ボクらの太陽 Another・Children・Encounter6「MARIA&LILITH」

 おてんこさまの次はガン・デル・ソル。
 そして太陽樹の異変。
 ここまで来ると、次は何が起きてもおかしくなくなった。
 ジャンゴはショックのあまり倒れてしまったリタの看病をしながら、消えたガン・デル・ソルの行方を考えていた。
 何かがあると分かっていても、何も手を打てないのがもどかしい。何も解らないというのがこれほど辛く感じるのは、今が初めてだ。
「絶対何かがあるんだ」
 ジャンゴはそうぼそりと呟いたが、それに対しての答えはどこからも来なかった。

 

 伯爵が倒れた事は、他のイモータルたちにすぐに伝わった。
 一番警戒していた太陽仔が動いただけでなく、かつて行方知れずになっていた太陽の精霊もいるということで、同盟を結んでいたイモータルはあっという間に大騒ぎになった。
 最後にして最強である自分たちを脅かす唯一の存在である、太陽仔のヴァンパイアハンター。その動きは常にチェックしていたのだが、こんなに早く動いたのは予想外だった。
 配下であるヴァンパイアや使い魔はめまぐるしく飛び回り、躍起になって情報をかき集める。自分たちは大っぴらに動けないので、とにかく情報がほしい。
 中でも一番早く、新鮮な情報を手に入れたのは、暗黒城を乗っ取る死の一族の末裔である「流血参謀メナソル」だった。前にレビにコンタクトを取ってきたあのイモータルである。

「シャレル=マリアですか。警戒していた『マリアの娘』が、やはりあの『太陽少年ジャンゴ』の血を受け継ぐ者だとは……」
 送られてきた映像を見ながら、メナソルはあくまで優雅さを失わないようにため息をつく。
 戦いぶりから見るに、まだ彼女は未熟だ。だが、その隣に太陽の精霊がついているのとなると、着実に力を強めて自分たちの脅威となるだろう。
 今の内に排除しておくべきだが、そのための駒の一つである伯爵は倒れた。太陽都市を抜けて、彼女はまっすぐにこちらに来るだろう。
「『リリスの娘』が素直にこちらに応じてくれればよかったのですが…」
 根の頑固さは父親そっくりだ。目の前の現実を見ても、己の信念を貫くその姿は美しいが、いざ対面するとかなり苦労する。
 とりあえずまだ彼女の監視はしている。どうも彼女は妹を影ながら援護しているのと同時に、何かを探しているようだ。何を探しているのか、ある程度予想はつくが。
 洗脳できればいいのだが、そういう技術は魔の一族が優れている。こちらの適当な物では、あっさり解かれるのオチだ。
 いっその事、彼女ごと「マリアの娘」を消すか。
 敵が増えるが、こっちの方が一番単純だ。自分は死の一族最後にして最強のイモータル。その力はキングと並ぶほど強い……ハズ。
 無意識のうちに生まれた焦りもあって、メナソルは自分の力を過大評価して作戦を立てようとするが、途中で思いとどまった。
 こっちの目的は『生者、死者、不死者』と関係する存在を探すのと同時に、自分たちの主となる第二のクイーンを迎える事だ。そのクイーンを滅ぼしてしまっては意味がない。
 とりあえず「リリスの娘」の件は保留にしておいて、こちらはこちらで歓迎の準備をするしかない。

「お悩みのようだねぇ、メナソル君」

 唐突に嘲笑うような声が聞こえたかと思うと、空間が歪んで一人の魔術師風の男が現れた。こちらもメナソルと同じくらいの美少年で、肌の白さからイモータルだと解る。
 わざとらしくマントをはためかせ、メガネをくいっとやる仕草からするに、メナソルと同じように自己陶酔の激しいタイプのようだ。
 メナソルが心底嫌そうに男の名前を呼んだ。
「冷血参謀オヴォミナム」
「伯爵はもうやられたんだって? ふふ、やっぱり夜の一族は昼を生きられないからねぇ」
「計算外な出来事もありましたからね」
 どこまで情報を得ているのかは解らないので、少し警戒しながら話に乗る。影の一族であるオヴォミナムは、影を操る事で情報を得るからだ。
 しかし、何故彼がここに来たのだろう。
 同盟を結んでいるとは言え、一族の間での確執は深く、そう簡単に協力できるものではない。互いにダークの意思を遂行する暗黒仔の座をめぐり、常に出し抜こうとしていた。
 少なくともオヴォミナムは、太陽仔のヴァンパイアハンターが目覚めたのを知っているはず。伯爵がやられたのを知っている以上、誰が倒したかもすぐに解るからだ。
(どうせ、最後の忠告とかをしに来たんでしょうがね)
 競争相手が一人減れば、それだけ自分が暗黒仔となれる可能性が高くなる。さり気に足を引っ張って、こっちの破滅を望んでいるのだろうが、そうはいかない。
 だが。
「僕が手伝ってあげようか?」
 オヴォミナムの一言は予想外のものだった。
「人手不足なんだろ? アンデッドなら大量に提供してやるよ。吸血人形も良かったら一体だけ貸してやってもいい」
 あまりに太っ腹な提案に、メナソルは逆に彼の真意が探れなくなってしまった。
 戦力提供でこちらを油断させるにしても、量が多すぎる。吸血人形まで貸すという事は、それだけ自分の戦力が乏しくなるという事だ。
 アンデッドなら大量に生み出せるが、吸血人形は作るだけで大量の人間とアンデッドを消費する。それなりのモノを作るだけでもざっと百は必要なのだ。
 その吸血人形が一体。犠牲にするまでの何かを、彼は自分から奪おうというのか。
(一体何を求めているのでしょうか?)
 とりあえず戦力提供はありがたいので、それは受け取っておく。
 だが、メナソルの内部で彼に対する疑問は決して消える事はなかった。

 太陽都市から降り、シャレルたちはその先の暗黒城へと向うことになった。
「それにしても、姉様やみんなの手がかりが全然ないなぁ…」
 イストラカンは広いが、大きな建設物などは意外と少ない。だから、そこらで姉などが来た形跡が見つかると思ったのだが……。
 なかなか世の中は単純には出来ていないというのはわかる。ただ、今までの道のりで全然見つからないというのは、どういうことなのだろうか。
「相手もお前を探してあちこち回っているんだろう」
 おてんこさまが模範的な答えを返すが、シャレルにはどうも納得が出来なかった。
 建物に入らずに自分を探し回るとは思えない。一般人だったらともかく、姉を含む何人かはアンデッドを倒して進むことが出来る実力の持ち主だからだ。
 それなのに相手の情報がまるで掴めない、というのは逆に不自然だ。敵に感づかれるのを恐れて、訪れた形跡は注意深く消しているのか、それとも誰かが故意に消し去っているのか。
 まあここで深く考えても、上手い答えは見つかりそうにない。先に進めば少しは進展があるはずだ。
 シャレルは先を行くおてんこさまの後をついて行く。もう少しで、暗黒城だ。

 途中、その足がふと止まった。

「どうした?」
 おてんこさまが足を止めたのに気がついて、こっちの方を向く。おてんこさまが心配そうな視線で、こっちを見ているのが解る。
 だが、シャレルが感じたのはもっと違った視線だった。
 自分を探るようでいて、何かを求めている……そんないくつもの感情が入り混じった複雑な視線。敵対する気もなければ、味方となる気もない。ただ自分に興味がある、と言わんばかりの目。
 でも。
 この視線から感じるモノは、初めてのものではない気がする。いや、正確には初めてなのだが、大まかに捉えるとどうしても誰かのものと誤解してしまう。
 詳しく探ろうとするが、こっちの動きがわかっているのか視線はすぐに消え去り、さっきまで感じていた誰かに似た気配も消え去った。
「今のは……」
 ついぼそりと呟いてしまうが、幸いにもおてんこさまに聞かれる事はなかった。

 シャレルたちが太陽都市を出た頃、ようやくレビが太陽都市へと来ていた。
 かつて父と父の心にある大切な女性が生きた都市の地を踏みしめ、レビは先へと進む。
「太陽仔の一族……。紅の一族とは別の一族の者が作った都市なら、あるいは……」
 魔法機械に詳しい一族が作ったと言われる太陽都市。その都市のテクノロジーは、今の時代では解析されていない。失われた技術を掘り起こす能力がないからだ。
 レビも聞きかじりや読みかじり程度で詳しくは知らないが、魔法機械に詳しい一族は、人の器も作り出せたという話を聞く。
 それがどういうものなのかは知らないが、是非ともその技術は知りたいし、どうにかしなくてはならない。その技術で吸血人形がパワーアップされたらたまらないからだ。
 ただ、普通に歩いていたら、おそらく何もつかめないだろう。あちこちにある魔法機とそのからくりが読めなければ、隠された部屋には入れない。
 かなり長丁場になりそうだな、とレビは思った。

 頭に挿された銀色の羽根はちらちらと、銀の軌跡を描く。
 その動きは、何故か幽霊や亡霊を思わせた。

 中央広場に着くと、パイルドライバーの魔方陣を見つけた。刻まれた印の形を見る限り、使われて間もない。
「……? 太陽の精霊?」
 残留されたエナジーから、太陽の精霊のものを感じた。元々パイルドライバーは太陽の精霊しか召喚できないモノだが、簡易的なトラップなら小道具さえあれば太陽仔一人でも使えるのだ。
 だがこのパイルドライバーの魔方陣から感じる残留エナジーは、太陽仔一人だけでなく、太陽の精霊の力も感じられる。確か、自分が生まれる少し前に行方不明となったはずだが…。
 今まで消息が知れなかった彼が、この時期になってようやく姿を現したとでも言うのだろうか。なら、その理由は?
 ――「マリアの娘」。
 レビはすぐにその理由を察した。
 太陽の力を色濃く受け継いだ妹が動いたのなら、太陽の精霊が動かないわけがない。太陽仔のヴァンパイアハンターを教え、導くのが彼の役目だからだ。
 今まで動かなかったのは、おそらくまだ彼女が「動いていない」と踏んだから。なら、本格的に全ては動き出したという事になる。
 こっちもこっちで、やれると思った事はすべてやるしかない。月光仔の頂点ともいえる月の御子にはまだなれないが、自分にも出来ることはあるはずだ。
「一応今はここを調べなおしておくか」
 きっとこの様子なら、妹が残した痕跡がいくつもあるはず。それらを調べれば、彼女がここをいつ出たのかが解るだろう。
 レビは足取りを速めて先に進むことにした。

 日は、沈もうとしている。