そういえば、とジャンゴは思う。
これだけ騒いでるのに、何故、町の人は気づかないのだろう。
天使の降臨に、何故、誰も騒がないのだろう。
天使たちの本拠地を探すために、情報集めに飛び出して丸一日。
結果からして、有益な情報はつかめなかった。
「正確な位置は絶対に話さないのよね」
未来が疲れたように伸びをする。隣で刹那がくたくたとテーブルに張り付いた。
「サンクチュアリ……聖域ってな」
そう。
どんなに天使を問い詰めても、答えは常に「サンクチュアリから」なのだ。位置を問い詰めても、「お前達デビルには絶対には入れない」と返される。
相当なかん口令が敷かれてあるようだ。
「それにしても妙ですよね」
リタが全員に水を配りながら言う。
「誰も移動する天使たちの影を見ていないんでしょう? どこから来るにしても、ここにやってくる影が見えてもおかしくないのに…」
「それだ! 誰も移動するのを見ていないんだ!」
サバタが手を叩く。
「どういうことや?」
ザジがサバタの顔を覗き込んだ。サバタはザジに一瞥くれてやってから、刹那に尋ねる。
「おい刹那、あの“天使のツバサ”ってやつは一度に何人くらい飛ばせる?」
「え? いつもは俺とクールだけで使ってるし、2人が限度じゃないか?」
「そうか」
刹那の答えに、サバタはますます確信を得た顔つきになる。それと対照に、ザジの顔は?マークでいっぱいになる。
「転移魔法使うてへんのなら、どうやって影一つなくここまでこれるんや?」
転移魔法による移動を考えていたらしいザジは、ますます分からないと首をかしげた。
サバタが自分の考えを披露しようとしたその時。
こん こん
ドアをノックする音。
「はーい」
ジャンゴがドアを開けると、そこにはスミレとクロがいた。
「スミレちゃん、どうしたの?」
ジャンゴがスミレの手を取ると、スミレは強く握り返した。手を取るのではなく、手を取られた感じだ。
「?」
ジャンゴが不思議そうに、スミレと手を交互に見ると、スミレは手を引っ張って言った。
「お兄ちゃん、天使様が呼んでるよ。早くサンクチュアリに行こう」
「……へ?」
スミレらしからぬ言葉にジャンゴが一瞬固まっていると、刹那が繋いでいる手をはたいて離させた。
「刹那!」
「ジャンゴ、この子は天使たちに精神操作されてるんだ!」
「精神……操作?」
聞きなれない言葉に、刹那のほうを向くジャンゴ。それを見たスミレが怒り出した。
「お兄ちゃんに触らないで! この悪魔!!」
スミレの怒りに反応して、クロが刹那に飛び掛った。
「ふーっ!」
クロのうなり声にあわせて、背中から羽が生える。爪が鋭くなり、牙も大きくなった。
変貌したクロの牙が刹那の首元を捉えるかと思われたが。
「ザン!」
ベールが風を起こしてクロを吹き飛ばす。真空の刃が混じった風は変貌したクロを切り裂くが、その先からどんどん修復していく。
「未来、そいつは普通の猫やあらへん! 普通の攻撃は無理や!」
クロに太陽魔法のフリーズをかけるザジ。硬直したクロに、サバタが魔法をかけて取り付いているモノを剥がそうとする。
「サバタちゃん、ダメ!」
サバタの腕にスミレがしがみついた。横槍が入ったことにより、クロは硬直状態から脱出してリタを捕らえようとする。
「ちっ!」
サバタが暗黒銃をクロの足元に撃つ。一応猫のクロは、軽々とかわしてサバタのほうを向いた。
「兄さん!」
ジャンゴが剣を抜いてサバタに加勢しようとするが、そのサバタの言葉で足を止める。
「ジャンゴ、行け! サン・ミゲルから脱出しろ!!」
――視線が刹那と未来に移る――
「刹那、未来! ジャンゴとリタを頼む!」
「兄さん達は!?」
「俺たちのことはいい! それより、天使たちを叩け! おそらく奴らの居場所は太陽都市だ!!」
「!」
ジャンゴがはっとする。確かに、あそこなら誰にも気づかれずに事を進めることが出来るだろう。空を飛べる天使たちにはふさわしい本拠地だ。
「必ず天使たちを追い出せ。
……あそこは、あいつが眠る神聖な場所なんだ」
「分かった」
ジャンゴは深くうなずいた。太陽都市がサバタにとって特別な場所であるという事は、ジャンゴとリタだけが知る秘密だ。
刹那たちの準備が整ってから、ジャンゴとリタは宿屋を飛び出した。
*
ジャンゴとリタ、刹那と未来はあえてばらばらに行動した。
天使たちの狙いであるジャンゴとリタ、天使たちの敵である刹那と未来。ばらばらに行動することで、天使たちや精神操作されている町の住人達を二つに分けたのだ。
サン・ミゲルに不慣れな刹那と未来は陸番街から街門へ。サン・ミゲル出身のジャンゴとリタは、肆番街に出て弐→拾弐→拾→捌と遠回りで街門へ向かう。
しかし、天使たちはかく乱できても街の住人たちは正確にジャンゴたちを追い詰めていく。
「ジャンゴさま、後ろ!」
リタに言われるまま後ろを向いてみると、マルチェロが剣を持った天使・ゼパールと共にジャンゴたちを追いかけてきていた。
「マルチェロさんまで……」
争いを好まず鳥や小動物を愛する彼が、あそこまで血眼になって自分たちを探している。その現実にジャンゴは怒りを覚えた。
(スミレちゃんだって、あんな酷い事を言う子じゃないのに!)
天使たちは捕らえた敵を洗脳して仲間に攻撃させることも厭わない。
未来が言っていたことを思い出したジャンゴは、拳を強く握り締めた。
許せない。
そこまでして、メシアを探し出したいのか。
そこまでして、正義の味方をしたいのか。
そこまでして、世界を終わらせたいのか。
そこまでして、世界を操りたいのか。
マルチェロは確実にジャンゴたちに近づいてきている。埒が明かない。
「リタ、日焼け止め出して!」
「え? あ、きゃっ!」
リタの答えを待たずに、ジャンゴはリタを抱き上げる(俗に言うお姫様抱っこである)。同世代の子なので、かなり重い。……本人目の前にそれは言えないが。
「おおおおおおっ!」
トランス。同時に噴き出す大量の汗を見たリタは、急いで黒ジャンゴに日焼け止めを塗る。
「しっかり掴まってて!」
またリタの答えを待たずに大きくジャンプ。マフラーが変化した翼は、空を飛ぶことは出来ないものの、空中制御ぐらいは可能である。
壁蹴りを繰り返して屋根まで上ったジャンゴは、そのまま屋根を渡りながら街門を目指した。
「天使たちに見つかるんじゃないですか!?」
「地上を走るよりこっちのほうが早いよ!」
それに、街の住人を避けられる。
天使が相手ならともかく、知り合いに剣を向けるのはさすがに気持ち悪い。
街門まで、あともう少しだ。
街門には、すでに刹那と未来が到着していた。
ジャンゴはリタを下ろして、赤ジャンゴに戻る。
「太陽都市の場所は知ってるのか?」
刹那の質問にジャンゴはうなずく。太陽都市はイストラカンの中心あたりに、いまだ浮いているはずである。
「急いで出発しましょ」
未来が先に立ち、ベールが後を追う。
ジャンゴは一度サン・ミゲルの方を向いた。
イストラカンに旅立つ時、この街は闇に覆われていた。
だが、今は眩し過ぎる光に覆われている。
(どちらにしても、逃げるように旅立ったのは同じか)
ジャンゴは覚悟を決めた顔で、サン・ミゲルの街を後にした。