ファイアーランドとサンドランドの小競り合いは、ぱったりと収まった。
……と言うより、小競り合いをしている余裕がなくなった。
セントラルランドのダークパレスから、一つの宣言が出されたのである。
地上と天界を攻め、魔界が全てを掌握する。
偽の魔王・アゼルの宣言である。
事は急速に終末へと向かっていた。
アゼルの宣言から次の日。フェンリル軍はセントラルランドへ出陣することになった。
「もはや一刻の猶予もない! 我らはセントラルランドに攻め込み、ルシファー様を解放すると共に逆賊アゼルを討つ!」
フェンリルの演説が、今ここにいる者全ての心に強く響き渡る。
戦う意思を取り戻したジャンゴ、隣で暗黒銃の手入れをしているサバタ、ふらりと現れたゼットが持ってきた大地の衣に袖を通したリタ。
義手の様子を確かめている刹那にそれを心配するクール、アイテムのチェックをしている未来とベール、兵達と共に武器を確認する将来にクレイ。
それから、強い瞳でセントラルランド方面の空を見ているエレジー。その彼女の側で、同じ空を見ているイモータル3姉妹。
この中に、アルニカはいない。ジャンゴを抑えるために自分の力をほぼ使い切った彼女は、自分の意思でサン・ミゲルへと行ったのだ。
「地上で何かあったら、ジャンゴたちは帰ってこれなくなるわ。私はジャンゴやみんなが帰ってくる場所を守る」
と彼女は言い、ジャンゴの頬に口付けてからサン・ミゲルに行った。
……どうやら彼女、ジャンゴの事は諦めていないらしい。リタがちょっとだけ膨れ面をした。
「ホンマなら派手な出陣式、あげないかんやけど……」
すっかり元の調子に戻ったマモンがフェンリルに声をかけた。
「いえ、あくまで隠密行動です。それに迅速に事を片付けなくてはならない」
相手が自分の主の従兄弟なので、丁寧な言葉遣いでそれを拒否するフェンリル。マモンも嫌な顔をせずに、刹那のほうを向いた。
「具合はどうや?」
「もう平気です」
こっちも大叔父なので、丁寧に返す刹那。メシアとしての力が覚醒しているゆえか、回復速度が尋常ではなかった。これが普通の人間だったら、リハビリだけで一年はかかるだろう。
続いてマモンの視線はジャンゴに移る。見られていることに気がついたジャンゴは、即座にマモンに頭を下げた。
「あの、先日はどうもすみませんでした!」
「ええわいええわい。イシスのアホが仕掛けたことや。大体、こうなることも覚悟しとかな、頭首なんてやってられへんしな」
礼儀正しいジャンゴが気に入ったらしい。マモンはくしゃくしゃとその頭をなでた。その仕草で、ジャンゴはふと父親を思い出してしまう。
サバタに背中を叩かれるまで、ジャンゴはボーっとしていた。
「フェンリル軍、出発!! 敵はセントラルランドにあり!!」
その一言で、とうとうジャンゴたちは出発した。
最後の目的地、セントラルランドへと。
*
セントラルランド。コンゴラの村。
戦争が始まるということで、こういう小さな村は揃って避難準備を始めていた。
「あのおちびさんたち、大丈夫かのぅ……」
避難準備をしながら、ストリボーグは大分前に森で発見した赤いマフラーの少年を思い出した。
頼りがいがありそうで、どこかもろそうなイメージがあったあの少年。天使のような女の子と一緒にセントラルタウンに旅立ったはずなので、戦争の話は聞いているはず。
だとしたら、ちゃんと逃げ出しているのだろうか。それとも「力ある仔」として戦争に借り出されてしまったのだろうか。
「あんた! ボーっとしてないで準備しとくれ!!」
考えを中断させたのは妻であるハッグの一言だった。その一言でまず自分たちが逃げ出さないといけない事を思い出し、ストリボーグは準備を再開した。
こうして、小さな村から人が消えていく。
それは、前サバタや将来たちが立ち寄った風の魔界のフィラの村もそうだった。
ダークパレスの執務室。
そこに偽の魔王アゼルとゼットがいた。
「調子はどう? 大魔王さん」
「快調だよ……」
気楽なゼットの言葉に、人間体のアゼルはにやりと笑った。が、その笑みに無理があるのをゼットは見逃してはいない。
(大分存在が融合されちゃってるね……)
捨て駒にされたとは言え、ダーインはダークに認められるほどの力の持ち主だ。しかし、彼が取り憑いた男も魔界で大魔王と呼ばれる男。
常に彼らはアゼルの体内で、体の主権を求めて争いあっていた。
元々アゼルの中には兄ルシファーに対する羨望と憎悪が入り混じっていた。それに目をつけたダーインは、イモータルの力と言うエサをぶら下げたのだ。
取り憑きは、成功した。だがその後、彼らは目的の違いから争い始めたのだ。
ダーインの目的は魔界か天界に封印されているダークの欠片・ジャシンを覚醒させること。アゼルの目的はルシファーを倒して全てを支配すること。
それでも今までは相手の隙をつくなどして、お互いの目的を進めてきた。デビルとの融合による妹達の復活はダーインの狙いだったし、“力ある仔”を狩ったはアゼルの狙いだ。
しかし、肝心のイモータル3姉妹や“力ある仔”は、自分たちに反する者たちに組してしまった。
それはアゼルがダーインにゼットの事を詳しく教えなかった事と、ダーインがアゼルにデビルに宿ることでイモータルの意思は復活する事を教えなかったのが原因である。
足の引っ張り合いが招いた、最悪のミスだった。
早急に対応を考えないと大問題に発展するのは分かっている。が、二人ともこの期に及んでまだ相手の隙をつく事を考えているので、どうしようもない。
ゼットはそんなアゼル=ダーインを見て、肩をすくめて部屋を出て行った。
部屋を出ると、エレジーの付き人であるアスモデウスが控えていた。
「大魔王様は?」
「あー、あれはもうダメだね。残念だけど、もう元に戻してあげられない」
「そうか……」
幼少の頃からエレジーに付いていた彼は、エレジーの本音を知っている数少ないデビルだ。だからこそ、彼女がいないダークパレスにとどまり、元に戻す方法を模索していたのだ。
それは、イレギュラー的要因を速やかに元に戻そうとしていたゼットと同じ目的だったので、二人は協力していた。
「もうすぐ君の主も帰ってくるけど、どうする?」
「姫様が!?」
アスモデウスの顔色が変わった。できれば、姫様には変わり果てた父親の姿は見せたくないのだが……。
ゼットは参ったような顔で、こりこり頬をかく。
「正直、エレジーをここにつれて来る気はないんだけど、来るんだろうなぁ。それにあの3姉妹も」
エレジーはアスモデウスに説得させればいいのだが、3姉妹はどうするか。ゼットは少し考えてみることにした。
フェンリル軍の動きは、魔王軍にはばれていなかった。
理由は大魔王であるアゼル=ダーインの仲違いもあるが、本当の理由は違っていた。
セントラルランドに残る、ルシファー派のデビルたちの裏工作だった。
無事セントラルランドへたどり着いたジャンゴたちは、コンゴラの村で休息をとることになった。
避難勧告が出されているらしく、村には誰もいない。フェンリルは今後の方針を決めた後、決行の時間までゆっくり身体を休めておけと、ジャンゴたちに休息の時を与えた。
ジャンゴはその中で、自分を助けてくれたストリボーグの家に寄ってみた。
扉には鍵がかかっており、中に入ることはできない。窓ガラスを破れば入る事はできるが、そこまでやる理由はない。
仕方がないので扉の前に座り込むと、刹那が隣に座ってきた。
「よう」
「右手、大丈夫なの?」
ジャンゴが聞くと、刹那はにやっと笑った。ジャンゴもつられてくすりと笑うが、すぐに笑みが消えた。
「気にしてるのか、これ」
刹那がジャケットの袖を捲り上げた。幾重に巻かれた包帯も解くと、少しだけ不自然な色の義手が現れた。
数日前までは、刹那の右腕は生まれたときからあったものと同じものだった。それが、ジャンゴに斬られて今は義手へと変わっている。
「なあ。俺たち、出会ってから何日経ったんだ?」
唐突に刹那が質問してきた。反射的に、ジャンゴは指を折って日にちを数え始める。
「一ヶ月……は経ってるかな」
「そうか…。その間、色々あったよな」
「……そうだね」
ジャンゴはしみじみとうなずく。刹那やクールに会うまで、自分は魔界や天界を知らなかったし、行くとは夢にも思わなかった。
「後悔してるか? 俺たちと会ったこと」
刹那の問いに、ジャンゴは勢いよく首を横に振る。辛い事はたくさんあったけど、刹那をはじめとした友に会えた事は、素敵なことだった。
「辛いこともたくさんあったけど、でもそれと同じくらい嬉しいことや楽しいこともあったよ。
いろんな人に、助けられた。
終わりにしたり、消したりするのは、もったいないくらいに」
「そうか」
「明日もまた日が昇るなら、僕は生きていきたい」
皆が生きている、このセカイで。
そう言うジャンゴの笑顔は、太陽少年の二つ名に相応しい光ある笑顔だった。