翌日。
リタは職場放棄の罰ということで、書庫整理をさせられていた。
隣に何故かジャンゴがいるあたり、二人の関係を誤解した誰かが一緒に放り込んだようである。
書庫は広いが、それだけならまだいい。問題はラインナップだ。
昔の書物はぼろぼろだから手荒に扱うとすぐに崩れてしまうし、奥に行けば行くほど重い書物が顔を出す。
そういうのに限って、厄介な場所におかれてあったりするので、想像以上に大変な作業だ。
いい迷惑のはずのジャンゴは「二人で片付ければ早く終わる」と言って、リタの仕事を手伝ってくれた。
書庫整理を始めて3時間ほど。
「休憩にします?」
リタの提案にジャンゴはうなずいた。重い物を優先的に運んでいたので、すっかり汗だくである。
「水が飲みたいや。ちょっと飲んでくるね」
そう言って彼は書庫を出て行った。ドアを少しだけ開けておいたのは、空気の入れ替えのためだろうか。
一人残されたリタは、一休みに座り込んだ。立っていると気づかないが、一度座るとどのくらい疲れていたのかがよく分かる。
ばさっ
「あら?」
本が落ちた。リタが座ったことでバランスが悪くなって落ちたのだろう。
近づいて見ると、表紙には名前だけしか書いていない。厚さからも考えて、おそらく誰かの日記帳だろう。
日記の持ち主は――巫女長サリア。
読んではいけない。それは良く知っている。
だがリタにとって、この日記は自分の過去につながる唯一の手がかりとなりそうだった。
指が震える。
今ここでジャンゴが「ごめん。待たせた?」なんて戻ってきてくれれば、自分はこれを本の山に戻して見なかったことにするだろう。
だが、ドアが大きく開かれる様子は無い。
ぺらり
表紙をめくる。本の中身は、リタの予想通り日記帳だった。
日付は10年ほど前。リタがここに引き取られた頃だ。偶然のよさに、リタは思わずわざとそうしたのではないかと疑ってしまう。
ぺらり
ページをめくる。
最初の2,3ページは自分とあまり関係なさそうな内容だった。その時の状況や、軽い愚痴などが書かれている。悪いとは思ったが、リタはついくすくす笑ってしまった。
指が止まったのは、6ページ目。
『太陽銃の後継者が来た。名前はリンゴ。彼は最近サン・ミゲルやここに出現するヴァンパイアを追っているらしい』
指が止まった理由はジャンゴの父の名前が出たからではない。
――サン・ミゲルやここに出現するヴァンパイア
その一文だった。
日付を確認すると、リタの祖母が逝った前々日。
(まさか、お婆ちゃんが死んだ原因って……)
冷や汗がどっと出る。指がまた震え、次のページを掴みにくくなった。
7ページ目をめくった。その時。
がたん!
大きな音がした。慌てて日記を閉じてあたりを確認すると、いつの間にか帰ってきていたらしいジャンゴと目が合った。
「「あ……!」」
思わず言葉が出る。ジャンゴの顔がほのかに赤いのは目が合ったからか、それとも見てはいけないものを見てしまったからか。
「ごめん。大分前に戻ってきたんだけど、リタがあまりに真剣だから声かけられなかった」
はいこれ、とジャンゴは水筒を前に出した。どうやら先ほどのは、この水筒がひっくり返った音のようだ。許可を貰って、3杯ほど飲む。
ふと気がつくと、ジャンゴの手にも本があった。リタの視線に気づくと、ジャンゴは言い訳する。
「あ、これ? 表紙見て、つい…」
表紙には「太陽魔法の使い方」。どうやらエターナル騒動まで魔法が使えなかったのが、密かにショックだったようだ。呼びかけることも忘れて読みふけっていたに違いない。
しどろもどろなジャンゴの態度に、リタはくすっと微笑んだ。その笑顔を見て、ジャンゴはふてくされる。
「酷いよ」
「ごめんなさい。可愛くてつい」
「だからそれが酷いんだって」
何だかんだ言ってジャンゴも男の子。『可愛い』と言われても嬉しくない。わざとそっぽを向く態度がまたリタの笑いを誘った。
書庫整理は夜までやって、ようやく80%ほどだった。だが、もし一人だったら50%いったかどうか。
残り少ない、ということであとは全部リタが片付けることにした。ジャンゴは最後まで付き合うと言ったが、今夜は一人でいたかった。
「ありがとうございます」
「いいよ。おてんこさまがまだ話してたみたいだったから、僕も暇だったんだ」
深々と頭を下げるリタに、ジャンゴは首を横に振った。笑顔が太陽のように明るい。
「明日出発ですか」
「うん」
ランプ節約のために薄暗い廊下を、リタがジャンゴを送る形で歩いていた。ジャンゴにとってここは初めて来た場所なので、運が悪ければ迷子になってしまうからだ。
ジャンゴとおてんこさまの部屋前まで来た。
「おやすみ。早く寝るんだよ?」
リタは答えの代わりに、ジャンゴの口を自分の口で塞いだ。
「……おやすみなさい」
リタの姿が見えなくなるまで、ジャンゴはずっと部屋の前で立ち尽くしていた。
「……どうして?」
知らず知らずのうちに、言葉が出ていた。