Change Your Way・15「庇う者。庇われる者」

 視線をユキの方に向けたことで、ミホトに隙が生まれた。彼女には悪いが、大きく蹴り飛ばすことでジャンゴは一旦間合いを取る。
 ユキをかばうように立つと、あっという間に彼女の顔が夜叉のような憤怒のものになった。また大きく飛び込んで、鎌を大きく振る。
 今度はジャンゴの目の前に近づく前に鎌が振られ、予想を外れた攻撃にジャンゴの反応が一瞬遅れてしまった。
 ジャンゴに隙が生まれたのを見逃さないミホト。もう一回地を蹴って、今度こそジャンゴの懐に飛び込む。
「『足霊(たるたま)』!?」
 ユキが後ろで叫ぶのを聞きながら、ジャンゴは何とか剣を引いてその一撃を受け止める。
 しかし。
 さっきはつばぜり合いに持ち込めたと言うのに、今度は完全に押されてしまっている。ぎりぎりと音を立てて、折れることのないはずのグラムが悲鳴を上げていた。
 ヤバイ、と感じながらも、ジャンゴは何故二度目は違うのだろうと考えていた。ジャンゴが時たまやるように、実か何かでドーピングをしているのだろうか。だが、それをした様子はない…。
「!? 鎌か!」
 ようやくジャンゴは鎌自体が光り輝いていることに気づく。エンチャント魔法をかけるように、彼女は鎌に自分の霊力を込めているのだろう。
 からくりが読めた以上、つばぜり合いをしても負けるだけだ。とは言え、全力を込めてしまっているので足を払う余裕はない。
 一か八かの賭けで、ジャンゴは倒れるようにバランスを崩させる。切られるのを覚悟で必死になって避け、剣をあえて捨ててミョルニルを取り出す。
 ハンマーと言うよりフレイルに近いそれで、振りかぶられたままの鎌に大きく叩きつけるが、鎌は鈍い音を発しただけでヒビ一つ入らなかった。
「なっ!?」
 グラムと同じ“全き槌”と呼ばれるそれの一撃を耐えた鎌に、ジャンゴは目を丸くする。
「ジャンゴさん! それはそう簡単に壊せないよ!!」
 見かねたユキがジャンゴに忠告すると、ミホトは驚いた顔でユキの方を見た。
 ユキの方はそんな姉の顔を一瞬だけ見たが、すぐにジャンゴの方に視線を移す。それもミホトに衝撃を与えた。
 弟は利用されているはずなのに。自分をエサに、いいように使われているはずなのに。混乱する脳は、やがて自分に都合のいい答えをはじき出す。…つまり、弟は気づいていないと言う結論に。
 身勝手な理解は怒りとなって現れ、ジャンゴへの攻撃が更に増す。さっきの『足霊』に、鎌を投げる『生霊(いくたま)』、空からの攻撃である『八束刃(やつかのつるぎ)』も入って多種多様に攻める。
 ジャンゴはそれらの攻撃を武器を変えたりすることで受け流していたが、攻撃の多さに傷も増えて少しずつ押されていった。それでも何とか攻撃は当てるのだが…。
「『舞比滅(まいひめ)』である私に、勝てるわけないでしょぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「うわぁぁぁぁぁっっ!!」
 全力を叩きつける『布瑠之言(ふるのこと)をまともにくらい、ジャンゴは派手に吹っ飛んだ。
 直撃を食らって何とか生きていられたのはブリガンダインのおかげだった。血が噴き出すことはなかったが、ブリガンダインは真っ二つに斬れた。
 おまけに霊力も加わっていたから、凄まじいまでのインパクトを体に受けたことになり、ジャンゴは苦痛にのた打ち回ってしまう。
(……くそ……っ!)
 負ける。
 このままでは、ザナンビドゥ戦と同じように負けてしまう。
 あの時は見逃してくれたからリベンジが出来た。だが、今回相手は自分を殺す気だ。リベンジの余裕はない。
 ……いや、見逃してもらえる手はある。ユキをこのまま姉の元に行かせればいいのだ。
 ミホトシロノは「舞比滅」である前に、ユキの姉なのだ。弟さえ無事に取り戻せれば、自分に興味はなくなるだろう。――それだけの温情があればの話だが。
 うっすらと目を開けると、ミホトはユキに近づいている。自分に抵抗の手段はないと見て、ユキを連れて行こうとしているのだろう。
 ちらりとユキの方にも視線を移す。

 ……ユキの目にあったのは、再会の喜びではなく、姉への恐怖だった。

(ユキ……!)
 その目を見て、ジャンゴは悟る。ユキは脅えている。姉の変わり具合に脅え、心を閉ざしかけているのだ。
 なら、負けるわけには行かない。このままユキを連れて行かせるわけにはいかない。
 ジャンゴは体全体の悲鳴を無理やり押さえ込み、剣を杖にして立ち上がる。幸い、ミホトは自分に気づいていない。卑怯ではあるが、後ろからガン・デル・ソルを撃った。
「っきゃああっ!!」
「ジャンゴさん!」
 背後から一撃を食らったミホトは大きくよろめき、ジャンゴの復活にユキの声が明るくなる。
 再会を邪魔され、ミホトの顔が険しくなるが、ジャンゴはそれでひるんだりしない。グレネードのフラッシュを取り出し、強く握り締める。ジャンゴの握力で、予想以上にそれはあっさりと砕けた。
 本来なら天に向かって放つそれを自分の手の中で破裂させることで、人間にも効く目くらましとして利用したのだ。無論、砕く前に固く目を閉じている。
 ミホトと一緒にユキも目がくらんでいたようだが、今回ばかりは仕方がない。ジャンゴは目が焼かれた彼女に向かって走り、一気に間合いを詰めた。
 ソル・デ・バイスにセットしたレンズはフロスト。鎌を持つ手を冷やして、攻撃力を抑えるのが目的だ。
「でやぁぁぁぁぁっっ!!」
 乾坤一擲の気合と共に、グラムが舞う。袈裟懸けから大きく払い、そして突く。我流で編み出した技、トライ・レイドだ。
“全き剣”の生み出す三連撃に、さすがのミホトも大きなダメージを食らう。反撃しようにも腕ががたがたと震え、ロクに鎌を握れなくなってしまった。
 フラッシュの爆発が収まった後には、肩で大きく息をつくジャンゴと鎌を必死になって握るミホト、何度も目をこすっているユキがいた。
 何が起こっていたのか全く分からないミホトは、戸惑いを強引に押し込めて鎌を握る。寒さで手が震えていたが、それでも無理やり構えて大きく振りかぶる。
 今迄で一番の霊力が篭った一撃が、放たれた。
 当然、反撃はジャンゴも予想していた。だが、反撃の度合いまで予想しきれずに、左腕から大きく血が噴き出す。
「ああああああああああっっ!!!」
 切断されることはなかったが、脳天まで貫きそうな痛みにジャンゴはとうとう絶叫してしまった。
「ジャンゴさんっっ!!」
 ようやく視界が回復したユキがジャンゴの様子を見て悲鳴に近い声を上げる。その声でユキの事を思い出したらしく、ミホトが彼の腕を掴もうとするその瞬間。
「……ダメだ…ッ!!」
 痛みに耐えながらも、ジャンゴがガン・デル・ソルを撃った。再度の邪魔に、視線だけで殺せそうなほどのまなざしをジャンゴに向けるミホト。
 鎌がもう一度振られる。誰もがそう思った瞬間。
「! えぁっ!!」
 ミホトの手から、炎が出た。
 炎はあっという間に彼女の全身を包みこむ。不思議なことに、その炎で服が焼けたりはしていなかった。
 霊力を使いすぎたことによる暴走に気づくユキ。自分たちは霊力を使って攻撃をしたりすることが出来るが、一定値を超えるとこうして暴走し、使い手の体を『焼く』のだ。
 こうなっては戦闘は出来まい。ユキは激痛に耐えるジャンゴを引き寄せた。
「…ユ、キ……!」
 ミホトはそれでもユキに手を伸ばそうとするが、ユキは何度も首を横に振った。拒絶されたショックからか、ミホトの口から鼓膜を破りかねないほどの絶叫がほど走る。
 そうしている間にも戒めの炎はミホトの体を『焼き』、やがては彼女を消し去っていく。焼き殺されていく訳ではない。彼女が最後の力を振り絞って、どこかに飛ぼうとしているのだ。
 姉が行ってしまう。
 それなのに、ユキの心の中に悲しみはなかった。あんなに会いたかった姉がまたいなくなるのに、ユキはなぜか辛いとは思わなかった。
 やがて、炎が消えた後には、「舞比滅」ミホトシロノは完全に消え去っていた。

 怪我は応急処置を済ませた。
 消耗した体力は大地の実で補い、回復薬を傷口に塗ることで治癒能力を高める。塗る時に薬がかなりしみたが、ジャンゴは歯を食いしばって耐えた。
 応急処置をしている中、ユキはずっと暗い顔でそれを見ていた。
「さっきのが、ユキのお姉さんか?」
 聞かれたくないことだろうが、ジャンゴはあえてユキに問う。彼は一瞬びくりとしたが、すぐにこくりとうなずいた。
「…僕たちは、村が焼かれてからずっと一緒に生きてきたんだ。たまに僕たちの力で、人が襲ってきたり、イモータルが狙ってきたりしたけど、その度にお姉ちゃんが戦ってくれた。
 僕が変な生き物に連れさらわれてから、お姉ちゃんは必死になって僕を探すだろうなとは思ってたよ。でも、あんなふうになるなんて、全然思ってなかった……」
 ユキの脳裏に、あの夜叉のような姉の姿が浮かんでいるのだろう。その声に、脅えが混じっていた。
 一回頭を振ることで脅えを押さえたユキは、ぽつりと呟いた。
「あんなに、優しかったのにな……」
 にじみ出た言葉に混じっているのは、昔の思い出を投影した悲しみなのか。それとも変貌振りへの絶望なのか。ジャンゴには解らなかった。
 左腕全体に巻かれた包帯を見ながら、ジャンゴは「舞比滅」の事を考える。
 彼女がユキと一緒にいたころ――村にいた頃も「まいひめ」と呼ばれていたのだろうが、それは「舞姫」だったのだろう。それが「舞比滅」となったのは何かがある。
 おそらく、クストース辺りが独りになった彼女を拾ったのではないだろうか。「舞比滅」のネーミングセンスは、「浄土王」に繋がるものがあるような気がする。
 運命王かヤプト辺りが拾った後、彼女に嘘偽りを教えて手駒として操っているに違いない。「弟は太陽少年に誘拐された」などと言えば、速攻で彼女は自分を倒しに来るだろう。
(……あれ? じゃあユキは誰にさらわれたんだろう)
 ユキは地下水路の隠し部屋でずっと封印されていた。それをジャンゴとおてんこさまが開封し、彼は現世に戻ることが出来た。
 封印したのはユキを連れ去った者だろうが、クストースだとしたらつじつまが微妙に合わない。ミホトに嘘を教えるのは解るが、何故ユキを封印したのか。
 他にもユキやミホトを利用したいと思った者がいるのだろうか。
 ジャンゴはしばらく考えてみたが、全然心当たりが思いつかない。……というより、クストース以外に関連性があるモノが全然思い当たらなかったのだ。

 

 貴方と一緒にいたかった。
 だけど、もう無理なんです。

 忘れないで。私は貴方を愛してます。
 死んだって離れたりなんかしません。

 

 その時、リタは見知らぬ場所で目が覚めた。
 体を起こして今までの事を思い出そうとするが、記憶がぼやけて焦点が定まらない。仕方ないので、はっきりとしてきた記憶から一つずつチェックをしていく。
「…ビドゥ!」
 最近自分と一緒に行動している猫を思い出す。慌てて辺りを見回すと、猫は自分の膝の上で丸まって眠っていた。
 とりあえず無事であるのにほっとしていると、がちゃりとドアが開いた。
 音に驚いてそっちの方を見ると、そこにはカルソナフォンがいた。
「目が覚めたか」

 何故だろう。
 その顔を見て、リタは急に不安になってしまった。