「この人は、幸せだったんでしょうか?」
しあわせだったよ
すごく
カーミラの墓の前に少年がいた。
ラファエルによって散らされた花を丁寧に戻し、自分もまた持っていた花を墓前に添える。
「『魔女の烙印を押されし聖女、天に昇りて皆を望む』……」
墓に刻まれた文字を読む。ラファエルとは違い、少年の目には悲しみがあった。
「貴方は、幸せだったんですか?」
そこに眠っているであろう女性に向かって問いかける。
答えは、返ってこない。
「僕は、どうすればいいんですか?」
「与えられた道を歩くんじゃなく、道を探し当てて歩くのよ」
少年が声のほうを向くと、そこには未来とリタがいた。
ウリエルとの戦いが終わった後、刹那たちのところに行こうとしたのだが、リタがここに行こうと言い出したのだ。
太陽都市に来たことのないリタが唯一知っていた場所。そこを守ることはサバタの願いであり、リタがここまで来た理由の一つでもあった。
「私は貴方といっしょの道を歩けない。貴方が歩く道を見てあげることしか出来ないの」
「未来……」
少年――ナガヒサが泣きそうな顔になる。未来はナガヒサのそんな顔をしばらく見ていたが、やがて静かに首を横に振った。
「私では駄目なの」
「……兄さんが、また奪っていくんだね……」
「違うわ。貴方はナガヒサ。甲斐 刹那ではなく甲斐 永久(ながひさ)。
……それだけの話よ」
今まで聞いたことのなかった言葉に、ナガヒサの目が見開かれる。
「僕が甲斐 永久だから……?」
「ああ。お前はナガヒサ。たったそれだけの存在で、それ以外のものになっちゃいけないんだよ」
また新しい声が加わる。
未来たちが視線を向けると、刹那とジャンゴがお互いに肩を貸しながら歩いてきた。
「ジャンゴさま!」
「刹那!」
「兄さん!」
ラファエルとの激戦から、回復もせずに真っ先にここまで来たらしい。ぼろぼろの二人(+一匹)に、リタは大地の実を渡した。
リタから貰った大地の実を少しかじってから、ジャンゴはナガヒサの方を向いた。
「ナガヒサ君」
「分かってます。ラファエルとウリエルが倒れた今、ここに天使たちがいる理由はありません。全員撤退させます」
ナガヒサはカーミラの墓に視線を移した。
彼も分かっていたらしい。ここは繁栄を誇った都市の跡でも天使たちの足がかりの基地でもない。
カーミラという少女のためだけにある墓なのだ。
「ミカエル……父さんは天界に戻りました。天使たちの内輪もめで、デビルたちに隙を与えないために。
魔界も天界も内輪もめが続くこの状況では、とてもハルマゲドンやラグナロクを起こせません。
だからこそ、一歩前に出れば有利に立てる。父さんはそう思って、サン・ミゲルに天使たちを派遣したんです。
天使たちにとって、イモータルが消えたあの街は、前線基地にはもってこいの場所でした。
でも……」
太陽少年とデビルチルドレンの邂逅により、その話は頓挫した。だが、同時に『太陽少年』という新しい駒を発見した。
自分たちのメシアでは到底持てない力を持つ駒を。
そこから天使たちの体勢が大きく崩れていったのである。
「ジャンゴさん、これを」
ナガヒサは下に置いていた箱をジャンゴに手渡す。
ふたを開けると、虹色の輝きを放つ宝石と短剣みたいなのが入っていた。
「これは…」
「虹色のメシアの角と瞳です。僕が持つより、貴方が持つほうがいい。
貴方はメシアだから」
「ナガヒサ君……」
ジャンゴは静かにふたを閉めた。これはもらうわけにはいかない。
「ナガヒサ君、さっき刹那が言ったように、僕は太陽少年だけで充分だよ。メシアになる気はない。
ナガヒサ君だって、ナガヒサ君なだけであってメシアではないんだよ。エンジェルチルドレン、それだけで充分じゃないか」
ジャンゴの優しい声にナガヒサは深くうつむいた。
刹那の顔は無表情で、何を考えているかは読めない。だが、その目は弟を責めていなかった。
――お前が、選べ――
「……僕には、分からない……」
今まで、何も選んだ事はなかった。
彼の隣には常に誰かがいた。誰かが代わりにその選択をした。それは刹那であり、天使たちであり、父であった。
今は誰もいない。自分で選択しなければならなかった。
「どうやっていいのか分からない……」
「それで、いいんですよ」
リタが慈悲深い声でナガヒサを諭す。
「時が来れば貴方も分かります」
「時が来れば……?」
差し伸べられた手。
ナガヒサはそれを取るべきか取らざるべきか迷っていた。
メシアになれなかった自分。選ばれることがなかった自分。
願いが叶うことのなかった自分。
何もしていなかった自分に、手を取る資格なんてあるのか。
でも。
「……僕は、もう一度、選びなおしたい……」
ナガヒサは差し伸べられたリタの手を取る。
リタはその手を刹那に握らせた。
「帰って来い。ナガヒサ」
握った手から、ナガヒサの天使の力が流れ込む。
それがナガヒサの答えだった。
太陽都市から、天使たちがどんどん去っていく。
天使の力をほぼなくしたとは言え、ナガヒサは天使長ミカエルの実子である。その権力は偉大だった。
二つに分かれていた天使たちが、仲良く揃って天界に帰っていく。奇妙ではあったが、それは正しい光景でもあった。
「……ジャンゴさん……」
去り行く天使たちを見ながら、ナガヒサはジャンゴに問う。
「あのお墓の中の人は、幸せだったんでしょうか……?」
ジャンゴは去り行く天使たちから視線を外し、少し俯いた。
「しあわせだったよ。すごく」
ジャンゴの目から一筋の涙がこぼれたことは、誰も知らない。
*
太陽都市から天使が消え、天界でもメシアをめぐっての抗争は一段落着いた。
ジャンゴもナガヒサもメシアとしての道を拒んだため、天使たちは計画を大きく変更せざるを得なくなった……それが真相だが。
しかし、サン・ミゲルでは未だに天使たちが徘徊し、街人たちの精神操作は解けていない。
また天使が先に降臨したことにより、デビルがいつ来てもおかしくない状況にもなった。
太陽都市から天使の姿が消え、ジャンゴとリタが狙われることがなくなった。それだけの話である。
結局、世界をめぐる戦いはまだ終わっていないということだ。
(SolarBoy meets DevilChildren 終了)