ボクらの太陽 Another・Children・Encounter32「最終適格者」

 話はエフェス=レジセイアとシャレルたちが戦っていた頃までさかのぼる。
 一人彷徨っていたフートは、とある場所で休憩をとることにした。日差しも都合よくさえぎってくれているので、大の字になって身体を休める。
 サン・ミゲルを出て、もうどのくらい経ったのだろう。正直、時間の感覚はもうほとんどないので、いつサン・ミゲルを出て、いつからこうなったのか解らなくなっていた。
 自分の記憶が、ばらばらになっている。その先には、一体何があるのだろうか。
「……人の魂は、何なんだろう……」
 ぼそりとつぶやく。それは生まれてからずっと、疑問に思っていたことだった。
 人の魂の中に、全く違った別の人の魂が入ったり、大いなる力の前に抗う事ができたり。どんなに考えても、人の魂と言うのだけは解らなかった。
 昔から、人の意志が様々な軌跡を呼び起こしたと聞く。その意志はかつて本能的に王と刷り込まれていた銀河意志ダークや、その敵である太陽意志ソルと同じなのだろうか。
 ならどんなに人の意志が強固であっても、ダークには負けるはず。なのに、過去にはそのダークの力を押しのけて奇跡を起こした人間がたくさんいた。
 太陽仔と月光仔。その二つが主に奇跡を呼んだという。ならその二つが消えたら?
 何らかの形でその一族が滅んだら、世界はどうなる?
 世界が滅んだら、自分たちは? いや、自分はともかく、イモータルやアンデッドは? 彼らはどの場所でも生きていけるというのか?
「滅べば、命はどうなる?」

「ダークの思い通りってことは確かね」

 ふと漏れた疑問は、不意に現れた女が手短に答えた。
「!? お前は?」
 敵の存在にようやく気づいたフートは、身体を起こして身構える。嘲るような笑みを浮かべる女は、犯罪的なまでに魅力的で、それでいて妖艶だった。
 濡れた唇に指を置く様も艶っぽく、男なら誰でも目を引くだろう。だが、まとっている雰囲気は誰もが後ずさりするほどどす黒い。
 間違いなく、彼女もイモータル――それも上級のだ。慌てて武器を構えようとして……愛用の日傘がないことに気がついた。
 女はそんなフートを見て、笑みを深くする。ぱちん、と軽く指を鳴らすと、愛用の日傘が虚空から現れた。隙丸出しでそれを拾いに行くフート。
「ダメよ、坊や」
 ぱちん、ともう一回指が鳴らされた。それにあわせて、フートは何物かに足をすくわれ、派手に転んでしまう。一瞬足に感じた痛みで、足をすくったものの正体がわかった。
(操り糸!)
 フートの目が見開かれる。アンデッドだった時の記憶にある、創造主だったイモータルの一族の一つが、この糸を武器としていた。
「ご名答よ、坊や」
 またフートの考えを読んだ女が、投げキッスを送る。それによって足に絡まった糸が切断するまでにきつくなった。ひょいっと腕を引くと、引っ張られたフートは空に投げ飛ばされてしまう。
 反撃の機会をうかがっていたので、武器は手放さない。逆にそれが仇となった。
 もう一つ糸が飛び、武器に絡まる。切ろうとする前にまた投げキッスが飛び、今度は糸から電撃が流れてきた。
「うっ!!」
 さすがにこれは耐える事ができず、フートは武器を落としてしまう。
(……シャレル……!)
 脳内で少女の笑顔が形作られる前に、意識が闇に沈んだ。

 目覚めは唐突で、そして最悪だった。
 生臭い臭いがしたので辺りを見回してみると、肉塊があちこちにごろごろと転がっている。今だ乾いていない血が、夜あった出来事を生々しく物語っていた。
 慌てて自分の服を見てみるが、こっちは返り血一つ浴びていない。むしろ綺麗になった気がしてぞっとした。
(このままじゃあ、本当に世界の全てを破壊してしまう!)
 止めない限り続く破壊と殺戮。止めたいのに、止めることができない自分。その現実に、リタは泣きそうになった。
 ジャンゴに頼らずに何とかしようと思っていたのに、これではジャンゴに迷惑をかけるだけだ。一体自分は何のために、サン・ミゲルを出たのだろうか。
 もうそのサン・ミゲルには帰れない。永遠に、この暗い闇を抱えて生きていくしかないのだろうか。

 ――コノ闇コソガ、新タナル意志。

 闇がにやりと笑った気がする。
 典型的な闇の意志だが、力が尋常ではないほど強いので、逆らうだけで手一杯だ。とても皮肉などを返せる余裕はない。
 苦しい。辛い。でも、助けては絶対に言えない。
 リタはふらりと立ち上がり、また歩き出す。今は死ぬ事ができずとも、必ず自分ごとダークを何とかしなくてはならないから。
 ダークが入り込んだこの身体をどうにかしないと、世界は滅びてしまうのだ。

 ただがむしゃらにあちこち探すと言うのも、結構疲れるし、手がかりはないもの。丸一日バイクをかっ飛ばしたジャンゴは、そういう結論を出した。
「やっぱりもうちょっと情報を集めればよかったか…」
 今更後悔しても後の祭り。もうサン・ミゲルに戻るには丸一日かかるほどの距離まで来てしまったし、その間にもリタはどんどん自分たちから遠ざかろうとするだろう。
 今は走るしかない。リタが無事なのを祈って、前へ進むしかないのだ。
 そんな中、ジャンゴは荒れた街へとたどり着いた。昼でも暗く、住人たちの目は落ち込んでいる。サン・ミゲルよりは荒れ果てていないが、住人たちの活気差はサン・ミゲルより下だった。
 ヴァンパイアやイモータルにとっては動きやすい街だろうな、と思いながら、ジャンゴはバイクから降りて街を探索する。住人たちはやってきたジャンゴに不振な視線を向けるが、それだけだ。
 当然のことながらロクな情報は得られず、このまま別の街へと行こうかと思っていた時、鼻が異臭を捉えた。聞いてみても「どうせ路地裏で喧嘩でもあったんだろ」と、そっけない。
 喧嘩にしては血生臭いと思ったので、ジャンゴはその臭いをたどって路地裏へと入り込んだ。こういう場所では変なのに目を付けられないように、ダークジャンゴで歩く。
 血の臭いが一番きついところにたどり着き…目を見張った。
 人間だったモノがあちこちに散乱し、それら全てがまだ血を流している。気の弱い人間だったら、その光景を見ただけで死んでしまうのではないか、と思えるほどの地獄絵図が広がっていた。
 鼻が壊れそうなほどの異臭にむせそうになりながら、ジャンゴはその遺体を調べていく。どうも無造作に引きちぎられたりと、ひどい方法で殺されていったようだ。
「ん?」
 調べていく中、ジャンゴはどこかに続いていく血の痕を見つけた。様子からして、犯人が歩いていった後だろう。
 どうも痕を消す事すら忘れていたらしいその犯人は、乾き具合からしてまだ近くにいる。ジャンゴはトランスを解除してその痕を辿って行った。
 血の痕はそのまま路地裏の深いところまで続いている。混乱してどこに行っているのか解っていないのか、それとも逃げるつもりでいるのか。
 やがて。
「……いた!」
 ふらふらと歩く人影を見つけた。血の痕からするに、おそらく犯人だろう。ジャンゴは足を速めて、相手を追い詰める。
 人影がよく解るようになっていくにつれ、ジャンゴの目が大きく見開かれていく。ふらふらと歩いていく人影は、見覚えのあるものだった。
 暗がりで顔までは解らないが、確かにその影はリタだった。何かに取り付かれたようにふらふらと歩き、どこかへ行こうとしている。
「リタ!」
 その肩をつかんでこっちに引き寄せたジャンゴは、彼女の変わりっぷりに絶句してしまった。
 顔はやつれはて、目にいつもの光はない。手から血が滴り落ちているのにもかかわらず、彼女の身体は返り血一つなかった。
 よく手を見ると、血塗られたナイフがある。
「…ジャンゴさま…?」
 ナイフについてもっと調べようと身体を近づけると、それでようやくリタがこっちに気がついた。うつろなまなざしを向けられ、ジャンゴは焦ってしまう。
(…あれ?)
 と、ジャンゴはリタの顔を間近で見て、少し違和感を覚えた。
 一瞬だが、彼女の髪が赤く染まり、その目が漆黒になった気がしたのだ。
 リタは大地を思わせる茶色の髪と、森林の緑の目だ。間違っても、血のような赤い髪や闇を思わせる黒い目は持っていないはずなのだが…。
 考えていると、ぼんやりとしていたはずのリタが、急にジャンゴから離れて逃げようとする。ここでまた行方不明になっては叶わないので、ジャンゴはその腕を急いで掴んだ。
「どこ行くんだよ!」
「…いや! 来ないで!」
 パニック状態のリタをなだめようと、ジャンゴは強引に抱き寄せる。予想以上に冷え切っていたリタの体は、ジャンゴの目に涙を生じさせた。
 ここまで辛い目にあっていたのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。そう思うと、悔しさで胸がいっぱいになる。
 だがリタの方は抱きしめられた事で、逆につらくなったようだ。ばたばたと暴れて離れようとする。
「一体どうしたんだ?」
 さすがにここまで来ると、何かあったとしか思えない。血塗られたナイフに、さっき見た惨状。そしてこの異変ぶり。どう考えてもリタに何かあったのは明白だ。
 ジャンゴの脳裏に、今まで考えなかった――あえて考えるのを避けていた――事が浮かぶ。

「……リタ、無理してダークをどうにかしようだなんて考えてない?」

 その一言に、リタが固まった。
 最初思いついた時は「いくらなんでもそんなわけ」と思ったが、今ならその推論が正しいと断言できる。どういう経歴があったのかは知らないが、今のリタの体の中にはダークの欠片がある。
 優しい彼女は、皆に迷惑がかからないようにとサン・ミゲルを出て、ずっと一人で彷徨っていたのだろう。その心の隙をついて、ダークは何度も彼女の中で目覚めたに違いない。
「……殺して、ジャンゴさま……」
 ジャンゴの腕の中で、リタが苦しげにつぶやいた。
「私が消えれば、ダークは完全に降臨できなくなる……。器さえなくなれば、いいんです……。だから……」
「そんな事できるわけないだろ!」
 ジャンゴはリタの不安を和らげようと、その弱りきった身体を強く抱きしめる。
 確かにリタが消えれば、器がなくなったダークは元に戻らざるを得なくなる。だが、同時にリタが死んでしまうことになるのだ。
(冗談じゃない!)
 ジャンゴは心の中で大きく叫んだ。
 イストラカンでの戦いで出会った少女は、今やジャンゴにとってはかけがえのない存在だ。サバタやおてんこさまと同じくらい――ある意味それ以上――に、失いたくないと思っている。
 だがダークが彼女の中に根付いている以上、無理やり引き出しでもしない限り、どうにも出来ない。リタごと滅ぼさない限り、ダークは彼女の中で覚醒してしまうだろう。
 そして完全覚醒したダークに、勝てる可能性はほとんどない。
(一体どうすればいいんだ……)
 泣き出したリタをあやしながら、ジャンゴはどうすればいいのか解らなくなっていた。