Change Your Way・12「さ迷い歩く者」

「……遅いな」
「そうですね」
 宿屋では、途中で出て行ったジャンゴをザジたちが心配していた。ジャンゴが出て行った後で、ユキもトイレと言って外に出たので、心配は二重である。
 ジャンゴには悪いが、サバタはまだユキを信じていない。クストース襲撃によって明かされた、サン・ミゲルのもう一つの秘密。その秘密と大きく密接していそうな彼は、何かあると思っていた。
 これがサバタ一人ならさっさと問い詰めて事実を吐かせる所だが、ここにはザジやカーミラがいる。強硬な手段は取れなかった。
 と、サバタはそこまで考えてリタの不在が気になった。
 ジャンゴは何も言わないが、内心は不安でいっぱいのはずだ。もし行方不明になったと解れば、速攻で探しに飛び出すだろう。
 それは彼女たちも思ったらしく、ザジがぽつりと「リタはどないしたんやろう」とつぶやいた。
「昨日から見てへんで」
 ザジに言われてようやく思い出したのか、おてんこさまが顔を上げた。そういえば、彼女にも聞きたい事があったのに、彼女は何処に行ったのだろう。
 皆で考え込んでいると、タイミングがいいのか悪いのか、ジャンゴがユキを連れて帰ってきた。ジャンゴは考え込んでいる皆に少し驚いたが、すぐに真剣な顔になって輪の中に入る。
 ユキは用意されてあった席に座らず、自然とジャンゴの隣に立つ。カーミラが目線で勧めたが、ユキは首を横に振った。
「明日、『シヴァルバー』に行こうと思う」
 単刀直入に言ったジャンゴの言葉に、ユキを除く全員が驚きの表情になった。
 ジャンゴは全員のその顔を一旦見回してから、懐から赤い宝珠を取り出す。丸いそれはテーブルの上で転がることなく、赤い輝きを見せている。
「何だ、これは?」
「『理性の宝珠』。クストースのマスターらしい、“運命王”って子が渡してくれたよ。これが『シヴァルバー』への案内役になってくれるってね」
 気まぐれに「理性の宝珠」をころころと転がしながら、ジャンゴが簡単に説明する。どう見ても赤い宝珠にしか見えないそれを、サバタたちは興味深そうに覗き込んだ。
 サバタはすぐに興味をなくしたが、ザジやカーミラは真剣な顔で「理性の宝珠」を覗き込んでいる。ケーリュイケオンをテーブルに置く辺り、セイも興味があるようだ。
 ――ここで、ジャンゴの視線がおてんこさまに移った。
「おてんこさまも『シヴァルバー』への行き方を知ってるって言ってたけど」
「何!?」
 唐突に話を振られたおてんこさまは目を丸くした。慌てて思い出そうとするものの、今まで全然思い出せなかったものがそう簡単に出てくるわけもなく、目を白黒させた。
 それでも何か引っかかるものを思い出そうと真剣な顔で考え込むおてんこさまを端において、サバタはジャンゴの方を向いた。
「で、お前一人で行くのか?」
 問いかけに、ジャンゴは首を横に振った。
「ユキも連れてく。この子も『シヴァルバー』の事は知ってるらしいから」
 またユキを除く全員が驚きの顔になる。当の本人は、ジャンゴにいきなり背中を叩かれてけほけほとむせた。
 そんなユキに水を渡しながら、彼の代わりにジャンゴが説明する。ユキが住んでいた村で、『シヴァルバー』とクストースらしき伝説があったのだ。
 霊力を秘めた彼らは予知もできたのか、今の状況とその伝説がある程度一致しているらしい。だから、ユキはその伝説にしたがって『シヴァルバー』へ行きたいと言ったのだ。
 もしかしたら、姉も『シヴァルバー』へと向かっているかもしれない。そんな一縷の希望もあって、ジャンゴの旅の同行を求めたのだ。
 ジャンゴの方は幼いユキを連れて行くのに不安があったが、彼の真剣な説得に折れて同行を許可した。条件として、絶対に一人で行動しないこと。
 簡単な説明を聞きながら、サバタは何となく言いようのない不安を感じていた。

 それは危機感でもなく、恐怖でもなく、不安でもない。強いて言うなら――不穏。

 とりあえず『シヴァルバー』への行き方も分かったということで、適当に各自解散となった。ジャンゴは出発の準備のために、倉庫と道具屋などに行くことにした。
 ユキはザジとおてんこさまに任せておく。兄とカーミラは二人きりで相談することがあるらしく、ユキの面倒を見るのを断ったからだ。
 宿屋を出て、ようやくジャンゴはまだ果物屋が開いてないことに気づく。
「……?」
 最初ユキと一緒に宿屋に行く時、疲れているのだろうと思って店に入ることもしなかったが、今も固く閉められた扉を見ていると急に不安になった。
 ノブを回そうとしても、きっちりかかった鍵がノブを動かさない。裏口に回ってみたが、そっちも鍵がかかっていて扉を開ける事はできなかった。
 一体どうしたのだろう。
 兄達は気づいていないのか、気づいていてあえて出さなかったのか、リタの事は口にしなかった。だがこうして未だ開かれない店を見ていると、どうして何も言ってくれなかったのかと腹が立ってくる。
(会いたいな)
 締め上げられるほどの恋情からではなく、素直にジャンゴは会いたいと思った。
 言うなれば、仲間が欠けた寂しい気持ち。兄がいて、ザジがいて、カーミラがいて、おてんこさまがいる。それなのに、彼女がいないのはあまりにも空虚すぎた。
(今どこにいるんだ?)
 ジャンゴは自分に問いかけ、すぐに答えを見つけ出す。――『シヴァルバー』。
 彼女は自分より先に、そこへと行ったのだ。方法はわからない。だが、ジャンゴには確信があった。
「探しに、行かなきゃ」
 言い聞かせるように、自分の胸に刻み込むように、ジャンゴは口に出して言う。
 兄とカーミラの関係とは違うが、自分とリタの関係も、そう薄っぺらい物ではない。こうしてどこかに消えてしまった以上、探しに行かなければ不安に心が潰されそうになってしまいそうだった。
 ジャンゴは決意の顔で一つうなずくと、隣の道具屋へと入っていった。
 ――あまりにも固い表情をしていたせいでキッドに驚かれたのは、また別の話だ。

 宿屋では、おてんこさまがまだ悩んでいた。
「な~、ええ加減諦めたら?」
「そんな事を言われても困る! 私も確かに『シヴァルバー』について知っているはずなのだ!」
 頑固で血の気の多いおてんこさまは、あそこで思い出せなかったことが悔しかったらしい。ザジの静止も聞かずに、必死の形相で思い出そうとしている。
 そんなおてんこさまにふうとため息をついてしまうザジ。と、立てかけておいたケーリュイケオンがかたりと鳴った。セイが話をしたい、という合図だ。
 ケーリュイケオンを手に取り、槌の部分に額を寄せる。そうすることで、ザジはセイと会話できるのだ。
(どないしたん?)
 声には出さず、頭の中で直接呼びかける。人間態だった頃はともかく、杖である今はこうして頭の中で呼びかけてようやく会話が出来るのだ。
 ――ザジ。おてんこさまが思い出せないのは、たぶんそれが無意識のうちにロックをかけているからだと思うぜ。
 対するセイの声も、頭の中に直接響く。セイは杖の主と認めているザジでない限り、こうして会話できない。精神世界なら杖を介して人の姿で現れ、会話することも可能だが。
(どういう事や?)
 ザジはセイがおてんこさまの事を知っている事を少し驚きながら聞き返す。セイはしばらくの沈黙の後(考えていたのだろう)に質問に答えた。
 ――まあ、俺も精霊だしな。直接会ったのはザジと出会ってからだけど。
    それより、おてんこさまは太陽意思ソルが具現したものだろ? つまりソルそのものに近い存在と言ってもいい。それが揺さぶられれば、おてんこさまは消滅するのさ。
(そないな事が、起こるんか?)
 ――さあな。でも『シヴァルバー』と、さっきジャンゴが見せてくれた『理性の宝珠』。あれらには人を始めとした“意思”が詰まりすぎてる。ザジにも解るだろ?
 セイにそう言われて、ジャンゴが見せた宝珠を思い出す。確かにあれの輝きに、人の顔を見たような気がする。喜怒哀楽、全ての感情の顔が見えた気がする。
 未だに唸っているおてんこさまを見ると、彼はまだ思い出せないでいるらしい。……それは彼が無意識のうちに『思い出さない』ようにしているというのか。
 おてんこさまの思い出してはいけない事。それは一体何なのか。
(少なくとも、ダークやない)
 それは確信していた。太陽意思ソルの天敵であり、この宇宙の意思そのものであるダーク。それはこの問題には何の関係もない。ザジはそう思っていた。

 サバタとカーミラは宿屋を出て適当にぶらついていた。
 当然デートなどという軽いものではない。話しながら会話する方が、相手に聞き取られにくいからだ。
「サバタさまは、あのユキツホリ少年を信じていないのですか?」
「信じていない……といったら嘘になるな」
 正直、サバタは彼を信じるべきか信じないべきかでかなり迷っていた。自分の知らない『シヴァルバー』について知っている少年。永い間封印されていた少年。
 だが、「亜生命種」かもしれないということが、サバタを迷わせていた。その一言を聞くたびに、どうしてもあの双子――スキファとフリウを思い出してしまうのだ。
 ユキにある顔は、スキファとフリウにあった顔のどれでもなかった。しかし、彼から感じられるものは彼女らによく似ている。
 誰しも力を喜んで受け取ったわけではない。人とは違う力を持たされ、苦悩する者も多いのだ。それはサバタも良く知っていた。
 だから迷ってしまうのだ。ユキをこのままクストースと同一の扱いをしていいのかと。
(俺も、甘くなった)
 空を仰ぎながら、サバタはふとそう思う。人形――暗黒少年だった自分では想像すらしなかった感情が、今のサバタの心を占めていた。
 その感情の名は、哀情。
 人を哀れみ、情を移すことを、サバタは知らないうちに覚えていた。それは、人であるが故に覚えたことなのだろうか。
「サバタさま?」
 空を仰いでいたサバタに、カーミラが不思議がって声をかける。どうも知らないうちにカーミラの話を聞き逃していたらしく、首を振って思考を現実に戻した。
「カーミラ、お前は『シヴァルバー』へ行きたいか?」
 今までの話を聞いていなかったので、強引に話を修正する。話の腰を折られた方は、そう問われてうーんと考え込み始めた。
 ちなみに、サバタとしては『シヴァルバー』へと行く気満々だ。ジャンゴが『シヴァルバー』を知っているユキを連れて行くというので、その後を追って行くつもりだ。
 だがカーミラの方はどうだろう。二人で一人である彼らは、どちらかが欠けてしまうという事はかなり重大な問題に繋がる。最悪の場合、留守番も考えなくてはならない。
 しばしの思考の後、カーミラが「私も行きたいです」と答えた。
 その答えに、サバタは少しほっとした。もしここでカーミラが渋ったら、自分は説得するか折れるかのどちらかしかなくなる。説得するのはガラではないし、折れるのは性に合わない。
 ……だが、何故か、このまま行くのを渋る自分を認めた。

 行きたくない。行ってしまったら、取り返しのつかないことが起こる。

「……あの……」
 カーミラも感じたらしい。胸を押さえてサバタの方を向くが、サバタにはそんな彼女の肩を抱いてやるしかすべき事が思いつかなかった。
 サバタたちは矛盾する心を抱えて、家へと戻ることになった。