夢を見た。
――俺はさ、最後まで人間でいるから。
色素の抜けた茶髪の少年がにっこりと笑う。
――だからこれ、受け取って欲しい。
黄金の杖を渡される。
――俺はどんなになってもザジの側にいるから。
消える少年の影。
待ってよ。
――ザジのこと、好きだから。ザジを守りたい。例え死んでもさ。
だったら側にいてよ。
――忘れないでくれよ? 俺はどんなになってもセイだから。
例え元に戻っても、俺はセイというザジが好きな人間だから……。
後に残るは、華美な装飾がされていないが力を感じる黄金の杖だけ。
目を開くと、いつもと変わらない天井がザジを迎えてくれた。最近自分の家になっている宿屋の天井。
「もう朝なんか……?」
ぼーっとした頭で窓からの光を確認する。光の差し具合からするに、今は午後のようだ。寝過ごした?と思い、ゆっくりと起き上がって自分が愛用している杖を取ろうとする。
ごとり
杖を取ろうとして、何かを弾いたらしい。まだ焦点が定まらない目で、落ちたものを確認する。落ちたのは長い物だった。黄金色に輝く、杖のようなもの。いつ机に置いたのだろうか。
その長い物をよくよく確認するにつれ、ザジの表情がどんどん悲壮なものになった。
――ケーリュイケオン。
今度は愛用している杖を弾き飛ばし、わき目も振らずにケーリュイケオンをその手に取る。ものを言わない杖は、ザジにさっきまで見ていた夢を語る。
「気がついたか」
こみ上げる哀しさにケーリュイケオンを握り締めると、聞きなれた皮肉屋の声が横から耳に入り込んだ。声に誘われるようにそっちの方を向くと、サバタがいつもの無表情のままでザジを見ていた。
どうして彼が、とか自分は何がどうなってとかは聞かない。説明が欲しい時は聞かずとも話してくれるし、説明が欲しくない時は黙っている。それがサバタだ。
それでも、今は。
「……なあ」
「ん?」
搾り出した言葉は、とても自分のものとは思えないほどかすれ、しわがれていた。サバタが眉根を寄せる中、ザジはぽつりと一つだけ聞く。
「セイは、ちゃんと人間やったよな?」
その質問に、サバタは無言で立ち上がる。答える必要はないと、態度にはっきりと現れていた。それはザジだって分かっている。ただ、誰かに確認することで確証が欲しかったのだ。
ドアノブに手をかける時、サバタは一回だけザジの方を向いてぼそりと答えた。
「本人に聞け」
サバタがいなくなり、部屋にはザジが一人だけ取り残された。
もう物言わぬケーリュイケオンは、力を発することなくただザジの手の中にある。
結局。
セイも自分の元から離れていった。どんなになってもザジの側にいる。そう言った癖してザジの元から離れていった。
――『どんなになっても』?
脳裏に浮かんだ言葉に、疑問が生まれる。彼はいつそんな事を言っただろうか。
――例え俺が杖に戻っても、俺は死ぬわけじゃない。
――どんなになってもザジの側にいるから。
ああ、そうか。
そういう事なんか。
ザジはようやくセイが一番言いたかった事を理解した。
彼は人間でいようとした。杖である自分もひっくるめて、人間でいようとした。人間としてザジの側にいる事を選んだ。
人間でいること――自我を持っている事は、杖である自分を否定することではない。むしろ、杖である自分も肯定することで自我を持つことになるのだ。
それなのに、自分は杖であるセイを切り離して考えていた。人間の身体にこだわって、セイの人間性を信じていなかったのは自分だった。
「すまへんな。セイを認められへんで」
でも、もう大丈夫だ。セイはちゃんとここにいる。ここで自分を守り、自分に力を貸してくれる。
「一人じゃないんや、セイもウチも」
ザジの涙まみれの笑顔に、杖が少しだけ動いた気がした。
――まるで、セイが笑っているように。