Change Your Way・26「覚悟を決める」

 ザジたちは一つの街にいた。
 おてんこさまが消滅したあの後、ザジは黒ずくめの男に挑んだもののあっさりと返り討ちにあった。セイの力を借りても相手は涼しげな顔でそれを中和し、その場から姿を消したのだ。
「どないしよう……」
 広場のベンチにもたれながら、ザジはそう一人ごちてしまう。
 星読みのこともあるので、あの男を逃がしてしまったのは大きかった。これから起こる事に、必ず彼が関わってくる。捕まえることが出来れば、イニシアティブを取れたのだが……。
 隣に置いたケーリュイケオン――セイも何一つ言わない。人目があるということもあるが、彼自身逃したことをショックに感じているのだろう。
 ともあれ、相手にあんなに強いのがいるとなると、しばらくは一人で『シヴァルバー』に行かないほうがいいだろう。ジャンゴかサバタに会ってから行った方がよさそうだ。
 問題は、上手く合流できるか。
 出発場所こそ同じだが、出た時間や行き方はみんなバラバラだった。相手がどこにいるか確認する方法などないし、連絡手段もない。行く先は同じではあるが、いつ来るか分からないのだ。
 ザジが今いる街は『シヴァルバー』に一番近い街なのだが、彼らはそれを知らないだろう。頼りになる手がかりが「理性の宝珠」のみなのだ。ここに来れたら奇跡に近いかもしれない。
 リタの行方も分からない以上、一人でできることには限界がある。その限界を今まざまざと見せ付けられ、ザジはため息をついた。
 と、そこでザジはようやくクストースの事を思い出す。
 ジャンゴが言うには、クストースはまだいるらしいとの事。戦って勝つ事はできないだろうが、何かしらの情報は得る事はできるはずだ。
 やる事を見つけたザジは元気よくベンチから立ち、杖を持って歩き出す。
 行く場所は適当だ。『シヴァルバー』の近くなら、必ずクストースがいるはず。
 ――そうだといいけどな。
 今まで黙っていたセイが急に憎まれ口を叩いた。気が明るくなってから声をかける辺り、自分を思いやって黙っていてくれていたのかもしれない。
 彼の思いやりを内心嬉しく思いながら、ザジはからりと笑う。
「ひまわりはうつむかへん!」

 何かが大きく動く音でジャンゴは目を覚ました。
「しまった!」
 何やってたんだと自分で自分を叱咤しながら、ジャンゴは飛び起きて剣を手に取る。
 予想通り、ユキが誰かを相手にして戦っていた。相手を見るにクストースのしもべとは思えないが、ユキが追い詰められている以上、自分が援護するのは当然だろう。
 今まで寝ていたので、頭を何度も振りながら意識をハッキリさせてから、彼が戦っている場所へと走った。
「ユキー!」
 声をかけるとユキが振り向いた。と、同時に彼が戦っている相手に気づく。
「人間!?」
 そう、相手は人間だった。人間のフリをしているのではなく、れっきとした人間が武器を構えてユキを倒そうとしている。
 理由はわからないが、相手が本気ならこちらもそれなりの処置を取るしかない。ジャンゴは相手の背後を取り、剣のつばで気絶させた。
 意外とあっけなく相手は倒れる。さっきちらりと見た戦い方からして、剣士でも戦士でもないようだ。
 ユキの方に視線を移すと、困ったようにひょいっと肩をすくめる。彼にも心当たりはないらしいのが逆に引っかかった。
「本当に心当たりはないの?」
 問い詰めてみると、少し考えてから「……何となくだけど」とずいぶんとあやふやな答えを返してきた。
「たぶん、僕の力を恐れたんだと思う」
「……あの時以外、使ったことないのに?」
 ジャンゴがユキの力を見たのは「道反球」一回きりだ。その前はずっと封印され続けていたので、誰もユキの力どころか、ユキ自身を見たことがないはずなのだが。
 ユキはハンマーを縮めて、くるりと一回転させた。槌の動きに合わせて、きらりと何かが光った気がする。
「僕らの力は強力だけど、その分誰かに察知されやすいんだ。ジャンゴさんだって、お姉ちゃんの「八束刃」を避けることが出来たでしょ? あれは霊力をそのままぶつける攻撃だし」
 そう言われて、ジャンゴはミホトとの戦いを思い出した。確かに、あの攻撃はほぼ避けることが出来た気がする。
「魔力が高い人とかなら、遠くからでも霊力を察知しやすいんだけど、魔力とは全然違う力だからね。『悪魔の力』とか何とか言って、人をけしかけたんじゃないかな?」
『悪魔の力』のフレーズに、ジャンゴの体が硬くなった。
 自分も、かつてヴァンパイアと指を指されて罵られたことがあった。あの時になって、ようやく自分は人間ではない事を嫌というほど知ったのだ。
 ユキは自分よりも幼い頃から、その辛さが身に沁みて解っている。だからあそこまで淡々と人事のように語れるのだろう。
 それでも。
 幼い彼が人に対して武器を振るうのは、あまりにも衝撃的過ぎた。
 自分は人の形をしたモノたちは散々屠ってきたが、その中には人の血はなかった。だがユキが振るっているハンマーには、彼が屠ってきた人の血があるのかもしれない。
「ジャンゴさん」
 深くうつむくジャンゴに、ユキがぽつりと言った。
「僕も人に手を上げたくない。だけど僕たちにとって、彼らのような人間を倒す事はヴァンパイアハンターがアンデッドを倒すのと同じだよ。
 だから僕は人に手をかけることを、深く考えないようにしたんだ」

 それが例え友達だった人でも。

 そう断言するユキの顔は、寂しげだった。

 運命王から指示を受けた飛天王カリフスは、『シヴァルバー』から辺り一体を見渡せる場所にいた。人の目だとあまり細かくは見れないが、鷹の力がある亜生命種である彼にはかなり遠くまで細かく見渡せる。
 現に、彼は木々の間を歩くリタの姿がよく見えていた。
「……あれは、『乙女』だったか」
 自分たちの目的に欠かせない――それどころか重要人物である――少女の姿を見て、カリフスは驚いてしまった。予想以上に幼い。仮に自分に娘がいたら、あの位の年であってもおかしくないかもしれない。
 挑んで来る者、強い者なら誰であろうと相手をするのが信条だが、自ら幼い者に手をかけるのは己の信条に反する。カリフスの手にある剣が少し揺れた。
「…いかん」
 運命王の指示を思い出して首を横に振る。自分が受けた指示には、彼女の足止めもあるのだ。他にも太陽少年や彼に力を貸す者たちの探索もあるが、今は目の前にあることから片付けていこう。
 カリフスの肩と腕から生えた翼が大きく羽ばたき、飛行体勢に入る。膝当てから爪が伸びて、その姿は鷹そのものに近くなった。
 地を蹴り、颯爽と飛び上がる。
 距離は近くはないが、それほど遠くもない。今のカリフスなら三十分もかけずに少女の下へとたどり着けるだろう。……相手が気づいて身を隠したりしなければ、の話だが。
 幸い空にいたので、上空に来るまで相手は気づいていないようだ。影が映らないように注意しながら、相手の隙をうかがう。
(攻め込むなら、今か)
 カリフスはそう決断して、ダイブする勢いで相手の前に降り立った。

 それが降り立ったのはいきなりだった。少なくとも影は差さなかったし、風や木々は全然ざわめきもしなかった。鳥も鳴かなかったのだ。
 ともかくそれは今までの静寂を派手に破り、リタの前に現れた。突然の敵の登場に、ビドゥは唸り声を上げ、リタは緩めていた気を張り詰めて戦闘体勢を取る。
「貴方、誰ですか?」
 ゆらりと立ち上がる相手に対して、リタは鋭く誰何する。影は普通の壮年の戦士だが、肩や腕から生えている翼と、膝当てなどから伸びている爪がそれを否定していた。
 そしてかすかに感じる自分と同じ“匂い”。間違いなく、彼は自分と同じ亜生命種だ。それもおそらく……。
 リタの推論を裏づけするかのように、男は剣を抜き放って自分の名前を名乗った。
「我が名はクストースが一人、飛天王カリフス!」
 名乗ると同時に、基本的な袈裟懸けを放ってくる。トランスするまでもなく、軽いステップでかわして次の攻撃に備える。
 ビドゥがここから大きく離れるのを横目で確認してから、わざと構えを崩す。相手が熟練の戦士なら、奥の手か何かと警戒してくれるはずだ。
 リタの予想通り、カリフスは相手の手を読めずに下手に警戒心を強くする。それが逆にリタにとっては隙になった。
 一気に突っ込む。半ヴァンパイアでなくても、その瞬発力には自信があった。パワーこそ相手に負けるかもしれないが、スピードで負けるつもりはなかった。
 ……そのつもりだったが。
「遅いぞ!」
 剣ではなく、腕に生えている翼でその拳を払われてしまった。しかも、剣を持っている右ではなく左で、である。
 相手が両利きなのかもしれないが、それでも動きが遅そうに見えた彼がそこまで早く動けるのにはショックだった。カウンターの一撃はかろうじて避けたが、不意打ちはもう出来ないと悟る。
 ただ、相手の動きに驚いていたのはカリフスも同じだったらしく、払った翼を何度も剣を持ったままの右手で叩いていた。
「……できるな、お前は」
 剣と拳では全然間合いも戦い方も違うのだが、強さを推し量るのにそういう建前はいらないようだ。リタが相手の動きに舌を巻くのと同時に、カリフスもリタの動きに舌を巻いていたらしい。
「だが、まだ未熟!」
 剣が動いた。
 大振りなその動きにさっきと同じようにステップでかわそうとするが、剣から生み出された衝撃波に袈裟懸けされてしまう。斬るのではなく、撃つに近いものだったので、血が出なかったのは幸運だが。
 食らった場所は肩から左腕にかけて全体。脱臼や骨折は免れたが、しばらく左腕は使えなくなってしまった。両腕を使うリタにとっては大ダメージだ。
(勝つよりも、この場をしのぐ方法を考えた方がいいかも……)
 今まで「勝つために」戦ってきたが、「負けないために」戦うことはなかった。何となく挫折を味わった気分になるが、そんなことを考えている場合ではない。
 さっき見たとき、ビドゥは自分から見て右の方に逃げていった。気まぐれで別の所に行ってなければ、楽に合流できるだろう。
 ただ、問題は相手は飛べるということだ。いくら上手く身を隠しても、飛んで探されたら一発で見つけられてしまう。上からでも見破られない場所があればいいのだが。
 色々考えていると、カリフスがそこを隙と見て取ったらしく、今度は彼から突っ込んできた。
「参るぞ!」
 さっきと同じ衝撃波を伴った一撃がリタを襲う。切っ先から飛ぶ先を見切って何とか避けるが、カリフスはそれすら見越していたのか第二派を続けざまに放った。
「え!?」
 連続でこられるとは思っていなかったリタはまともに何発も食らい、大きく吹っ飛ばされてしまう。
 すぅっと遠のきかける意識。
(だめ……)
 自分で自分を叱咤激励するものの、それで意識が持ちこたえる事はできず、立ち上がろうと思った瞬間に意識を手放してしまった。

 意識を失ったのを確認してから、カリフスはリタに近づいた。