「みんな、空いてる時間はあるかしら」
そう切り出したのは、若いエージェント。
少女の言葉に耳を傾けたのは、マッドガイやスラムデイズをはじめとした仮面ライダーたちだ。
「最近寒いでしょう? 暖かい温泉旅館にみんなを招待したくて」
冬の寒さが厳しくなる頃、先代エージェントがよく足を運んだ場所がある。コスモス財閥と直接取引のある旅館の一つがそれだ。
旅館は優秀なスタッフが揃っており、長年の伝統を支えている。チリ一つない館内を歩き、どのようなもてなしを受けるか考えるのもいい。部屋に籠り、降り積もる雪を見ながら食事や酒を楽しむのもいいだろう。当然、食事も酒も最高級の物が取り揃えられている。
楽しめるのは旅館内だけでない。旅館の外もだ。
旅館がある町は、こじんまりとしていて一つの温泉宿のようになっている。町のあちこちにある外湯を巡れば、自然と町の店にも目が行くだろう。そこで好みの品物を買うのだっていい。
当たり前だが、自分たちとは全く関係のない人たちもいるので、騒ぎを起こすのは厳禁だ。だが、そこはライダーたち。決して大きなもめ事を起こすことはないだろう、とエージェントは今も昔も固く信じている。
「町の外に出るのは控えてほしいけど、そう外に出たがるほど娯楽がないとは思えないわ」
この町で楽しむべきなのは、決して絶えぬ騒ぎではない。ゆっくりとした時と人の流れだ。
たまには温泉にゆっくり浸かり、豪勢な料理に舌鼓を打とうではないか。
「ああ、言い忘れたけど混浴の温泉はないからね」
彼女の言葉にどっと笑いが起こった。
旅館の温泉に繋がる廊下で、伊織陽真と久城駆とすれ違った。
「ここの牛乳、マジで美味しいですね!」
「だな。それにフルーツ牛乳があるとか、解ってる旅館だぜ」
彼らが話題にするのは、広間にある牛乳オンリーの自販機の事だ。産地直送の牛乳だけでなく、甘さ控えめのコーヒー牛乳、昔懐かしのフルーツ牛乳まで取り揃えられている。恐らく風呂上りに飲んだのだろう。二人は満足した笑顔だ。
二人はこっちに気づくと手を振る。
「温泉に入ってきたの?」
聞けば、二人とも笑って頷く。よく見てみれば、二人ともその手には牛乳がある。おそらく部屋でもう一杯飲むつもりなのだろう。
その二人に手を振って、温泉への道を歩き直す。
次に見知った顔を見かけたのはゲームセンターエリア。ルーイはもちろん、その隣でフラリオがUFOキャッチャーに専念していた。
ルーイがやっているのは一昔前のものだが、そのぐらいでは彼の腕に支障はないらしい。あっという間にCPUの敵を追い込んでいた。声をかけたら怒られそうな気がするので、心の中で応援だけしてフラリオの方に移動する。
「取れました?」
そう聞くと、フラリオは笑顔でガジェモンのぬいぐるみを見せる。偶然か否か、そのガジェモンの笑顔は今のフラリオのそれとよく似ていた。
「ご当地ガジェモンのキーホルダーも買ったし、ガジェモン祭りだぜ」
いつの間にかお土産屋も覗いていたらしい。温泉に入らずとも、彼は十分に満喫できているようだ。ただガジェモン以外には興味がなかったらしく、さっき駆と会ったことを話すと「そういやいなかったなー」とのんきに返した。
「お土産屋で紫苑が興味深そうに見てたのだけは見たんだけどな」
どうやら深水紫苑がお土産屋にいたようだ。しかし今は風呂を優先したいので、気が向いたら寄るわとだけ言って、ゲームセンターを離れた。
当然だが、温泉は一人で入った。
山の自然を一望できる露天風呂が素晴らしかったと話せば、颯が「一緒に入れなかったの残念だったなぁ」と残念がった。平手打ちの一つでも放ってやろうかと思ったが、次の言葉でその手は止まる。
「一人で入ったから寂しかったでしょ?」
どうやら話し相手がいなかった事を純粋に心配していたらしい。下心のない思いやりに、少女は心の中で反省した。
「一人で入るなんて慣れっこよ」
「そう?」
心の底から不思議そうな顔をする颯に、一人で入らなかったのかと逆に聞き返す。
「慈玄と狂介と一緒に入ったんだけど、あの二人はサウナで粘り出したから、僕だけ抜けてきちゃった」
「え」
少し聞き捨てならない言葉だった。今も荒鬼狂介と蒲生慈玄はサウナで無理をしているとしたら大変だ。倒れていないだろうか。
どうしようかと考え始めたその時、宗雲がふらふらになった二人を担いでやって来た。
「あ、宗雲」
「颯、この二人を部屋まで運ぶぞ」
そう言って赤くなった慈玄を押し付ける宗雲。二人とも息も絶え絶えだが、意識はあるようだ。
「二人とも、大丈夫?」
声をかけるとぜえぜえと荒い呼吸をしながらも、大丈夫だと返事してきた。
颯が支えながら説明するに、最初は普通にサウナを楽しんでいたのだが、いつからか我慢比べになってしまったらしい。おそらく言い出しっぺは狂介だろうが。
宗雲が呆れてため息をつくが、慈玄がぼそりと「これも修練だ」とつぶやく。狂介も舌打ちするだけで、反省の色は全く見られない。
「こうして人に迷惑をかけてまで修練ごっこか?」
宗雲のきついお灸を受け、二人はがっくりとうなだれた。
とりあえずまあまあととりなして、部屋から冷えた水を持ってくる。ペットボトルの水を渡すと、慈玄と狂介は奪う勢いでそれを取って半分ほど飲み干した。
「ふう……感謝する」
「生き返ったぜェ……」
「そう思うなら大人しく寝ろ」
冷たく言い放つ宗雲。この言葉は水と同じぐらいに効いたことだろう。
お土産屋で小さな影を見つける。ランス天堂かはたまたQか。後ろ姿では判別はしにくい。
「いいもの見つかった?」
後ろから声をかけると、「気になる物ばかりだよ」と返ってくる。どうやらランスのようだ。
「ここで済ませるか、外まで出るか……悩むね」
食べ物だけならここでも十分だろうが、それ以外の物を探すとなると外のお土産屋まで足を伸ばすのが妥当だろう。ランスのお目当てがその手の類ならでは、だが。
「何が欲しいかによるわ。一般的な物なら、ここで十分よ」
ほらこれ、とバスソルトを手に取る。パックに成分がたっぷりと書きこまれたそれは、入れれば簡易的な温泉が楽しめるアイテムだ。
ランスがそれを手に取ろうとするが、それよりも先に手に取ったのは神威為士だった。
「美容成分はほぼそろっているな。さすがだ」
さすが美にうるさい為士。あっという間に温泉の成分を読み取ったようだ。ただ、マッドガイのアジトには風呂がなかったはずなのだが。そう思っていると、為士はバスソルトを全部持ってきてこっちに渡してくる。
「これを買え。そしてステーションの大浴場にこれを入れろ」
「「……」」
そう言うと思った、と、無茶苦茶なと言う気持ちが混ざり、呆れとも困惑とも取れそうなため息がつい出てしまった。ただライダーステーションの浴場がここの温泉の成分と同じになると言うのは、少しだけ魅力的に感じてしまったが。
バスソルトの山からまた手が伸びる。今度の手は皇紀だった。
「ちっ、バスソルトか」
何かと勘違いしていたらしく、すぐに手に取ったバスソルトをこっちに戻してくる。そんな彼の手にあったのは、調理用の岩塩だった。
「ウィズダムで使うんですか?」
思わず聞くと、「まあな」とぶっきらぼうな答えが返ってくる。
「ここの温泉の岩塩は使ったことがねえ。気に入ったらまた発注をかける」
こういう時まで仕事場の話。彼らしいと言えば彼らしいと、その場にいた者全員で顔を見合わせた。
「この旅館は、以前何回か訪れたことがあります」
ロビーでのんびりとくつろいでいる高塔戴天に声をかけると、彼はそう話を切り出した。
そう言われて、ここが高塔EPとも取引のある旅館だったことを思い出す。ただ、彼の話し方は会社で懇意になったそれとは少し違った響きを感じた。
「高塔の保養施設でもあるんです」
小さいころここに来た事がある、と彼は告げた。
「もしかしたら、先代とも会っていたかもしれませんね」
その時はお互い相手を知らない故、思い出にはならなかっただろう。思い出になっていたとしても別に気にしないのだけれど。
そんな戴天の隣にいるのは雨竜ではなく、海羽静流。テーブルには並んでグラスが置かれているので、酒を酌み交わしていたようだ。なお既に静流は出来上がっている。
「温泉で酒としゃれこみたかったけど、ここの温泉は出ないんだよねぇ」
だからここで呑んでるの、と笑って言う。実に酒好きな彼らしい発言だ。ロビーから少し離れた場所にバーがあるのだが、わざわざそこから酒を持ってきたらしい。本当はそういうのは注意される行為だ。
「あんまりいい行動じゃないですね」
たしなめると、静流はぺろりと舌を出した。言外に後で埋め合わせするという意思を感じたので、今回だけは見逃そうと思う。
と、入り口の自動ドアが開く音が聞こえた。
「あ」
両手にたくさんの荷物――お土産を持った紫苑と目が合った。手を振ると、彼はお土産だらけの腕を上げて返してくる。
「たくさん買ったのね」
袋を覗き込むと、大半は食べ物だった。柔らかな色の包装紙に、「温泉饅頭」の文字がはっきりと書かれている。
紫苑も同じように覗き込みながら、「美味しそうだからついつい買っちゃった」と笑って言う。チャレンジャーの彼にとって、お土産屋はお宝だらけの店だったのだろう。
「良かったら後で食べようよ。蒲生くんたちも一緒に」
その相棒は今もまだ部屋で寝込んでいるのだが、紫苑は全く知らないらしい。能天気な彼の発言に苦笑いを隠さざるを得なかった。部屋に戻れば嫌でも解る事だろうから。
「ここは冬以外の季節も楽しめそうだ」
旅館の外で出会った浄は、道行く女性たちを眺めながら言った。彼の性格を知らない人からすれば風流にも感じるだろうが、あいにく自分は女好きの性格をよく知っている。
鼻の下が伸びてますよ、と注意すれば、「俺としたことが」と苦笑で返された。大方、浴衣姿の女性たちを想像していたのだろう。
「温泉も堪能してくださいよ」
「それはもちろん」
一応そう言っておくが、彼は美女に目を向けるのをやめないだろう。だからこその紳士なのだから。
おや、と浄が何かを見つけた顔になる。その視線を追えば、外湯に入って来たであろう才悟がいた。背中を押されたので、つんのめる勢いで才悟に近づく。
「大丈夫か?」
転ばないように手を取られたので、その手に甘える。
「堪能してきた?」
「ああ。ここの風呂はどこも気持ちいい」
良かった、と微笑むと、才悟は少し視線を逸らす。そんな仕草が愛らしく感じて、つい意地悪で「一緒に回る?」と聞いてしまう。首をぷるぷると振るので、更に意地悪で詰め寄ろうかと思ったが、それより先に才悟が手を放して距離を取った。
「……次の風呂に入ってくる」
ちょっといじめすぎたかな、と思うが、同じぐらい愛らしい彼を見れたので満足してしまう。我ながら意地悪だなとも思うが、たまに見れないものを見れると言うのは、それだけつい魅力的なのだ。
そんな彼女にかけられる、くすくすと笑う声。
「ふふっ、キミも結構いたずら好きだね」
声をかけられたので振り向くと、いつの間にか浄ではなくQがいた。先ほどの行為を全部見られていたので、つい「こら」と叱ってしまう。もちろんその程度で大人しくなるような彼ではなかったが。
Qが手にしているのは温泉饅頭だが、彼の事だからおそらく何か仕掛けがしてあるのだろう。口にしなくて本当に良かったと思う。
温泉も楽しんでほしいと言うと、「そっちはランスに丸投げする」と返ってくる。風呂に魅力を感じていないようだ。彼らしいと言えば彼らしいが、何かもったいないなとも思ってしまう。とはいえ、そこは本人の趣味もあるから仕方ないのだろう。
温泉饅頭を持ったままのQの後ろはお土産屋だ。町一番の大きさを誇るそこでは、阿形松之助と高塔雨竜がお喋りしながらお土産を手に取っていた。Qと別れ、彼らの方に足を向ける。
「いいの見つかった?」
声をかけると、二人は笑ってそれぞれ見つけた物を見せる。松之助はここの付近で取れた果物を入れたパウンドケーキ、雨竜はこの町のマスコットのキーホルダーだ。松之助は誰かへのお土産、雨竜は自分へのお土産だろう。松之助は自分のお土産を買っていないようだ。
「本当は会社へのお土産も考えないといけないんですが」
ついつい自分のお土産も探してしまう、と雨竜は笑った。逆に松之助は「俺はそう言うのを考えないなぁ」と言う。選ぶのにもそれぞれ人の個性が出てくる。それがお土産だ。
せっかくだから自分も探そうかと手を取ると、二人がそれぞれお勧めを教えてくれた。誘われるままに手に取り、気に入った物をその手に残す。
幸せのおすそ分けだ。
冬はまだその場に居座る。
だからこそ、こうして温かな娯楽をじっくりと楽しめる。
それぞれがちらほらと振る雪を眺めつつ、この暖かさを堪能するのであった。