Change Your Way・11「遠い幻」

 昼ごろに、ジャンゴは仲間を集めてユキを紹介することにした。遅い時間になった理由は、サバタとカーミラが午後まで起きなかったからだ。
 地下水路の隠し部屋では名前を名乗りあうぐらいの単純な自己紹介しかしなかったので、ジャンゴたちやユキは互いに質問しあった。境遇や、自分の過去などを。
 ユキはジャンゴたちの境遇などを一つ一つ聞いては素直にうなずき、問いかけられた質問のうち答えられるモノはきちんと答えた。それはこういうものである。
 彼は『霊力』と呼ばれる力を持つ――ある意味「亜生命種」に等しい――人々が隠れて暮らす村で、家族とささやかに過ごしていた。
 しかし、自分たちの力を恐れた人々による焼き討ちが村を襲い、ユキは両親や村の人々をなくしてしまった。残されたのは両親が自分のために用意してくれた道具とたった一人の姉のみ。
 姉は幼いユキを守りながら、ユキはそんな姉をかばいながら二人で旅していたが、ある時謎の生き物に襲われて離れ離れにされたのだ。
 ユキは生き物に教われて意識を失う前に、自分が何処かへ連れ去られてしまう感覚だけを覚えていた。
「自分が知っているのはこれだけ。あとはジャンゴさんとおてんこさまが僕を起こしてくれて、今こうなってるんだ」
 壮絶な過去をさらりと語るユキだが、その顔はやはり辛さに満ち満ちていた。ジャンゴなら表情を隠していただろうが、ユキはまだ幼いゆえ感情が素直に出るようだ。
 話を聞き終えたジャンゴ達は、そのユキの過去に同情した。サバタはいつもの皮肉まみれの仏頂面だったが、余計な茶々を入れない辺り、彼の境遇をせせら笑うつもりはないようだ。
「で、これからどないするんや?」
 ザジが至極まともな事を聞く。このまま姉を探して一人さすらうのか、それともどこかに落ち着けて力を隠しながら生きていくのか。
 ユキはそのどちらの選択も選ぶつもりはないようだ。背中に背負ったハンマーを撫でて、「僕とお姉ちゃんが、どうしてあそこまで狙われなければいけないのかを調べたい」と答えた。
 年不相応なほどにしっかりとした彼の性格に、ジャンゴは内心感心する。辛い過去が彼をここまで強くさせたのだろう。……ただ、どこかしら危なっかしい所は感じられるが。
 それは他の仲間も思ったらしく、ほうと感心のため息が誰かからこぼれた。

 さて、ユキの紹介も終わったので、話は今後のことに流れていく。先陣を切ったのはサバタとカーミラの報告だった。
 遺跡の崩壊。それは隠し部屋をつい最近知ったジャンゴとおてんこさまに、かなりのショックを与えた。
「誰の原因かは分からないのか?」
「ええ。強い魔力は感知しましたが、相手が誰かは。転移した時には、もう遺跡も相手もいませんでした」
「……大方の予想はつくがな」
 サバタがぼそりと呟く。それはジャンゴとおてんこさまにもついていた。
 おそらく、遺跡を破壊したのはクストース……ヤプトだ。理由はあの隠し部屋にあった「魂の再構成」の禁呪を、誰の手にも渡さないため。
 ザナンビドゥはあれを使って父親を蘇らせたかったようだが、クストースの総意ではあの禁呪を世に知らしめたくないようだ。だからヤプトが何らかの手を使って、遺跡ごと消滅させたのだろう。
 と、唐突にケーリュイケオンが勝手にカタカタと鳴る。杖の精霊であるセイが何かを言いたいらしい。
 ザジが手にとってしばらく瞑想する。人間体を持っていた頃とは違い、杖の姿ではザジとしか会話が出来ない。結構不便だよなぁとジャンゴは思った。
「……セイが、『シヴァルバー』にいく方法に一つ心当たりが出来た言うてる」
「え!?」
「何だと!?」
 セイの言葉に全員が浮き足立った。ザジは一つうなずいてみんなに話そうとするが。

 ジャンゴは、その時誰かに呼ばれた気がした。

「……?」
 セイの発言よりも、その感覚が気になってしまうジャンゴ。みんなにはトイレとごまかして、外に出た。

 

 人影を追い、リタはただひたすらビドゥと共に見知らぬ場所を走り続けていた。
 幾何学的な場所から要塞のような場所へ、そして少しずつ岩盤が目立つ普通の洞窟のような場所へと移り変わっていく。
 やがて、確かな日の光が彼女の目に飛び込んできた。
(出口ですわ!)
 リタにとってそれは希望の光そのものだった。ビドゥもその光を浴びて嬉しそうににゃーんと鳴く。前に敵の追っ手さえいなければ、脱出できる。
 警戒はしたまま、それでもペースを速めて出口から飛び出す。心配していた追っ手らしい気配は、どこにもなかった。
「……っはぁっ!」
 外に飛び出した瞬間、足を止める。全速力のペースに慣れきっていた体のあちこちが、急に痛みを伴って疲れを訴えた。敵がいない安堵感もあって、つい座り込んでしまう。
 ビドゥがその膝の上に座り込むのを見てから、リタは辺りを見回した。
 深い森の中か断崖絶壁に囲まれた場所――その予想を裏切り、近くに建物がいくつか見える。規模からするに、かなり大きめな町だ。
 あそこへ行けば、今の場所の手がかりが得られるだろうか。そう思い、疲れたままの足に鞭打って立ち上がるが。

 ――君はそっちに行っちゃだめだ!

 直接脳内に飛び込んできた声にまた座り込んでしまう。
 動こうとするが、まるで何らかの呪縛の魔法でもかけられたかのように動けない。顔だけでも動かしてまた辺りを見回すが、あるのは影一つ無い自然の景色のみ。
 ビドゥの方は何も感じなかったらしく、リタの顔を見上げて心配そうに鳴いた。
 リタは不安そうなビドゥに向かって微笑んでからもう一回腰に力を入れると、今度はあっさりと立ち上がることが出来た。そのあっさりさにリタは首を傾げる。
 さっきのはただの疲れから来たものだろうか。それにしては、脳内に飛び込んできたあの声と妙にタイミングが合っていた。

 あたりを見回しているうち、リタは見た。
 誰かによく似た若者が、自分を見てにっこりと微笑むのを。

「貴方は……?」
 一瞬現れて消えた幻に向かって、リタは答える者のない問いを呟いた。

 

 一瞬現れたその幻影は、胸を刺し貫いて、哀しいほどに痛い。

 

 宿屋から出たジャンゴはまっすぐパイルドライバーの広場へと向かった。
 予想通り、そこには一人の少女がいた。ザナンビドゥと豹が襲撃してくる前に、自分とすれ違ったあの白い少女。
 こうして見ると白と銀でほぼ統一されたファッションで、違う色といえば靴と目の黒と肌の色ぐらいなものだ。赤が目立つ自分とは全く違うスタイル。手には銀の杖。
 だが、どうしても彼女は自分とだぶる。立ち振る舞いやちょっとした仕草が、鏡を置いたかのように自分と同じなのだ。
(……こういう時、物語だと『未来から来た自分の娘』とかなんだよね)
 ジャンゴは自分の考えに苦笑した。もし目の前の少女が自分の娘だとしたら、もう少し自分に似てるところがあってもいいと思ったのだ。
「君は一体、何者なんだ?」
 問いかけに対し、少女はしばらく沈黙を通した。
 それはただの黙秘というより、言うか言わざるべきかで悩んでいるようだった。眉を寄せ、ジャンゴの質問にどうするべきか考えている。
 ジャンゴの方も答えを迫ることはせずに、彼女が口を開くのを待った。その間、何を仕掛けてきてもいいように、しっかりと右手はグラムの柄に手を伸ばしている。
 草木が自然の音を奏で、また静寂を取り戻す間、二人は黙って立ち尽くしていた。
 最初に動いたのは、少女の方。彼女は懐から何かを出すと、無造作にジャンゴの方に向かって放り投げた。落としたら大変なので、ジャンゴは慌てて手を伸ばして受け取る。
 受け取ってから確認すると、それは赤く輝く宝珠だった。ジャンゴの手では両手で包み込めないほどの大きさで、薄暗くも怖いくらいに綺麗な輝きを放っている。
 ジャンゴが目線で問いかけると少女もそれが分かったらしく、「それは『理性』を指す宝珠だ」とだけ答えてくれた。
「理性?」
 手の中に在る宝珠をまじまじと見つめるジャンゴ。
 赤い宝珠は、ジャンゴから見ると普通の宝珠のように見える。が、おてんこさまやザジ、カーミラから見れば「人の声が聞こえる」と言っただろう。
 そんな宝珠を手にしたまま、ジャンゴはまた少女の方に視線を向ける。少女の方は宝珠にはもう興味がないらしく、ジャンゴの顔に視線を固定したまま他人事のようにぼそりと呟いた。
「来るがよかろう。『シヴァルバー』へ」
「!!」
 唐突に出てきた言葉に、ジャンゴは大きく反応する。
 ヤプトも自分を招きたがっていた場所。クストースのアジトがあるであろう場所。――行き方が全然分からない場所。
 その場所を知っていると言う事は、彼女もクストースと何らかの関わりがある。しかし、何故か単純にクストースの味方とは思えなかった。
 一応剣の柄にやっていた右手は下ろすが、警戒心は今のレベルのままで強い態度をとることにする。まだ気を許してはいけない。ジャンゴはそう判断した。
「来いって言われても、行き方が分からなければ意味がないだろ!」
 少女はジャンゴが返した一言で、ようやく自分のミスに気づいたらしい。固い表情から一変して眉を寄せた困った表情になった。その表情も、何故か自分を髣髴とさせる。
「簡単だ。その宝珠と太陽の精霊が知っておる」
「!? おてんこさまが!?」
 オウム返しに聞き返すと、少女はうなずいた。
「行き方すら分かれば、そなたならすぐにでもたどり着けるであろう。そこで我輩は待っているぞ……」
 杖を鳴らして少女は消えようとする。それを見たジャンゴは慌てて声をかけて彼女を呼び止めた。まだ最初の質問に、彼女は答えていない。
 その事を思い出したらしく、彼女はこっちを向いて簡単な自己紹介を言い残した。
「我輩は『運命王』。クストースを統括する主だ」

 彼女が消えたのを見送ってから、ジャンゴは後ろにもう一つ気配があることに気がついた。慌てて振り向くと、ユキがハンマーを抱えたまま棒立ちしていた。
「ユキ!? いつから見てたんだ?」
 ジャンゴに問われてようやくユキは棒立ち状態から解放され、ハンマーを持った手をぱたぱたと振る。
「あ、ごめん! ジャンゴさん、急に何処かに行こうとするから何処に行くのかなって気になっちゃって……」
 この様子からするに、彼は半分近く話を聞いていたようだ。棒立ちになっていたのは、ほとんど会話の内容が理解できなかったゆえか。
 ジャンゴも話を聞かれていたことでどう説明すればいいのか分からずに頭をこりこりとかく。クストースの件は自分に関係あることであり、ユキには関係ない。
 だが聞かれてしまった以上、「関係ない」で押し通すことは出来るだろうか。
 今までの経験で、それを押し通せた事は一度もない。大抵「ジャンゴは何でもかんでも自分で背負いすぎる!」と返されるのがオチだった。
 ユキの場合、どうなるだろう。そのまま聞かずに黙ってくれるか、それとも今まで返してきた人のように「自分で背負いすぎる」と返してくるだろうか。
 ジャンゴが色々考えていると、ユキが口を開いた。

「『シヴァルバー』なら、僕知ってるよ」