Change Your Way・5「My father」

 ザナンビドゥは、クストースの一人になってから魔法についての勉強を始めた。選ばれる前は逃げ回るのに必死で、そのようなものに手を出す余裕がなかったのだ。
 おかげで最初は大分主に迷惑をかけたが、今はこうして文字を読み、内容が理解できる。
 とりあえず、壁に書かれてあるのは魂を再構成させるための手順のようだ。固有名詞らしきところは省いたので、やり方はわかっても材料が分からない。
 さてどうしようか。
 主を連れてくればすぐに材料は分かるだろう。だが、即座に企み――自分としては希望なのだが――を見抜かれそうな気がする。
 今から文字の読み方を改めて勉強しなおすのでは遅すぎる。当てずっぽでは絶対無理だろう。前途多難だぜ、とザナンビドゥは頭を抱えた。その時。

「……なの? おてんこさま」
「…あ。私の太陽感が告げている」

 ザナンビドゥが開けた道を通って、誰かが入ってくる。一人はよく分からないが、もう一人には聞き覚えがある。昨日の夕方、自分に喧嘩を売った奴だ。確か、名前はジャンゴ。

 おてんこさまと共に、ジャンゴは未だ遺跡にいるはずの若者を追ってきていた。
 自分が倒された時、彼はまだ「調べ物がある」と言って自分を見逃した。つまり「調べ物」が終わらない限り、まだここにいるという事なのだ。
 豹は全部倒されたが、彼は見逃しておくわけには行かない。おてんこさまにそれを告げたら、彼も「その若者が気になる」と同行を申し出た。で、早朝彼らは出かけたわけである。
 昨日ジャンゴが戦った場所から探索を開始し、大砂漠を越えたところにある真の遺跡の入り口近くで、謎の階段を見つけた。その階段を下り、ジャンゴとザナンビドゥは再び対峙する。
 ザナンビドゥはジャンゴが剣を手にしたのを見て、ゆっくりと構えを取る。自分の意思は分かったらしく、ぺろりと赤い舌で口の周りを一回なめた。
「リターンマッチか。面白いじゃねぇか」
 相手を警戒しながら、ジャンゴは注意しろと己に言い聞かせる。何しろ相手は一度自分を負かした男。前は見逃してくれたが、今度もそうなるかは分からない。
「勝負だ……!」
 ジャンゴの叫びが戦いのゴングとなり、二人の男の“気”を張り詰めさせた。
 沈黙すること、一時、二時……。周りの空気は人を切れそうなくらいに鋭くなり、互いの呼吸すら聞こえるのではないかと思えるくらいに澄んでいく。
「先に行くぜ!!」
 先に動いたのはザナンビドゥだった。
 その姿が豹に酷似した合成獣人になったかと思うと、正に電光石火の速度でジャンゴの喉笛を狙う。一回目の戦いでは、この攻撃でやられかけたのだ。
 二度も同じ攻撃でやられるつもりはない。腰を下げて右に飛んだ瞬間、ザナンビドゥの必殺の一撃がぎりぎりのラインを掠めて通る。ばちんと弾かれたような音を立てて、絆創膏が飛んだ。
 必殺の一撃をかわされた稲妻をまとったザナンビドゥの第二の攻撃が迫る。次の狙いも同じ喉笛だと悟ったジャンゴは、何とか手首をひねってグラムで防いだ。
(避けてるだけじゃダメだ!)
 そう思ったジャンゴの左手は、反射的にガン・デル・ソルを入れてあるホルスターへと伸びる。距離をとって、一気に抜き放った。何回も改修したので、もう元の力は戻っている。
 フレームは広範囲攻撃の出来るアクセルタイプ。撒き散らされたスプレッドは、ジャンゴの予想通りにザナンビドゥの足を止めた。
「あっち!」
 太陽の力を使っているので、かなりの高温だったのだろう。ザナンビドゥは一つ悲鳴を残して、ジャンゴと距離をとる。そのスピードの速さに、ジャンゴは内心で舌を巻いた。
 小柄であることとパワー不足故に、ジャンゴは攻撃はスピードをメインに戦っていた。あとは武器の多彩さで押していたのだが、今回は相手のスピードがそれに対応しきれないほど早い。
(いっそ武器はガン・デル・ソルに絞ってしまおう!)
 ジャンゴはそう思って、剣を鞘に収めてしまう。ザナンビドゥの顔が怪訝そうなものに変わるが、ジャンゴはそれを無視してフレームをドラグーンに変更する。
 あとは間合いを上手く取るだけだ。エネルギーの消耗が激しいのが玉に瑕だが、太陽の実と魔法薬はいくらか持ってきてある。それまでには決着が付けられるはず……たぶん。
 ドラグーンの弾がザナンビドゥに向かって放たれる。最初はあたふたして何発か当たってくれたが、やがては軌道を見切って避け始めてきた。それどころか、間合いを詰めようとしてくる。
 爪が閃く。
「うわっ!!」
 金属が爆ぜ割れた音が響き、ジャンゴの体を守っていたプレートメイルの右肩がぱっくりと切れた。
(右腕か!)
 ジャンゴは即座に相手の狙いを悟る。利き腕を落とせば、あとはじっくりと料理できるわけだ。
「へえ、やっぱり太陽少年の名をもらうだけの事はあるな。伊達にヘルやダーイン、ヨルムンガンドを相手にしてるわけじゃないんだ」
 相手の方は、ジャンゴの読みの速さと動きに感心していたようだ。さらりと出てきた名前に、ジャンゴは目を丸くしてしまった。
「僕の事を調べたのか?」
「調べたのは俺じゃねぇ。俺達の主さ。クストースを従える、な」
 クストース。
 最初出会った時にザナンビドゥが名乗ったものの一つだ。彼らがグール大量発生事件から現れているイモータルを操っていたのかと思っていたが、それより上がいたらしい。
 再び、ザナンビドゥの爪が閃く。今度はかろうじて完全にかわした。
「俺達は、どちらかというとあんたに近い存在だからな! 特に主はあんたに一番近い!」
「!? どういうことだ!?」
「はっ、真実は俺を倒してから近づいてみな!! 今までそうしてきたんだろう!?」
 繰り出される攻撃の数々。
 ジャンゴもただ避けるだけでなく、ガン・デル・ソルと徒手空拳で応戦する。最近リタに教えてもらっているので、それなりに腕には自信があるつもりだ。
 相手は爪と牙という武器があるが、ジャンゴはその攻撃をソル・デ・バイスやガン・デル・ソルで上手くそらして一撃を放つ。当然のことだが、ザナンビドゥもそれらを上手く交わす。
 打ち合うこと十合ほど。ジャンゴは大きく後ずさり、ザナンビドゥは右腕を押さえた。ジャンゴは攻撃を食らって全身が悲鳴を上げていたし、ザナンビドゥは利き腕の右腕が大分ぼろぼろだった。
 次の一撃で間合いを上手く取った者が勝つ。二人は本能的にそれを悟っていた。
 さて、どうする? ジャンゴは間合いを取りながら、それを考えていた。
 相手のスピードは自分より速い。ガン・デル・ソルの射程距離などを考えて間合いを取っても、すぐに間合いを詰められて相手のペースにはまるだろう。
 何とかして、相手の足を止める事が出来れば。そう、蜘蛛の巣のように足を絡められる何か……。
「!」
 其処まで考えて、ジャンゴは自分のスピードを落としている原因を思い出した。

 ジャンゴの動きが大きく変わった。何といきなり背中を向けて逃げ出したのである。
「? いきなしとんずらかよ?」
 どういうことだ? と心の中で呟き、相手に追いつかないようにセーブしながら追いかける。階段なので迷うことはないのが幸いだった。
 長い階段をジャンゴが上りきると、さっと姿が消える。どうやら、階段の出口ですぐに右か左に曲がったらしい。
 慎重に最後の一段を上りきる。自分の視界内にはジャンゴの姿はないが……。
「でぇぇぇぇぇいっ!!」
 背後に潜んでいたジャンゴが乾坤一擲の気合を込めて、自分に向かって剣を振り下ろす。馬鹿正直な攻撃に、ザナンビドゥは内心ため息をつきながらあっさりとかわす。
 かわしたついでに攻撃を加えようと思ったが、倒れこむジャンゴの右腕が動くのを視界の端で捕らえた。何かを投げたのは分かるのだが、それが何かまでは見えなかった。
 攻撃をかわされて、倒れこみそうになるジャンゴ。なんとかたたらを踏んで耐えるが、左手に持っていた剣を突き刺してしまった。
 ……左手?
 ザナンビドゥがそれを不審に思った瞬間、目の前の光景が大きくひっくり返った。

「ぐはっ!」
 攻撃するフリをして引っ掛けたマフラーで、足をすくわれたザナンビドゥは大きくひっくり返った。
(ごめん、父さん!)
 心の中で本来の持ち主である父に謝ってから、ジャンゴはもう一回右手を引く。まだ体勢を立て直せないザナンビドゥは地面を這いずり回される。
 ちょうどいい場所を見計らって、ジャンゴはマフラーをザナンビドゥの足から外す。ぎりぎりで持ってくれたマフラーに、父の強さがまだ残っているような気がした。
「てめぇ!」
 感傷に浸る暇もなく、ザナンビドゥが罵声を浴びせながら立ち上がろうとしている。隙だらけのその姿に向かって、ジャンゴはガン・デル・ソルの一撃を放つ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
 避けることも出来ずにザナンビドゥは直撃を食らう。利き腕の右腕を前にしてかばっていたので、右腕全体を覆っているプロテクターにひびが入った。
 そして。

 ばきっ!

 右腕のプロテクターにはめられている虹色のプレートが粉々に砕けた。
 ザナンビドゥの抵抗が止まる。立ち上がろうとしていたひざが崩れ落ち、そのままばたりと倒れ伏した。
「……勝った?」
 撃ったジャンゴの方が信じられずにポツリと呟いてしまう。とりあえず、ガン・デル・ソルを構えたまま一歩近づいき、その隣でおてんこさまが具現する。
 ザナンビドゥはプレートがあった場所を押さえて立ち上がろうとしているが、力が入らずに結局ひざをつく形でジャンゴたちを見上げた。
 ジャンゴはその様子を見てガン・デル・ソルを下ろす。もう彼に戦意はない。なら無駄な闘争心は必要ないだろう。そんなジャンゴを見て、ザナンビドゥは薄く笑った。
「はは、そんなところも似てやがるな…。主によ……」
「君の主ってのは誰なんだ?」
 ジャンゴの問いにザナンビドゥは苦笑した。
「悪ぃな、それはまだ教えられねぇ…。昨日お前を軽くあしらった後に、口止めされちまったからな」
 もうザナンビドゥの体は限界らしく、あちこちから機械がショートしたかのように煙が立ち始めている。おてんこさまが、無言でジャンゴに急ぐよう促した。
 棺桶を召喚しようとするジャンゴだったが、ザナンビドゥの「俺からも聞きたいことがある」の一言でその手を止める。
 ――彼の視線は、いまだジャンゴの左手に握られているマフラーにあった。
「そのマフラー、お前のじゃないな……。一体誰のだ?」
 ジャンゴは答えを言うべきか迷ったが、しばらくして「……僕の死んだ父さんのだ」と素直に答えた。嘘をつける性格ではなかったし、嘘をつける雰囲気でもなかったからだ。
 父親が残したマフラー。託された使命と、その意志。
 それは今でもジャンゴの心の中で強く息づいている。逃げ出しかけた時もあったけれど、ジャンゴにとっては価値をつけられないほどの大切なものなのだ。
 ジャンゴは左手に持ったままだったマフラーを巻きなおす。これはジャンゴが父親との誓いを守るための、一つの儀式でもある行為だ。
 ザナンビドゥはジャンゴの言葉とマフラーを巻く仕草にかすかな笑みを浮かべた。
「そうか、親父か……」
 その時、ジャンゴは彼の目にある感情を悟ってしまった。それは懐かしむものではなく、かと言って憎しみでもない。

 ――はっきりとした、悲しみ。

「いい親父だったんだな、お前の所も……」
 ひざをついていた彼がゆっくりと崩れ落ちる。
 おてんこさまがジャンゴを急かす。彼はイモータルかどうか不明だが、このまま浄化しないでおけば問題が起きるかもしれないのだ。
 慌ててジャンゴは棺桶召喚のキーワードを唱え始める。
「誇りにしろよ……」
 その言葉と、ジャンゴの「霊柩よ!」の言葉が重なった。