SELECT! RESET OR CONTINUE?「命、輝きし時」(決戦編 vol.DEVIL)

 

 私はホシガミ。

 かつて、地球と呼ばれる星と月と呼ばれる星を生んだ者。

 全ての母であり、神である者。

 

 恋慕も愛情も知る我が子らよ。
 深い愛により他人を慈しむ手を持つ我が子らよ。
 深き憎悪により他人を殺める手を持つ我が子らよ。

 巣立ちすら出来ぬ我が子らよ。

 

 お前達は一体、どこへ行く?

 

 

 

 

 暗黒城をジャンゴたちは駆け抜ける。
 ヘルが消滅してからはずっと誰も使うことがなかったので、その番犬たる存在もいなかった。……いたとしてもジャンゴたちの前では瞬殺だが。
 道もジャンゴやサバタのおかげで迷うことなく進める。あちこちアゼル=ダーインが破壊した跡が邪魔をするが、足を止めるほどでもない。
 どこよりも大きく見える月を左に見ながら、ジャンゴたちは最後の階段を駆け上がり、とうとうそこにたどり着いた。

 最上階の部屋に続く、扉の前に。

         *

 ダークパレス。最深部。
 ルシファーを探しに下へと向かったリタと未来はここまでたどり着いていた。さすがに足元すらおぼつかない暗さなので、未来が持っていたペンライトで回りを照らす。
「ずいぶんと奥まで進みましたね……」
「油断しないでね」
 警戒を促すベールの声に、二人は黙ってうなずく。

 と、

 リタの耳に何かが飛び込んできた。
 空耳かと思わせるほどのかすかなものだが、リタにはそれが空耳だとは思えなかった。
 逆に、誰かの声だと確信した。
「未来さん、ベールさん、こっちです!」
 暗い道を走る。
 その後を、ペンライトを持ったままの未来とベールが追った。

 声を頼りにたどり着いたのは、大きな扉だった。
 厳重な封印が施されているようで、外からの進入を一切許しはしない。が、未来が何となしに触ると、扉は重い音を立てて外にいる者を歓迎した。
「え?」
 開けた当の未来が、ぽかんとした顔で扉と自分の手を交互に見る。リタやベールも、こんなにあっさりと扉が開いたことで、逆に警戒心を抱いてしまった。
 扉が開いたというのに、立ち止まってしまった2人と1匹。そんな彼女らを急かすように、中から苦しみに唸る声がした。
「!? 今のは!?」
「ルシファー……様?」
 顔を見合わせると、弾かれたように中へと入った。

 中は外よりも暗く、未来が持っているペンライトの光も全然役に立たない。一歩一歩慎重に進む。
「左の娘……、お前の近くに明かりをつけるスイッチがある……」
 さっきも聞こえた声が、少女達にアドバイスをする。左の娘……つまりリタが手探りでスイッチを探す。しばらく手を振っていると、かちりと音がして部屋が明るくなった。
 暗闇に慣れすぎていたため、いきなりの明かりに目を閉じてしまうリタと未来。ベールが慌てて羽で視界を塞いでくれた。
 光に慣れ、うっすらと目を開けると、リタと未来の顔が驚きに支配された。

 幾重にも巻かれた鎖に動きを封じられた男性が、そこにいた。

 間違いない。人間の形を取ってはいるが、彼がルシファーだ。
「鎖を外しましょう!」
「分かったわ!」
 ベールも加わり、全員で鎖を引きちぎる。
 戒めから解き放たれたルシファーは、衰弱はしているものの命に別状はない。
「すまない。娘たちよ」
 戒めを解いてくれたリタたちに頭を下げるルシファー。彼はこの魔界の上に立つ王ではあるが、誰であろうとも感謝をする気持ちを忘れてはいない。
 ついつい頭を下げ返すリタと未来。そんな二人の後ろから、ベールが声を投げかけてきた。
「ルシファー様、今の現状をご存知ですか?」
 ベールの問いにルシファーはうなずく。弟に捕らわれてからずっと、ここから動けなかったが、世界の移り変わりは逐一弟が教えてくれたのだ。
 おそらく優越感に浸るためだけに教えていたのだろうが、おかげでルシファーは事の成り行きやこれからの事で考える余裕が出来た。
「弟とイモータルの融合により、ジャシン復活の鍵が出来てしまった。後は封印の扉を強引に破り、ジャシン……ダークを覚醒させるつもりだろう」
「ジャンゴさまたちは、そいつと戦うために……」
「おそらく。連れて行ったのはゼブルだな」
 不安そうな顔になるリタに、ルシファーは安心させるように肩に触れた。
「メシアの力を覚醒した者と、月光仔……“門の一族”の子さえいれば、何とかなる。

 ……お前たちは、なぜ月が地球の側にいるのかを考えたことがあるか?」

 ルシファーからの問いかけに、3人は首をかしげた。

         *

 ジャンゴたちが立つと、扉は自動的に開いた。
 急いで前から離れるジャンゴたち。しかし彼らの予想を裏切り、攻撃は全然飛んでこない。一回顔を見合わせ、すぐに彼らは部屋の中へと突っ込んだ。
 最初は将来&クレイ、次にジャンゴ、3番目に刹那&クール、最後にサバタが。
 全員入りきると、扉が勝手に閉まり、彼らを闇の中に閉じ込めた。

 ――ふふふ…
 ――くっくっく…

 アゼルとダーイン。二人の忍び笑いが部屋……否、闇の空間内に響き渡る。
「太陽ーーーーーーーーーーー!!」
 ジャンゴがライジングサンの魔法を使うが、打ち上げられた太陽の欠片はあっという間に闇が群がり、食らい尽くしてしまう。
 どうやらこの闇はただの闇ではなく、暗黒の力が篭っている闇らしい。
「無駄だ。俺がやる」
 サバタが一歩前に出て、ブラックホールを撃つ。
 ガン・デル・ヘルから放たれた黒い球は、闇を飲み込んで暗黒の力を消す。やがて暗い空間が少しだけ和らぎ、ジャンゴたちの前にいる存在を浮かび上がらせた。

「「!?」」

 大きさなら、ジャンゴがかつて戦ったヨルムンガンドと同サイズだろう。だが、その姿は。
 丸太よりも太く大きい六つの尾と二つ頭の悪魔を足に持つ、巨大なバケモノ。
 精神の弱い者なら、それを見ただけで命の火が消える。それだけの威圧と、恐怖を撒き散らしていた。
 紫と黒の明滅を繰り返しているのは、イモータル・ダーインの力の現れか。

 イモータル・デビルの究極体であり暴走した成れの果て、アゼル=ダーイン。

「クレイッ!!」
 一番最初に動いたのは将来だった。両手にある紋章がグローブを弾き飛ばし、これ以上にないくらいの強い輝きを放つ。
 将来がパンチを放つ瞬間に合わせて、クレイがキング・ストームを撃つ。轟音だけで耳の鼓膜が破れそうなほどの凄まじい雷撃が、アゼル=ダーインを襲った。
「俺たちも行くぞ!!」
「おうっ!!」
 クレイのキング・ストームがヒットしたのを見て、刹那たちも動き出した。サバタは暗黒銃を構え、ジャンゴは右手に光の剣を生み出す。
「「おおおおおおおおっっ!!」」
 二人同時に撃つ。ジャンゴは光の剣を投げてからすぐに、左手で構えていたガン・デル・ソルのチャージショットも撃った。
「将来離れろ! でかいのが行くぞ!!」
 サバタの声で、将来は大きく飛び退って軌道上から離れる。
 アゼル=ダーインが顔をジャンゴたち兄弟のほうに向けた瞬間に、弾が当たった。投げた剣は深々と突き刺さり、弾は肉を削り骨を溶かす。

 が、

 アゼル=ダーインはそれを気にも止めずに、ジャンゴたちの方に向けてマハラギダインを放つ。
「ちぃっ!!」
 いつの間にか額にデビルチルドレンの証である紋章が浮かび上がっている刹那が、大きく手を振ることで攻撃を受け流した。
「全然攻撃が効いてない!?」
「ガタイがデカすぎるんだ! こっちの攻撃なんて、蚊が刺したようなもんだぜ!!」
「一点集中しかないってこと!? うわっ!!」
 話している途中にアゼル=ダーインの手が、ジャンゴたちのいる場所を捉える。その拳が落ちてくる前に、彼らは大きく離れて逃げ出した。
「くそっ! やるしかないのかよォッ!!」
 激情家の刹那が一番最初に切れた。鋭そうなエネルギーの槍を生み出すと、クールと共に飛び出していった。
「僕たちも行こう!」
「ああ!」
 トランスしたジャンゴと、拳に光を宿したままの将来も刹那の後に続いた。

 

 戦いは混迷を極め、長く続いた。

 アゼル=ダーインはアゼル特有の技に加え、ダーインの技も使ってくる。しかもキャパシティの容量が桁外れに大きいので、技の一つ一つが凄まじい威力を伴って放たれるのだ。

 人間の大人ほどの大きさのヴァンパイア・ソードが降り、足になっている二つ頭の悪魔が炎と吹雪を同時に吐き出し、切り口から強化されたホルルンが沸いて出る。
 触れただけで消し炭になりそうな爪が唸りを上げ、目がつぶされそうなほどの闇の一撃が飛び、瞳から稲妻が荒れ狂う。

 それでも、ジャンゴたちは激しく抵抗し、攻撃した。持てる力を以て、アゼル=ダーインの身体を傷つける。
 が、体が大きいのもあってなかなか致命傷を与えられず、ジャンゴたちは少しずつ消耗していった。

 何度目か数えられなくなったアゼル=ダーインの影の腕を避けながら、サバタはある事を考えていた。

 ――どの選択を取るにしても、ジャシンをもう一度封印しなおせるほどの力を持たなければ、真なるメシアにはなれない。
 ――あれは3つの力を持って始めて、封印を施せるからね。

 決戦前にゼブルが言っていた事。
 あれは一体、どういう事なのだろうか。

 サバタが聞いた話によれば、「光と闇を持つ」者がノルンの鍵を持ってラグナロクかハルマゲドンの選択が出来る、と言うことだった。
 それは過去に最低一回以上その選択をした者がいるから、こうして伝説と言う形で広がったはずである。

 だが何故、『ジャシン封印』というもう一つの使命は隠されたままだったのか。
 誰かが故意に隠しただとしたら、何故? 何故こんな大事を隠す必要があったのか?

「ぐわっ!」
 考えに集中しすぎて、アゼル=ダーインの攻撃を避け切れなかった。
「兄さん!!」
 ジャンゴがサバタの方を向くが、間髪いれずに飛んでくるホルルンを斬るので手一杯でどうしても近寄れない。
 仰向けに倒れると、ちらりと月が見えた気がした。
(月……)

 “門の一族”

 またゼブルが言っていた事を思い出す。
 彼は確かに自分の事をこう言った。『門の一族の使徒』と。
 月下美人の事を指しているのなら、それは一体どういう意味なのか?

 鍵は開け放つもの。閉め切るもの。
 そして門は鍵があって、初めて開け閉めが出来るもの。

 封印は門。鍵はノルンの鍵。

 ……そして、アゼル=ダーイン。

「まさか!?」
 サバタが身体を起こす。ジャンゴたちは立てないサバタをずっと庇いながら戦っていたらしい。クールが弾き飛ばされ、ジャンゴが投げ出された。
 そのジャンゴのポケットからノルンの鍵が発光しながら落ちそうになっているのを見て、サバタは自分の考えを確信した。

「お前ら! 俺に時間をくれ!!」

 サバタの声に、全員の視線が彼に集中した。
 攻撃を避けながら、サバタはジャンゴと刹那と将来に指示を出す。
「俺が合図をしたら、その銃でアゼル=ダーインを撃て! 弾はノルンの鍵全部だ!!
 いいか! 鍵を全部、アゼル=ダーインに向けてだぞ!!」
「どういうこった!?」
「質問は許さん!!」
 将来の疑問を切って捨てるサバタ。今は一分一秒さえ惜しいのだ。
「ガン・デル・ソルは弾を撃てないよ!」
「いいからやれ!」
 ジャンゴの質問も切って捨てる。サバタのその剣幕に、ジャンゴたちは彼の言われるとおりにした。
 刹那たちは仲魔の入っている弾を全てポケットに入れ、代わりに二つのノルンの鍵を入れる。デビライザーに反応して、ノルンの鍵は弾に変化した。
 ジャンゴはガン・デル・ソルのレンズを外し、強引に三つの鍵を差し込んでみる。これもまた、ガン・デル・ソルに反応して、ノルンの鍵はレンズへと変化した。
「いいのか、サバタ!?」
「まだだ! お前ら、時間を稼げ!!」
 サバタはそう言って、呪歌を唄い始める。

 フレーズは適当だ。
 ただ今あそこにいる“八番目の鍵”を門に入れられれば、それでいい。

「 空へ還ろう 地へ還ろう 星へ還ろう
  喜びも怒りも悲しみも楽しみも全て箱に入れて 」

 唄い始めたサバタを尻尾ではたこうとするアゼル=ダーインだが、黒ジャンゴによりその尻尾はばらばらにされる。

「 夢に還ろう 幻(まほろば)に還ろう 現(うつつ)に還ろう
  痛みも罪も癒しも救いも全て思い出に入れて 」

 マハラギダインとクールのキング・ストームがぶつかり合う。

「 過去へ還ろう 現在へ還ろう 未来へ還ろう
  愛も憎しみも絶望も希望も全て心に入れて 」

 ヴァンパイア・ソードを生もうとするその右手を、将来が思いっきり殴り飛ばす。

 なあ、カーミラ。
 お前はこの世界、好きだったよな。

 人間どもに殺されても、伯爵にその命をもてあそばれても、
 お前はこの世界を愛したよな。

 この世界に生きている全ての生き物が、好きだったよな。

 俺も、今なら少しだけ好きになれるかもしれない。

 ……だから、一緒に唄ってくれないか……?

 

 サバタの唄声に、女性の声が混じり始めた事は誰も気づかない。

 

「 今持つこの剣は誰のために
  今立つこの地は誰のために
  今いるこの時は誰のために
  今あるこの心は誰のために

  今あるこの命は誰のために

  手にする剣は両刃なり  見えない刃をその手に取れ

  命、輝きしこの時のために! 」

 門を意味するルナの紋章が、アゼル=ダーインの前に浮かび上がった。
「うぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 突然の束縛感に、アゼル=ダーインが吼えて振りほどこうとする。
「今だ!」
 サバタの声に、

 ジャンゴが
 刹那が
 将来が

 ノルンの鍵を撃った。

「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」」

 それぞれの銃から放たれた光が、アゼル=ダーインを貫く。

 

 その瞬間。

 ジャシンの封印は強化され、世界をめぐる戦いに終止符が打たれた。