「みんな、空いてる時間はあるかしら」
そう切り出したのは、まだ年若いエージェント。
少女の言葉に耳を傾けたのは、仮面ライダー屋ことジャスティスライドをはじめとした仮面ライダーたちだ。
「うちの保養地の一つで、綺麗な紅葉が見れるの。そこにみんなを連れていきたくて」
秋の更ける頃、先代エージェントがよく足を運んだ場所がある。コスモス財閥が所有する保養地の一つがそれだ。
モミジやイチョウはもちろん、秋になると色づく木々が立ち並び、来る者の目を楽しませる。それだけでなく、秋に咲く花を目当てに飛んでくる虫や鳥が様々な鳴き声で歓迎してくれることだろう。
来訪者を歓迎するのは風景だけではない。収穫される恵みの数々もそのうちの一つ。
少し離れたコテージに赴けば、専用のパティシエやシェフが収穫した物を調理してくれるはずだ。もちろん、自分で料理してもいい。
「できればたくさんの人が空いている時間を貸し切りにするつもりだから、何も知らない人たちが紛れ込むことはないはずよ」
もちろん、やり過ぎたらそれ相応の罰を受けてもらうけど。
彼女がくすくすと笑うと、一部のライダーたちが苦笑いを浮かべる。ちなみに該当者は何一つ気づいていない。
「カオスイズムがいつ何をしてくるか解らないけど、たまにはこう言うのもいいでしょう?」
彼女はそう言って、手隙のライダーを誘うのだった。
「まさか来てくれるとは思っていませんでした」
いつものコートを着て落ち葉をつまむ高塔戴天に、そう声をかけた。
「秋高気爽。長居はできませんが、こうして秋の空気を感じるのも、一つのリフレッシュになると思いまして」
隣でイチョウの木を眺める高塔雨竜もにっこりと笑う。
「タイミングも良かったんです」
そうは言うものの、それなりに調整してくれたのだろうと予想はできる。彼らは分刻みのスケジュールと格闘する企業戦士。こうしている間、少しでも書類やデータに目を通していたいだろう。こうして時間を割いてくれたことに対し、少女は深々と頭を下げた。
「私たちはコテージで料理を楽しませてもらいますよ」
「はい、短いながらごゆっくりとどうぞ」
楽しそうに会話をしながらコテージへと消えていく兄弟に手を振っていると、後ろから誰かに抱きすくめられた。後ろを振り向けば、眼鏡をかけた美丈夫が楽しそうにくすくすと笑う。
「妬けてしまうな。俺以外の男と話しているのを見ていると」
「何言ってるんですか」
浄の相変わらずの口説き文句は冷めた態度で返すと、手厳しいねと苦笑いを浮かべられた。
よく見ると手にはスイートポテトがある。どうやら先ほどまでコテージでスイーツを堪能していたのだろう。
「堪能してるみたいですね」
「レディがいないのが減点だけどね」
君がいるからいいんだけど、と付け加えられて、今度はこっちが苦笑いを浮かべる番になった。
と、いきなり横から大きな声が響く。驚いてそっちを見ると、そこには紅葉に負けないくらいに派手な男がいた。
「フラリオさん、何やってるんですか」
「発声練習」
自分本位な彼は周りの事などおかまいなしだ。今日は貸し切りにして本当に良かった、と心から思う。
そんなこっちの事情を少しは察したか、フラリオはこっちに寄ってそっと「あとは鳥の鳴き真似な」と囁いて来た。
「オーディションの練習ですか?」
「それもあるけど、鳥が寄ってくるのが面白くてつい、な!」
子供みたいな男だ。しかしフラリオの動物の鳴き真似は本当に上手く、彼が鳴く度に色んな鳥が間違えて寄ってくる。
「熊とか呼び出さないでくださいね」
そう釘をさすと、「いやいやそれはしねえよ」とさすがの彼も苦笑いを浮かべた。
ふわあ、と大あくびするルーイ。本当だったらアジトで昼寝かゲーム三昧だったのだろう、そんな彼がここまで足を伸ばしたのは。
「ランスと静流がうるさかっただけだ」
「ですよね」
でも来てくれて嬉しいです、と付け加えると、「あーそーかい」と淡々と答えてきた。
ぼりぼりと頭をかいてまだ減らず口をいろいろ言っているものの、その顔は少しだけ緩んでいた。出不精の彼にとっても、この景色は少しでも癒しになってくれている。それが嬉しかった。
さて、その仲間の一人であるランス天堂は、秋の木々を興味深そうに眺めている。帰国子女の彼にとって、日本の秋はどう映っているのだろうか。
声をかけようと近づいたら、気づいてこっちを向いてくれた。
「綺麗な木だね。これがモミジかい?」
「そうよ。綺麗に赤いでしょ?」
「うん、想像以上だ。イチョウの黄色もいいけど、モミジの紅さの方が僕は好きかな」
赤く染まった紅葉を拾い、気まぐれに飛ばすランス。何となくその行く先を視線で追っていると、後ろでくすくすと笑う声がした。
デジャヴを感じつつそっちの方に向くと、今度は颯が笑っていた。
「あはは、気づかれちゃった」
手にたくさんの落ち葉を持っている颯。気づいていなければその落ち葉は自分とランスの元に降り注いでいたことだろう。ランスの方は「お邪魔になるみたいだね」と笑って、別のモミジの方へと移動していった。
「ありゃりゃ、なんか追い払っちゃったみたいだね」
困った顔の颯に対して何の言葉も思いつかなかったので、あいまいな笑みで流す。
「それにしても、浄さんに似てるわね……」
「え、どういう事? 浄に会ったの?」
独り言を聞かれたので頷く。
狙ったわけじゃないんだけどな~、とぼやく颯だが、その顔はいつもと変わらない。師弟関係は複雑なようだ。
「じゃあこれは浄に渡そうかな」
「是非そうして」
からからと笑いながら、颯はたくさんの落ち葉を持ったままその場を去っていく。数分も経たずに、その落ち葉がどこかの三十路の頭に降り注ぐ事だろう。
「貴方は色んなものをくれるよね」
イチョウの葉の絨毯を歩きながら、深水紫苑が微笑む。
正直どの事を指しているのか解らない、と返せば、その笑みはさらに深まる。確かに自分がしたことは彼らのターニングポイントとなった自覚はあれど、そこまでの感謝をされるほどなのかと聞かれれば自信はない。
結局のところ、受け取る方に全てが委ねられるのだろう。
微笑みに対して微笑みを返せば、紫苑は「蒲生くんが呼んでるよ」と友のいるコテージに自分を誘った。
その蒲生慈玄が手にしているのは、小さなカップ。覗き込めば、プリンのような卵色の下地に銀杏が浮かんでいた。
「茶碗蒸し?」
「ああ」
拾った銀杏を調理してもらったらしい。一口食べて、旨いと感想を漏らした。
「スイーツじゃなくてそれってところが、蒲生くんらしいね」
口をついて出た感想に対して、返ってきたのは悪かったな、というぶっきらぼうな減らず口。そこも含めてらしいよね、と笑い、紫苑もまた同じようにくすくすと微笑むので、慈玄のしかめ面はさらに深くなった。
近くでからからと笑うのは、久城駆。彼のテーブルには茶碗蒸しだけでなく、モンブランなどもあった。
「食い溜め?」
冗談交じりに聞けば、彼の笑い声に照れが混じる。どうやら、図星だったようだ。
「派手に負けたのかしら」
「ちげえよ! ……と言いたいところだけど、今回に限ってそうなんだよな」
うっかり食費までつぎ込んだ、と言うが、おそらく今日の食べ放題(?)を当てにしていたところはあるのだろう。その証拠に、先ほどまでフラリオと一緒に真剣な顔をして銀杏や栗を拾っていた姿を見たのだ。
ギャンブルをやめればいいのにと思うが、それをやめるという考えは最初っからないと思われる。だからこそ、ギャンビッツインなのだ。
お腹壊さないようにね、と口だけの注意をすれば、彼は鼻をこすって答えた。
コテージの外で、がさりと音が鳴った。
茶碗蒸しを平らげる慈玄たちと別れ、外の方に足を向ければ、肩に乗った落ち葉を払いながら神威為士がやって来た。
「神威くんも何か食べに?」
「いや、いい場所を探していたらここにたどり着いただけだ」
相変わらず自分を輝かせる場所を探すのに真剣なようだ。そう言えばこの間、木の上に座って悦に浸っていたことを思い出した。
犬猿の仲である荒鬼狂介とは、まだかち合っていないらしい。リーダーの阿形松之助がうまく彼を御しているようだ。内心ほっと胸をなでおろす。
「そう言えば、ここで何かをつまむこともできたか」
「色んな人が顔を出してるみたいよ。神威くんもどう?」
「遠慮しておこう。それより、この木に登るから写真を一枚撮れ」
どうやらイチョウの木が気に入ったらしい。ひょいひょいと登り切ってポーズを決める為士に向けて、スマホのシャッターを切った。
川がないのが残念だな、と松之助がぼやく。
「釣った魚も調理してもらえたんだろうな」
「確かにね」
それでも松之助は笑って、それなら別で楽しませてもらうよ、とそっとこっちの頭を撫でてきた。
手から感じるのは松之助の頼もしさ。そして、かすかながらの危うさ。
「少しでも癒しになればいいのだけど」
「充分さ」
そう言う松之助の隣を、皇紀が通り抜けた。その手にはキノコがある。
「皇紀さん、それは?」
問いかければ、彼からはかったるそうにキノコだ、見て解るだけの答えが返ってきた。ただ、カサなどが色鮮やかな分、そのキノコが普通に食べられる物だとは到底思えない。
それでも止めないのは、誰もが皇紀の料理の腕を知っているから。彼の手にかかれば、毒キノコすら一流の料理になるのだろう。残された松之助と合わせて、つい笑いを浮かべてしまった。
次に松之介の隣を通り、落ち葉の海を走り抜けるのは、狂介と伊織陽真だ。
「俺様が一番だァァーー!!」
「早い早い早いって!」
いったいどういう流れでそうなったかは解らないが、二人は秋の木々を騒がしく走っていく。
そのまま駆け抜けるかと思いきや、こっちに気づいたかすぐに戻って来た。
「よう!」
からりと笑って手を振る陽真に、ついつられて手を振り返す。
走っていた理由を問えば、二人は顔を見合わせた。どうやら、走っているうちに置き去りにしてしまったらしい。
「じゃあもう騒がしく走る必要はないな」
松之介がそう〆て、二人をコテージへと連れて行った。そこで、皇紀が作っているはずのキノコ料理を食べるのだろう。
「秋は好きだ。もしかしたら、一番好きな季節かもな」
何気なしに聞いた「秋は好きか」という問いに、宗雲は躊躇わずに答えた。
舞い込んできた落ち葉を拾い、くるくると弄ぶ。先ほど宗雲が銀杏をつまんだのを、この目で見ている。
「実りの秋、だからですか?」
「それもあるな」
色気より食い気かと返され、思わず顔をしかめてしまった。とはいえ、相手は家庭菜園を作っている宗運。にやりと笑って冗談だ、と付け加えた。
「秋はもの悲しいとも言われるが、俺はそう思わない」
宗雲はそうつぶやく。
色鮮やかな木々に、秋だからこその動物たち、そして収穫。それらをもの悲しいと一言で片づけるには、あまりにも華やかだと。
「使い古された言葉だが、結局のところ、受け取る人間次第なんだろう」
「解る気がします」
一方、海羽静流は、秋もまた賑やかな季節だと答えた。
「落ち葉を踏む音だけでも、あっという間に音楽ができる。飽きの来ない季節だよ」
秋だけにね、と笑って付け加えるので、つられて笑ってしまう。
絶対音感を持つゆえか、静流にとって秋もまた音の季節となるらしい。まあ彼にとって、音のない季節と言うのは存在しえないものなのだろうが。
「君の秋の音を知りたいな」
これもまた口説き文句の一つなのだろうか。笑いに少し苦みが混じってしまった。
「落ち葉を焼く音とか……ですかね」
「ああ、焼き芋」
あれもいい音だよね~と静流が笑った。
そんな静流の後ろに立つのはランス……ではなくQ。いつの間にか主導権が変わっていたらしい。瞬時に悪戯の気配を察してか、静流はさっとその場を離れていった。
「ちぇー」
思うような悪戯ができなかった事に、Qは頬を膨らませる。そんな簡単に思うようにはいかないわよ、と言えば、更に赤くなる膨れ面。
「失敗も考えての悪戯だったんでしょう?」
「悪いけど、ボクはそう言うことを考えて事は起こさないタイプなんだよね」
語る言葉は強がりか本音か。まあ彼の事だ、恐らく後者だと言い張るのだろう。そんな気がした。
口も顔にも出さずにしておいたつもりだが、聡いQは察したらしく小憎たらしい顔でひょいと肩をすくめた。
空に少し赤みが入るころ、魅上才悟が戻って来た。満足するまで昆虫を追いかけてきたようだ。
「キミは休めたのか?」
「どうして?」
「休めてない気がしたから」
そうだろうか、と首をかしげる。少なくとも走り回った記憶はないし、楽しませてもらったとは思っているのだけれど。
素直にそう伝えると、才悟はそうか、と淡々と返す。
話のきっかけ作りだったのだろうか。そんな事を思っていると、才悟がぽんぽんと自身の隣の空間を軽く叩いた。誘われるように座ると、才悟がそっと背中を撫でてくる。
「キミはいつも、自分の事を後回しにしている気がする」
撫でてくる手は、不器用な優しさにあふれたもの。いつでもオレたちに頼れ、と言われて、ぽろりと涙をこぼした。
「……甘えていいかしら?」
「よく解らないが、オレでいいのなら」
拳一つ分の空間を狭めてそっと寄り添えば、もう二人の間に言葉はいらなかった。
風が軽く吹き、木々の葉を静かに揺らしていく。いつしか空の色は赤に変わり、二人の顔を照らしていた。
秋の楽園は、ただ穏やかにそこにあり続けた。