Change Your Way・35「perfect hell」

 グリーヴァが跳んで来た。その手には、鎌槌が握られていてぎらりと生々しい光を放っている。
 シンプルな袈裟懸けを軽く避けるが、ジャンゴは反撃が出来なかった。彼がユキとミホトであることが、どうしても剣をためらわせてしまうのだ。
 ヤプトは、グリーヴァにはもうユキとミホトの意思はないと言っていたが、どうしてもジャンゴには信じられない。何かきっかけがあれば、二人の魂が目覚めるのではないかと思っていた。
 一応根拠はある。それはグリーヴァが持っている武器――鎌槌だ。
 彼の武器はユキのハンマーとミホトの鎌が融合して出来ているモノだ。という事は、あれを触媒にしてグリーヴァが成り立っているのではないだろうか。
 ミョルニルの一撃に耐えた武器ではあるが、今までの戦いでいくらか破損もしているはず。破壊する事は困難ではないと思われた。
 当面の目標を決めて、ジャンゴはグリーヴァの攻撃を避け続ける。グリーヴァの動きは鋭いが、力任せでテクニックがないので楽に避けられた。
「りィッ!」
 攻撃が当たらずにイライラしてきたのか、グリーヴァは大きく飛ぶ。そのジャンプ力は人間のそれをはるかに超越しており、あっという間に空高く飛んでいた。
 警戒をしつつ空を見上げていると、グリーヴァが鎌槌をくるりと回転させたように見えた。
「……!?」
 あの動きに見覚えがある、と思った瞬間、光の剣が雨のように降ってきた。
「八束刃!?」
 ミホトが使ってきた技を、グリーヴァが使っている。
 武器に記憶されている攻撃なのかもしれないが、おそらくミホト自身の記憶からその攻撃を使用しているのだろう。ただし、威力は彼女のよりもはるかに上だったが。
 軌道を見切って何とか全てをかわす事が出来たが、地上に降りてきたグリーヴァはくるりと武器を返して槌の部分で思いっきり地面を叩いた。
 地震に近い揺れがジャンゴを襲う。この技はユキが使っていた「道反球」だ。足がもつれそうになるのを何とか抑えていると、それをチャンスと取ったかグリーヴァが飛び込んできた。
 慌てて剣で応戦し、鍔迫り合いに持ち込む。鎌の方で持ち込まれたので、剣を折られることはなさそうだ。
 ユキはジャンゴより頭ひとつ分小さかったが、グリーヴァはジャンゴと並ぶほどの背の高さだ。力でごり押しできそうにない。
「くぅぅ……っ」
 霊力が篭り始め、とうとうジャンゴが押されがちになる。このまま言ったらばっさり斬られるのは確実だ。武器さえ砕けば何とかなるはずなのに、これではどうしようもない。
 と、何故か優勢のはずのグリーヴァが一歩引いた。力を抜けなかったジャンゴはバランスを崩してしまう。
(しまった!)
 グリーヴァが狙っていたのはこれだったようだ。勢いよく鎌槌を投げる「生魂」を放つ。
「てけァァァーーーーーーーーーーッッ!!」
 ダイレクトに首を狙った攻撃に、ジャンゴは地面に転がることで何とか避けた。だが、鎌槌を追いかける形で飛び込んできたグリーヴァの一撃は避けられなかった。
 腰紐が自意識を持ったかのように動き、ジャンゴのわき腹をえぐる。それだけではなく、篭手の飾りが鋭くなってジャンゴを斬りつけた。
 自らの衣服を武器とする「蛇比霊(へびのひれ)」。ジャンゴは知らないがこれもミホトやユキが使用する技の一つだ。
 身を守る鎧もなく、ジャンゴは服ごと大きく切り裂かれる。防護服代わりに下に着込んでいたクロスアーマーが出血を抑えてくれたが、もうジャンゴは丸裸当然だ。
 守りきれなかった場所から、ぷつぷつと血が流れ始める。長期戦は無理だな、と他人事のように思った。
 早く決めなければいけない。何とかして武器を破壊して、ユキとミホトの人格を解放しなければならないのだ。さっきの二対一のハンデ戦より厳しいかもしれない。
 ジャンゴはふらりと立ち上がって剣を握りなおす。柄が少しだけ、汗と血で握りづらくなっていた。
「でぇぇい!」
 大きく振りかぶって、武器の方を狙う。グリーヴァは一瞬狙いがずれていることに戸惑っていたが、ジャンゴの予想通りに鎌槌でその剣を受け止めた。
 力強く剣で武器を叩く。金属がぶつかり合う鈍い音が響いたが、鎌槌はほんの少しだけ欠けた程度だった。
(やっぱり普通の一撃じゃあダメか!)
 となると、ミホト戦でやったように武器を手放させるほうが手っ取り早いかもしれない。武器を取り上げれば、後は「蛇比霊」ぐらいしか彼には攻撃手段がないはずだ。
 ソル・デ・バイスにフロストのレンズをセットして、今度は武器ではなく手元を狙う。スライドのような薙ぎを、今度は軽くバックステップで避けてきた。
 大きく離れたかと思うと、今度は自分に向ってある一定のリズムで飛び込んでくる。
(一、二、三、四……まさか!?)
 グリーヴァの「てけり・り、てけてけ……」の言葉で数を数えていると、次の攻撃が読めてしまった。この攻撃は、「舞比滅」だったミホトの必殺技……。
「てけり、り、りィィーッ!!」
 予想通り、「布瑠之言」がジャンゴに向って放たれる。ミホト以上の威力を持った最強の技は、充分余裕を持って避けたはずのジャンゴに大きなダメージを与えた。
 吹っ飛ばされて、切り傷と一緒に打撲のダメージで体のあちこちが危険信号を出す。このままでは負けるどころか死んでしまう。だが、グリーヴァと戦うという事はユキたちを殺すことになるのだ。
 苦痛の中、ジャンゴはユキの言葉を思い出した。

 ――僕にとって人を倒すのは、ヴァンパイアハンターがアンデッドを倒すのと同じだよ。
    だから僕は人を手にかけることを、深く考えないようにしたんだ。それが例え、友達だった人でもね。

(そう言う事なのか、ユキ……!)
 ジャンゴは剣を杖にしてもう一度立ち上がった。さっきと違うのは、その目には確固たる決意があると言うことだ。
 もうユキたちを助けようとは思わない。今そこにいるのはグリーヴァというクストースだ。倒さなくてはならない敵が目の前にいる以上、戦わなければ意味がない。
 ユキやミホトは大分前からその覚悟を背負って戦っていた。自分も、今その覚悟を決めなければならない時なのだ。
「勝負だ……!!」
 ジャンゴの一言で、グリーヴァの顔が真剣な顔つきになる。彼もジャンゴが戦う気になったのを悟ったようだ。

 グリーヴァはユキとミホトの技を受け継いでいる(?)ため、多彩な技でジャンゴを追い詰めようとする。当然、ジャンゴも激しく抵抗した。
 グリーヴァが視界を閉ざす「隠岐津鏡(おきつかがみ)」を使えば、ジャンゴはトランスで黒ジャンゴになって無効にする。ジャンゴがグレネードを使えば、グリーヴァは「経津鏡」で弾いた。
 今までのダメージがあるものの、ジャンゴはそれらを無視してグリーヴァに迫る。だんだん切れ味鋭くなっていく一撃に、グリーヴァの顔が少しだけ歪んだ。
「りィッ!!」
「甘いよッ!」
 空気を撃つ「死反球」を、ジャンゴは間に合わせで修復したガン・デル・ソルの一撃で打ち消す。今思いつきで編み出した剣撃「レイザー・ブロウ」がグリーヴァの肩を切り裂いた。
「けぁっ!」
 カウンターも出せずに、グリーヴァが後ずさる。これで戦意がなければジャンゴも剣を下ろすが、相手の目にはまだ闘志は消えていなかった。
 さっきまでのジャンゴなら「彼らを助けられるかもしれない」と思って剣を下ろしただろうが、今のジャンゴにはためらいはなかった。相手が戦う気なら応じるまで。
 グリーヴァもその気迫が解ったらしく、鎌槌を構えなおして飛び込んできた。「足魂」を仕掛けられる前に、ジャンゴは剣でそれを防ぐが、グリーヴァはそれを読んでいたらしい。
 自ら武器を捨て、代わりに蹴りを入れてきた。当然、「蛇比霊」で山羊の角のように鋭くなっている。さすがにそれはかわす事はできず、ジャンゴは腹に重い一撃を食らってしまった。

 ……素晴らしい、地獄……

 サバタとカーミラは、ようやく『シヴァルバー』近くの街にまでたどり着いた。
 まずは情報集めと、適当に街をふらついていると人ごみの中で見覚えのある人物を見かけた。
「……ひまわりか?」
 サバタが声をかけるとザジの方も気づいたらしく、「おー!」と歓声を上げて二人の元へとやって来る。背中にはケーリュイケオンを背負っているが、右肩から腕を吊っていた。
 カーミラが不思議そうな顔でその腕を覗き込むと、ザジは「大丈夫や」と左手をパタパタと振る。
「応急処置は済ませたからな」
「……クストースか」
 サバタはすぐにザジの怪我の原因に気がついた。ぼそりと聞いてみると、ザジは予想以上に顔をしかめる。
 そのしかめ具合にサバタとカーミラは顔を見合わせた。クストースに狙われたのは自分たちも同じだし、怪我はしなかったこそ苦戦もした。別に怪我を責めるつもりはないのだが…。
 だがザジの落ち込み具合はそういうものではなさそうだった。クストースの一件とは違う何かがあったのかもしれない。
 クストースとは違う何か。ザジがここまで落ち込む何か……。
「……リタに会ったわ」
 サバタが答えにたどり着く前に、ザジが口を開いた。
 その言葉にサバタだけでなくカーミラも言葉を失う。自分たちが出る前に『シヴァルバー』へと向った少女。ジャンゴにとっての比翼の鳥。
 リタに出会って、何かがあったようだ。それだけは解る。
「ちと、別の所で話さへん?」

 ザジが誘った場所はちょっとした喫茶店だった。あえて人がたくさんいるほうの席を選んで、適当に座る。
 頼まれたジュースが運ばれる前に、サバタが口火を切った。
「お前、サン・ミゲルを出てから何があった」
 おてんこさまもいない以上、自分たち以上に大きな事があったに違いない。サバタは自分たちに起きた出来事を話すよりも先に、ザジに説明を求めた。
 いきなり聞かれてザジは大きく震えてしまったが、タイミングよく来たオレンジジュースで喉を湿らせてからぽつりぽつりと話し始めた。
 黒ずくめの男による、おてんこさまの消滅。
 第三のクストース……カリフスとの戦い。
 そして、リタとの再会。
「リタは言うてた。ジャンゴに会うたら、『久遠の楽園で会おう』て」
 その一言にサバタの手が止まり、カーミラは大きく顔色を変えた。

 ――僕はリタを久遠の楽園に連れて行くことが出来なかった……。

 最後に言い残した『彼』の言葉が蘇った。