Change Your Way・39「大歌劇」

 二回戦って、相手の動きはある程度読めている。だが、運命王はまだ奥の手を隠し持っているとジャンゴは読んでいた。
 亜生命体であるはずの彼女は、ずっと人間の姿で戦ってきている。クストースの主である運命王が、もう一つの形態を持っていてもおかしくはないのだ。
 こっちも全ての技を出したわけではないが、相手は今のままでほぼ互角な事を考えると油断は出来ない。
「こいつッ!!」
 剣の一撃を、運命王はマントで防ぐ。当然それを見切っていたジャンゴは、修復したガン・デル・ソルのソードモードでそのマントを焼き払った。
「さすがに手の内は読まれておるか……」
 一旦後ろに下がった運命王は杖を鳴らす。

 しゃりん

 銀の鈴を鳴らしたかのような音色は、彼女のマントを大きく変化させた。
 白のマントが六つに裂けて、そのパーツ一つ一つが意思を持ったかのように動く。二つは上へ、もう二つは横へ、最後の二つは下に伸びた。
 裂けたマントのパーツの一つが発光し、全く違ったもの――白い鳥の翼へと変わる。その隣のパーツも発光するが、変化したのは黒いコウモリの翼だった。
 残りのパーツも蝶の羽に蜂の羽、針金のようなもので作られた翼、光が翼の形をしているだけのモノと、全く違う羽へと変化する。
 髪が伸びて一つにまとまって蛇の形になり、白いシャツやパンタロンはどんどんボディスーツのようにスリムなものへとなっていった。
 全ての変化を終えた後に立っていたのは、今までの白い少女とは全く異なった亜生命種。
 ――誰かによく似た姿の運命王だった。
「……その、姿は…」
 色は白だし、姿は全然違う。なのに何故かひっかかる。目を奪われる。
 人の姿を保ちながら、人ならざるものだと解るその姿は。

 黒ジャンゴに、よく似ていた。

「我輩は太陽仔の一族を支える影にして、太陽仔にあらず……。クストースの主である運命王にして、クストースにあらず……。
 『裏太陽仔』カルソナフォン、参る!!」

 始まりは、彼が亜生命種へとなってから。
 そこから流転が始まった。

 まるで舞を舞うような二人の戦いの中で、ある者たちの流転の様子が浮かび上がる。
 人として生きてきた彼らが、何かをきっかけに闇と光を同時に知った。一人は父が冤罪を被せられて、一人は歌の限界を超えた時に、一人は強さを求めるあまりに。
 絶望と、嘆き、怨念の声が響く。
 その声が、彼らを見覚えのある獣に変えていく。一人は豹に、一人は鯨に、一人は鷹に。人に似ただけの獣たちは、ただただ見知らぬ地を彷徨う。
 声が、喧騒と憎悪の声へと変わった。
 何処かから矢や槍が飛び、剣戟の音まで響く。獣たちを悪魔と呼び、人々は堕とされた彼らを追い詰め、斬り刻むたびに歓声を上げた。
 斬られる度に飛び散る血は人間と同じ赤なのに、人々はそれを呪い、色を流し込ませる。悪意の色――黒を。
 彼らを守ろうとする善意ある者が一人、また一人と倒れていく中、とうとう彼らは人々に牙を向ける。流血の赤が、全てを染めた。

 そこで舞台は切り換わる。
 ジャンゴたちは気づかない。まるで、自分たちが戦っているのも一つの劇だと言わんばかりに。

 赤一色になった世界で、彼らは嘆く。
 何故こうなってしまったのだろうと。
 人ならざるものになったとしても、彼らの心は人であった。人の心が、他人を傷つけるたびに悲鳴を上げていた。
 助けて、と。
 痛みの中、彼らは声にならない声を上げ、一つの場所へと集まっていく。その中に、小さな姉弟の影も加わった。
 重い叫びが唱和し、哀しいハーモニーを生み出す。永遠に続くかと思われたそれは、ある人影が現れることで途切れた。
 ――人影は長いマフラーを着けていた。
 重苦しい叫びを上げる人々の中へと入り、一人一人に愛おしそうに手を差し伸べる人影。手を差し伸べられた者は例外なく穏やかな顔で眠りについていく。
 人影の後ろに、一人の少女が立つ。今度は彼女が眠りについた者たちをなで、彼らを人へと戻していく。目覚めた彼らは、喜びながら人影の後をついて行った。

 これが、クストースと「生贄神」の出会い。
 呪われていた彼らは、救われた。獣の姿から解き放たれた彼らは、人影を敬うかのように取り巻き、彼の後をついて行く。
 救いの手を求められるたびに、人影はそれに応じ、手を差し伸べる。
 優しさと慈愛に満ちたその手に触れるたび、彼らは喜び、祝福されたことに対しての感謝の歌を唄う。
 虚ろだったその顔が、息づいたモノへと変化して行く。
 歓喜と感謝の歌を受けていた神は、ますます彼らに祝福を捧げていった。

 生贄神の顔がほんの少しだけ見えるようになる。
 その顔は、苦痛だった。
 誰にも解らない、解らせない痛みが、彼の心を、彼の体を大きく傷つける。優しさに満ちたその手に、いつの間にか赤い血が滴っていた。
 人々の暗い正義が織り成す力が、彼をますます追い詰め、傷つけていく。それは彼を取り巻く者たちにも向けられた。
 世界がまた赤一色に染まり、また人が一人一人と倒れていく中、彼は虚ろな顔で立ち上がる。
 闘いの声の中で、彼は剣を取らずに人を守っていく。
 喪った者への懺悔が、戻らない過去への思いが、誰にも理解してもらえない辛さが、虚ろな動きに映る。
 そんな中、彼の足元に黒い人らしきものが群がり、飲み込もうとしていた。そのうちの一つが、後ろから抱きしめるかのようにへばりついてくる。
 気にすることなく、彼は右手を天に掲げた。呼び出された金色の光によって黒い人影(もどき)は吹き払われるが、それでも何体かは懲りずに飲み込もうとしている。
 金色と黒の戦い。それはどこか神々しい戦いだった。
 彼に付き従う者たちが何とか黒い影を取り払おうとするが、黒い影は消えない。赤い世界の中、黒と白、そして金色が舞い、舞台を彩った。
 倒れてはまた立ち上がる者達が終わる事のない争いを繰り返す中、彼は手を天に掲げたまま動かない。
 広がっていくのは人々の闘いの声ではなく、悲しみのフーガへと変わっていく。

 そのフーガの中、彼が大きく変化していった。
 まるで、人々の歌が彼を変えていくかのように。

 足元がきらきらと光り始めたかと思うと、少しずつ彼は石化していく。
 背中から金色の翼が生えてはためく中、石化はどんどんと進行している。リンプンらしきものが降りかかると、人も影も次々に消えていった。
 後に残るのは石化していく彼のみ。
 それもやがては完全に石化し、舞台の幕は丁寧に下ろされる。
 全ての者達が声を合わせて織り成す、悲壮なレクイエムだけを残して――。

 そして、声が響く。

 ――みんな、ぼくのことは、はやく、わすれてくれ……

「…はっ!」
 劇の全てが終わった瞬間に、ジャンゴとカルソナフォンの意識が元に戻った。
「ジャンゴ!」
「ジャンゴさん!」
「ジャンゴ、大丈夫か!?」
 同時に、ようやく『シヴァルバー』に通じる洞窟を発見したサバタたちも合流する。ジャンゴの意識がサバタたちに移った瞬間、カルソナフォンが動いた。
 六つある翼のうち真ん中の光と針金の翼が動き、ジャンゴの足を貫く。右足と左足両方をやられ、ジャンゴは膝をついてしまった。
 激痛に顔をゆがめるが、ここで隙を見せる事はカルソナフォンにやられてしまう。痛みを逆に精神集中の鍵にして、剣を構えた。
「貰ったぁっ!!」
 予想通りカルソナフォンが飛び込んでくる。
 動きは真正面からの一撃必殺。奥の手があるのかもしれないが、それを出される前にと動いた。
「返すよ……ッ!」
 がら空きになっていた腹のあたりを、剣で思いっきり突く。――グラムではなく、護身用に持っていたグラディウスで。
 エターナル事件の最初あたりで手に入れた代物ゆえ、もう刃こぼれが激しくて斬るには向いていないが、不意を着く隠し武器として重宝していたものだった。
 隠し武器の存在を知らなかったカルソナフォンはジャンゴのカウンターをモロに食らい、自分の攻撃を返される形で大きく吹っ飛んだ。
 カルソナフォンは立ち上がろうとするものの、力がない腕で立ち上がる事はできず、そのまま倒れてしまう。杖も、その手から離れた。
 あの幻影の中でどのくらい戦っていたのかは解らないが、かなり体力を消耗していたのだろう。ジャンゴの方も、足のダメージもあってばったりと倒れそうになる。
「ジャンゴ!」
 間髪いれずに支えたのは兄のサバタだった。ジャンゴは最初兄の事も分からないような顔だったが、焦点が定まるとほっとした顔になった。
「兄さん、久しぶり」
「そんな問題じゃないだろうが」
 イラついたらしく、サバタは傷口を大きく叩く。今まで以上の激痛に、ジャンゴは兄の支えから離れて悶絶してしまった。
「~~~!!!」
「にゃはははは!」
 ザジがけらけら笑いながらジャンゴの怪我の手当てをしてくれた。右手を釣っているのがちょっと気になったが、あえて何も聞かないことにした。
 カーミラも手伝ってくれたおかげで、数分後には立って歩くくらいなら大丈夫なくらいには回復した。走ったり全力で戦うのは辛いが、さっきに比べれば断然いい。
 手当ての最中、ジャンゴとサバタは今までの事を手短に説明しあっていた。それでようやくクストースが全員消え、宝珠がそろった事を知る。
 だが、リタの安否が完全にわからなくなったという事が、ジャンゴを不安にさせていた。『思い出した』記憶と、今の記憶、それがあるのはおそらくジャンゴとリタだけだ。
 知ってしまった以上、彼女が何をするかはジャンゴがよく知っている。だから、先を急がなくてはいけなかった。

 ――もうすぐ、君と会ってしまうんだね……。

 生贄神――ジャンゴの水晶像は、絶望と希望が入り混じった心で待っている。
 隣に聖なる『本』を持って座り込んでいるリタと共に。