寂しい気持ち・3日目

 パイルドライバーが発動する。
 差して抵抗もなく、イモータルは浄化された。

 ジャンゴの心の中に、永遠に浄化されることのないモノを残して。

 

 ぺらり。

 7枚目のカレンダーをめくった。

 早朝。
 からんからん、と軽い音を立てて、果物屋の扉が開かれた。品物の整理をしていたリタは、扉のほうを見て目を丸くする。
「……ジャンゴさま!?」
「…やあ」
 果物屋に入ってきたのはジャンゴだった。一週間の長旅の疲れか、顔がどことなくやつれ、目が陰っていた。
「ただいま」

 なぜかリタは「お帰りなさい」が言えなかった。

 黙々と仕事を続けるリタに、ジャンゴはぽつりぽつりと話しかけた。
「誕生日、お祝いできなくてごめん。日にち変えようって、最後まで相談したんだけど……駄目だった」
「…そうですか」
「ごめん。本当に」
「いいですよ。仕方なかったことなんでしょう?」
「でも」
「もう気にしてませんから」
 話は強引に断ち切られた。
 お疲れでしょうから、とリタから手渡された林檎を見つめながら、ジャンゴはもっと別の言葉が言いたかったんじゃないのか、と考えていた。

 ――寂しい?

 あのイモータルの言葉がリフレインする。
 浄化された後に残っていた日記は、彼女とその恋人がイモータル化するまでのことが書かれており、ジャンゴの心に大きな重石を置いた。

 ――僕はあんな風にはならない。あんな風にはさせない。

 あの時ははっきりと答えられたが、今同じ問を投げかけられたら、はっきりと答えられるのだろうか?
 その答えが見つかる前に、ジャンゴは林檎を食べきってしまった。
「……ご馳走様」

 果物屋を出て、ようやくジャンゴは気づく。
(僕が言いたかったのは、『無事でよかった』ってことだったのかもしれない)

 振り返ってみると、果物屋がやけに遠く感じた。

 ジャンゴが帰ってきた翌日。
 宿屋ではサバタとザジが、最近のジャンゴとリタの様子について色々話していた。
「どや? 最近のジャンゴは」
「……天気で言うなら曇りのち雨と言ったところか」
「太陽少年らしくあらへんな。ま、それを言うならリタも同じなんやけど」
「寂しさ、か…」
 サバタの目が、遠くにいる“誰か”を映す。
 一人で生きていけたら気楽だと思う。だが、一人で生きていくほど辛いものはない。サバタはそれを良く知っていた。
 凍りついた心を溶かすほどのぬくもりを、彼は「彼女」から与えられてしまった。
(お前も、そうだったのか?)
 今は亡き少女に問いかける。答えは帰ってこないことを知りながら。
「サバタ?」
 ザジに声をかけられ、ようやくサバタは物思いから戻る。
「一応、こないだの件は終わったらしいが、あんな上っ面の言葉じゃ意味がないだろうな」
「そやな…。おそらく二人とも、それが分かってるはずや」
 空を見る。
 雲ひとつない快晴だったはずが、東の空に少しずつ雲が出始めている。

「いいかジャンゴ。イモータルは一枚岩ではないのは分かってるな? ヘルやダーインの時はグループだったが、おとといの奴のように個人で活動しているのもいる」
「……」
「はぐれイモータルとも言える彼らは、あくまで個人で行動しているが、その下僕がいないわけではない」
「……」
「はぐれ者が厄介なのはその点だ。彼らは手駒を数でそろえてくる。しかもその手駒はたいてい命令者がいなくても、勝手に活動するものばかりなんだ。分かるか?」
「……分かんないなぁ…」

 ひるひるひる…ぽて

 ジャンゴの返してきた答えに、おてんこさまは脱力して落ちた。
「ジャンゴ~!! 太陽仔であるお前が分からんとはどういうことだ~!」
「……何を言いたかったのかな、僕は……」
「……はぁ?」
 ジャンゴの独り言で、ようやくおてんこさまは彼が別のことで悩んでいることに気がついた。
「いったいどうした?」
 帰ってきてからと言うもののずっと暗い顔のジャンゴに、さすがのおてんこさまも事の一大事さを感じたらしい。ジャンゴの顔を真剣な顔で覗き込む。
「……うん。リタのことで」
「大地の巫女?」
「ねえ、おてんこさま……」
 ジャンゴはおてんこさまに何かを聞こうとするが、すぐにやめた。
「どうした? 何か気になることでも?」
「……なんでもない」
 おてんこさまはいまだ暗い顔のジャンゴを見て、たった一言だけ告げた。

「こういうものは、自分の力でどうにかするしかないぞ。お前の心の中の問題なんだからな」