Change Your Way・3「襲撃」

 昼ごろ、サン・ミゲルは平和な時間を破られ、悲鳴と破壊音が響き渡る戦場と化した。突如、謎の豹の大群が押し寄せ、サン・ミゲルの街並みを荒らし始めたのである。
 重軽傷含めて怪我人が出始めているが、死者はまだ出ていなかった。それでも、いつ重傷者が死者に変わるかは分からない。医者の到着が待たれるところだった。
 その医者が来るまで出来る限り被害を抑えようと、戦士達は各々の武器を持ってサン・ミゲル内を走り回っていた。
 斧が唸りをあげるたび、鍛え上げられた拳が出されるたび、弾を撃つたび、魔法が放たれるたび、剣が閃くたび、豹が崩れていく。しかし元は土塊なので、豹たちはゆっくりだが再生していた。
(このままじゃ埒が明かない!)
 もう何匹目か分からない豹の首を落としながら、ジャンゴは心の中で焦りを感じる。数は大分前のグール大量発生事件と比べて少ないものの、片っ端から再生するのが厄介すぎた。
 エンチャント・ソルをかけた武器なら、再生させずに消滅させることが出来るのだが、使いすぎればジャンゴのなけなしの魔力はすぐに空になるだろう。
 幸い、雲は少しあるが天候は晴れだ。魔力が尽きたら太陽チャージは出来る。――させてくれる余裕があれば、の話だが。
 ジャンゴは何度も共に死線を潜り抜けてきた相棒・グラムにエンチャント・ソルを付加させて、土塊の豹を薙ぎ倒す。その中で、ずっとジャンゴはその大元を探っていた。
 これだけ厄介なアンデッドが、意味もなくサン・ミゲルを襲うとは思えない。となると、意図的に誰かが豹たちに命令している。そして、その命令者は近くにいるはず。
 近くにいるかは一つの賭けだが、それほど分の悪い賭けではない筈。ジャンゴは斬り進みながら、敵の気配を探り始めた。
「ジャンゴ! どこへ行く!?」
 斧を振り回して豹を相手にしていたシャイアンが、ジャンゴの動きに気づいて声をかける。ジャンゴはそんな彼の方を一回向いて、「後はよろしく!」と声をかけてから走った。
 大元を探して走り回っていると、あちこちで見知った顔が豹と戦っているのを見た。再生能力を持つ奴らに苦戦していたが。
 やはり、大元を叩いてこの豹を消滅させたほうが早い。だが、その大元は一体どこにいるのだろう。ジャンゴはグラムを収めて、気配を探ることに集中し始める。
 ……当然、警戒はきちんとしていたはずだった。が、まだ熟練には程遠いジャンゴは、全ての気配を察知できないこともままある。問題なのは、それが命の危険に関わることか。
 とにかく。大本を探していたジャンゴの隙を突いて、豹が襲ってきた。肝心のジャンゴは、まだ気配を探るのに夢中で、後ろから迫り来る豹に気づいていない。
 ジャンゴに豹の影が差した瞬間。

 ――逃げるんだ!!

「!?」
 頭の中に直接飛び込んできた警告に、ジャンゴはようやく豹の影に気づく。慌てて抜いたグラムで何とか爪と牙を防ぎ、左手で持ったガン・デル・ソルで撃退する。
 ついでにあたりに潜んでいた豹を全て倒してから、ジャンゴはさっき自分に警告した『声』は誰のものだろうと思った。聞いた覚えがあるけど、全然記憶にない男性の声。
 ジャンゴはしばらくぼーっと考え込むが、やがて本来の目的を思い出してまた走り始めた。

「退屈だな……」
 肆番街にある建物の屋根の一つに腰掛けながら、ザナンビドゥはあくびをかみ殺した。
 自分が主から言い渡された命は、下僕たちを率いてサン・ミゲルの街を襲撃すること。それから遺跡にある伝説を調べ、その大元をどうにかしてしまうこと。
 遺跡の伝説はもうあらかた調べた。「死者の復活」、それはイモータルとしての再生。黒きダーインが自分の解放のためにばら撒いたエサだ。だからもうすでに大元はない。
 それでも。ザナンビドゥはその伝説に、ほんの少しだけ期待を持っていた。もし死者が復活するのなら、自分の望みも叶えられる。きっと。そう思ったから、今回の使命に志願したのだ。
「ま、現実なんてこんなもんだよな」
 ごろりと横になるザナンビドゥの顔は、襲撃をかける前まであった精悍な顔ではなく、現実の無常さと非常さに対した冷め切った顔だった。
 期待はしていた。だが、一番大きかったのは「どうせでまかせだろ」という諦め。期待を持って裏切られたことは数え切れないほどある。だから、最初から諦めていた。
 自分の変異する豹の姿に合わせた虹色のクィラスが、ぎらりと陽光を反射する。ザナンビドゥは目を細めて、空を見上げた。
「もうすぐ夜だな……」
 雲が多くなってきたがまだその光を衰えていない太陽は、大分西に近くなってきている。タイムリミットは定められてないが、ザナンビドゥは少し焦り始めてしまった。
 その焦りを感じたのか、空間転移して白い少女がザナンビドゥのいる屋根の下にやって来た。
「下調べは済んだのか?」
 唐突に話しかけられて、ザナンビドゥは慌てて体を起こして降り立った。少女は鋭くも何の感情も読み取れない目で、彼の仕事ぶりを聞く。
 その視線に射抜かれそうになり、冷や汗をかきながらも慌てて結果報告をする。
「あ、あの、伝説の件っすけど、あれ、イモータル復活のエサでしたよ? 今じゃ何の役にも……」
「それは表向きの伝説であろうが。裏の伝説を知らぬのか」
「裏?」
 くりくりと目を動かして疑問の表情を顔全体で表すザナンビドゥに、少女は呆れたため息をつきかけ……あることに気づいて説明する。
「あの遺跡は、確かに影法師……邪なる者が封印されておった。だが、あの者は本来、守護者と鍵の役を同時に担っておった者なのだ。
 だが、己の力を過信し、遺跡の裏の伝説を利用して死者を黄泉より引きずり出してきた。それから彼奴は狂い、ここの伝説は今ある伝説に塗り替えられたのだ。
 ――裏の伝説にして、真の伝説。それは「魂の再構成」だ。
 時を撒き戻し、歪みを正し、真なる魂へと“戻す”。それがこの遺跡に眠らされておる伝説だ」
 少女の説明を、ザナンビドゥは黙って聞いていた。話の壮大さに、息をつく暇がないのだ。
 この太陽の街――太陽都市の成れの果てとも言える――が、ただの街ではない事は知っていた。だが、ここまで重大な秘密を持つ遺跡が近くにあるこの街は、下手な場所より恐ろしいと思った。
 ザナンビドゥはかつて自分の主であるこの少女が、「サン・ミゲルは我が聖域に一番近い場所」と言ったのを思い出した。確かに、ここは自分たちのねぐらであるあの場所と同じくらい恐ろしい。
 恐怖から来る振るえを押さえ、ザナンビドゥは「それじゃ、改めて調べなおしてみます」と少女に告げた。少女の方は、無言でうなずいて転移で消える。
 完全に消えたのを見て、ほっとため息をついた。

 太陽が、夕日と呼ばれるものに近くなりかけていた。
 敵の波状攻撃の合間を縫い、リタは一つ息をつくが、すぐにその隙を狙って豹が襲い来る。
「うぉらぁっ!! たかだが猫風情の癖してうざいんだよッ!!」
 罵声を浴びせて豹を殴り飛ばす。裏拳を食らった豹は大きくもんどり打って倒れるが、えぐられた場所はもう再生が始まっている。リタは心の中で舌打ちをした。
 数が多い。しかも、敵を倒してもすぐに再生し始めるのできりがない。さっきジャンゴはソル属性の攻撃で相手を倒していたが、あれはジャンゴだけの特権に近い。
 だとすれば、自分はどうやってこの豹を倒せばいいのだろう。
 魔法攻撃も有効なのかもしれないが、あいにく自分はそちらより打撃攻撃に長けていた。魔法の勉強をサボっていたのが仇になったと、リタは今更ながら後悔する。
 となると、再生も出来ないくらいに粉々にするしか方法はない。相手は土塊。完全にバラバラにしてしまえば、もう再生することも出来ないはずだ。
 手刀で豹の首を落とすと、その頭を踏み潰す。相手が土からできたものゆえ、容赦はしなかった。豹の頭が土塊に、土塊が砂に変わる。
 予想通り、砂になった頭部は再生することはなかった。リタはそれを見て胸をなでおろすと、頭を失ってばたばたもがいている豹をバラバラに崩し始める。
 崩している間、これがただの土から出来たものでよかったと本当に思った。
 やがて豹が完全に砂の山になると、ささやかな風が砂の山を軽く崩す。それを見てから、彼女は街中で戦っている人にそれを伝えるために走り出した。
 最初に会ったのはカーミラだった。サバタが近くにいないのが少し気になったが、始終べったりのカップルではなかったことを思い出す。
「どうしました?」
 漆黒の槍で豹と対峙していたカーミラがリタの方を向く。リタはカーミラに、豹の倒し方を簡単に教える。
「なるほど、崩してしまえば砂ですし」
 では早速、とカーミラは槍であっという間にバラバラにしてしまう。パーツがくっつく前に石突(柄の部分)で崩していくと、あっという間に砂に戻った。
 念のために、と風でその山を吹き払うともう再生する様子はなかった。
「どうやら、太陽の力がなくとも何とかできそうですね」
「ええ、ジャンゴさま以外でも何とかなりそうですわ」
 二人は一つうなずくと、だっと駆け出す。カーミラはサバタの元に。リタは他のみんなにも知らせるために。

 カーミラと別れて駆けずり回っている時、白い残影が引っかかった。

「……?」
 つい足を止めて、その残影を探してしまう。
 白い影は、一瞬だけ姿を見せた。その一瞬が、恐ろしいまでに印象に残っている。目に焼きついたのではなく、脳に、心に焼きついて離れない残影。
 リタは本来の目的を忘れ、その残影を追い始めた。

 残影を追いかけ、とうとうサン・ミゲルの外まで来てしまった。
 豹のことが少しだけ気になったが、今は白い残影がひっかかってそれどころではない。もう全員倒し方は分かっているだろうから大丈夫と楽観的に決めた。
 白い残影は、またリタの前に少しだけ現れては消える。
「……貴方は一体誰なんですか?」
 いないかも知れない影に向かって問いかけるが、当然のごとく答えはない。ただ、残影だけが彼女を誘うように現れては消える。
 虚しい影追い遊びは、サン・ミゲルを見渡せるほどの高い丘で終わった。リタは知らないが、ザナンビドゥが土塊の豹たちを引き連れて襲撃ののろしを上げた場所である。
 昼前にザナンビドゥが立った場所に、リタが立つ。よく見えるサン・ミゲルの町並みに、知らないうちに感嘆のため息が漏れた。
「気に召したか?」
「!!」
 突然生まれた気配にはっとして振り向くと、今まで追いかけていた白い残影の正体――一人の少女がそこにいた。
 さらさら流れる銀髪は両サイドこそ胸の辺りまであるが、ポニーテールにした部分は首にかからないほど短い。その頭にかかっているのは、ハチマキと誤解しそうな白いヘアバンド。
 その手には銀の槌に近い杖を持ち、白いシャツにパンタロン、マントも白と全てが白と銀に統一されたファッション。違う色は肌の色と、黒いブーツ。そしてオニキスブラックの眼だった。
 オニキスブラックの眼。あの少年と同じ色の眼。
 リタは一瞬その眼に惹きつけられそうになり……すぐに首を横に振った。ダメ、惑わされてはダメ。
 だが。
 どうしても気になる。どうしても、彼とだぶる。

 ――彼女は、ジャンゴに似すぎている。

 もちろん、性別も姿形も全く違う。それなのに、彼女のまなざしが、彼女のふとした仕草が、ジャンゴとだぶってしまうのだ。
「……貴女は、誰なんですか?」
 最初に出たのはその一言だった。自分を誘うような事をした理由よりも先に、それが気になる。何故彼女はジャンゴに似ているのか。
 が、彼女の口から出たのはぼかす言葉でも、真っ正直な答えでもなかった。
「…そなたが、全ての始まりか……」
「え?」
 彼女の言葉にリタはつい反応してしまう。そして気づいた。彼女の眼は、もう届かない何かに対する羨望と何かが入り混じって宿っている。
 ふと、彼女の眼に宿る感情が切り換わった。あまり見極められない感情から一転して、温和なものへ。
「我輩の名前は、カルソナフォンと言う」
 杖を鳴らして、少女は名前を名乗った。見た目とは全く違った固い男言葉だが、声は温和なものだった。
 だが、どこか冷徹さと傲慢さを感じられる声だった。