moon dream,moon doom・8

 俺は違う所へと落ち続けていく
 死人と歩きながら
 消すことが出来ない嘘と一緒に

 

 

「第一段階は、偽りの母であるヘルを殺すこと」

 ――やめろ

「第二段階は、カーミラの魂をダークマターの檻に閉じ込めること」

 ――言うな

「第三段階は、太陽少年の手助けをするフリをして、イモータルを滅ぼしてしまうこと」

 ――その先はダメだ

「最終段階は、全てを裏切り、全てを闇で多い尽くしてしまうこと」

 ――黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!

 

「そうすれば、全ては二人だけのもの。君の復讐のシナリオ――『楽園』の出来上がりさ」

 

 崩れ落ちるサバタ。
 その隣で、『ジャンゴ』はサバタの顔でにやりと笑った。

 世界が歪む。時間が巻き戻る。
 その中で、サバタは自分を何度も“視た”。
 生まれたばかりの無邪気な自分。
 ヘルにダークマターを注ぎ込まれ、ただ虚ろな目で月を見ていた自分。
 泣きながら暗黒城の廊下を歩いていた自分。
 城の書庫の本全てに「タスケテ」と書き綴っていく自分。
 人形になろうと決めた自分。

(にんぎょうになれば、こわいものもいたいものもない。なにもかんじなくてすむ)

 カーミラと出会っても、表情を変えなかった自分。
 無感情に人を撃つ自分。
 ただ淡々と日常の動作をするだけの自分。
 生き別れた弟に会っても、何も感じなかった自分。
 失うことを、ただ何も思わずに受け入れた自分。
 負けることすら、一日の動作として受け入れていた自分。

(だいじょうぶ。なにもかんじない。じぶんはだいじょうぶ)
 そう。人形になれたから。
 もう自分は何も怖いものなどない。怖がる必要はない。怖がる、と言う感情すらないのだから。
 全てはシナリオのため。自分の書いた筋書き通りに事を運ばせるために、余計なものは必要ない。自分が人形として生きていれば、全ては上手く行く。
 第一段階として、ヘルは死んだ。カーミラも、今は自分の中に居る。ジャンゴと共に戦って暗黒仔は一人消え、エターナルも封印された。
 あと、もう少し。ジャンゴが闇に飲み込まれて消え、自分が知る者全員消せば、最終段階へと持っていける。
 シナリオは、完成する。「世界の消滅」と「カーミラと共に生きる」、矛盾した二つの願いが叶うシナリオが――。

「うあああああああああああああああああっっ!!!」

 サバタは叫んだ。喉の奥から、胸の奥から、溢れんばかりの声で。
 自分は何も変わっていなかった。人形の自分から抜け出していなかった。自分すら知らない心の底で、自分は世界の消滅を願っていた。
 この世界は都合が良かった。永遠に閉ざされたこの世界、カーミラと永遠にいられる世界。現実から逃げ出せるこの世界はサバタの望んだ世界。
 スキファとフリウを利用し、サバタはこの世界を生み出し、檻の形にした。それはダークマターと共に宿るカーミラの魂を逃がさないための檻。
 救いたい、だなんて嘘っぱちだ。自分は全てが終わるまで、カーミラを外に出すつもりなんてなかった。
「俺は、今でも、ダークの手駒だったとでも言うのか……!」

「!?」
 もう一度サバタの精神世界に入ろうとしていたセイは、『歪み』に気がついた。
 世界全体に――サバタの心の中に全てを飲み込む黒い闇が侵食し始めている。長い間杖として生き、人の心を見ていたセイには分かる。この暗い色は。
「ダークマターじゃないか!」
 サバタは暗黒仔としてダークマターを受け入れてしまっている。月下美人となってからはコントロールが出来ているようだが、今はその制御も効かずただ暴走している。
 この暴走は、サバタの心に大きな揺らぎがあった証拠だ。それも、自我を形成できなくなりそうなほどの大きな揺らぎが。
 ダークマターに飲み込まれれば、自分も、サバタも、そして彼が内包しているもう一人の魂も消滅してしまう。それは避けなくてはいけない。
(急げ急げ……!)
 何があるにしても、何があったにしても、自分は急いでサバタを見つけ出して拾ってこなくてはいけない。セイは強引に入り口を開いて飛び込んだ。

 世界の歪みに気づいた時、サバタがいた場所は太陽都市ではなかった。
 そこは何かの場所ではなく、ただの空間。サバタの精神の中にある空間の一つだった。
 ようやく顔を上げたサバタは、その空間にあるものを見て目を見開く。
「スキファ! フリウ!」
“夢子”であり、夢を食うイモータルの双子の姉妹。そして、
「カーミラ!」
 サバタが追い求めて止まない少女がいた。――全員、漆黒の槍に貫かれた状態で。
 今なら分かる。あの槍を刺したのは自分だ。『ジャンゴ』の姿を借りただけの、薄汚い自分の本心。
「くっ!」
 最初サバタはフリウの体を貫通している槍に手を触れた。槍は氷に触れたかのごとく冷たく冷え切っており、徐々に手がしびれていく。それでもサバタは手を離さなかった。
 少しずつ、少しずつ引き抜いていく。槍が動くたびに、フリウの口から血と悶絶する声がこぼれるが、サバタはそれでも抜く手を止めなかった。
 やがて槍を抜くと、その槍はサバタの手の中で消滅し、フリウも解放された。出血こそ激しいが、イモータルである以上命に別状はないだろう。
 サバタは続いてスキファに刺さっている槍を抜き始めた。こっちは燃え盛る炎に突っ込んだかのごとく熱い。激しい痛みに顔をしかめながらも、サバタは少しずつ引き抜く。
 フリウのものと同じように、スキファを貫いていた槍も抜け切るのと同時にサバタの手の中で消滅した。痛みのあまり膝をついてしまうと、誰かに頭をなでられる感触があった。
 顔を上げると、初めて出会ったときと同じ目をした二人がにっこりと笑っていた。

 ――頑張ったね。
 ――よく気づいたね。

 サバタは確かに二人の口がそう動くのを見た。
「そうか、お前達は最初から気づいて……」
 こくりとスキファがうなずく。

 ――貴方は私によく似てるもの。

 ふっとサバタはいつもの皮肉な笑みを浮かべた。確かに、自分とスキファは似ていると思った。目的のために、全てを投げ捨てられる純粋さは、よく似ていた。
「お前たちは、これからどうなる」
 サバタの問いに、二人は鏡を置いたかのようにまるっきり同じ笑顔を浮かべた。

 ――変わることはないわ。
 ――もう私たちはイモータル。だから、フゥちゃんと一緒にひっそりと生きていく。

「いつかお前たちの存在を利用しようとする者が現れるぞ?」

 ――もう利用されてるわ。
 ――私とお姉ちゃんが貴方と会ったのも偶然じゃないの。貴方と私たちに興味を持った人が、会うように仕向けたの。

 フリウの言葉にサバタは眉をひそめた。自分と彼女らに? イモータルとなってしまった“夢子”と、イモータルになりそこなった暗黒仔。
 この事件の裏側には、何かがあるのか。……いや、この事件が始まりではないような気がする。もっと前に、何かが始められた、そんな気がした。
 しかし、今のところそれが大きな問題ではないだろう。引っかかることではあるが、この事件の鍵になりそうにないので、心の隅に押しやっておく。
 それより、今はやるべき事がある。サバタはカーミラを貫いている槍を手に取ろうとした。

 ……視界が、大きく歪んだ。

「!?」
 否、世界そのものに歪みが生じているのだ。スキファとフリウの戒めを解いたことで、この世界を保つ何かが失われたとでも言うのだろうか。
 急いでカーミラの槍を引き抜こうとするが、槍はサバタの手をすり抜ける。慌てて何度もつかもうとするが、手は決して槍を握る事はなかった。
「くそっ! 畜生っ!」
 なぜ握れない。
 未だに自分の本心はカーミラの復活を望んでいないというのか。
「俺は……」
 いやだ。
 もう一度、お前の隣に立ちたい。
 あのシナリオだって、お前と共にいたいから、無意識のうちに書き上げていたんだ。

 だから……ッッ!!

「おおおおおおおおおおっ!!」
 槍を握り、力を込めて引き抜く。

 ――……めろ! サバタ!!

 誰かの声が聞こえた気がした。