精霊残華「~KOGITO ELGO SUM~」 - 2/2

 夢を見た。

 ――俺はさ、最後まで人間でいるから。

 色素の抜けた茶髪の少年がにっこりと笑う。

 ――だからこれ、受け取って欲しい。

 黄金の杖を渡される。

 ――俺はどんなになってもザジの側にいるから。

 消える少年の影。

              待ってよ。

 ――ザジのこと、好きだから。ザジを守りたい。例え死んでもさ。

              だったら側にいてよ。

 ――忘れないでくれよ? 俺はどんなになってもセイだから。
    例え元に戻っても、俺はセイというザジが好きな人間だから……。

 後に残るは、華美な装飾がされていないが力を感じる黄金の杖だけ。

 目を開くと、いつもと変わらない天井がザジを迎えてくれた。最近自分の家になっている宿屋の天井。
「もう朝なんか……?」
 ぼーっとした頭で窓からの光を確認する。光の差し具合からするに、今は午後のようだ。寝過ごした?と思い、ゆっくりと起き上がって自分が愛用している杖を取ろうとする。

 ごとり

 杖を取ろうとして、何かを弾いたらしい。まだ焦点が定まらない目で、落ちたものを確認する。落ちたのは長い物だった。黄金色に輝く、杖のようなもの。いつ机に置いたのだろうか。
 その長い物をよくよく確認するにつれ、ザジの表情がどんどん悲壮なものになった。
 ――ケーリュイケオン。
 今度は愛用している杖を弾き飛ばし、わき目も振らずにケーリュイケオンをその手に取る。ものを言わない杖は、ザジにさっきまで見ていた夢を語る。
「気がついたか」
 こみ上げる哀しさにケーリュイケオンを握り締めると、聞きなれた皮肉屋の声が横から耳に入り込んだ。声に誘われるようにそっちの方を向くと、サバタがいつもの無表情のままでザジを見ていた。
 どうして彼が、とか自分は何がどうなってとかは聞かない。説明が欲しい時は聞かずとも話してくれるし、説明が欲しくない時は黙っている。それがサバタだ。
 それでも、今は。
「……なあ」
「ん?」
 搾り出した言葉は、とても自分のものとは思えないほどかすれ、しわがれていた。サバタが眉根を寄せる中、ザジはぽつりと一つだけ聞く。
「セイは、ちゃんと人間やったよな?」
 その質問に、サバタは無言で立ち上がる。答える必要はないと、態度にはっきりと現れていた。それはザジだって分かっている。ただ、誰かに確認することで確証が欲しかったのだ。
 ドアノブに手をかける時、サバタは一回だけザジの方を向いてぼそりと答えた。
「本人に聞け」

 サバタがいなくなり、部屋にはザジが一人だけ取り残された。
 もう物言わぬケーリュイケオンは、力を発することなくただザジの手の中にある。
 結局。
 セイも自分の元から離れていった。どんなになってもザジの側にいる。そう言った癖してザジの元から離れていった。
 ――『どんなになっても』?
 脳裏に浮かんだ言葉に、疑問が生まれる。彼はいつそんな事を言っただろうか。

 ――例え俺が杖に戻っても、俺は死ぬわけじゃない。
 ――どんなになってもザジの側にいるから。

 ああ、そうか。
 そういう事なんか。

 ザジはようやくセイが一番言いたかった事を理解した。
 彼は人間でいようとした。杖である自分もひっくるめて、人間でいようとした。人間としてザジの側にいる事を選んだ。
 人間でいること――自我を持っている事は、杖である自分を否定することではない。むしろ、杖である自分も肯定することで自我を持つことになるのだ。
 それなのに、自分は杖であるセイを切り離して考えていた。人間の身体にこだわって、セイの人間性を信じていなかったのは自分だった。
「すまへんな。セイを認められへんで」
 でも、もう大丈夫だ。セイはちゃんとここにいる。ここで自分を守り、自分に力を貸してくれる。
「一人じゃないんや、セイもウチも」

 ザジの涙まみれの笑顔に、杖が少しだけ動いた気がした。

 ――まるで、セイが笑っているように。