何もない無へと帰ったはずだった。
自分はフートの思念の欠片が集まって出来た、いわばダークの望んだ新人類の出来の悪いレプリカ。いずれはフートの元へと帰るモノ。
だから、自分が自分だと理解できる時がもう一度来るとは思っていなかった。
それが起きた原因は全然わからない。何かを残していたのか、ただのソルの気まぐれか。
ただ、自分はここに「在る」。これだけははっきりとしていた。
なぜ?
どうして?
問いかけても、答えは来ない。
答えが来ないのなら、どうすればいい?
自分がどうすればいいのか解らない時は、何をすればいい?
――おまえ自身が決めろ
決める。自分がしたい事を、やってみる。
かつてわずかな時間の間に、全てを賭けて成すべき事をしようとしたように。思いつくことを全て試してみた、あの時のように。
目を開いた。
世界が見えた。
手を動かしてみた。
自分の思うように手は動いた。
そして、彼は動いた。
フートが見せた攻撃の中で、必殺技と言っていいほどの威力のある技がある。
防御を無視した乾坤一擲の一撃で、食らえばほぼ確実に相手は倒れるが、その代わりフートへの反動もかなり凄い。
初めてこの技をシャレルたちの前で見せた日、フートは父ジャンゴ直々に「この技はあまり使うな」と言われたほどだった。
今のフートならその一撃で全てを終わらせようとするが、フート=レジセイアならこれ一発では終わらない。……終わらせてくれない。
これに対抗すべきなのは何か。
(簡単じゃん)
あまりにも簡単すぎて呆れてしまう。太陽仔として、魂に刻み込まれている事。きっと、父から最初に教わった事。どの言葉よりも先に、口をついて出る言葉。
フート=レジセイアが斧を振りかぶった。
「死……」
「太陽おおおおおおおおおおおお!!」
少女の手の中で、凝縮された太陽がはじけた。
「っ!?」
自分の魂が自分の器――肉体に戻るのは一瞬だった。
シャレルは意識が戻った瞬間、飛び跳ねるように起きる。唐突な目覚めに周りの人間――ああ、もう誰がいるのかすら認識できない!――が驚いているが、今はそんなのは関係なかった。
まだ眠ったままのフートは、見た目上は安らかな寝顔だが、シャレルにはそれがダークによって押さえられているとすぐに悟ることが出来た。
さっきのライジングサンで何とか奴を抑えることは出来たが、ダークはまだフートの中に残っている。これをどうにかしない限り、フートはいつまでもダークに捕らわれたままだ。
ダークを追い出す方法はただ一つ。パイルドライバーのみだ。
「姉様、急いで広場に!」
「え? あ、ああ」
事情を何一つ説明しなかったが、姉はすぐにうなずいてくれた。
パイルドライバーは、本来おてんこさまのみが設置できる技なのだが、サン・ミゲルでは過去に設置された方陣がそのまま残っている。アンデッドたちもこれだけは破壊できなかったのだ。
フートには悪いが、棺桶の中に入れて方陣の中央へと引きずっていく。パイルドライバーは、棺桶が起動スイッチになっているからだ。
がちゃんと音が鳴り、パイルドライバーが設置される。空には太陽がやや西寄りで輝いているが、長期戦にならなければ問題ではない。
「……いいのか?」
成り行き上ついて来たリッキーが、シャレルに問う。
「ダークがそれで倒れるとは思えぬ。逆に彼奴の侵食を進めるだけかもしれんのじゃぞ?」
「大丈夫だよ。もうダークに、そこまで干渉できるほどの力はない」
「根拠は?」
今度の質問はブリュンヒルデだ。
彼女は知らないが、ダークやソルは時間に干渉されない精神体だ。それゆえ時間という形には弱く、人の魂そのものをどうにかする事は出来ない。
だから彼らは、戦争ごっこをする時に人々に太陽仔やイモータルの作り方を教えざるを得なかったのだ。
フートの魂に取り付いているだけの今、彼の魂が強ければダークを何とかできる。そして、そのフートの強さは、シャレルが太鼓判を押せるほどだ。
大丈夫。やれる。
「太陽おおおおおおおお!!!」
太陽パイルが放たれた瞬間、棺桶が開いて中に存るダークが飛び出す。そして、シャレルの近くにゆらりと黒い影が現れた。
「なっ!?」
「フート!?」
そう。それは黒い影ではあるが、確かにフートだった。
ダーク……フート=レジセイアの残留思念が凝り固まり、この地獄から逃れようと足掻き始めたのだ。
ぶおん、と野太い音が鳴り、斧が狙いを砕こうとする。その狙いは、シャレルよりもパイルドライバーにあるようだ。
「させるか!」
シャレルがガン・デル・ソルを撃つと、残留思念はあっさりと狙いから離れる。
かと思うと、軽いステップから鋭い回し蹴りが唸り、しゃがんだシャレルの上で空気が切り裂かれた。逃げ切れなかったマフラーの切れ端が散り行く。
隙が出来たと見て取り、もう一度ガン・デル・ソルを撃つ。至近距離からの太陽の弾は避けられず、フート=レジセイアは大きく吹っ飛んだ。
だがシャレルは知っている。相手は後ろに跳ぶことでダメージを上手く抑えていた。この攻撃は、クリーンヒットになっていない。
『未熟ナ……』
フート=レジセイアの口元が歪み、斧が大きく振るわれた。
巻き起こる衝撃波に、攻撃したばかりの姿勢のままだったシャレルはなすすべもなく吹っ飛ばされる。パイルドライバーの方もダメージを食らい、太陽パイルが少しだけ弱まってしまった。
「ちっ!」
すぐに弾を撃って威力の底上げをし、跳ねる勢いで立ち上がる。その間、わずか2秒。
――だが、フート=レジセイアにとっては重要な2秒。
もう一度、斧が振るわれる。その斧の狙いは、間違いなくシャレル。
「くっそぉぉ!!」
ガキィィィッッ!!
剣と斧がぶつかり合う音が、魔方陣の外にいるレビたちにも良く聞こえるほどに木霊する。
普通なら細身なシャレルの剣はすぐに斧で砕かれるだろうが、今は霊力全てを込めて補強してある。たちまち凄まじい鍔迫り合いが始まった。
その間太陽パイルは順調にフートの身体を焼き、中に潜むダークを浄化しようとしているが、今の二人にとってそれは些細な問題でしかなかった。
どちらが勝利者となれるか。それだけがこの二人の信念であり、正義であった。
そう。あのダークも、戦って相手を倒す事に全てをかけていたのだ。イモータルを操り、ソルと共に自分の好き勝手にゲームを進めていたダークですら、力と力のぶつかり合いの前には、感情を持つ者に過ぎなかった。
視線が激しくぶつかり合い、次の瞬間には互いに大きく離れる。シャレルの方は力強く駆け出したが、フート=レジセイアはその場に踏みとどまった。
(踏ん張って耐えるつもりか!)
迂闊に動き回れば太陽パイルに巻き込まれる。ダメージの少ない場所を陣取り、有利に戦いを展開するつもりだろう。
そこでシャレルは距離を重点に置いた大ジャンプをして、相手の後ろに回りこむ手を取った。相手の間合いに入る一歩手前を読んで、大きく跳躍する。
着地してすぐに振り向く勢いで、剣を横に薙いだ。
『ぬグッ!』
(まだ浅い!)
剣は確かにフート=レジセイアを捕らえたが、とっさにかばっていた左腕を掠めた程度。舌打ちしながらも、シャレルは一歩踏み込んで剣を振るった。
今度は流石に斧で上手く捌かれるが、それで立ち止まるつもりはない。また一歩踏み出して、同じように剣を振るう。止まる事のない剣戟に、フート=レジセイアが一歩後ずさった。
奴の足が大きく動いたのを見て、シャレルは内心笑う。このまま追い詰めれば、自然とフィールドはこっちが有利となる。
「終わりだよ、レジセイアッ!!」
勢い任せに鋭い突きを繰り出すが。
『頭ニ乗ルなッ!!』
一喝と共に放たれたエネルギーに押され、フート=レジセイアよりも大きく後ずさる羽目になる。余波なのか、シャレルの足元に一枚の羽根が落ちた。
振り出しに戻ってしまったが、それならもう一度やるまでだ。そう思ってシャレルがまた一歩踏み出そうとするが、その足がぴたりと止まった。
止められたのではなく、止まった。
それは、フート=レジセイアの体がぼろぼろと崩れようとしているからだった。激しい戦いを繰り広げた目の前の存在は、あくまで影でしかない。その影が、徐々に力を失っている。
本体であるフートの体から、ダークが浄化されていく証明だった。
影は徐々に消えようとも、シャレルは剣を構えたまま警戒を解かない。完全に消滅するまで、何が起きるかわからないのだ。
『う、ウウう……』
フート=レジセイアは膝をつきながらも、歯を食いしばって浄化の痛みに耐えている。斧を何とか握ろうとしているが、力がついて来ずにがたがたと震えていた。
『グウうう……ぬおっ!』
必死になって立ち上がろうとしているが、太陽の力には叶わないのだろう。ついには大きく倒れた。
それからしばらくは何の動きもないので、恐る恐る近づくシャレル。影と棺桶どっちに行くか少し悩み、棺桶の方を覗く事にした。
剣で叩いて反応がないのを確認してから、そっと棺桶に手をかけた。その瞬間。
ひゅっ
空気が抜けるような音と共に、何かが飛び出してきた。
避ける暇もなく、ただ身体を丸めて防御体制を取ったが、ダメージどころかインパクトもない。
恐る恐る目を開けて……その目が丸く見開かれた。