あなたがいてくれて、よかった。
気がつくと、ジャンゴたちは宙を浮いていた。
「うわぁ! 何だ!?」
浮いている感覚に慣れず、ばたばたと手足を動かしてしまうジャンゴたち。
それでもしばらくすると落ち着いて、この浮遊感覚を楽しんでしまう。子供の順応力は恐ろしい。
「それにしても、ここは宇宙か?」
刹那が改めて周りを見回す。なるほど、そう言われて見るとあちこちで輝いているのは星だろうか。
「俺たち、あのアゼル=ダーインと戦ってたんだよな? で、ノルンの鍵撃って」
将来が指を折りながら記憶をたどるが、途中でぷっつり消える。……嫌な想像が頭に浮かぶ。
「あ、あの世って、こういうものなの?」
ジャンゴが青ざめながら、その“嫌な想像”を口に出してしまった。聞きたくなかった言葉を聞いて、刹那と将来も顔が真っ青になる。
と、
空間全体から、圧倒的な何かが沸きあがった。
*
アゼル=ダーインがルナの紋章と共に消えたのを見て、サバタはゆっくりと仰向けに倒れる。
その顔には、全てをやり遂げた安心感があった。
月下美人の力は、全てを纏め上げ、反転させる月の力。そして、門の開け閉めを司る力。
何の事はない。サバタはアゼル=ダーインの闇の力を反転させ、第8のノルンの鍵としてジャシンの封印を強化したのだ。
戦いの最中、彼はノルンの鍵がジャシン封印の鍵でもあることに気がついた。代々のメシアはこれを使ってホシガミを呼び出すのと同時に、ジャシンを封印していたのだ。
ゼブルがメシアである3人だけでなくサバタも呼んだのは、彼が事の真意に気づき、封印を強化してくれると考えてのことだった。
かくしてジャシン――ダークの欠片は封印されなおされた。新たな『メシア』もしばらくは必要なくなるだろう。
サバタは一つ大あくびをする。正直、今回ほどくたびれたものはない。ヨルムンガンドを一週間手なづけていたほうがマシなくらい、力を使いまくったような気がする。
ここで寝たら誰がお前を拾うんだ、と心の中の自分が突っ込むが、今は正直本当に眠い。理性もへったくれも投げ捨てて、今は寝たい。
「ま、事が終わったらジャンゴたちが拾いに来るだろ」
サバタはそう決め込んで、力を抜く。
――誰かがサバタを癒すかのように、手を差し伸べていた。
この手はカーミラの手かな、それともひまわりの手かなと思いながら、サバタは眠りに落ちていった。
*
――我が子らよ。
ジャンゴたちの頭の中に、人の声――穏やかではあるがどこか冷たい女性の声――が響いた。
「貴方が、ホシガミなんですか?」
――その通りだ。
ジャンゴの口から出た問いに、ホシガミは心の中に聞こえる声で答える。
――ノルンの鍵を使い、ジャシンを封じた3人のメシアよ。
お前達は何を望む?
恋慕も愛情も知る我が子らよ。
深い愛により他人を慈しむ手を持つ我が子らよ。
深き憎悪により他人を殺める手を持つ我が子らよ。
お前達は何を望む?
ジャンゴたちは顔を見合わせ、静かにうなずきあった。
「僕たちは、ラグナロクを望むよ。
だけど、世界を変えてしまうのは望まない」
――進化は望んでも、変化は望まないと?
「ああ。俺たちは、あんたの望む変化は起こせない。だけど、あんたの予想を超える変化……答えなら、いつか見せてやる」
「そっちの都合で、答えを出す前に俺たちの約束の地を消されてたまるかよ」
――幼年期の殻を破ろうともしないお前達に、進化が出来るとでも?
「できるよ。だって、僕たちは生きている。太陽も月も、貴方も見守っているんだから。
永遠に昨日と変わらない今日が続くかもしれないけど、
それでも、明日もまた日は昇るから」
――ふっ……、面白い事を言う者達だ。
いいだろう。お前達の望み通りのラグナロクを起こそう。
だが、お前達のその言葉、決して忘れるな!!
意識が、薄れていく。
だが、その中でホシガミが確かに笑ったのを見て、
ジャンゴはようやく全てが終わったのだと悟った。
*
地上。
あの神殿のサークルゲート前で、ジャンゴたちは別れを交し合っていた。
「それじゃあ、君たちは家に帰るんだ」
「まあな。こう見えても俺たち皆に黙って出て行ったし。いい加減帰らないと、行方不明者として捜索願出されるからな」
「もう出されてるんじゃないかな…」
ナガヒサがぼそりとつぶやくと、刹那が困ったように頭をかいた。
「将来、お前らも帰るのか」
サバタが聞くと、将来と嵩治はうなずいた。
「幸い、刹那たちと家近いしな!」
「僕達も刹那たちと同行するんだ」
「…そうか。まあ、上手くやるんだな」
さらりとした別れの挨拶だが、それが彼の一番の別れの言葉だという事は将来と嵩治には分かっていた。
二人の隣で翔がにこにこ笑っている。そんな翔に、ザジが色々お土産を渡していた。
「ジャンゴ。私、諦めてないからね!」
アルニカがいきなりジャンゴに抱きついてくる。リタがカチンとなるが、アルニカはお構いなしである。
彼女はナタナエルと共に天界に帰る予定なのだが、何かあったらすぐにジャンゴの所へやってきそうな勢いだ。出会った時とは180度違う積極的な彼女に、ジャンゴは困惑した。
その様子を見ていたエレジーが、未来に向かって不敵に笑う。
「未来。私だって諦めてないぞ。必ずあいつは頂くからな」
「……上等よ」
未来も負けじと不敵に笑う。勝利景品とされている少年は、そんな二人の様子を見て?マークを浮かべていたが。
「また、会えるでしょうか」
リタの問いに、ジャンゴと刹那は顔を曇らせた。
「……元々、俺たちとジャンゴたちの出会いはイレギュラーなものだったんだ。
この事件が解決したのはジャンゴたちが力を貸してくれたからだけど、ここまで事が大きくなったのもジャンゴたちが介入したからなんだ」
刹那の説明をジャンゴが引き継ぐ。
「また僕たちが出会うとなると、世界が交錯して混乱してしまう。……平穏を望むんだったら、僕たちはもう二度と会わないほうがいいんだよ」
悲しい答えに、リタが泣きそうな顔になる。ジャンゴがリタの肩を抱きながら、にっこり笑う。
「でも、再会してまた何かあったら、皆で解決すればいいんだもの」
「そうそう。俺たちは、世界も変えてみせたんだぜ!」
将来がVサインを出す。その励ましに、リタもようやくにっこり笑った。
ジャンゴと刹那が硬く握手を交わす。
「さよならは、言わないよ」
「ああ。また会おうぜ」
こうして、彼らは帰る。
自分たちの約束の地へと。
サークルゲートで飛んだ刹那たちを見送ってから、ジャンゴたちは自分たちの約束の地――サン・ミゲルへの道を歩き始めた。
「……ん? そう言えば…」
ザジが何かを思い出したように聞く。
「復活したイモータルの3人、あいつらどないしたんや?」
「魔界に残った。彼女らは魔界の王女と意気投合して、魔界に残る事を決めたらしいぞ」
サバタがザジの質問に答える。……と言うより、ジャンゴとリタが先のほうへ行っていて彼しか答えられる者がいなかっただけなのだが。
「い、意気投合って……」
「お互い家族を亡くしてるんだ。そういう点でウマがあったんじゃないのか」
サバタの追加説明で、ザジは少しだけ後悔した。
……ついでにあまり聞きたくないことが頭に浮かび、とうとう足が止まる。
「どうした?」
ついてこないザジに、サバタが後ろを向いて彼女の顔を見た。あまり感情を見せないいつもの顔を見て、ザジはとうとう口に出してしまった。
「なあサバタ、あんたは魔界に残ったほうがよかったんやないか?」
サバタの足も止まる。
「何でそんな事を言う」
「だってサバタ、あの嘆きの魔女蘇らせたいんやろ? 魔界で、あのイモータル3姉妹が蘇ったんや。上手くいけば、人間の身体にあんたの中にあるその魂、移せるんやで?
地上ではご法度に近い再生、魔界なら結構」
「お前、それ以上言うと本気で撃つぞ」
ガン・デル・ヘルを構えられ、ザジは冷や汗をかいた。
銃を構えたまま、サバタは淡々と語る。
「あいつはそんな気楽な復活を望んじゃいない。それに、今はあいつを復活させる気はない」
「何でや?」
首をかしげるザジ。
そんな彼女の仕草を見て、サバタはガン・デル・ヘルを下ろしてふっと笑った。
「今はこの世界で生きるのが先だ。あいつが愛した、この世界でな。
……復活させるのは、お前の気が落ち着いてからでも遅くはないだろう?」
ぱちりとウィンク。
初めて見るサバタのその表情と仕草に、ついついザジも笑ってしまった。
「ホンマ、あんたはあの魔女にぞっこんなんやな」
「ほっとけ」
そのまま二人は手を繋がず、一定の距離を保ったまま並んで歩く。
その位置こそが、自分たちのあるべき位置だと知っているから。
*
ホシガミは、在続し、進化した大地を見た。
何も変わらない。
あのメシアたちが言った様な世界に、変わらない。
恋慕も愛情も知る我が子らよ。
深い愛により他人を慈しむ手を持つ我が子らよ。
深き憎悪により他人を殺める手を持つ我が子らよ。
巣立ちすら出来ぬ我が子らよ。
お前達は一体、どこへ行く?
我が子らよ。
お前達の言う「答え」とは、何を意味する?
「それは『生きる』ことですよ」
ホシガミの前に、自分の配下であるゼブルが具現した。
「そう。それが太陽の意思であり、太陽を受けて育つ者たちの答えの一つだ」
太陽意思ソルの使者であるおてんこさまも具現する。
――お前達か。
「ホシガミ様。意外と人間ってしぶとい生き物ですよ。それに、頭もよく回る。
口先だけながらも、彼らは必死になって答えを模索しています」
――そうかな? それは一部の者だけではないか?
「さあな。太陽の使者である私も、様々な答えを探している。
意思ある者の、一つのエゴなのではないか? ホシガミ」
――ソルよ。確かに私もお前も答えを模索している。
だが、いい加減に答えを出すべきなのではないか?
「答えは一つだけとは限らんよ」
「僕も彼も、そしてホシガミ様、貴方も“意思ある存在”の一つなんですからね」
――“意思ある存在”の出す答えは一つだけとは限らん、か……。
いいだろう。ジャシンの封印もある。私はもうしばらく眠るとしよう。
……次にメシアとなった者が来た時、世界がどうなっているかの楽しみも出来たことだしな…。
前回メシアが来た時と全く同じホシガミの思念に、ゼブルとおてんこさまは揃って苦笑した。
まったく、この女神様は素直じゃないんだから。
*
サン・ミゲル。
懐かしい故郷は、一ヶ月前とほぼ変わらぬ形で迎えてくれた。
自分たちを心配してくれた街人たちの歓声や歓迎を上手くかわし、ジャンゴとリタは果物屋に戻ってきた。
「懐かしいですね」
リタの言葉に、ジャンゴはしみじみうなずく。彼女とクールが出会い、ジャンゴにその事を話した。
そこから全てが始まったのだ。
長い一ヶ月間だった。
だが、今まで生きてきた中で、一番充実した一ヶ月間でもあった。
「あ、そうだジャンゴさま」
リタは思い出したように、ぽんと手を叩く。ジャンゴは何か思い出したような彼女の顔に、首をかしげる。
「ジャンゴさま。大分前の話ですけど、私が天使に連れて行かれる時、『リタは僕の…』って言ってましたよね?
続き、何て言うつもりだったんですか?」
「げっ!」
一番聞いてほしくなかった事を聞かれ、ジャンゴの顔が青ざめた。
その顔を見て、リタはいたずらっぽく「何て言うつもりだったんです?」ともう一度聞く。
四面楚歌状態。
助けはどこにもないことを悟ったジャンゴは、大きく深呼吸する。
今がチャンスだ!と背中を押す自分と、やっぱり言うのは恥ずかしいと縮こまる自分が心の中で衝突するが、すぐに背中を押す自分が勝利した。
今ぐらいしかチャンスはない。先延ばしにしたら、誰かに聞かれていないかと疑り始めてキリがないからだ。
「あのね、一回しか言わないから、よく聞いてよ?」
真剣な顔になったジャンゴの言葉に、ついリタも真剣な顔でうなずく。
「リタはね、僕の……」
次の言葉が舌に乗って、言葉になろうとするその時。
わん!
「「うわぁぁぁっ!!」」
いきなりの犬の声に、ジャンゴとリタは大きく飛び上がる。慌てて窓に張り付くが、そこにいたのは一匹の野良犬。
くぁぁ、とあくびをして去っていくその犬を見て、ジャンゴは笑いがこみ上げてきた。
そこまで後押ししなくてもいいってば!
急にくすくす笑い出したのをきょとんと見ているリタに、ジャンゴはにっこりと笑って、自分が言いたかった事を言う。
「あのね、リタは僕にとって『一番側にいてほしい大切な人』。
あの時天使がリタを連れて行っちゃったら、僕独りぼっちになってた。だから『連れて行かないで』って言ったんだ」
「一人ぼっちって……」
「太陽都市でおてんこさまいなくなっちゃった時、僕凄い辛かった。でもおてんこさまいなくなっても頑張ってこれたのは、
太陽樹の元に帰った時、君はちゃんといてくれたから」
笑っているジャンゴと対照的に、リタの目には涙が溢れてくる。もちろん悲しみの涙ではなくて、喜びの涙。
「サン・ミゲルに帰って来た時も、リタはすぐに僕追っかけて来てくれただろ? 凄く嬉しかった。
おてんこさまがいなくなったあの時も、黒ジャンゴになって戻れなかった時も、リタが側にいてくれて、僕は大分救われたんだ。
だから、リタは僕にとって『一番側にいてほしい大切な人』」
話はおしまい、と笑顔でしめると、感極まったリタが抱きついてきた。
「ジャンゴさま! ありがとう!!」
「え? 何でリタがお礼言うんだよ? それを言うのは僕の方だって!
……って言うか、力入れすぎ!! 痛い痛い! 助けてー!!」
窓の端から、綺麗な夕日が見える。
世界――約束の地が、ちゃんと生きている証だった。
*
世界は生きている。
そして、その上で僕らも生きている。
昨日と同じ今日を繰り返しながら、明日に希望を持ち、少しずつ僕らは変わっていく。
そう、僕たちは絶望しない。
隣に誰かいるから、絶望する暇なんてない。
何かを乗り越えるために生き、
何かを得るために変わっていく。
それが、僕たちの『答え』だ。
(SELECT! RESET OR CONTINUE? 完了)