「ハルマゲドンを起こそうとしているのは分かったけど、それとリタにどういう関係があるんだ?」
答えは刹那でもクールでもない、第3者からだった。
「エンジェルチルドレンよ」
驚いた4人がドアのほうを見ると、いつの間にかドアを開けて入ってきた少女がいた。
前髪をバレッタで止めておでこ全開にしたヘアスタイル。ジャンゴのマフラーといい勝負な長さの赤いスカーフ。連れているのはピンクの鳥……によく似た生き物。
「未来! ベール!」
刹那が少女の名前を呼ぶ。未来と呼ばれた少女は、刹那とジャンゴの間に割って入った。ベールと呼ばれた鳥に似た生き物は未来のひざの上に座る。
「えーと…」
新キャラに戸惑うジャンゴとリタに、未来はにっこりと笑った。
「貴方たちがジャンゴ君とリタちゃんね? 私は未来。要 未来(かなめ みらい)って言うの。こっちはグリフォンのベール」
「鳥じゃないからね!」
ベールが最初にそう注意する。どうやらクールと同じく、何回も勘違いされたことがあるようだ。
「あ、こちらこそよろしく」
「未来さん、よろしくお願いしますね」
未来の引き込まれそうな笑顔に、ジャンゴとリタもつられて笑顔で挨拶した。
「で、エンジェルチルドレンって?」
刹那が話を元に戻した。未来は少し抑えて、と刹那の前に手を出した。
「天使たちは、エンジェルチルドレンをメシアに仕立て上げたがってる。そして、そのメシアを支える妻として、聖女を求めてるのよ。
私も一時期狙われたんだけど……、どうやらこの町で私よりも都合のいい娘を見つけたみたい」
「それが私ですか……」
リタが自分の胸を押さえる。
それにしても妻だなんて……。天使たちは考えが早すぎる気がしてならない。
「私もよく分からないんだけど、巫女ってのは純潔なのが第一らしいし。神やメシアの花嫁としてこれ以上の人材はないって思ったんでしょうね」
「太陽樹を育てる力もあるからなぁ」
ジャンゴが思い出しながらつぶやく。
太陽樹は生命の社。そしてその樹を守り、育てる力を持つ大地の巫女は絶好の相手だったのだろう。
(でもなぁ…)
敵を目の前にしてのあの暴走モードを思い出すと、どうしても彼女が『聖女』に思えない。優しい、いい子なのは認めるが…。
さて、未来の話は続く。
「ノルンの鍵は、普通はメシアの角とメシアの瞳に分けられてるの。青、金、白、紫、緑、赤、虹色の7つ。
そのうち青、金、白、紫、緑、赤は集めることが出来たんだけど、虹色は天使たちが奪ってしまったのよ」
「虹色は俺達が持ってたんだけどな」
刹那が話を繋ぐ。
「メシアの角は男の子にしか、メシアの瞳は女の子しかもてない。エンジェルチルドレンが男の子だとしたら、パートナーとして女の子を捜すのは当然だな」
「あの、刹那……」
未来が何か言いたそうな顔になるが、刹那は未来の顔を見ていないので話を続ける。
「とにかく、今はこの町にとどまっているほうがいいな。リタだっけ? 君が天使に連れて行かれたら、奴らはすぐにサンクチュアリに行ってハルマゲドンを発動させるだろうし。
なにより、俺達の牽制としてリタを差し向けるかも」
「そんな! それじゃイモータルと同じじゃないか!」
ジャンゴが悲痛な声で叫ぶ。
「天使たちはそういうことを平気でやるわ。自分たち以外の生き物はみんな下等生物だと思ってる。
だから私達の仲間の姿をした刺客を差し向けたり、洗脳させて助けに来た仲間を殺させようとするなんて常套手段なのよ」
未来が厳しい声で言う。
自分にも経験があるのかもしれない。だからここまで断定できるのかも、とジャンゴは思った。
未来はリタとジャンゴを交互に真剣なまなざしで見る。
「だからね、絶対にその子を一人にさせないで。天使たちはまだここを突き止めてないと思うけど、ウカツに出歩いたり一人にさせたらさらわれるわ。
それでも強引な方法で連れて行かれるかもしれないけど、貴方が一緒なら何とかできるかもしれない。ハルマゲドンが発動したら、それこそ全ておしまいだから」
ジャンゴとリタは真剣な顔でうなずいた。
自然と二人の手がつながれるのを見て、刹那は安心した。
(こいつらなら、大丈夫だ)
*
天使たちがリタを狙っているということなら、果物屋にずっといさせるのはまずい。とは言え、自分たちの家だと狭すぎる。
ということで、ジャンゴたちは宿屋へやってきた。
「あれ? ザジがいない?」
いつもならカウンターにいるザジが、今日に限っていない。実はサバタと一緒にこの事件の真相を探りに出かけたのだが、ジャンゴはそれを知る由もない。
「刹那、あのね……」
視界の端で未来が刹那に話しかけるのが見えた。何となく興味を持って、耳を澄まして彼らの会話を聞き取る。
「エンジェルチルドレンの話なんだけど…」
「言われなくても分かってるよ。ナガヒサだろう?」
「知ってたの?」
「ああ。ここに来る前にあいつに会った。ハルマゲドンの話もあいつから聞いたんだ」
「……いいの? ナガヒサ君は…」
「あいつはもう覚悟を決めてる。オレも、覚悟は決めたさ」
「そう……。ならいいけど」
(ナガヒサ? 覚悟?)
いくつもの単語を組み合わせて出た結論は、一つだった。
夜。
ジャンゴは寝付けずに部屋を出た。
いつもザジが使っている部屋を少し覗いたが、誰もいなかった。どうやら夜通し歩き回っているようだ。
(疲れないのかな?)
たぶん兄も一緒だから大丈夫だろうけど、とジャンゴは楽観的に思った。
「あれ?」
ふと、暗がりから声がした。目を凝らすと刹那が立っている。
「眠れないのか?」
刹那の質問にジャンゴはうなずいた。
「俺も眠れないんだ。ちょっと外に出ないか?」
星がたくさんちりばめられた空に、満月に近い月が浮かぶ。
「きれいな空だなー。ウチの近くは空が汚くてさ」
刹那が感動する。ジャンゴは宿屋の壁にもたれながら座った。
「あのさ、刹那君……」
「刹那でいいよ。その代わり、オレもジャンゴって言うから」
「あ、そう? じゃあ刹那……」
ジャンゴは刹那と未来の会話を聞いてから、ずっと聞きたかったことを聞く。
「さっき話に出てたエンジェルチルドレン、ってもしかして君の弟か何か?」
刹那の顔が一瞬固まる。が、すぐに柔らかな笑顔になった。
「オレ達の話、聞いてたな?」
「ご、ごめん。結構声大きかったから……」
ジャンゴは慌てて嘘をつく。気になって盗み聞きしてました、なんて言ったら刹那に悪い。
刹那はばつの悪い顔をしたが、すぐに真剣な顔つきになる。
「オレとナガヒサは母さんは同じなんだけど、父さんが違うんだ。異父兄弟ってやつ。
オレはデビルの力を受け継いだ。ナガヒサは天使の力を受け継いだ。それだけの話さ」
「でも、兄弟が戦うなんて」
「確かにな。オレも最初はナガヒサを助け出したい一心で、デビルチルドレンの道を歩いてきたんだ。それがいざ再会したら敵同士、なんてさ。
最初はこんな事になったのを恨んだぜ。でも、天使のやってることが正しいとはとても思えなかった。だからオレは弟と戦うことを決めたんだ」
刹那のその横顔に、ジャンゴは彼の強さを見たような気がした。
例えどのような事になっても、自分の信じたことを最後まで貫く。誰が相手であってもひるむ事のないその気高さ。
(僕は、どうなんだろう)
暗黒城で、兄だと知ったサバタ。
もし、その前にサバタが兄だと知ったら。自分は戦えたんだろうか。
カーミラとの絆を知ったら、自分は最後まで彼に立ち向かえただろうか。
思いつめたジャンゴの顔を見て、刹那は慌てて手を振った。
「おいおい、あまり気負うなよ。オレは別にナガヒサを殺したい、だなんてこれっぽっちも思ってないよ。この戦いさえ終われば、またもとの兄弟に戻れるって思ってるしさ」
「……そう?」
「そうそう」
ジャンゴは刹那が自分を慰めるために、あえて楽観的な観測を言っているに過ぎないことに気づいていた。その優しさが、ジャンゴは羨ましいと本気で思った。