SELECT! RESET OR CONTINUE?「痛みの先に」(救済編 vol.ANGEL)

 

 ファイアーランド本陣でジャンゴの暴走が収まった時、サンドランド本陣に将来&クレイ、エレジー、ドヴァリン、未来が攻め込んでいた。
 サンドランド軍も最後まで抵抗したが、デビルチルドレンたちに敵うわけもなく、スカアハたちはすぐに投降した。

 サンドランド軍はジャンゴたちのいる部隊が一番強いとされていたので、この部隊がやられた以上、もはやサンドランド軍がファイアーランド軍に敵う事もないだろう。

 そのジャンゴは、ファイアーランドの病院に収容された。
 右腕を失った刹那、力を使い果たしたアルニカ、無理がたたったリタも同時にファイアーランドの病院に担ぎ込まれた。

 

 

 

 あの戦いから、一日経った。

 ファイアーランドで一番大きな病院。
 そこの一階ホールで、サバタが何もせずにボーっと座っていた。
「はい」
 目の前に、ジュースが差し出される。
「トマトジュースじゃなくて悪いけど」
 ジュースから先を追って見ると、そこには未来がいた。確か刹那の手術中ずっと手術室の前から離れていなかったが、ようやく終わったのだろうか。
 礼は目でして、サバタはジュースを飲んだ。魔界のジュースの味は、サバタ好みの薄めの味ではない。それでも、今は水のように思えた。
 ほぼ一気飲みして一息つくと、ゴミ箱めがけて投げた。コントロール抜群だったので、軽く何かにぶつかる音を一つ鳴らしてゴミ箱へと入る。
「刹那は手術終わったのか?」
 サバタが聞くと、未来は静かにうなずいた。そして、未来も「ジャンゴ君たちは?」と聞き返してきた。
「リタはもう平気だ。アルニカだったか? ジャンゴが連れてきた奴は寝てれば元気になる。……ジャンゴは、いつまで寝ているか分からん」
「そう……。他の皆は?」
「将来と魔王の娘はあの白狼と一緒に今後の相談だ。五体満足で動けて、患者とあまり係わり合いのない奴らはここに来ても仕方がないだろう」
「そう」
 エレジーも刹那の所に来たかったでしょうに、と未来は思った。しかし、次はもしかしたらセントラルランドへ行くかもしれないのだ。エレジーはアドバイザーとして必要だったのだろう。
 往診に来た患者、患者を見舞いに来た面会者、その付き添い……。たくさんの人の喧騒がBGMのように聞こえる。
 そのBGMにぴりりりりと一つの不協和音が混じった。未来が慌ててポケットからデビホンを出す。しばらくは会話が続いたが、あるところで区切りをつけてサバタにデビホンを渡す。
「貴方によ。耳につけてれば声が聞こえるから、普通に喋りなさい」
 未来は簡単にデビホンの使い方をレクチャーする。サバタはそれを受け取り、言われたとおりに耳に当てた。
「何だ?」
『サバタか? ウチやウチ』
 黒い小さな魔法機から、懐かしいひまわり娘の声が聞こえてきた。一体どういう原理で繋がっているんだという疑問は置いておいて、サバタは話を促す。
『いや、デビホンって便利な機械やな~。こうして魔界にいるあんたとも簡単に会話できるし! レア物やなければ一個もろうて研究したいわ!』
「で、何があったひまわり」
 いきなり脱線した話を強引に戻す。隣の未来は、サバタの顔にこっそりと怒りマークが浮かび上がったのを見た。
 肝心のザジはサバタの顔が見えないものだから気楽なものだが、それでもさすがに本題に入らなければ怒るだろうと思い、話を切り替えた。
『なあ、ジャンゴに何かあった?』
「……何?」
 サバタの反応が少しだけ遅れた。地上にいるはずの彼女が、どうしてジャンゴの異変を察知できたのか。
 ザジはサバタのその反応で理解したらしい。一息つくと話し始めた。
『実はな、昨日夢見たんや。真っ暗い闇の中でジャンゴの形した人形が粉々に砕ける夢。最初ジャンゴ死ぬんか、と思って焦ったんやけど、よくよく考えたら気づいたんや。
 あいつ、笑ってるふりして笑ってないから。張子の人形のような奴やから』
 もうサバタはちょっかいをかけずに黙って話を聞く。
『ジャンゴがどう思うてるかはウチは分からへん。せやけど、あんたなら分かると思って。ジャンゴの兄貴のあんたなら』
「俺に何かが分かると思うか?」
 自分がさらった母に聞くまで、ジャンゴが弟だと知らなかった自分。わだかまりは消えたように見えて、全然消えていない。本陣に帰って、ようやくジャンゴの異変を知ったくらいなのだ。
 あくまで自分はジャンゴと同じ両親を持っただけ。サバタはそう思っていた。
「……しかしまあ、昨日起きたことくらいなら話してやる。人づてに聞いた話だから、いくらか脚色が入ってるだろうがな」

 そして、サバタは一つ一つ話し始めた。
 ジャンゴの変貌。吸血変異で得た黒ジャンゴのもう一つの力。惨殺の記憶。救い。

 話し終えると、ザジは絶句したのか、長い沈黙が落ちた。
 時間を気にしているのか、未来がデビホンとサバタを交互に見始めたとき、ザジがようやく口を開いた。
『サバタ、あんたはジャンゴの所に行かへんのか?』
「俺に何が出来る」
『……そう言って自分を過小評価するのは、ええ加減にせぇ!』
 いきなりのザジの怒声に、サバタは危うくデビホンを落としそうになった。
『エターナル事件の時、あんたウチに何言った?
 お前にしか出来ないことがある、そう言うてくれたよな? そのあんたが自分は何も出来ないなんてどういう理屈やねん!
 ええか? あんたはジャンゴにとって唯一の家族。ジャンゴのたった一人の兄貴や。誰が何と言おうと、それは変えられへん。
 あんたはあいつを弟として、どうも思うてへんのか!? あんたにとってたった一人の弟やで!

 今のジャンゴ見て、辛くないんか!?』

 畳み掛けるように頭に入り込んでくる言葉の数々に、サバタは何一つ言い返せなかった。
(……たった一人の、弟か……)
 その言葉が、サバタの心に染み渡る。
 誰よりも自分に似た少年。誰よりも自分から遠く離れているように見えて、一番近いところにいる少年。

 ……確かに、何も出来ないというのは、嘘だったのかもしれない。出来るということに、全然気づかなかっただけで。

 サバタは自然と、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 運びこまれた面子の中で一番軽症だったリタは、医者の許可を取ってジャンゴの看病をしていた(断じて拳で訴えてはいない)。
 看病、と言っても眠っているジャンゴの側にいるだけ。それでもリタはジャンゴの側にいた。
(これくらいでしか、償えないもの)
 事情は目が覚めたときに聞いた。……自分が操られてジャンゴを撃ってしまったことも含めて。
 誰もリタを攻めなかったが、逆にそれが彼女の心に重くのしかかった。いっそ自分のせいだと言ってくれれば、こんなに辛い思いをしないのに。
 泣き崩れそうになる心を何とか気丈に張り続けていると、ジャンゴがうっすらと目を開けた。
「ジャンゴさま!」
 リタが声をかけると、呆けた声で「リタなの…?」と聞いてきた。答えの代わりに、シーツの下にあった彼の手を強く握り締める。
 ジャンゴはかすかにその手を握り返し、二言だけつぶやいた。

「ありがとう。僕を引き戻してくれて」

 初めて見る、脆弱で儚い笑顔。ジャンゴは一瞬だけそれを浮かべると、またすぐに眠りに落ちる。

 その言葉でようやくジャンゴが自分たちの元へ戻ってきてくれたことを知り、

 リタは手を握り締めたまま、静かに泣いた。

 

 未来はアルニカの病室に行った。刹那の所は今日いっぱい面会謝絶だし、ジャンゴの所はリタが付きっ切りでいる。残った彼女が心配だったのだ。
 彼女も目を覚ましており、退屈そうに外を見ている。
「具合はどう?」
「悪くはないわ」
 ぶっきらぼうではあるが、未来の問いにちゃんと答えるアルニカ。
 前はジャンゴやリタでないとあまり質問に答えてくれなかったが、今はこうして答えてくれる辺り、彼女も少しは変わってきているようだ。
 黒ジャンゴに切られた羽もすっかり修復され、鮮やかなメッシュの色を取り戻している。元が天使なので、人間の姿に戻るつもりはないのだろう。
 あとは遠くで子供たちが騒ぐ声が聞こえるだけ。4人は全員個室を与えられていたため、この部屋にいるのは患者のアルニカと見舞いに来た未来しかいない。
「……ねえ」
「何?」
 珍しくアルニカの方から口を開いた。未来は簡単に相槌を打つ。
「何でリタは、何の力も持ってないのにジャンゴを止めようとしたの? 何で私に優しくできるの? ジャンゴがあそこまで彼女を信頼してるのはどうしてなの?」
「……どうして私に?」
 質問の嵐に、未来はまず質問を返した。アルニカはふっと一つ息をついてから「貴方が一番リタに近そうなんだもの」と答えた。
 その答えで、彼女がどういう答えを求めているのかを未来は即座に察した。が、少し考えるフリをして間を置く。
「……あの子は、自分の力とかそういうのを気にしてジャンゴに接してるわけじゃないのよ。ただ守りたい、側にいてあげたいって気持ちだけで動いてる。
 貴方とは違う。自分の気持ちのためだけに人を傷つけることが、どれだけ酷いことなのかを知ってるのよ」
 アルニカは黙って聞いている。確かにあのジャンゴを見た時に、どれだけ彼が酷く傷ついていたのかが分かった気がした。
 未来はそんな彼女の様子を見てから、話を続ける。
「私の周りもね、そういう人が多かった。私や刹那を守るためなら何でもやった子もいた。私もそうしなきゃいけないって思ったこともあったわ。
 でもね、実際刹那より強くなっても、彼を守れなかった時に気づいたのよ。自分の都合だけじゃ駄目なんだって。
 相手の気持ちを信じてあげられなくちゃその人を殺すのも同じだし、自分もどうすることも出来ないって」
「相手の気持ちを信じる?」
「貴方、ジャンゴ君を止める時彼を信じてあげた? 皆を信じてあげた? 『私一人でジャンゴを助ける』って思ってなかった?」

 未来の言葉に、アルニカは絶句した。
 その目をまっすぐ見ながら、未来はもう一つ付け加える。

「リタならきっと、『ジャンゴさまは自分の意思で戻ってくる。私に出来る事はあの人の手を引っ張ってあげることくらい』って言うと思うわ」

 アルニカの目から、涙が一筋こぼれた。

 いきなり泣き出した彼女を、未来は驚くことなく背中をなでてやる。手が鳥のようになっているので旨く涙が拭けずに、いくつかはシーツの上に落ちた。
「私は、ジャンゴに嫌われて当然だったんだね……」
「嫌いになったりしないわよ。あの子は貴方も大切な子だって思っているから、ここまで連れてきたのよ。
 それに、リタだって貴方の事を気に入っているもの。だから貴方に、一緒にジャンゴを助けようと言ったんだわ」
 これから変わっていけばいいのよ。私とエレジーのように。
 その言葉は心の中に仕舞っておいて、未来はアルニカをあやし続けた。

 次の日、サバタはジャンゴの病室を訪れた。
 ドアを開けると、患者のジャンゴは起きていて、看病人のリタはぐっすりと寝ていた。リタにはどこから拝借したのか、シーツがかけられている。
「兄さん。……久しぶり、って言うべきかな」
「どうとでも構わん」
 そうだね、とジャンゴは薄く笑った。よく観察してみると、前の笑顔とは微妙に違っている気がした。
「リタはあのままにしておいて。ずっと僕の看病をしていたから疲れてるんだ」
 ジャンゴは寝ている彼女のほうを向いて、そう言った。言われなくてもそうするつもりだが。
 しばらく彼は口を閉ざしていたが、やがてぽつりと「どうしよう」とつぶやいた。
「? どういう事だ?」
 サバタは弟の真意を測りかねて、眉をひそめる。その弟はうつむきながらぽつぽつと話し始めた。
「僕、アルニカのことどうにかしたくて残ろうとしたのに、結局どうすることも出来なかった。あの子に言いたい事だけ言って、何のフォローもして上げられなかった。
 魔界に飛ばされたら、人質取られて勝手に将軍に祭り上げられて、結局あんなことになっちゃって。
 やらなきゃって思った事は全然出来てないし、兄さんや刹那たちに迷惑たくさんかけてる。僕が一番ダメな奴じゃないか……」

 泣き始めると止まらなかった。

「おい!」
 サバタがジャンゴの肩を抱くが、ジャンゴは泣き止まない。

「ゼットが言ってた。イレギュラー的要因を引き寄せてる僕たちも何とかしないと、世界は交錯したままで混乱するって。
 でも僕が何かするたびに世界がますます混乱して、取り返しのつかないことばかりで、もうどうしようもなくなっちゃってる。
 僕が、皆を困らせてる。皆のために、何かしてあげなきゃいけないのに……」

 ……ジャンゴは、あまりに過酷で大きすぎる現実と自分の卑小さに、ずっとストレスを感じていたのだ。
 元々自己犠牲精神が強く、優しすぎた故の代償とも言えた。

「一番頑張らなきゃいけないの、僕なのに」
「馬鹿かお前。そうやって自分を犠牲にしているから、余計事が酷くなるんだろうが」
 ジャンゴの自虐に、サバタがぼそりと言い放つ。
「何でもかんでも、お前はすぐ自分を無駄にする。
 エターナル事件でもそうだっただろうが。黒ジャンゴ状態でパイルドライバーをやろうとして倒れたから、皆慌てただけだ。
 気持ちはもう皆に届いてる。お前って奴は、自分が思っている以上に影響力があるんだ。
 あのエンジェルチルドレンの事だってそうだ。あいつにはあれで充分だったんだよ。
 もしあそこでお前が突き放さなかったら、奴はここまで追っかけてきて、またお前をさらって閉じ込めようとしただろうからな。

 何かしようと焦って馬鹿をやるより、自分にしか出来ない事を落ち着いて考えろ」

 不器用な手つきでジャンゴの頭をなでてやると、ジャンゴはこくりとうなずいた。
「じゃあさっさと顔を洗え。ウカツにその顔を人に見せてみろ、俺が泣かせたからって半殺しにされるからな」
 確かに。涙でぐしゃぐしゃになった顔はリタには見せられない。ジャンゴはベッドから出て、部屋のトイレで顔を洗い始めた。

 すっかりとは言えないが一応元の調子に戻ったジャンゴを見て、サバタは病室を出た。
「いい兄貴だな、お前」
 部屋を出ていきなり、手を吊った刹那に冷やかされた。

 サバタはひょいっと肩をすくめるが、刹那にはただの照れ隠しにしか見えなかった。