「寂しい?」
イモータルが問いかける。
「……どういう事?」
ジャンゴは相手の真意が分からず問い返した。
日捲りのカレンダーが、また一枚捲られた。
日が昇るたび、リタはジャンゴも同じように昇る日を見ているのだろうかと思う。
あの太陽は、今彼に力を与えているのだろうか? それとも……
サン・ミゲルから遠く離れた北の地。
日の出と共にジャンゴは目を覚ました。身体を大きく伸ばして、眠気を追い払う。
「目が覚めたか」
おてんこさまがジャンゴの顔を覗き込む。心配そうな顔をしているあたり、そうとう自分は暗い顔をしているのだろう。
笑顔を作って、ジャンゴはおてんこさまに言う。
「大丈夫だよ。すぐに終わる」
ミスさえしなければ、とジャンゴは心の中で続けた。
一つのミスが命の危険につながることを、エターナル騒動でジャンゴは身にしみてよく分かっている。だから、ミスは許されない。
命はかけるものだが、捨ててはいけない。
ガン・デル・ソルのグリップを握り、ジャンゴは固く誓った。
帰るべき場所がある限り、僕はまだ死にたくない。
待っている人がいる限り、僕はまだ生きたい。
「そうだな」
おてんこさまはそれ以上追求しなかった。
イモータルがいるらしい廃墟は、もう目と鼻の先である。
サン・ミゲル。
果実の収穫のため、リタは太陽樹の元にやって来ていた。たわわに実る果実はどれも美味しそうで、食欲をそそる。
リタはその一つをかじってみた。
しゃり
みずみずしい音と共に、甘酸っぱい味が広がる。ちょうどいい時期に収穫できたので、味も新鮮さも申し分なかった。
(そういえば、ジャンゴさまはちゃんと太陽の果実を持っていったのだろうか)
果実をかじりながら、リタはふとそんなことを思った。
体力を回復させる大地の実、精神力とエネルギーを復活させる太陽の実、速度を上げる速さの実、その他たくさん。
どれもジャンゴの旅と戦いをサポートする大事なアイテムである。ダンジョンにもぐる時、ジャンゴは必ず補充にやってくる。だが、今回は。
倉庫に保管してある物を持っていったのだろうか。だったら腐ってしまってないだろうか。心配は尽きない。
(今更心配しても、もう遅いでしょう?)
すぅすぅと乾いた風と共に、誰かの声が聞こえた。
果物屋を開店させると、リタは忙しくなる。最近はサン・ミゲルから逃げていた住人も戻ってきているらしく、客は増える一方だ。
リタは客を相手にしている時が好きだ。他愛のないおしゃべり、ちょっとした噂。それら全てが楽しい。中にはマナー知らずの客もいるが、それらは全員『丁重に』お帰り願っている。
(しばらくこのまま客の相手だけしていたい)
リタはそう思う。客の相手をしていれば、ジャンゴのことは考えなくてもすむ。いつ帰るかわからない彼の安否を気遣わなくてすむ。
客もそんなリタの気持ちが分かってしまったのか、誰一人としてジャンゴの話は一切持ち出さなかった。
「寂しい?」
イモータルが問いかける。
「……どういう事?」
ジャンゴは相手の真意が分からず問い返した。
ダンジョンはいたって単純だった。
昔だったら苦戦していたのかもしれないが、今のジャンゴにとってそのダンジョンは物足りないくらいのものだった。
簡単なパズルを解き、弱いアンデットを追い払い、ついに相手を追い詰めた時、ジャンゴは一つの問を投げかけられた。
「待たされるのも寂しければ、待たせてしまうのも寂しいの」
「何でそんなことを!」
「だって、私も貴方と同じ」
イモータルは寂しげな笑顔を浮かべた。
「どんなに待っても、あの人は帰ってこない。どんなに待たせても、あの人は待ってくれない」
闇の刃がジャンゴを襲う。
「……寂しいの。だから……」
視線が、最初から置かれてあった棺桶のほうを向く。
「……保存しているの。あの人を。いつか蘇らせる時まで」
棺桶には、一握りの灰だけがあった。おそらく、パイルドライバーで浄化されたもの。
ジャンゴはその灰から目を背けた。
「……僕はあんな風にはならない」
ガン・デル・ソルを構えなおして、静かにつぶやく。
「あんな風にはさせない」