もし、知らない誰かのせいで、自分の未来が壊されそうになったら、どうする?
「そんな事言われても困るよ!」
翌日。
ジャンゴたちは宿屋の一階で自己紹介がてら、話をまとめていた。
ザジが視たという星読みのヴィジョンは、どうやらハルマゲドンとラグナロクの事だというのがここで判明した。
「とは言え、あくまで可能性の話や。いつ未来が変わるかは分からへんで」
ザジが頬杖をつく。
「で、肝心の虹色の角と瞳の行方は分からないのか」
サバタの問いに、刹那と未来は首を横に振った。
「たぶん本拠地で厳重に保管されてるんだろうけど……」
「その本拠地もまだ分からないのよね。もしかしたら、地上にはないのかも」
「地上にないとしたら、いったいどこ? 地中? それとも空?」
ジャンゴが話に加わった。
「空か……」
サバタがジャンゴの言葉に少しだけ反応する。とは言え、本当に少しだったので誰も気を回さなかったが。
「それにしても、天使がリタだけでなく、ジャンゴも狙ってくるのは予想外だったな。いったい何でだ?」
「その答えはウリエルが言ってくれたよ」
クールの疑問にはパートナーの刹那が答えた。
「おそらく、ジャンゴが半ヴァンパイアになれることを天使側も知ったんだ。ノルンの鍵を持てる絶対条件「光と闇」を持つジャンゴなら、メシアにふさわしいって考えたんじゃないか」
「で、内部抗争が勃発したんだろう。
今までメシアとして立ち上げてきたナガヒサって奴を立てるところと、ジャンゴを新しいメシアに仕立て上げようとするところで」
サバタがぴんと指を立てて、刹那の説明を繋げる。ウリエルの襲撃とラファエルがジャンゴを探していた理由が、これできれいにまとまった。
刹那とサバタの説明を聞いたザジが呆れたようにつぶやいた。
「それにしても、本末転倒っつーかあほやな、天使たちは。自分たちが仕立て上げたメシアの子はどう足掻いても、光の力しか持ってへん。
残りの条件である「闇」はどうやってクリアするつもりやったんや?」
「さあ? 天使たちはまだ手を持ってるかもしれないし」
未来が適当に答える。隣で羽の手入れをしていたベールが困ったように未来に聞いた。
「ねえ未来。もしジャンゴ君が天使側に連れ去られたら、ナガヒサ君は要らない子って処刑されちゃうんじゃない?」
「「!?」」
全員が絶句する。
「確かに、ジャンゴ君が連れ去られたらナガヒサ君は用済みになる……」
「……襲撃の真の理由は、ジャンゴを消すことでナガヒサが処刑されるのを逃れるためか……!」
未来と刹那は顔を見合わせた。
ジャンゴをメシアに仕立て上げようと言い出したのは誰だか分からないが、
天使が二つに分かれている今、危険なのはジャンゴとリタだけではなくナガヒサもそうなのだ。
……どうやらこの戦い、ただジャンゴとリタを守っていればいい、とはいかなくなったようだ。
「天使たちの本拠地を突き止めよう」
ジャンゴが強い声で言った。
「ナガヒサ君がどういう子なのか分からないけど…、それでも刹那の弟なんだ。むざむざ殺させるわけには行かない。
天使たちの本拠地に行って、虹色の角と瞳を取り返すのと一緒に、ナガヒサ君も助けだそうよ」
「ふっ……、どこまでもお人よしだな。お前は」
サバタが呆れたように――だがどこか嬉しそうな顔で言う。今まで黙っていたリタも腕まくりした。
「そういう事なら、私も本気で行きますよ!」
(それは怖いからやめて)
ジャンゴが速攻で心の中で突っ込んだ。
刹那と未来はもう一回顔を見合わせて、静かにうなずいた。どうやら、ジャンゴの案に賛成という意味のようだ。
クールとベールもふふっと微笑を返しあう。
「なら、決まりやな! まずは天使たちの本拠地を突き止めるんや!」
ザジが杖を持って立ち上がる。それにあわせて、サバタと刹那、未来も立ち上がった。ジャンゴとリタも立ち上がるが、未来に止められる。
「貴方たちはここに残って。情報を集めるだけだし、私達の仲魔も残していくから」
「……分かった」
サバタたちが出て行くのを見送って、ジャンゴは改めて座りなおした。リタがそんなジャンゴに水を渡す。
半分くらい飲んでから、ジャンゴはポツリとつぶやいた。
「本当、メシアってなんなのさ?」
『ノルンの鍵を操る者。そして、世界を導く者です』
「!」
聞いたことのない声に、ジャンゴとリタは身を硬くする。
『貴方はあくまでも太陽と暗黒の力を持つだけ。光と闇を持つメシアにはなれないはずなんです。でも、天使たちがみんなして騒ぐから。
僕は不安要素を消さなくちゃならない。裏切られることがないように』
「ナガヒサ君?」
ジャンゴはどこかにいるであろうナガヒサに声をかけた。
ナガヒサの声は続く。
『この世界は終焉を迎えようとしている。空からの悪意が降り注がんとしている中、僕たち天使が地上を纏め上げ、それに対抗しなければならないんです。
僕はその指導者になるべく、父や仲魔から教えられてきた。それなのに』
「ジャンゴさま」
リタが玄関のほうをあごで指す。
どうやら気配はそこからするようだ。
「君はいったい、どうしたいの?」
『僕はやり直したいだけ。この運命から逃れるために。
……僕の願いはもう二度と叶うことがないから』
「……願い……?」
『もし、知らない誰かのせいで、自分の未来が壊されそうになったら、どうする?』
ジャンゴがドアを開ける。
そこには、刹那にそっくりな少年が立っていた。
酷く傷つきながらも、正しいことをしていると信じきっている眼をしている少年がいた。
(昔の僕みたいだ)
かつてイストラカンへと旅立つ時、自分はこんなに小さい存在だった。
だが、おてんこさまと出会い、リタと出会い、サバタと出会い、今の自分がいる。
この少年は、誰にも出会わなかった。
天使たちが出会わせなかった。
「そんな事言われても困るよ!」
ジャンゴの一言で、刹那がデビライザーをナガヒサの頭につけた。
ナガヒサに気配を悟られずに刹那が近寄れた理由。
それはおてんこさまが太陽結界を張ったからである。ソル属性の結界を宿屋中に張り巡らせることによって、同じ属性とナガヒサに誤認させたのだ。
「兄さん……」
「ナガヒサ、俺たちの所に戻れ。天使たちがお前をどういう風に見ているか、分かっているんだろう?」
「でも、ミカエル……父さんは僕を息子として必要としてくれる。メシアでなくても、僕は大切な息子だって。
僕は必要としてくれる人のところにつく」
いつの間にいたのか、隣にいた白い猫――スフィンクスが口にくわえていた金の羽根をぱっと離した。
「天使のツバサ? ……トラポートか!」
ナガヒサとスフィンクスの輪郭が薄くなっていく。
『僕は未来を奪った兄さんが許せない。全てを奪おうとする貴方も許せない。
……僕は自分の力で、全てを手に入れなおしてみせる』
「ナガヒサ、待て!」
刹那がデビライザーを構えなおすが、すでに遅くナガヒサとスフィンクスは消えた。
すっかり色が抜け落ちた羽根が一枚、はらりと落ちる。
「……ナガヒサは、あくまで天使側の人間として戦うつもりなのか」
「連れてくるのが、難しくなったね」
「あいつは昔から依存症だったからなぁ…」
刹那が困ったようにぽりぽりと頬をかく。その様子からして、かなり甘やかしたらしい。
「でも、僕は彼が天使の所にいるのはまずいと思う。そうやって甘やかし続けたら、いつか壊れちゃうよ」
「だな。今は、奴らの本拠地を見つけ出すのが先決か」
「……ジャンゴさま。私、ナガヒサ君の気持ち、何となくわかる気がします。」
リタがジャンゴに声をかけた。ジャンゴと刹那がリタのほうを向く。
「彼がああなったのは、甘やかし続けたんじゃなく、彼がそう望んだからだって思うんです。
必要とされてない、って子供が思うのは絶望を感じるのと同じなんじゃないでしょうか」
「リタ…」
「でも、私も彼を連れ戻すのは賛成ですけどね」
そう言ってリタはにっこり笑う。刹那はその笑顔を見て、未来を思い出した。
その笑顔を見て、ジャンゴがちょっとだけ顔を赤くしたのは、また別の話だ。