ボクらの太陽 Another・Children・Encounter33「行く道絶望的」

 完全に崩れ落ちたエフェス=レジセイアの中に、エフェスの姿はなかった。
 取り込まれた以上、無事でいられるとは思っていなかったが、まさか一緒に浄化されるとは思っていなかった。結局、自分はまた救えなかった。
「……くそっ……」
 いらだつ思いは足に出て、爪先で何度も土を削る。その隣にいるおてんこさまも止めることはせず、ただイライラと辺りを見回していた。
 と。
 風もないのに、なぜかそこらが揺らいだ気がする。揺らいだところを見てみると、ぼんやりと赤いもやみたいなものがそこにあった。
 赤いもやはシャレルの視線に気がつくと、ふわりと消え去る。まるで、そのまま空間転移をしたかのように。
「……エフェス?」
 シャレルの声は、もう何もないこの場にただ広がるだけだ。やっぱりただの幻か、とため息をつきかける。と。

「やっぱり、まがい物の器じゃあこれが限界よねぇ」

 うふふ、と余裕の笑みと一緒に、一人の女が空間転移して来た。
 妖艶な美貌を持つその女は、イメージからしてメナソルやオヴォミナムと同じイモータルだと悟らせる。どうやら、暗黒仔候補の一人らしい。
「何者だ!」
 さっそくおてんこさまが女に向かってつっかかる。女はおてんこさまの燃える怒りのまなざしをさらっと避けて、シャレルの方に視線を移した。
「なるほど、あのオヴォミナムの坊やとかが目をつけるのも解るわねぇ。こんなかわいこちゃん相手に戦おうだなんて、まず考えないもの」
 見ず知らずの相手にそこまで言われても、どう反応していいのかわからない。シャレルは困った顔で頭をかいた。
 女はそんなシャレルの態度を見て、ますます関心を持ったらしい。「素直な娘ね」と、また褒めた。
(一体何が言いたいんだろ)
 真意が読めずに、シャレルは頭の中で首をかしげる。顔見せだけだとしても、何故今に? それとも別の理由があるのか?
 顔に出ていたのか、女はこっちを見て肩をすくめた。
「ご挨拶が遅れたわね。私は魔の一族の一人、ブルーティカ。三人が倒れた以上、私が最後の暗黒仔候補ってことね」
 つまり、彼女さえ倒せば一応ダークの目論見を潰した事にもなると言う事か。シャレルの手は、ゆっくりと剣の柄へと動く。
 だがブルーティカもその動きが見えていたらしく、はぁーっと呆れたようにため息をついた。
「短気ねぇ。こっちはただの顔見せ。こんなところまで喧嘩するつもりはないの。後それから」
 ブルーティカの指が鳴った。
 空間の歪みと共に現れたものを見て、シャレルは目を丸くした。黒い鎧に、色白の肌の少年。
 間違いなく、自分が探していた相手の一人だった。
「フート!」
 シャレルは少年の名前を呼ぶが、彼からの反応はない。硬く目を閉ざしている事から、どうやら意識を失っているようだ。
 おてんこさまはフートの存在をあまり知らなかったので、見た目がイモータルやアンデッドを思わせる彼を見て呆然としている。
 ブルーティカは二人の反応に満足したらしく、「あらあら、お知り合い?」とわざとらしく聞いてきた。
「だったらごめんなさいねぇ。でも、この子は『生者でもなく、不死者でもなく、死者でもない』、理想の子だから、ね」
「!!」
 シャレルの頭の中で、ようやくキーワードの一つが形となった。
 生者、不死者、死者。これら三つに当てはまらないもの。その存在を、彼らは探し続けていたのだ。そしてその条件に合うのが、元アンデッドであるフート。
 そして読みが当たっていれば、フートはダークを降ろすための器だ。エフェスがエフェス=レジセイアに成り果てたのと同じように、フートもダークに乗っ取られれば…。
「フートを離せ!」
 シャレルは剣を抜いて威嚇した。どすの聞いた声が出せればよかったが、あいにくそんな声が出せるほど声が低くない。
 そんなシャレルのまなざしを受けたブルーティカは、挑発的にフートを抱えると、にまりと笑う。
「あん、そんな事言われてもダ・メ。この子は、ダークを呼び込むための大事な生贄ですもの。そうそう渡せないわん」
「ふざけるな!」
 フートが何であれ、ダーク降臨を防ぎたいおてんこさまも叫んだ。しかしブルーティカはもう聞く耳持たずで、背中を向けると二人に手を振った。
「それじゃ、ごきげんよう。お嬢ちゃんたち」

 

 ブルーティカが完全に消えた後、ようやくレビがやって来た。
「何があった!?」
 シャレルの形相を見てすぐに何かあったのを悟ったレビは、同じくらい険しい顔をしているおてんこさまに尋ねる。おてんこさまは解らないなりに頭をひねって、ようやく答えた。
「アンデッドの少年が連れさらわれた」
「……フートが!?」
 最初誰の事だか解らなかったが、しばらくして誰だか悟る。太陽都市で行方不明になっていたが、どうやらイモータルが捕らえていたらしい。
 しかし何故フートがさらわれたのか解らないレビは首を傾げるが、シャレルがぼそっと「ダーク降臨の条件にあってるんだよ」と答えた。
「フートは生者でも死者でも不死者でもないから」
「……なるほどな」
 どの条件にも満たさない特別な存在だからこそ、ダークは目をつけたのだろう。おそらく、暗黒城で会った少年――エフェスも同じだ。
 シャレルが怒るのも無理はない。彼女にとってフートは守るべき存在であり、かけがえのない者なのだ。それを奪ったイモータルを、今すぐにでも叩き潰したいだろう。
 だがフートを連れさらったイモータルの行方が解らない以上、どうすればいいのか解らない。シャレルがイライラしているのはそれもあるようだ。
 一旦、サン・ミゲルに戻った方がいいかもしれない。自分たちではイモータルの行方は突き止められなくても、あの二人なら何か突き止めることが出来るかもしれない。
「サン・ミゲルに帰るぞ。愚妹」
 レビはシャレルの肩を叩いた。

 

 目覚めの時は近い。
 そして、かつてとこれからが交錯する。
 監視する者と、監視される者。
 選ばれたのは、どっちなのか。

 

 サン・ミゲルに残っていたリッキーは、ブリュンヒルデと共にその地下を歩いていた。
「どうしても調べたい事がある」
 と彼女が言うので、やる事もなかったリッキーはついて行く事にしたのだ。
 暗黒街から裏道へと入り、やがて地下へと行く。サン・ミゲル出身でもないはずなのに、ブリュンヒルデの足取りは確かで、確実に目的地へと向かっているように見えた。
(まあ、これほどの瘴気、イモータルなら迷うことはなかろうて)
 ドゥラスロールの残滓はもうほとんどない。それなのに、リッキーですら感じられるほどのこの瘴気は、最近この辺りにイモータルが来たと言う事だ。
 おそらく、ブリュンヒルデの言う裏切り者の放った瘴気だろう。彼女らに追跡されないように用心深く活動していた、と聞くが、どうも目的達成の充実感から周りがおろそかになっていたようだ。
 そんな事をぼんやりと考えていると、ブリュンヒルデの足が止まった。
「目的地か?」
「…だと思う」
 リッキーはブリュンヒルデの後ろを歩いていたので、前が全然見えない。彼女の前に立って、彼女が言いよどんだ意味を理解した。
 そこは地下礼拝堂だったのか、無闇に大きな広場だった。申し訳程度に置かれていた家具は全部吹っ飛んでいて、誰かがこの場所を荒らしたのがよく解る。
 術とは違う何かを感じ、リッキーは辺りを調べ始めた。あいにくここは色々な瘴気が渦巻いていて、どういうのが何人いたのかがさっぱり解らない。
 ブリュンヒルデも同じようで、あちこち調べては首をかしげている。一体ここで何が起きたのか。そして誰がいたのだろうか。
「……む?」
 調べている間、杖が絶え間なく震えているのに気がついた。リッキー自体の手が震えているのではなく、杖がここに残っている何かを感じて怯えている。そんな感じだった。
(イモータルが一人二人現れた程度で、杖が大きく反応するものかのぅ?)
 精霊の力が宿るこの杖は、イモータル程度で反応しない。その杖がここまで怯えていると言う事は、それ以上の何かがここにいたと言う事だ。
 一体何が、と考えてすぐに答えは出た。銀河意志ダーク。
 直の降臨は、ガセネタではなかったのだ。イモータルはダークの器にふさわしい存在を探しだし、ダークはその器を使ってこの地に降臨した。
 ブリュンヒルデの方を向くと、彼女もそのことに気づいたらしく顔が真っ青になっている。「何て事してくれたのよあいつ!」と、知らない誰かに向かってかんしゃくを起こしていた。
「どうする? シャレルたちに教えるか?」
「知ってるでしょあの子は。それより、ダークの行く先を突き止める方が先決よ!」
 一理ある。
 手がかりを探そうとまたあちこち見回そうとして、リッキーはあることに気がついた。
 崩れた羽根と一緒に、銀の糸があちこちに散らばっている。糸は細く、そして頑丈だった。
「魔の一族の糸ね」
 ブリュンヒルデに見せると、彼女はそう断言した。
「細くて頑丈。それでいて人を操るのにぴったりな色。こんなの魔の一族しか使わないわよ」
 かつてヴァナルガンドを操ろうとしたラタトスクが、この糸を好んでいたという。操ることに長けた彼は、この糸一つで様々なものを操っては自分の筋書き通りに事を進めた。
 と言う事は、ここには魔の一族がいたと言う事だ。ダークを降臨させたのはそいつなのか。
「それは違うわよ。たぶん魔の一族の奴は、後から来たんだと思う」
 イモータルである彼女は、ある程度瘴気の違いがわかるらしい。彼女が言うには、自分の一族の裏切り者がダークを降臨させ、そのダークにやられたらしい。
 自業自得と言うか何と言うか。ダークはあくまでイモータルを手駒としか思っていない。役目が終われば、さっさと捨てられるのがオチなのだ。
 魔の一族や影の一族、死の一族なら知っていたかもしれないが、冥の一族の者はそれを知らなかったのだろう。哀れ裏切り者はダークに無残に捨てられ、完全に消滅させられたわけだ。
 しかしそこまで解っても、ダークやその魔の一族の行方が解らないのでは、全く意味がない。もう少し手がかりはないものか、とまた探し出す。
 十数分探して、二人は手がかりを探すのを諦めた。さすがに、そうほいほいと手がかりは出るわけがない。