ボクらの太陽 Another・Children・Encounter11「境目」

 メナソルは焦っていた。
 何者かは知らないが、レビを上手く操ってシャレルと戦わせてくれたが、追い詰めるどころか逆に洗脳を解かれて和解してしまった。
 おそらく彼女たちは、まっすぐにこっちに向ってくるだろう。もう説得の余地はない。
 オヴォミナムが貸してくれた戦力も尽きた。もう死の一族は自分を除いて存在しない。そして最後の一人である自分が、あの二人に勝てる自信は――ない。
 かつてキング・オブ・イモータルやクイーン・オブ・イモータルを出した死の一族が、ここで終わってしまう。そう思うと、自分の力のなさに絶望してしまいそうだ。
 かつてレビの前で見せていた余裕の態度は消え、ただ姉妹を倒す力だけを求めて焦るメナソル。だが、考えても考えても、彼女たちに打ち勝つ術が思いつかない。
(思えば、彼らはこうなることを分かっていて協力を拒んだのかも知れんな)
 かつてクイーンに仕えていたという、黒髭の三兄弟。自分たちイモータルよりも人間に近かった彼らは、盛者必衰の理をよく知っていたのかもしれない。
 このまま自分たちの一族が終わりを迎えるというのなら、それはそれで正しいことなのだろう。ダークの望みは生命の拡散を防ぐことであり、それは自分たちイモータルも同じだ。
 所詮、生者と不死者と大きく線を引いても、生きているという事が「ものを考え、行動する」ということになるのだったら、自分たちと人間の違いはないのかもしれない。
 今まであった焦りが何となく消え、メナソルは大きく息をついた。外の月は丸く、何となく穏やかな気分にさせてくれる。
 月は狂気と慈愛を重ね持つが故に、イモータルの力にもなる。逆に、イモータルに穏やかな感情を与えてくれる唯一のものが、月なのだ。
 クイーン・オブ・イモータル――ヘルは、その月に対してどんな感情を抱いていたのだろうか、とふとメナソルは思った。

 

 レビは回復したらすぐに後を追う、とシャレルに言った。
「まだこっちは身体を動かすだけで苦痛なのでな…」
 我慢強い従姉がそう言うのだから、ダメージはかなりのものなのだろう。シャレルは無理に立たせることはせず、先に最上階へ向うことにした。
 長い階段を上る時、間近で大きな月を見た。
「お月様か…」

 ――太陽がある限り、月もあるんだね…。

 リンクを繋いだままだったので、ジャンゴの穏やかな声が直接頭の中に飛び込んでくる。
 父の母、つまり祖母は月に住み、巫女として生きていたという。そして自分にとっては大伯母にあたるヘルが、ジャンゴにとって初めての大きな壁だったらしい。
 今、月下美人を受け継いでいる者はいない。レビはその素質があるとは言われているものの、その能力は開花したばかりでコントロールも出来なかった。
 素質はあるのだからいつかは目覚めるのだろうが、残り少ない月光仔の血を受け継ぐ者として、レビは内心焦っているらしい。
 シャレルにとって月は大切なものではあるが、それ以上の感情は何もなかった。地球にとって太陽と同じようにあって当然のもの。それに何か大きな意味を付ける気はない。
 確かに月には何か力があるのかもしれない。だが、だからと言って月を特別視するのは何かが違う気がするのだ。
 全ての物はまず一直線に並んでいる。まず「存在が有る」ということだけで、優劣はないとシャレルは考えている。不用意な区別は、意味のない劣等感を生み出してしまうからだ。
 父は、どう思っているのだろう。シャレルはふと聞きたくなった。

 未来では自分の娘がいる。
 それを知った時、サバタの頭の中にあったのは感動ではなく、一つの恐怖だった。
 未来がどうなるかはわからないが、自分の血を引く子がいるという事は、ヴァナルガンドと戦い続けるカーミラへの裏切りのように思えた。
 誰と結ばれるにしても、カーミラは自分を想う事で戦っている。その想いを、自分はどのように受け止めればいいのか、未だにサバタは解らなかった。
(結局俺は、過去に縛られたままだというのか…)
 過去に捕らわれることなく、未来に向って進め――カーミラが自分に託した言葉。それを胸に生きていこうと決意したものの、現実にはどうすればいいのか解らずに悩んでいる。
 ジャンゴは恐れることなく未来に向っている。今一瞬を無駄にすることなく、それが未来に繋がると信じて疑わずに、まっすぐと。
 どうすればいい? 自分は、未来の娘に対して何をしてやれる?
「兄さん?」
 こっちが立ち上がったので、ジャンゴが目を丸くした。
 弟も未来を見たのだろうか。そして未来の娘を見たのだろうか。
 その時、弟は何を思ったのだろうか……?
「ジャンゴ」
「何?」
 つい声をかけて、すぐに後悔する。
 こんな事を聞いたところでどうなる。自分がサバタという存在であるのと同時に、ジャンゴはジャンゴという存在なのだ。
 二人は一つと思っている人も多いが、サバタはそれを否定している。もし自分たちが本当に一つになってしまったら、二人として生まれた意味がなくなる。そう思っているからだ。
「何でもない」
 首を傾げるジャンゴに向って、そう吐き捨てるように言った。

 サバタは暗黒転移で、暗黒城まで来ていた。
 ダークマターはほとんど浄化されてなくなってはいるものの、僅かに残っているのでまだ暗黒の技は使える。今はそれに少しだけ感謝した。
 自分が育った場所は、何年経とうと決して変わることはないようだ。誰もいない廊下を、サバタのブーツが叩く音だけが木霊する。
 未来では、娘が同じ場所を歩いているのだろうか。
 リンクを繋ぐ方法と切る方法は、その娘から教えてもらった。今は自分の意思でリンクを切っている。
 ――自分が、彼女を認められないから。
 未来を向って進むと決めていながら、実際にその未来から来た少女を認められない矛盾。過去を振り向かないと誓いながらも、過去にこだわってしまう矛盾。
 意味がない。本当に意味がない。
(だからこそ、俺はここに来た)
 リンクを切る前に、娘が告げた場所――暗黒城。かつて自分が育ち、初めて弟と死闘を演じたこの場所から、自分はやり直そうと考えたのだ。
 ここで自分が知ったことを改めて知るという事は、視点を変えて見るということと同じだ。そして、未来にいる娘にアドバイスが出来るかもしれない。
 とりあえず、地下から歩いてみることにした。実は地下に行った事は数少ないので、どうなっているのかが知りたいというのもあったが。
 エレベーターを利用して、地下へと行く。
 暗黒城は空にあるので、地下というのは正確には違う。もしかして、この城が地上にあった時もあるのかもしれない。まあサバタにとっては、どうでもいいことだが。
「大した物はないんだな」
 行くな、と言われた事はなかったが、興味をそそられるような何かもなかったので行かなかった場所。それは、ある意味予想通りに、目立つ物のない場所だった。
「確か、ジャンゴは魔砲を使ったらここに来た、と言ってたな…」
 まああの時は月に行こうとしていたのを引き寄せられた、とも言っていたので、ここはある意味来る必要のない破棄された場所なのだろう。
 つまりここに来ても、あまり意味はないようだ。そう思って引き返そうとすると、ふと最下層から見える暗黒城に飲まれそうになった。
 何だかんだ言って見ることのなかった、自分の育った場所。空にある、死と黒に染め上がった城。自分はかつて、この城で生活していたのだ。
(月が近い、というところだけが良点だった)
 今思い出しても、ろくな思い出がなかった幼年期。娘はそういう幼年期を過ごさなかったらしいのが、一つの救いといえば救いだった。
 サバタは首を何回か振って、城の中に戻った。

 とうとう、シャレルたちは最上階に繋がる扉の前までやって来た。
「この先にはイモータルがいる。それも、伯爵以上の者がな」
 おてんこさまが険しい声で言うが、そんな事はとうの昔に分かっていたことだ。でも茶々を入れなかったのは、それを確認する事で、自分の覚悟を改めて決めたのだ。
 一回大きく深呼吸。それから、扉についているノブに触れようとした時。

「入りなさい。私は逃げも隠れもしませんよ」

 何かを悟りきったような静かな声が、扉の向こうから聞こえた。一瞬何かの罠かと思ったが、そのまま立ち止まる理由もないので、シャレルはそのまま普通に扉を開ける。
 最上階――玉座の間には、適当に仕上げただろう玉座に、一人の男が腰かけていた。
 イモータル特有の蟲毒的な美貌を持つその男は、何故かその顔全体に退廃的なものを宿しながら、ゆらりと立ち上がった。
「マリアの娘…そして赤光嬢シャレルですね」
「後ろの二つ名で呼ばれるのは久しぶりだね。姉様の『黒翼姫』に対するあだ名ってことで、無理やり付けられたんだっけ」
 適当に頭をかきながら、イモータルの言葉に後ろで目を丸くしているおてんこさまに簡単に説明する。従姉の二つ名である「黒翼姫」に対して、シャレルはこう呼ばれたこともあったのだ。
 今は「マリアの娘」「リリスの娘」と呼ばれることが多くなったので、「赤光嬢」の名自体知る者は少ない。おそらく相手は、自分の情報を得る時にこの名前も知ったのだろう。
 シャレルがそう答えると、イモータルはふふっと笑みを浮かべた。それは人を嘲笑う笑みではなく、微妙に疲れを感じさせる苦笑に近いもの。
「まあどちらにしても、貴女と従姉であるレビ様とは常に対比となるということでしょうね」
「父様と伯父様と一緒って事?」
「太陽と月光……そこからして対比ですからね」
 そこまで会話して、シャレルはあることに気がついた。
 敵意はあるのだが、相手を完全に潰そうという気迫がまるっきりないのだ。感じられるのは疲れと、死に対しての諦め。
 イモータルは「不死者」と呼ばれるように、太陽の光や同族、霊力がない限り死ぬことはない。だから天敵であるヴァンパイアハンターを倒そうと躍起になるのだが、相手にそれが感じられなかった。
(逆に、死を望んでる?)
 そんな考えがふと頭をよぎった。
 イモータルに死はない。だからこそ、極端に死を恐れ、死に憧れるのかも知れない。

(まるで人間みたいだよね)