Change Your Way・21「第四小節から間奏へ」

 全てを手に入れたい。
 何の犠牲も払わずに!

「歌、か」
 次の日になってカーミラの話を聞いたサバタはぼそりと呟いた。
 歌、『歌姫』、『唄女』。深海王セレンを繋ぐキーワードは『歌』である事は間違いない。そしてヴォートとリリスが大きな鍵を握っていることも。
 彼らは自分ではそのことに気づいていないだろう。だが、運命と言うものは知らないうちに人をその盤面へと上げてしまう。ヴォートたちは知らないうちに上げられた駒なのだ。
 今自分たちに出来る事は何なのだろう。駒である自分たちが王を守る駒――クストースを破る先方がない限り、この戦いを有利な状況に持っていけないのだ。
 そんなことを思っていると、ヴォートがベッドから起き上がって窓の外を見る。おそらく『歌姫』セレンを探しているのだろうが、すぐに窓から離れる辺りそれらしい影は見当たらなかったようだ。
 さて、どうするか。
 サバタは何度も繰り返した問いをまた胸の中で繰り返した。

「♪―――――――――――!」
 歌が響く。
 威力は抑えてとにかく広範囲に広がるように調節した『歌』は、見えない波紋を描いて広がり、劇場だけでなく辺り一体の地域まで包み込んだ。
 運命王の確かな命があった以上、自分はその命にしたがって動くしかない。ヤプトには悪いが、セレンは彼女の指示に従うことにした。
 今広げた歌は魔力を込めたもので、いわば無差別にメッセージを送ったようなものである。月下美人なら間違いなく受け取れるだろう。
 内容は簡単だ。

 ――「こっちへおいで」――。

 波紋は広がり、サバタたちがいる宿まで届いた。
「!?」
「……あ」
「これは……」
 ヴォートを除く3人がそれぞれ違った反応をする。サバタは目を見開き、リリスは真剣なまなざしで虚空を睨み、カーミラはボーっとした顔でそれを受け取る。
 何も知らないヴォートは三人を見て首をかしげた。体が弱く、魔力もそんなに持たない一般人のヴォートはセレンからのメッセージを受け取ることが出来なかったのだ。
 受け取れなかった彼は今のところ無視して、サバタはカーミラとリリスの方を向く。少女達はすぐにサバタが言いたい事を察したらしく、無言でうなずいた。
 手早く荷物をまとめた(と入ってもカバンがいるほど荷物はなかったが)サバタは、真っ先に窓から宿を飛び出す。まだ朝早い時間帯もあって、そんなに人気がないのが幸いだった。
 カーミラがそれを確認してから普通に部屋を出て、宿屋から飛び出す。話がつかめずにあたふたしているヴォートの肩をリリスが叩いた。
「貴方の言う『歌姫』が、私達を招いています」
「本当ですか!?」
 彼女の説明を聞いたヴォートは急に慌てたようにカーミラの後を追い、リリスがその後を追った。

 歌こそ途切れたが、それから生まれた波紋と魔力は未だ残っている。サバタはそれを辿りながら歌い手を探していた。
(街の中にはいない……。外か?)
 外だとしても、そんなに遠くはないはず。おそらく近隣の施設から飛ばしたものだろう。そう判断して街を出た。平地の街路になぞられて作られた一般的な街だったので、外は平穏な光景が広がっている。
 一旦足を止めて周りを見回すが、歌い手らしい者はどこにもいない。
「サバタさま!」
 幾分遅れはしたが、カーミラが合流した。いつの間に出したのか、その手には彼女専用の槍が握られている。
「何か感じられたのか?」
 カーミラは自分より感知に優れている。その彼女が槍を持ち出していると言う事は、自分ではつかめなかった何かをつかんだと言うことだろうか。
 サバタの問いに、彼女は少し「あの、あまり自信はないのですが…」と珍しく歯切れの悪い答えを返してきた。小首をかしげてしまうと、カーミラは顔を上げてきた。
「私、あの『歌』の声に聞き覚えがあるかもしれません」
「何!?」
 彼女の言葉にサバタの顔が大きく変わった。
 今にも掴みかかりそうな勢いのサバタを抑え、カーミラは彼が冷静になるようにあえて淡々とした口調で自分の想像を告げる。
「あの思念――『歌』のパターンは、最近どこかで聞いたような気がするんです。リリスさんではない、別の誰かの『歌』として。
 今は思い出せませんけど……」
 カーミラの話を聞いてサバタはふむ、と少し考えてみる。
 彼女は昨日リリスに会ったばかりなので、リリスの『歌』を聴いたことはないはず。人間だった頃はともかく、イモータルの時はずっと太陽都市にいたので『歌姫』と会う事はないはずだが。
 ――サバタの顔色が青くなった。
 彼女が昨日会ったという相手、それはまさか……。
「……ぁーん!!」
「……さーい…!」
 サバタの思考がまとまろうとしたその時、後ろからリリスとヴォートの声が聞こえてきた。ヴォートが走れないので、リリスが支えながら追いかけてきたらしい。
 リリスはともかく、一般人であるヴォートがここに来るのは厄介だったが、本人が病弱な体をおしてここまで来てしまった以上、何とか守りながら行くしかない。
(己の身を守れないヤツなど死んでしまえ、と言いたい所だがな)
 カーミラがいる手前、そのような事を言ったら怒られるのは確実だし、サバタ自身もヴォートを帰す気ににはれなかった。
 理由はわからないが、ヴォートがセレンに対するカウンターになりそうな気がしたのだ。利用することになってしまうが、彼は何かの鍵になる。サバタはそう思っていた。
 そんな事を考えていると、リリスが「相手のいる場所の目安がつきました」と言った。
 どうやら、ヴォートを連れてくるのと一緒に情報収集もしてくれたらしい。自分は『歌』を聴いてすぐに飛び出してしまい、情報を集める事を考えていなかった。
(やれやれ)
 どうも自分には慌て者の性質があったらしい。今まで気づかなかった自分に、呆れと一緒に驚きを感じてしまった。
 そんなサバタの感慨を知ることのないリリスは、サバタの方向――指し示しているのはその先――を指しながら説明する。
「この先は海になっていて、その近くに劇場があるんです。演劇よりオペラなどをメインにしていた場所で、『唄女』深海王セレンはそこにいるのではないでしょうか」
 なるほど、歌を力としている者には相応しいアジト(?)だ。思念を飛ばしてきたという事は、相手も戦うことを望んでいるのだろう。サバタたちはその劇場に向うことにした。
 歌が聞こえない代わりに、潮騒が遠くから聞こえてくる。リリスが言ったように、確かに海が近づいている証拠だ。
 やがて、遠目ながらもぼろぼろだと解る劇場が見えてきた。大分前に主を失ったらしく、もはや劇場と言うより廃墟に近い。
 ガン・デル・ヘルを取り出し、厳重に警戒するサバタ。ヴォートはサバタが取り出した暗黒銃に目を丸くしていたが、リリスが抑えたことで見た目は平穏を取り戻す。
「……誰か、いるな」
「ええ。おそらくクストース」
 後ろの二人に聞きとられないようにテレパスで会話するサバタとカーミラ。気配をもう一度確認してから、サバタはリリスたちの方に顔を向けた。
「お前達は帰れ。ここは俺達だけで充分だ」
 サバタの言葉に二人の顔がさっと変わるが、あえて無視する。
 リリスとヴォートには悪いが、サバタたちはクストースを倒さなくてはいけない。出来ればこの二人はここで待っていて欲しいのだ。
 何か言おうとする前に、サバタとカーミラは中に飛び込んで行った。
 扉の先は一般受付で、吹き抜けの階段と受付席、あとは待つ人達用のベンチがあるだけだった。
「…番犬すらいないのか」
 ザナンビドゥが襲撃した時は、彼によく似た豹が襲い掛かってきた。が、クストースと思われる深海王セレンのアジトであるここには誰もいない。
 呼び出しをかけたこともあって相手は応戦体制を整えているはずと思っていたが、最初からしもべがいないのか、それとも出さなくても自分たちに勝てる自信があるのか。
 とりあえず、今はその疑問を胸の中に収め、相手を探すことにする。さてどこから行こうかとサバタが思案していると、カーミラはさっさと適当な場所を探し始めた。
「おい!」
 普段は自分を立てるカーミラがこうして積極的に行動するのは珍しい。慌てて後を追おうとしたが、その足はすぐに止めた。
(あいつには、あいつの考えがある)
 いくら魂を一つにしていたとは言え、今はこうして別々の存在になっている以上、意見や考えが分かれるのは当然のことだ。サバタはサバタであり、カーミラはカーミラだ。
 ……そうは思っていても、今このときに別行動されたことに傷ついていないわけではない。何故今、と思う気持ちは否定できなかった。

 ――私、あの『歌』の声に聞き覚えがあるかもしれません。
 ――あの思念は最近どこかで聞いたことがあるような気がするんです。

「……まさか!?」

 カーミラは真っ先に舞台裏へと急いでいた。相手の思考はまだ読めてはいないが、何となく彼女はそこにいるのではないかと思ったのだ。
 ほのかに海のにおいがする廊下を通り、聞こえないはずの波の音に導かれて、カーミラはまっすぐに舞台裏へと走る。そんなに広くないので、すぐに近くまで来れた。
 申し訳程度にあるドアを開くと、暗闇がカーミラを歓迎した。その中で、たった一つの光である女性が、ただぼんやりと立っている。

 その女性を、カーミラは知っていた。

「……やっぱり、貴女でしたね」
 カーミラがぽつりと呟くと、女性がこっちを向いた。
「ふふ…。確か貴女、昨日お会いしましたね」
 穏やかな笑みを浮かべるその女性は、昨日の夕方カーミラがあった女性であり、『唄女』であり、クストースの一人である深海王セレンだった。