ジャンゴはまっすぐに『シヴァルバー』を目指す。
残された時間は少ない。だから急いでいた。
今、出来ることが全てをいい方向に導くと信じて。
サバタの後を追っていたザジたちが街を出ると、あのクストースたちの劣化量産型である土塊の動物たちが周りを取り囲んだ。
豹、鮫、鷹、山羊、蛇がそれぞれの獲物で次々に襲いかかる。ザジが急いで結界を張って、その攻撃をしのいだ。
「サバタさま!」
カーミラはテレパスと一緒に、大声でパートナーの名前を呼ぶ。
もう遠くまで行ってほとんど聞こえないだろうと思っていたが、ほとんど間髪いれずにナイトメアが飛んで来た。サバタが自分自身で暗黒転移を使って戻ってきたのだ。
とりあえず、異質な気配は猫に任せることにした。今はカーミラたちの窮地を救うのが先だ。
ガン・デル・ヘルから放たれる暗黒弾が、次々と土塊の獣たちをえぐっていく。サン・ミゲルを襲撃したあの豹と同じく獣たちは再生を始めるが、それを片っ端からカーミラが吹き払った。
獣たちの撃退方法は大分前にリタから教わっている。ザジは太陽魔法で浄化し、サバタとカーミラは暗黒弾と風の一撃でバラバラに崩していった。
ここまでの数々の戦いで、カーミラやザジも大分戦いに慣れてきた。サバタもようやく自分の力の使い方をマスターし、自分の体力を消耗しないように戦っていく。
――それが、油断になった。
サバタの一撃をかろうじて堪えた蛇が、懐に飛び込んでくる。他の敵を排除している途中だったため、サバタの反応は一瞬だけ遅れてしまった。
「しまった!」
攻撃に備えて身構えるが、痛みは予想よりも少し下から来た。場所を確認すると、道具袋がばらけていた。
「くっ!!」
相手の攻撃の目的に気づき、慌てて蛇が銜えている本能の宝珠を取り戻そうとする。暗黒弾が蛇の体を真ん中から断ち切り、宝珠が口から離れた。
手を伸ばして拾おうとする瞬間、横脇から誰かに宝珠をさらわれた。
影はザジにも襲い掛かり、彼女から知性の宝珠を奪い取る。そのスピードはここにいる誰よりも速かった。
「何者です!?」
カーミラの誰何に、ようやく影が足を止めた。それと同時に、かすかにだが「にゃぁ……」と猫の鳴き声も聞こえる。
影――仮面の男は、器用にも右手で二つの宝珠を持つ傍ら、左手で怪我しているビドゥの首根っこを引っつかんでいたのだ。
ザジがカーミラの隣で息を飲む。
仮面の男はそんなサバタたちの動揺など知らずに、無造作にビドゥをこっちに放ってからすぐにきびすを返して逃げ出した。
「何?」
あまりにも予想外の相手の行動に、ついサバタたちはぽかんと棒立ちになってしまう。攻撃してくるならともかく、まさかいきなり逃げ出すとは……。
「……あー!!」
ようやく相手の真意を悟ったザジが大声を上げる。素っ頓狂なその声に、思わずサバタがびくっとしてしまった。
「宝珠、取られたまんまや!」
「……ああっ!」
カーミラもようやくそのことに気づいて大声を上げてしまう。あの仮面の男が逃げたのは、自分たちの足止めだ。宝珠がないと、『シヴァルバー』の奥へと進めないからだ。
傷だらけのビドゥには悪いが、サバタたちは急いで仮面の男の後を追う。方向が『シヴァルバー』から遠ざかるルートなあたり、足止めと見て間違いないだろう。
相手を捕らえることが出来たのは、道から外れた古錆びた教会前である。ザジがセイの力を借りて、そこに宝珠を隠そうとしている仮面の男を見つけた。
「そこや!!」
隙だらけの男の背中に向って、ザジが特大の魔法弾を撃つ。強大な魔力に仮面の男が振り向くが、その瞬間にザジの魔法に飲み込まれた。
クリーンヒットにザジが諸手を上げて喜ぶが、カーミラはそうではなかった。ただじっと相手を見続けている。
男は体を半分以上魔法でえぐられていて、かなりダメージを食らっていた。ダイナマイトの応用魔法だったので、あちこちが焼け焦げている。
……それが、あっという間に再生した。
「なっ……!?」
「何やあれ!?」
サバタとザジが相手の尋常ならざる再生能力に息を飲む。
そんな中、カーミラだけが相手の正体にめどをつけた。ザジが魔法をぶつける瞬間、彼の体に違和感があったのだ。
「サバタさま、ガン・デル・ヘルを!」
「ん!? ん、あ、ああ!」
珍しく積極的なカーミラに、サバタは少し慌てながらも暗黒弾を撃つ。弾は正確に再生された場所を焼き払い、ダメージをまた与えた。
が、やはりその場所から傷が再生していく。速度が速すぎて、攻撃が追いつきそうになかった。慌てる二人を置いて、カーミラは槍で風を巻き起こす。
強風に男が巻き上がっていく。その中で、再生されていく場所がどんどん風化していった。
「土塊人形やったんか!?」
崩れていく男に、ザジがまた目を丸くする。確かによく見ると、大まかな形こそ人間だが、パーツの一つ一つはあの土塊の獣のモノだった。
それが解れば、後は獣を倒す要領で相手を追い詰めるだけだった。太陽魔法も加えられ、あっという間に仮面の男は土へと還される。
後に残るのは二つの宝珠のみ。
適当に拾うと、宝珠は自分の仲間とも言える宝珠の波動を求めて光り始める。この光は、今までに見たことのないパターンだった。
どうやら、自分たちを足止めしたのは事の終わりが近づいているからなのだろう。
(ジャンゴは、どうなっているんだ?)
サバタは空を見上げて、まだ再会していない弟の事を思った。
世界を救う方法はたった一つ。
誰かが大いなる犠牲になればいい。
おやすみなさい。もう現実は見なくていい。
永遠の檻の中で、眠りなさい。
リタは『シヴァルバー』の前に戻ってきた。
以前は逃げるので手一杯で周りの景色を見る余裕があまりなかったが、こうして見ると『シヴァルバー』は深そうな場所にあるらしい。
洞窟の中を一回覗き込んで、敵の確認をする。敵がいたとしたら応戦するしかないだろうが、そうなると後々厄介になりそうな気がする。
幸い、目に見える範囲内では敵はいなかった。ほっと安堵の息をついて、リタは中へと入る。
道は暗いが、実際歩いてみると逃げ出す時の記憶から足が動き、迷わず洞窟最深部――『シヴァルバー』の元へと導かれた。
入り口は無造作に開かれていた。洞窟が幾何学的なものを感じさせる壁に断ち切られ、逆に違和感と不安を抱かせる。
扉を潜り抜けて明かり一つない暗闇の中に飛び込むと、聞き覚えのある鈴の音が聞こえてきた。
しゃりん……
音と共に、見覚えのある少女が暗がりから現れる。白尽くめで、ジャンゴにどことなく似た少女。
「カルソナフォン」
「やはりここまで来てしもうたか……」
影人たちの街で再会した時よりも重く辛そうな顔の彼女に、リタはぽつりと「来なかったほうがよかったですか?」と呟いてしまった。
はっと顔色を変えるカルソナフォンを見て、言ってはいけない事を言ってしまった事を悟る。
取り繕うにもリタには明るい話題をあまり知らないし、こんな場所で世間話はしたくない。どうしようかと、大分洗ってないのでばりばりな頭をかいた。
と、かいている内に自分が何故ここに来たのかを思い出す。同時に、何故ここに彼女がいるのかという疑問も浮かぶが、それを聞くつもりはなかったし聞かないほうがいいと思った。
「先に、進ませてくれませんか?」
「……何ゆえに」
「自分の成すべき事をするんです」
はっきりとそう告げると、カルソナフォンは何と杖を下ろした。一戦交えるかもしれない、と覚悟していたリタはその態度にあっけに取られてしまう。
「……来るがよい」
カルソナフォンに手を引かれ、リタは『シヴァルバー』の中心へと向った。
リタがカルソナフォンに連れられ、『シヴァルバー』最深部に着いた頃、ようやくジャンゴが『シヴァルバー』に繋がる洞窟前にたどり着いていた。
アイテムリュックから二つの宝珠を出すと、『シヴァルバー』と反応して強い光を放っている。本来なら四つ集めるべきなのだが、今は兄たちを待っている余裕はない。
当然のことだが、洞窟内に明かりはない。宝珠を明かりとして、ジャンゴは先へと進んでいった。
進んでいる中、ジャンゴは今まで『思い出して』きた記憶をもう一度掘り出して、『今』の記憶と照らし合わせる。
本格的な始まりは、自分が黒ジャンゴの力を得てからだ。思わぬアクシデントで手に入れた闇の力は、エターナル事件の時に制御する方法を覚えたが、それからが大変だった。
いつ飲み込まれるか分からない闇への不安。
大切なものを失う恐れ。
重すぎる期待に対する恐怖。
知らなかった事への罪悪感。
無邪気さを打ち消すには充分なほどの絶望。
乗り越え、昇華するのにどの位の遠回りをしただろうか。リタを道連れにして自分は暗い安寧を得たが、同時にすがりつくという罪も背負ってしまった。
このまま堕ちてしまうとも思ったが、その後に起きた様々な事件がジャンゴを立ち直らせた。人の事件を第三者の目から見ることが、逆に自分を見つめ直すいい機会になったのだ。
だが第三者の視点から見れなかったら、ジャンゴはずっとあのままだった。
あのまま絶望に身を浸し、いつしか制御したはずの闇を抑えることが出来なくなった。それが分岐だった。
それからなし崩しに全てが壊れ、ジャンゴはヴァンパイアハンターとして生きることを拒絶した。意味のなかった最後のイモータルとの戦いの後、彼には生きる理由がなかった。
だから最後に華々しく、全てのために犠牲になろうと思った。
その選択を突きつけられた時、絶望と共に暗い喜びを覚え、ジャンゴは素直にそれを受け入れた。
世界の生贄になる選択を。
かつん、と靴が固い地面を叩く音で、ようやく洞窟の終点――『シヴァルバー』の入り口前に着いた事に気づく。
ジャンゴは宝珠をリュックにしまい、目の前にいる相手に剣を突きつけた。
「三度目の戦いだね」
「……これで決着をつける」
運命王はそう言って地を蹴った。