいろなものを失いすぎた。だから、今その手にあるものは命を捨ててでも守ろうとするのだ。
 愛おしいと思う。だが、ジャンゴがそれで傷つけばやはり切なく悲しい。
「無茶はいけませんよ。ジャンゴさまは世界中でたった一人しかいないんですから」
「大丈夫だよ、無茶してない」
 淡い笑みを浮かべるジャンゴ。だが握られた手を握り返す力は弱く、リタはすぐにジャンゴが無理をしていることに気づいた。
「僕はさ、みんなの事、大切だから」
 唐突にジャンゴがぼそりと呟く。はっとして顔を上げるが、ジャンゴの眼はリタではなく別の何かを見ていた。
 遠い死線の先には何があるのか、リタは少しだけ知りたかった。
「街のみんなも、兄さんも、カーミラさんも、ザジも、おてんこさまも、リタも大切で、失いたくないんだ。だから、無茶をしてるだなんて思いたくない」
 反論しようとした口は、あっという間にジャンゴの口でふさがれた。
 久しぶりのキスに酔いしれながらも、ずるいとリタは思う。これでは何を言っても全てが偽善になってしまう。

 日は落ち、そして日は昇る。それはここ、砂漠の遺跡でも変わりはない。
 表と裏の伝説があるこの地で、ザナンビドゥはずっとひっきなしに裏の伝説に関わる手がかりを探していた。
 大分前に太陽少年とか言う何かが喧嘩を吹っかけてきたような気がするが、あっさり返り討ちにしておいた。自分の主にその件は伝えておいたので、後は彼女に任せればいい。
 そんなことより伝説だ。主の言う通り、この遺跡で「魂の再構成」が出来るのなら、もしかしたら自分の願いが叶うかもしれない。
「親父……」
 何となしにつぶやく。
 強かった父。誇り高かった父。最後まで人間として生きた父。亜生命種だった自分にとって、父は何よりも強く、誇り高く、何よりも自慢できる存在だった。
 今でも覚えている。父と一緒にいたときの頃、全てを話した時に見せた父の何処か晴れやかな顔、恐怖に駆られた人々の剣から自分をかばった父の最期。
 もし出来ることなら、蘇らせたい。……いや、自分の事を忘れて、新しい息子と共に誇りある人生を歩んで欲しい。
 だからザナンビドゥは消えかけながらもかすかに灯り続けている、希望の光にすがり付いていた。『向こう』では叶えられなかった希望を、『ここ』で叶えるのだ。
「その場合、ここはどうなるか知らねぇけどよ」
 一人ごちる。
 主から託された使命以外の事を敢行すれば、『ここ』がどうなるかは分からない。残りの二人は優等生で、主の命に逆らうということが頭に思い浮かばないのだ。
 もちろん、ザナンビドゥも彼女の命令に逆らおうだなんて思っていない。ただ、命令以外の事をやったらどうなるかが気になるだけなのだ。
「聞けばよかったな」
 今更気づいても後の祭りだ。まあ、聞いても「何故そのような事を聞く?」で返されて終わりのような気もするが。
 ともかく自分は主の命に従って、伝説の手がかりを探して回るしかない。探して、その大元をどうにかするのだ。と、ザナンビドゥの眼がある一点で止まった。
 太陽スタンドの形が微妙に違う。
 何も知らない人間から見れば形が違うのもあるのだろうと勝手に納得するだろうが、ザナンビドゥにはどうもそう納得できなかった。
 スタンドの形を思い出し、違和感の正体を探る。よく観察すると、後ろにスイッチのような変な蓋みたいなものがついていた。何回も軽く叩くが、反応は無し。
 なら、とザナンビドゥは爪に雷をまとわせて突っついてみる。その判断は当たりだったらしく、永い間動かなかったスイッチが起動してそれに繋がるシステムが動いた。
「おっ!?」
 予想以上に早く当たりを引けて、ザナンビドゥの声が弾む。地鳴りのような鈍い音が響き、スタンド近くに隠し階段を露出させた。
 お約束の仕掛けだよなーと思いつつ、ザナンビドゥは隠し階段を気楽に下りる。明かりは少ないが、夜目が利くので問題はなかった。
 やがて、長い階段にも終点が来る。完全に真っ暗な小部屋に、さすがに夜目が利くザナンビドゥも明かりを探した。永い事ついていなかった明かりは、さすがに効力が落ちていた。
 それでも周りの様子は調べられるほどまでは明るくなり、すぐに壁などに注目する。
 壁に書かれた文字は古代のもので、難解な言葉回しもあってよく分かりにくいが、間違いなく効力のある並びと文となっていた。

 ――魂の再構成のための。