「ジャンゴさまが風邪を?」
果物屋。
サバタにはああ言ったものの、言うか言わないかで丸一日悩んでしまった。一日経ってもまだ熱が下がらないのを聞いて、ザジはようやく言うことを決めた。
「……」
いつものリタなら速攻で飛び出しそうなのに、今はただ品物の整理をし続けている。ザジはそれが気になった。
「見舞いに行かへんの?」
「店がありますから……」
リタはそっけなく答える。その態度に、ザジは何となくカチンと来た。
「あんたら、いい加減にせいや!」
カウンターを強く叩くが、リタは無反応だ。仕事をする手を休めることなく、ザジの言葉を聞き流している。
それを見て、ザジのイライラはますます募っていく。
「誕生日の件やって、もう2週間前のことやで! んな昔のことウジウジ悩んだってしょうがないやろ!」
「私はそのことで怒ってたりしてません」
ザジの怒声に冷静に返すリタ。その顔はザジが今まで見たことがないくらい、冷め切ったものだった。その顔を見て、ザジも少しずつイライラが収まってくる。
「じゃあ、何でジャンゴと喧嘩なんか」
「分かりません」
「分かんないって!」
さらりとしたリタの態度に、またイライラがぶり返してきた。
いったい彼女は何を考えているのだろうか。
「分からないんですよ、私も」
仕事していた手を止め、リタは独り言のようにつぶやく。
その視線の先には何が映っているのか、ザジは少し気になった。彼女が見ているのはジャンゴなのか、それとも……。
「自分が何を考えているのか、どうしてあんな事言ったのか。
……私はジャンゴさまの何に惹かれたんだろうとか」
「なっ……」
リタの言葉にザジは絶句した。リタは寂しげな微笑を浮かべて続ける。
「今でもジャンゴさまのことは好きです。でも、私の気持ちは永遠に分からないかもしれない。最近そう思うんです。
だとしたら、どう思えば彼のためになるんでしょうね……」
「そんなん……」
ザジは辛い気持ちで言葉を搾り出した。
そんな事言われても困る。ジャンゴの側にいて上げられるのは、誰でもない彼女だけなのに。
ジャンゴの寂しい気持ちを塞いで上げられるのは、リタしかいないのに。
「そんなん、ウチが知るわけないやん……」
スミレが見舞いに来た次の日、スミスが見舞い品を持ってやってきた。
「具合はどうだ?」
「まだ、熱が下がらないです……」
一応薬は飲んでますけど、とジャンゴは起きながら答えた。スミスはジャンゴのおでこに手を当てて、熱を測ってみる。
「……昨日スミレが見舞いに行った時、少し外に出たらしいな。それが悪かったのかもしれん」
まだ雨が降っていた昨日はかなり寒かった。薄着こそしていなかったが、少しでも外に出たのはいけなかったようだ。
「その時兄さんは薬を買いに、外に出てたから」
「一概に誰のせいとは言えんか」
スミスはそう言いながら、袋の中からいくつかに切り分けられた梨を取り出した。食えるか?と勧めるので、ジャンゴはそのうちの一つを取った。
梨を食べるジャンゴを見て、スミスはため息をついた。
「まったく、お前は変なところまでリンゴそっくりだな。我慢は美徳かもしれんが、余計な我慢は身体に悪すぎるぞ」
「僕、そんなに我慢してないです」
ムッとしてジャンゴは言い返す。その顔を見て、スミスは今度は苦笑した。
「その顔も、リンゴにそっくりだ」
……ジャンゴは何も言い返せなくなった。
仕事があるから、とスミスは早々に帰っていった。ジャンゴは見送ろうと思ったが、具合が悪化するから、とサバタがスミスを見送った。
氷のうを取り替えてもらうと、ジャンゴはうとうとと眠った。
浅い眠りの中、ジャンゴは何回も夢を見た。
だが、夢うつつの中で何の夢を見ていたのか、ジャンゴは目を覚ますたびに忘れてしまった。
ジャンゴがはっきりと目を覚ますと、もう日はかなり傾いていた。
スミスが見舞いに来た時は昼に近かったから、3時間以上は寝ていたことになる。昼御飯を食べていないのだが、空腹感はなかった。
兄は居間で本でも読んでいるのだろうか。物音が一つもない部屋は、ジャンゴにあの日のことを思い出させた。
(何かが分かりかけてるんだ。壁を壊さなくちゃ、きっと分からないまま……)
手探りでかき集めた答えの欠片は、まだ完成まで至ってない。その最後の欠片は壁の中にある。
乗り越えるのではだめだ、壊さなくては……。
遠くで家のドアをノックする音が聞こえた。
サバタが来客者を迎える音を聞きながら、ジャンゴは慌てて寝たふりをする。
話し声がする。…見舞いに来たのか? …寝てるかもしれんぞ。
……どうやら、一方的にサバタが話しかけているようだ。来客者が何も話さないのは気になるが、起き上がってこっそり見るわけには行かない。
がちゃり。部屋のドアが開かれた。唐突な光に、ジャンゴは硬く目を閉じる。
「寝てるだろう? 見舞いに来て悪いが、何も話せないぞ」
サバタの声。来客者はそれでもいいらしい。無言でジャンゴの側まで来た。
氷のうがはがされ、おでこにひやりとした感覚。スミスがやったように手を当てているのかと思ったが、感覚が微妙に違った。ちょっと硬い。
おでこの妙な感覚はすぐに消え、布団を直された。氷のうもまた乗せられる。
「もういいか?」
サバタが声をかけると、来客者は部屋を出た。
サバタがジャンゴの側に来る。
「……もういいぞ」
「ごめん。今は話したくなくて」
「だろうな」
サバタはそう話を切って、リタの見送りに行った。