クストースの情報を集めに、ザジは一度街を出た。亜生命種である彼らは、街よりももっと別の所で活動していると思ったからだ。
とは言え、イモータルとは違うので解りやすく活動しているとは思えない。たぶんこの探索も外れに終わるだろうな、とザジは見ていた。
――ずいぶんと後ろ向きだな~。
そんなザジの弱気を読み取ったセイが茶化すように言う。励ますためとは言え、こういう時にこんな事を言われると何となく腹が立ってしまう。
と、ここでザジは一つ思いついた。
「セイ、あんたクストースの居場所とかは解らへん? 『シヴァルバー』の場所が解ったんや、クストースの居場所もちょちょいのちょいと……」
――無理無理! 『シヴァルバー』はあくまで「人がいないのに人の思念が集まっている」場所を特定して、ようやく探し当てられたんだぜ? 知らない奴一人の波動を追いかけるなんて出来ないって。
「使えへんなー」
――言うなよ~。がっくし。
ザジのツッコミに、今度はセイが弱気になった。さっきのお返しが出来たので、ザジはセイにばれないようにこっそり勝利の笑みを浮かべてしまう。
とまあのんびりとじゃれていると、ザジたちは近くにあった林の前まで来ていた。ザジたちは気づいていないが、リタがいるあの林である。
一歩足を踏み入れると、そこは森と言ってもいいほどの木々が立ち並び、ザジの視界を遮る。
「……んー」
一つ間違えると迷って出られそうにない錯覚に捕らわれ、ザジは足を止めてしまった。
ここにクストースがいるだろうか。
いるとしても、こんな場所で全力を出して戦えるだろうか。
ザジは魔女である以上、接近戦はかなり苦手だ。一応護身術として棒術は教わっているものの、ジャンゴやリタなどの達人級の連中には全然敵わない。
遠距離からの攻撃が得意な相手ならまだ何とかできるかもしれないが、そんな自分の都合にあった敵が出てくるとは思えない。おそらく、この林は相手にとって有利になるはずだ。
自分の得意――というより、少しは戦える――エリアはどちらかというと広い場所だ。林の中などの視界を遮られる場所は魔法を上手く撃てない。
「やめよ。別の所探したほうがええねん」
ザジは速攻でそう決断した。自分から不利になる場所に飛び込むのは馬鹿らしいし、だいたいこんな所にクストースがいるとは思えなかった。
そう思って林を出ると、遠くでがさりと音がしたような気がした。
「……? 空耳?」
慌てて振り向いてみても、鳥がいっせいに羽ばたいたりなどの変化はない。ただ静けさが林の周りを支配していた。
やっぱり空耳かと思って街へと帰ろうとするその時、さっと影が横切った気がした。
「うにゃっ!?」
上空を見てみると、今度は鳥とは違う異形の影を見つけられた。かなり高速なので一瞬しか見えなかったが、あれは確実に鳥ではないと言える。
「……まさか、当たりか?」
――かもしれないなぁ。
呆れてしまったようなザジの言葉に、間の抜けたセイの一言が裏付けた。
理性の宝珠頼りに歩いていたジャンゴとユキは、森から林へと入り込んでいた。
普段は普通の宝珠に見えるそれは、道を間違える――つまり同じ宝珠の反応が遠のく――ときらりと光るのだ。それに気づいてからは、大分旅が楽になった。
クストースをイメージしたかのような敵や、ユキの力に脅えた人々を何とかかわし、ジャンゴたちは何とかここまで来ることができた。
「ふう、疲れた……」
もう何体目か数えるのを止めたサメの土塊を片付け、ジャンゴはぺたりと座り込む。それに釣られてユキも座り込んだ。
森とは違い、日差しがいくらかは差し込んではいるが、それでも薄暗いのは変わりない。太陽が恋しいなぁとジャンゴは思った。
と。
ジャンゴの耳に何かが聞こえた気がした。それも、最近聞いた事のあるような声。
起き上がって辺りを見回してみても、何一つ見覚えのあるものはない。草木の音と誤解したかな、と思って座り込むとまたその声が聞こえた。
ユキの方を見ると、聞こえていないのかそれとも聞こえていても解らないのか、とにかく首を傾げる。その様子を見たジャンゴは起き上がって剣を手に取り、さっき聞こえた方へ歩き出した。
声はもう聞こえない。やっぱりただの空耳かな、と思っていると、視界の端で見覚えのある生き物を見た気がした。耳が長い、白い猫。
「……ビドゥ!?」
ジャンゴが声をかけると、相手も自分に気づいたらしくにゃーんと鳴いて飛び込んできた。あの時リタと一緒にいた猫がここにいるという事は、この近くにリタがいるのだろうか。
「お前、何か知ってるのか?」
抱き上げて聞いてみると、「さあ?」といいたげににゃーんと鳴く。あんまり頼れないなぁと心の中で嘆息していると、ようやくユキが追いついてきた。
ジャンゴが抱いている猫に首を傾げるが、「あ、それより」と話を切り出す。
「僕、その猫の鳴き声以外の何かを聞いたような気がするんだ。……よく分からないけど、人が何かに落ちたような音」
「何だって!?」
それを聞いてジャンゴの鼓動が急に早くなった。この近くで人が何かに落ちる音という事は、リタが何か落ちたということに他ならないはず。
何に落ちたのかは解らないが、この近くの何かに落ちたのは間違いない。慌ててあちこちを見回すが、あるのは木々の群れだけだ。
ビドゥがいるのだから近くで落ちたはずなのだろうが、周りに何もないのは不自然すぎる。――もしかして、彼はリタを探していた?
それに気づくと、ジャンゴは思い切ってビドゥがいた場所から大きく離れた場所を探すことにした。円を描くように範囲を広げていると、視界の端に何か映った。
「……?」
目を凝らすと、何かが木漏れ日を受けて反射しているようだった。近づいてみると、そこは湖。
即座にそこにリタが沈んでいることを悟り、ジャンゴは湖に飛び込んだ。
湖は予想以上に深かった。何も考えずに飛び込んでしまい、ジャンゴは少しだけ後悔してしまう。
冷たい水を掻き分けて深く深くもぐっていくと、まるで自分が何か別の空間に飛び込んだような錯覚を覚えた。
――そう、実際に別の空間だったのかもしれない。
暗い空間が晴れ、ジャンゴの視界を白が埋め尽くす。
(……え?)
『……から、行かんほうがええ! ジャンゴ、怪我が癒えてないんやろ?』
『だけど行くしかないよ。もうこれしか方法はない。
――兄さんを殺すしか』
『血を分けた兄貴やないか!』
『その兄と、僕はもう何回も戦ってきたんだよ!』
白い空間の中、誰かが話し合っている。――自分ではない「ジャンゴ」と、知っているはずなのに知らない「ザジ」が。
『兄さんが狂ったのは僕のせいだ。だから僕は責任を持って殺さないといけない。せめて、兄さんが想っていたあの人の元に逝けるよう』
『……リタを殺した復讐やろ? 本音は』
『復讐した所で、彼女が帰ってくると思う?』
寂しげな笑みを浮かべている「ジャンゴ」。
嘘だ。兄が彼女を殺したあの瞬間は今でもはっきりと覚えている。そして、その時兄が浮かべていた表情も。
――覚えている?
ジャンゴの思考はそこで一旦止まった。今のは、僕の思考じゃない?
『月下美人――母さんの血は受け継いでるけど、僕は月下美人にはなれない。事実上、月光仔は滅んでしまったね』
『…せやな。もうダークに対抗する手段はほとんどあらへん』
『それがあるんだよ。たった一つ』
『何やて?』
『僕が出来る、僕にしか出来ないこと。リセットをかけられる前にデータをセーブする、最後の方法さ』
――みんな……
――僕の事は……
――早く……
――忘れてくれ……
ぼこり
水泡が白の空間を引き裂いた。
(……はっ!)
自分で出した泡に、ジャンゴはようやく意識を現実に戻す。
まだ自分は生きている。その現実がジャンゴを安堵させると同時に、少しだけひやりとさせた。僕より前に落ちたリタは、まだ溺れ死んでなんかいないだろうか。
潜ってからそんなに時間は経っていないはず。今は冷静になって、水の動きを観察するしかなかった。
と。
近くで何か揺らめいた気がした。飛び出したくなるのを抑え、何度も目を凝らす。
やがて揺らめいたものが、伸ばしかけたジャンゴの手に触れた。引き寄せてみると、それは人の体のようだ。
(リタ!)
ジャンゴはすぐに抱えると、そのまま岸に向って泳ぎだす。水が冷たくなくて助かった。でなければジャンゴはリタを抱えて泳ぐなど出来なかっただろう。
水面から顔を上げると、たどり着いていたビドゥが心配そうな顔で覗き込んできた。ジャンゴは意識を失っているリタを先に抱えあげ、最後の力を振り絞って自分も湖から上がる。
ふらふらとなった意識で何とか相手の心臓の鼓動を確かめると、飲み込んでしまった水を一気に吐かせた。彼女には悪いが、かなりの荒療治である。
何とか呼吸を始めたリタを見ると、ジャンゴは今までの疲労もあって意識を失ってしまった。
ジャンゴが意識を取り戻すと、そこにいたのはユキだけだった。
「……リタは?」
そう聞くと、ユキは首をかしげる。どうやら彼がここに来る前に、リタは去ってしまったらしい。
何故、とは思わなかった。今は、これでいい。